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さらにもう一面?

 奈月は、直人を待ちながら色々なことを考えた。

 森田くん、バイトが終わって外に出るとき、どんな顔をしてるんだろ。疲れた顔をしてるのかな。

 私を見付けたらどんな顔をするだろう。寒いのに外で待ってるなんてって、怒られちゃうかな。叱られたら謝ろう。「ごめんなさい。どうしても会いたくなって」って言えば、森田くんはきっと許してくれる。

 許してくれたら、手が冷たいって甘えて、手を繋いでもらって。

 また会いたくなったときのために、二人で写真も撮りたいな。森田くん、恥ずかしがるかな?


 ――待つことが苦手な奈月が、幸せそうに微笑んでいた。




 そろそろバイトが終わる時間のはずだけど……。

 奈月が今か今かと待っていると、直人と女性一人がお店から出てきた。直人はこちらに背中を向けている。直人と一緒に出た女性も店員のようで、駐車場の脇で仕事の話をしていた。奈月は話が終わるのを、暗がりのベンチで待った。


「手紙を見せる許可を出してくれて、助かりました。手紙見せちゃダメって言われたら、怪しまれて嫌われてたかも」

 直人の声だが、教室にいるときより声が大きく、奈月にもよく聞こえた。


「あんなの勝手に見せて良かったのに。

 それよりさ。クリスマスとイブのシフト変わってあげたんだから、今日の子に告白とかしなよ。手紙にヤキモチやくくらいだから、絶対にいけるって」

 と、女性が言った。


 奈月は、心臓が飛び上がりそうになって、慌てて壁の裏に隠れた。


「だから、ダメなんですって。体調を崩してるんですから。告白なんてしたら、気持ちが悪くなっちゃうかもしれないし」


「でも完全に好きになっちゃったんでしょ?」


「そうなんですよね。日に日に好きになっていって、気付いたら夢中で。仲良くなってほんの数日なのにですよ? こんなことあるんだなって感じで、怖くて」


「そんなに好きなら、告白しても良いと思うけど」


 奈月は聞き耳を立てながら推理をする。

 話からすると、この人が例のお姉さんだな。私のこと、どれくらい説明してるんだろう。


「変な下心がなかったから、あの人も安心して俺に相談とか出来たんだと思うんですよ。それなのに、俺がスケベ面してヨダレ垂らしながら言い寄ったら台無しですよ。

 嫌いなタイプの男に弱みを握られて、仕方なく助けてもらったら、そいつが三日で勘違いして告白してくるとか、想像してみて下さいよ。ぐっすり眠れますか?」


「それは眠れなくなっちゃうかも」


「ほらそうでしょう? だから完治するまでは絶対にダメです」


「完治したら告白するの?」


「完治した途端に俺がスケベ面してヨダレ垂らしながら言い寄ったら、ショックでまた悪くなっちゃいますよ」


「それじゃ告白出来ないじゃん」


「だから、もっと仲良くなれてからですよ」


「じゃあさ。イブに手を繋いできたら告白する?」


「うーん、手はもう繋いだんですけど」


 ――いつ繋いだっけ?

 奈月は思い出せなかった。


「どういうシチュエーションだったの?」


「雪で危なかったので、タクシーから降りる時にちょっと手を支えたんですけど、ちょっと気持ち悪かったかもしれないです」


 そんなことないよ、と奈月は心の中で笑った。


「手くらい繋いでも許されるでしょ」


「でも俺、その夜に夢で怒られちゃったんですよ」


「夢って! もう大好きじゃんその子のこと」


「いや笑い事じゃないですよ! 起きたら泣いてたんですよ俺。あんなこと言うなんてひどいですよ」


「何言われたの」


「俺、中学校の時に初恋の人に告白したら、『バカじゃないの』って言われたんですよ。だからか、夢の中であの人に告白したら、同じように『バカじゃないの』って言われました」


「きっつ! 初恋の人めっちゃ口悪っ! トラウマになってるじゃん」


「しかも、元の台詞と違って『バカじゃないの。(なお)くんバカじゃないの』って、二回言われましたからね。より辛辣(しんらつ)ですよ」


「あっ、直くんって言われてるの?」


「いや、夢の中でしか言ってくれないんですけど。しかも夢の中のあの人、他の部分は当たり強いんですよね。本当ひどい人ですよ」


 奈月は、小学生の頃に「直くん」「なっちゃん」と呼び合っていたことを思い出して、心の中で「直くん」とつぶやいた。


「夢の中で勝手に悪役にしておいて文句言うとか、面白過ぎるでしょ」


「とにかく俺、拒絶されるのが怖いんですよ。だから『森田君はバカじゃないよ、大丈夫』って現実のあの人が言ってくれるまでは告白しません」


「そんなこと一生言わないでしょ」


「いや俺が『教えてほしいんだけど俺ってバカかな』って聞きますよね。哀れに思って『森田君はバカじゃないよ、大丈夫』って言ってくれますよね。『じゃあ好きです』って言うじゃないですか。そんで『バカじゃないとは思うけど、嫌いじゃないとは言ってないし普通に嫌いだよ』ってなるわけで。大成功ですよ」


「失敗してるじゃん!」


「バカって言われた上に振られるより、バカって言われずに振られた方がお得じゃないですか。多分世の中、五割は振られる時にバカ付きで振られてますよ」


「そんなわけない、そんなわけない!」


「バカって言われると完全にその先の関係アウト感あるので、本当に避けたいんですよ。すごく仲が良いと思っていても、バカって言われますからね」


「それはレアケースだと思うけどなあ」


「とにかく告白したくないんですよ。どうせ夢の中みたいにお腹思い切り殴られたりしますよ」


「さっきから夢エグすぎない?」


「でも『好きな人に罵られながらお腹を思い切り殴られる夢』で検索したら、相手は俺のことがものすごく好きで、大きな幸福が近い内にあるって書いてあったんですよ」


「ええ!? すごいじゃん。マジな話なの?」


「検索したら出てきますよ」


「本当に出た! なんか恐っ、なにこれ」


「だから別に告白しないで良いんです。あの人のパンチラ見られるんですよきっと」


「君はパンチラが大きな幸福なのか!?」


「あの人のせいで、スカートの中がすごい気になるんですよ。正直、見ようと思えば絶対に見れてるってくらいガードゆるい状態で。見えても知らないよって言ってるのに」


「だからそれ、両想いでしょ!? 誘ってるでしょ明らかに」


「いや、何かの罠ですよ。きっと俺が信頼出来る奴か実験してるんです。俺がパンツ見たら、恐怖に怯えて一気に体調崩して余命一ヶ月ですよ」


「考え方が極端過ぎるから!」


 奈月はさっきまでロマンチックな気分だったのに、なんだかおかしくなってしまい、笑い声をおさえるのが大変だった。




 それからもしばらく、二人の話は尽きなかった。


「なんか私もう、笑い過ぎてお腹痛くなっちゃった。直人君って話しやすいよね」


 確かに、二人はテンポ良く話していると奈月は思った。こういう空気なら、生理の話を愚痴れるのもなんとなく分かるかもしれない。


「直人君、クラスで人気あるでしょ?」


「いや、俺は一番目立たない位置ですよ。暗めの友達同士でぼそぼそと話してるだけです」


「なんでなんだろ。お客さんにも面白いって言ってもらえてるのにね」


「小さい頃おばあちゃん()で育てられてたから、年上には気楽にいけるんですかね。みんな優しくしてくれますし」


 奈月は自分が知っている一番小さな直人より、さらに小さい直人を想像した。そういえばアルバムを見忘れたから、今度見せてもらおう。私は、小学校からしか知らないんだよね。


「俺は同年代に格好付け過ぎなんですよ。学校でパンツがどうしたスケベがどうしたなんて、言ったことありません。ぎゃーぎゃー騒いだことがそもそもなくて、男子しかいない時にも、一人で格好付けてるタイプなんです。女子とはなおさらまともに話せません」


 私の知っていた、最近の森田君は()()森田君だ、と奈月は思った。


「クラスだと言葉が何も出て来ないんですよね。それで、あの人を自然に廊下に呼び出さなくちゃいけない時があったんですけど、もうパニックで全然ダメで、怒られちゃいました。迷惑かけてばかりです」


 奈月は、直人に怒りをぶつけたことを悔やみ、恥じた。


「俺は基本的に学校ではとにかく役立たずで、どうしようもないんですけど、()()()は失敗しても許してくれるし、言葉を待っててくれてる気がするんです。しょうがないなあって顔で見られちゃって、すごく申し訳ないんだけど、心のどこかがすごく落ち着くんです。あの目を見てると吸い込まれそうになって、泣きそうになって。何度も、ふらふらって抱きつきそうになりました。

 少し優しいこと言われたら、すぐ勘違いしそうになるんですよ。昨日の夜なんて、付き合ってもないのにクリスマスプレゼントを用意しそうになって。ふむふむってネットで調べてる途中に、何を彼氏面してんだって我に返って。

 クリスマスまで下心的な気持ちを隠していられるか、かなり心配で」


「我慢しないで告白すれば良いのに。付き合ったらパンツ見放題よ?」


「別に、我慢はしてないんですよ。今は、元気になってほしいって気持ちが先にあって、あんまりつらくなくて。

 なにしろ、先月の俺からすると話が出来るだけでも奇跡って状態なので。たどたどしいけど、心の底から話が出来るんですよ。しかもどんどん話しやすくなってきて、言いたかったことがたくさん言えて、聞きたかったことがたくさん聞けて。もう毎日が嬉しくて。

 だから今は、もっと仲良くなりたいだけなんです。もちろんパンツも見たいですけど、そんなの仲良くなりたい気持ちに比べたら百分の一で。とにかく笑ってもらいたくて」


 直人の言葉に、奈月は目頭が熱くなった。

 泣きじゃくってしまう前に、口を押さえながら急いでその場から離れた。直人に見付からなかったことにホッとすると、我慢していた涙が一気に(あふ)れた。

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