お話くらいは
「デート中に八木くんが手を繋いできたら絶交?」
初美は質問を続ける。
理子は、
「次やったら許さないからねって叱る。
そういうのは付き合うようになってからでしょ? って言って」
と答えた。
「一回は許すんだ?」
「だってあいつの場合、本当に悪気なく無意識に何かする可能性があるから」
「そんなことある?
理子、なんだかんだ八木くんに甘いよね」
「あーもう、八木のことはもう良いって!
初美を好きな男子って誰?」
恥ずかしくてたまらない理子は、話を変えようとする。
「野口くんなんだけど」
と、直人。
「うーん、野口くんかあ……」
初美は露骨にがっかりした表情を見せた。
「野口くん、ダメ?」
直人はそう聞きつつ、半分納得もしていた。直人自身、今日までは苦手意識が強かったからだ。
「だって野口くん、教室で男子と遊んでるときに急に大声出したりして怖いんだもん。私も八木くんみたいな人が良かったなあ」
「ちょっと! 八木は私の!」
理子が思わずそう言った。
「それって、私の大好きな八木くんを初美なんかにあげないよってこと?」
「私のおもちゃを取るなってこと」
「そんなこと言ってるけどさあ、もう八木くんをかなり好きになってるんじゃないの?」
「なってない! ただの友達! 遊ばないと泣いちゃうから遊んであげるってだけ」
「でも映画の帰り道に真剣に告白されたら、オッケーしちゃうんでしょ?」
「しないから」
「振るの?」
「振りはしないけど、もう少し考えさせて下さいって言う」
「えー八木くんかわいそう。付き合えば良いのに」
「全然かわいそうじゃないし。野口くんの方がかわいそうなんじゃないの?」
「だって野口くんは勇気要るよお。次の瞬間に何をするか分からない男子って私、苦手で。女子なら好きなんだけど。
男子の場合、森田くんみたいな人の方が安心で」
「なんか分かるけどさあ。私も八木で結構ギリギリラインって感じだし」
「理子は評価が厳しいよ。私、もし八木くんなら即オーケーして付き合ってみるよ?」
「野口くんってそんなに行動ヤバイっけ?」
「基本的に男子はドタバタしないで下さいっていうか。森田くんくらい外では静かにしててほしいの。笑うときも森田くんみたいに、よっぽどのとき以外は無言が良くて」
直人が「あのさ」と口を挟んだ。
「一つ気になったんだけど、野口くんって笹原さんと話すときも急に騒いだりするの?」
「ううん。普通に静かに話してくれる」
「俺ともわりと静かに話してくれるから、野口くんってわりと相手に合わせてるのかもしれない。だから、笹原さんと喋るときみたいに普段から大人っぽくしてほしいって言えば、やってくれるかも。伝えてみる?」
「それは私、責任取れないっていうか。そこまでしてもらっても付き合うとか約束出来ないし」
「いや、静かにすれば友達を続けられるってだけでも、野口くんはむしろ喜ぶよ。明日から挨拶すら出来ないかもって覚悟してるから」
「でも静かにするって、野口くんにとって相当つらいことだよね?」
「そうかなあ、笹原さんと話せない方がつらいんじゃないかな。まあ、その辺りのことを探ってみても良いけど。もしこんな風に言ってきたらどうなのかみたいな聞き方して」
「そうしてほしい」
「了解。じゃあまだ野口くんには、笹原さんの方針的なものは何も言わなくて良いかな?」
「何時までに伝える約束なの?」
「そもそも今日中に伝える約束なんてしてないけど、今も俺からの『振られました』の報告を待ってるはず。だから、振られはしなかったよって伝えておけば喜ぶ」
「じゃあとりあえず『これからもお友達で』って伝えて」
「えっえっ、待ってよ初美」
理子がすっとんきょうな声を出した。
「どっから声出してるのよ。何?」
「なんかそれ、野口くんから見たらひとまず振られたみたいに見えない? お友達って」
「ああ、そっか。仲良くしましょうねって感じが良いのかな?」
二人の話を聞いていた直人が、頭を掻いて口を開く。
「男目線で言わせてもらうと、そういう言い方をすると多分調子に乗っちゃうよ?
野口くんからすれば、明日から挨拶出来ない覚悟で待っているんだから、明日もおはようって言って良いんだって分かればとりあえず十分じゃないかな」
「でもちょっと、言い方が悪いっていうか」
「こだわるね高橋さん」
直人はなんだかおかしくなって、つい笑ってしまった。
「だって、それで伝わり方の部分で野口くんが落ち込んだらかわいそうだし。
例えば『明日からもよろしくね』って感じの言い方だと受け取り方どうなるかな?」
「付き合う前に奈月に似たようなこと言ってもらったけど、かなり勇気出たな。
あと、好きだった人が卒業アルバムにそんなこと書いてくれたから、会いに行けた。
逆に言うと、女子の立場からすると『これからもよろしくね』ってタイプの言い方をしちゃうのは危ないかも。振られた俺が会いに行く勇気が出るほどの言い回しなわけだから」
「じゃあどうしようかな。最初ので良いかな」
初美は悩んでいる。
「そもそもさあ、野口くんは今後どうしたいって言ってるの? 下心あるっぽいの?」
と、理子。
「ええっと……」
直人はスマホをポケットから出すと、
「もし彼氏とかいなくて俺のことを嫌いじゃなければ勉強会に俺も参加させて下さい、絶対に真面目にやります。
あとは……朝の挨拶って続けても良いですかって質問。
この二つだけかな? 下心は一切見せなかった」
「朝の挨拶って『おはよう』とか言うだけのあれ?」
初美が、不思議そうに聞いた。
「そう。野口くんは笹原さんに挨拶するのが楽しみなんだって」
「そんなの、挨拶続けて良いですよって言うしかないよね?」
「いや、そんなことないよ。野口くん、振られそうって分かってたみたいだからね。挨拶拒否も覚悟してた。
もう残念会の約束してるんだよね。野口くんのおごりで美味しいお肉」
「なにそれズルい。お肉好きなんだけど」
「良いでしょ。すごいの食べさせてもらえそうなんだよね。
野口くんの家が焼肉屋らしくてさ。肉料理バンバン食べて味とか親に報告してるから、産地偽装とか分かるくらいの舌になってて」
「あ、なんか聞いたことある」
「焼肉屋って?」
「ううん。ファミレスの肉料理はほとんど食べたことあるみたいな話になって……あ!」
初美は、何かを思い出すとメニューを広げた。
「どうしたの?」
「これ! 私、前にこの店のラムの串焼きオススメされたの。『ちょっと高いけど気が向いたら食べてみてよ、本当に美味しかったから』って言われてたんだけど、すっかり忘れてた!
野口くん、怒ってるかなあ?」
「いや、怒ったりしないよ。野口くんが笹原さんに怒ったことなんて、一回もなさそうだった。
だけど野口くん、ダメだった心配はしてるかもね。
感想教えてくれないってことは口に合わなかったのかな、ちょっと高いしなあ。――って感じで」
「えー!? どうしよどうしよ。忘れててごめんなさいって言った方が良い?」
「そこまでしなくても良いんじゃないのかな。ただの世間話だし」
「でも……せっかく教えてくれたんだし、ラム食べようかな。みんな時間大丈夫?」
「食べて野口くんに報告する気があるってことは、仲良くなっても良いって感じ?」
「まだ迷ってるんだけど……。
なんか私、野口くんの言うこと全然真剣に聞いてなかったんじゃないかなって思って。私がお肉好きって言ったから美味しいと思うもの教えてくれたのに、すぐ忘れちゃってるし。
もしかしたら、他の日も私が何に興味あるかとか考えて、色んな話をしてくれてたのかもしれないよね。
一度ちゃんと向き合ってみようかな」
「そうだね。勉強会もしてみて良いかもね」
「うん。勉強会もしてみる」
初美は、なんとなくプレッシャーから解放された気がした。
お話くらいはしてみないとね。初美はそう思いながら微笑んだ。




