最低じゃん
「気を取り直して本題に入ります。
えーっと、まずは……」
まだ赤い顔を片手で覆いながら、直人は考え込んだ。
直人には、大きく分けて三つ聞きたいことがあった。
まず、野口に頼まれた初美とのこと。
次に、八木に頼まれた理子とのこと。
そして、頼まれたわけではないが、宮下の片想いの相手のことも気になっていた。
直人は悩んだ結果、一番気楽に聞ける宮下のことから聞くことにした。
「ウチのクラスの女子に、今誰かと付き合ってるとか、それか少し前まで付き合ってておおっぴらにしてた人っている?
もしくは、今誰かを好きだったり少し前まで好きで、それを男子にまで知られてそうな人」
「えー? どうだろ。付き合ってもみんな隠すからなあ、奈月みたいに」
理子はわざとらしくそう言った。
「私、奈月しか知らない」
と、初美。
「んー……じゃあ、まあこれについては今は別に良いか」
直人はすぐに諦めた。今、長々と考えてる時間はないからだ。
「高橋さん、クラスに嫌いな男子いる?」
「まあいるけど。私わりと男子嫌う方だし」
「じゃあ、馴れ馴れしい男子とかに内心困ってるとかある?」
「それはない。私、本当に嫌いなら相手が先生でも、もうほぼ無視するから。話してると目のところピクピクしてきちゃってダメなの」
「じゃあ、逆に言うと俺とか、他にも普通にクラスで休み時間に喋ってる男子は嫌ってないってこと?」
「そだね、森田くんは元から好きだよ。
高校入った直後に当時の友達との付き合いで仕方なく合コン行ったら、すぐにアルコールで酔わせようとしてきて。もうびっくりして。慌ててみんなで逃げたからまあ良かったんだけど、怖くてしばらく足が震えてて、なんか半分笑いながら標識に掴まってた。
そのときなんていうか、あんなに下心むき出しにしてくるなんてあり得るのかって感じで、嫌悪感すごくて。
それから私、チャラいの苦手になって」
「直くん、耳が痛いでしょ」
奈月がここぞとばかりに直人をからかおうとする。
直人はすぐに奈月の口をおさえて、耳元に
「今はその話はやめてほしい。俺のせいで男子への警戒心が高まって、これからする話がダメになったらまずいから。後でお願い」
とささやいた。
奈月は神妙な面持ちになってコクコクと頷く。
強く言い過ぎたかなと思った直人は「ごめんね、ありがとね」と奈月に笑ってみせた。
「どしたの? 今はそんなに気にしてないよ私」
理子は、自分の心配をされたのかと思って笑ってみせた。
「じゃあ聞くけど、好きな人とか彼氏とかいる?」
と、直人の質問。
「いないよ」
理子はあっさり答えた。
「クラスでたまに話す男友達がお願いしてきたら、チョコあげても良いかなって思う?」
「相手による」
「まあ結局そこだよね」
「そこですね」
「……八木くんがさ、迷惑ならもう食事とか誘わないから、嫌いならハッキリ言ってほしいって」
「なにそれ。別に嫌いじゃないけど」
「八木くん、高橋さんのことが大好きで、話してると楽しくて、いつも変なこと言っちゃうからごめんなさいって。振られないと嫌がってるって分からないから、苦手なら振って下さいって」
「はあ? あいつ、いつもあんまり優しくしてくれなくない?」
「家に帰った後、今日も失敗したって思って泣いてるみたい。これ以上迷惑かけたくないから、振られて諦めたいって」
「告白されてもないのに私から振るとか、なんか気まずいし嫌なんだけど。振らなきゃダメなの?」
「八木くんは高橋さんの笑顔が好きで、たまに会話が上手く続いてたくさん笑ってもらえた日はすごく幸せで。そういうときは有頂天になって、告白したくなっちゃうんだって。
だから、早く振ってもらわないと、またデートに誘ったりしちゃって迷惑かけちゃうって」
「あいつがそんな風に考えてるの? 森田くんの考えでしょ?」
「いや、八木くんがそう言ってた。ちょっとニュアンスは違って、俺の説明より誠実な言い方だけど」
「あいつが、私のことそんなに好きって?」
「それは間違いない。大好きで、話が出来るだけで嬉しいって」
「えー信じられない。
例えばさあ、森田くんが奈月を好きって聞いても分かるし、奈月が森田くんを好きって聞いても分かるんだけど、なんで八木が私?」
「いつ好きになったかとかは聞いてないや。聞く?」
「まだ良い、頭の整理させて。
とにかく、私のことが好きなのね?」
「すごく好き」
「待って待って。なんでみんなといっしょにいるタイミングでしかご飯誘わないの? 他の女狙いだと思うじゃん」
「それは、二人きりだと食べてくれないと思ってたらしくて」
「それにしても、もうちょっとさあ。私だけで勝手に決めて『八木も私たちといっしょに食べて良いよ』なんて、言えるわけないじゃん。普通はメールかなんかで誘うとかしない?」
「かなり嫌われてるって思ってるから、メールなんてとても出来ないんじゃないかな」
「そんなに嫌われてるって思ってるのに、ご飯を直接誘えるの?」
「だから、話してて高橋さんが笑顔になってくれた瞬間だけ勇気が出て誘えて、断られた後は泣いてる感じなんだと思う」
「ウソだあ。全然そんな感じじゃなかったじゃん。
ご飯断っても平気でゲラゲラ笑ってたよ? 『んだよさみしいな、別の女に頼み行くかー』とか言ってきて、私も『頼める女いるなら誘わないでよ』って答えて。
だから私、彼女みたいのいるのかなと思ってたんだけど」
「多分、そのときは断られたことがショックで必死なんだよ。涙こらえてるからよく分からないこと喋っちゃってて。高橋さんが見えなくなるまで我慢してから泣いて」
「やだよそんなの。だって私そのとき、八木って女関係最低だよねって言っちゃったんだけど。
森田くんと八木とで話したときも、八木はガツガツしてるとか言って散々ネタにしちゃってたじゃんね?
それなのに……それなのにいつも八木は笑ってて。何も知らないで最低扱いして、私が最低だったんじゃん。……なんで、怒ってくれないの?」
理子の声が、だんだんと涙混じりになってきた。
直人は落ち着いた声で
「高橋さんは最低なんかじゃないよ」
と言った。
「高橋さんは悪くないんだから、八木くんが怒るわけないんだよ。小説でなっちゃんが全く怒られなかったのと同じ理屈。
八木くんが言うには、いつも俺が悪いんだってさ。それがすごくつらいって。八木くんはむしろ、高橋さんを楽しませてあげられない自分に腹を立ててる。今日は怒らせちゃった、今日は呆れられちゃったって感じで。歯がゆいんだと思う。
……八木くんこうも言ってた。『俺が遠くで見てるときの方が明らかに楽しそうだし、俺はいない方が高橋さんは幸せってことなんだよね。そんなの、諦めるしかないじゃん』って。八木くんは何より高橋さんの幸せを願ってる。
それなのに高橋さんが自分を責めて泣いたりしたら、八木くん悲しむよ。八木くんは高橋さんが笑ってさえいれば、ネタにして笑ってもらえたって思ってるはず」
「八木、なんでそんなこと言えるの? そんなキャラじゃないじゃん……」
「多分、高橋さんが優しいことを八木くんはよく知ってて、本気で女関係最低なんて思ってるわけじゃないって、信じてるんだと思う。だから大丈夫。
高橋さんに言われたことに八木くんが泣いてるわけじゃなくて、八木くんが勝手に自分のやらかしに落ち込んで勝手に泣いてるだけ。八木くん自身もそう言ってるし」
「あいつ本当にバカだよね。いつも笑ってたくせに、実は泣いてたとかさ。そんなの、分かんないじゃん」
「それは、八木くんの接し方が悪かったからだから仕方ないよ。八木くんはそれを変えたかったんだけど、上手く出来なかったみたい」
「……八木、私にどうしろって言ってるんだっけ?」
「嫌いなら振ってほしい。今までありがとう、毎日幸せでした。もう迷惑かけません。ただ、すぐには忘れられないのでそれだけは許して下さい。――って感じかな?」
「嫌いじゃなかったら?」
「嫌いってこと前提で話が進んだから、そこまではまだ聞いてないけど」
「どんだけ自信ないんだよあいつ。……あー、私のせいか」
「まあ、ご飯を食べに行きたいのは間違いないかと」
「ご飯は食べても良いけど、そしたら付き合うのもオーケーしたと思われそうだよね?」
「それは、ご飯だけなら良いけど勘違いしないでねって言えば良いんじゃないの?」
「それだと、すごい上から目線で言ってる感じにならない?」
「そんなことないでしょ。きっと八木くんは高橋さんのことを女神みたいに思ってるし。
たとえ一度だけでもいっしょにご飯食べてもらえたら、なんて優しいんだって思うんじゃないかな」
「あいつがご飯でそんなに嬉しがるの、想像出来ないんだけど」
「泣いて喜ぶと思うよ。八木くんのこと嫌いじゃないなら、一回だけでも食事してあげれば?」
「なんて言えば良い?」
「付き合うつもりはないけど、ご飯は一回行っても良いよって」
「えー!? 気まずくない!?」
「だってそこハッキリしておかないと、いつ告白されるか分からないよ?」
「別に、告白されたとしても断って良いんでしょ?」
「もちろん」
「いくらなんでも、すぐには告白してこないよね?」
「んー……八木くんが食事の誘いをどう捉えるかだね。二人きりでデート出来るのは最後だろうなって思ったら、今までずっと好きでしたくらいは言うかも」
「八木がそんなこと言う?」
「分からないなあ。八木くんと軽く話してみるのが良いかもね。
とりあえず八木くんは今、祈りながら俺の報告待ってるわけだけど、どうする? 少し考えさせてって伝えておこうか」
「それはなんか、わりと脈ありな答えみたいだからやだ! 今、一回外に出て話してくる」
理子はそう言いながら、既に立ち上がっていた。
「それが良いね。八木くん、喜ぶよ」
「怒られたら怖いから、森田くんいっしょに来てよ。奈月も」
「私は?」
初美が聞く。
「初美は絶対面白がってるから、店内に置いてく」
「そんなあ!?」




