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怒ってないよ

「――本当だね、仲直りする話だった」

 理子がポツリと言った。


「そんな冷静に言われると、なんか恥ずかしいんだけど」

 と、直人。


「ええ!? だってほら、これを先に読んでれば森田くんの提案が仲直りの練習って分かったはず、みたいな話の流れだったでしょ? だから確認というか」


「まあそうだけど……」

 直人は、ドリンクをすすりながら歯切れの悪い返答をした。


 理子がどうしても気になると言って、四人全員で直人の小説の最新話を読んでいたのである。

 直人にとっては落ち着かない状況だった。


 そして、納得いかない奈月。

「なんでこういう大事な気持ちを、私にちゃんと伝えないの?」


「いや、だから今さっき思い出したときに、すぐに仲直りの練習したいって伝えたじゃん。

 奈月といっしょにいるときに考えることと、奈月と離れてるときに考えることって違うから、どうしても少しタイムラグはあるよ。奈月といるときは感謝が先に浮かびやすくて、いないときは反省が先に浮かびやすいんだよね。

 だから、反省したときってその場に奈月がいないことが多くて」


「大事な質問とか提案とかあったら、忘れない内に言ってよ?」


「分かってる。何か思い付いたときはちゃんとメモしてるよ」


「なら良いけど……」


 じっと奈月を見ていた初美が

「奈月、もしかして今ちょっと怒ってる?」

 と遠慮がちにたずねた。


「別に怒ってないけど……あーでも、ちょっと怒ってるかな? ほんの少し怒ってるかもしれない。なんで?」


「小説の怒り始めと言い方が似てたから、もしかしたらって。そうだとしたら森田くん、奈月のことよく見てるなって思って」

 初美はそう言うと、直人に

「最新話って、実際の奈月の怒り方を参考にしてるの?」

 と聞いた。


「まあそうだけど、記憶が曖昧だから小説の描写ほど怖かったかどうか……」

 直人が、隣に座る奈月の顔色を気にしながら答えた。


「こんなに怖くないよ私!」

 奈月は慌てて否定。

「手も、ちょっと払いのけただけだし。ね?」


「いや、手の力は明らかに全力だった。それは俺、確実に覚えてる。そこまで強い力で拒絶されたことなかったから、すごくショックで忘れられなかった。くすぐり合いのときは全力じゃなかったんだなって思った記憶があるから、間違いない」


「ううー、直くん変なことばかり覚えてて意地悪……」

 奈月はうなだれてしまった。


「じゃあこの話の、鼻血が出る部分って本当にあったの?」

 理子がたずねた。

「えーっと……ここからか。

()()()()()()()()触られたくないといった態度で、力一杯振りほどかれた。その拍子に、俺の鼻に思いっきり彼女の拳がぶつかった。刹那(せつな)、彼女は怒りを忘れ、思わず俺の心配をした。

 俺は、今しかないと思った。手を伸ばし、彼女を抱きしめることに成功した。もちろん彼女は腕の中でひどく暴れたが、今一瞬見えた俺への優しさと愛情が、抱きしめ続ける勇気をくれた。話を聞いてくれるまでもう離さないと、心に誓っていた。

 ――のだが、俺の鼻から血が出て彼女の服に垂れ、俺は慌てて手を離して謝った。すると何故か、久しぶりに彼女が笑ってくれた。一分前はあれだけ俺に触られることを嫌っていたのに、俺の鼻にティッシュを詰めてくれて、しおらしく抱きついてきた。

 知り合って十年になるのに、なっちゃんは昔も今もワケが分からない。相変わらずワケが分からないなっちゃんから、俺は相変わらず目が離せない』っと。

 ……これ、すごく奈月と森田くんっぽいよね」


「そこはちょっと現実とは違うかな」

 直人は嬉しそうに答えた。自分で上手く書けたと感じた場面だったから、質問されたことが嬉しかったのだ。

「思い出の方と違ってキャラが既に高校生だから、怒ってる彼女の家に泊まって床で寝るなんて展開にしたら不自然で。寒い思いをする代わりに、鼻血をきっかけに仲直りって流れにした」


「じゃあこの流れはオリジナル?」


「そうだね」


「すごいね、よく組み立てられるね」


 ほめられた直人は、喜びを隠しながら

「まあそれも、俺が鼻血を出したときに奈月が心配してくれたとか、疎遠になってた期間すら俺が風邪のときは看病してくれたとか、そういった色んな思い出があるから自然と浮かんだことで。最後の部分も、奈月の気持ちが分からないもどかしさからだし。俺が奈月に思ってることをツギハギにして小説にしてるだけで、俺の力じゃないけどね」

 と、謙遜した。


「えーそんなことないよ。いきなり最新話を読んでもこんなに面白いんだもん」

 理子はそう言って、今度は奈月に目を向けた。

「奈月、この小説めちゃくちゃ嬉しいんじゃない? 宝物じゃん」


「まあ嬉しいけどさあ、さすがにちょっとウソくさいとこあるよねー。今回の話も、なっちゃんにこんなに振り回されてるのに、全然怒ってないし」

 奈月はなんだか恥ずかしくて、直人の小説を素直にほめられなかった。


「この主人公にとって、今回なっちゃんを怒るような要素がなかったからね。そもそも腹が立ったりしてないというか」

 直人はそう言った。

「話の元になったあの日の俺も、怒るとか嫌いになるとかそういう気持ちは全くなかったよ?

 それだけ俺との絆を大切にしてくれてるんだって分かってたし。大体、おもちゃの結婚指輪を失くしちゃったことを隠そうとした俺が悪いよ。怒られるから隠しておこうって根性がもう、叱られて当然。奈月は、俺を信じてたからこそ腹が立ったわけで。対応も何もかも、全面的に俺が悪かった」


「ううん、あの日は私がひどすぎるよ。意固地になってたから、私が寝るまでどうしようもなかったと思う」


「それでも、寝息(ねいき)が聞こえたらゆっくり奈月の布団に入ってみるとか、何か出来たと思う。

 普段と違う怒られ方して、すごく後悔した。あんな風に喋ってくれなくなるなら、いつもみたいに叱られた方がずっとましだった。

 とにかく、またケンカになったときのために、一度怒ってみてほしくて」


「そんなこといきなり言われても、怒る要素ないんだけど?」


「大丈夫、俺が奈月に色々ウソ言って怒らせるから。

 今日はあの人がかわいかったから小説にしたいとか。

 俺の部屋の掃除をしてるときの奈月の小言がうっとうしいとか。

 他の女子からもバレンタインチョコ欲しいとか」


「なによそれ!?」

 奈月がギロリと直人を睨んだ。


「ひい、もう怒ってる!? ウソだからね!?」

 直人は思わず悲鳴を上げた。


「奈月こっわ! こんなんじゃ森田くんが抱きしめにいけないの分かるわ」

 理子が笑い、からかう。


 奈月は慌てて笑顔を作って、

「怒ってないよ直くん」

 と猫なで声で取り繕ってみせた。


 直人はその瞬間、背中がゾクゾクした。

「なんか今、奈月の声が震えてた気がするんだけど」


「気のせい気のせい。直くん大好き」

 奈月は、媚びるように直人の腕を抱きしめた。


「気のせいなら良いんだけどさ」


「でも、仲直りの練習が楽しみになったかも。怒りやすそう」


「ちゃんと許してくれるんですよね……?」


「秘密」


「ええ!?」


 直人が動揺するのを見て、奈月は楽しそうに微笑んだ。

「触らないでって言っちゃおうかな。大っ嫌いって言ったら直くん泣くかなー?」


「奈月がこんな性格だったの、知らなかったわ」

 理子がそう言うと、なんだかみんなおかしくなって、笑い声が重なった。

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