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仲直りの練習

「よし、理子にもギリギリ勝てた!」

 奈月は、理子と握り合っていた手を離すとそう言い、満足そうに深呼吸をした。


 理子も同じく、大きく息を吐いた。軽く前髪を整えつつ、

「ということは、この四人で森田くんが一番力持ちなんだね。やっぱり男の子だー」

 と笑った。


 四人は、既にファミレスのテーブルに座っている。

 腕相撲で直人に負けた奈月が、自分の腕力の確認のために、初美や理子とも腕相撲をしたみたというわけである。


「見た目は()()なのに、大体の女子より力あるってこと?」

 奈月は、直人の二の腕をぷにぷにと揉みつつ、不思議そうに腕を見ている。

「触ってもこんなにふにゃふにゃなのに、本気を出したら力あるんだね……。男の筋肉って、すごいっていうかずるいっていうか」


 直人は、ドリンクバーのアイスミルクティーをかき混ぜながら

「俺、奈月の力にいつのまにか追いついてたんだね」

 と、恥ずかしそうに笑った。


「なんか不思議ー……。嬉しいけどちょっと悔しい。

 直くんはまだ余裕だったの?」


「どうだろ。全力ではなかったかも。八割九割なのかな?」


「えー、直くんのくせに生意気なんだけど」


「今なら奈月を長時間持ち上げられるのかな? 昔は五秒も無理で写真撮れなかったけど」


「ちょっと危ないでしょ多分」


「逆上がりは出来るかな?」


「逆上がりも難しいんじゃない?」


「逆上がり出来たらお願い聞いてくれる?」


「お願いって何?」


「奈月がもし良かったら、三時間の婚約のときに奈月に非力になった設定で怒ってほしいんだけど。ダメかな?」

 直人は目を合わせようとせず、奈月の指先辺りを見ながらおどおどしている。


「どういうこと?」

 奈月は聞きながら、店内をさりげなく確認し直して身構えた。

 直くんのこの感じ、なんとなく妙なことを言い出しそう。一応、他のお客さんはいないけど……。


「例えば、俺に一度手を掴まれたら振りほどけなくて、奈月がどんなに力を込めても逃げられないってこと。キスを嫌がっても無理矢理キスされちゃう。怒ってるのに何されても拒めない」


「あんまり変なこと言うと殴りますよ?」

 奈月は顔を赤くして、握りしめた(こぶし)で直人の花をツンツンと突いた。


「ダメだよね。嫌なら良いや、変なこと言ってごめん」


 奈月は、直人の申し訳なさそうな態度に胸が苦しくなった。直人がションボリすると、奈月はどうしても気になってしまう。

 ため息をついてから、

「まあ直くんがバカなのは知ってるけど、なんで急にそんなこと言い出したの? やっぱり変態だったの?」

 と直人に聞いた。


「んとね。

 子供の頃に奈月に怒られて無視されたあのとき、何回手を握っても振りほどかれて悲しくて。その内に奈月が頭まで毛布かぶって、奈月の顔すら見れなくなって。奈月の顔が恋しくて、見たくて。

 ごめんねって言いたくて、好きだよって言いたくて、ずっと抱きしめていたくて。でも嫌われるのが怖くて抱きしめにいけなくて、毛布の上から見てるだけで。結局、奈月が寝るまで何も出来なくて。寝た後も何も出来なくて。

 顔まで毛布被って寝たら苦しくないのかなとか、暑くないのかなとか、色々心配になるんだけど、もし起こしちゃって怒られて絶交されたらと思うと、何も出来なくて。

 最終的に、どうすれば良いか分からないまま先伸ばしにして、そのまま床で寝転がって体を冷やして、奈月にすごい心配させちゃって。起きた奈月が必死で暖めながら謝ってくれたとき、もっと奈月の優しさを信じれば良かったって思ったし、絶対に死ねないって思って。もし寒さで肺炎とかになって俺が死んでたら、奈月をすごく悲しませてたでしょ?

 家に帰ってから『もしボクが何かで死んでも奈月のせいじゃないからね』って、誕生日に奈月にもらったスライムのメモ用紙に書いておいて。奈月の手紙を読み返してたら、そのメモが出てきたんだよね。それ見て改めて、あれはダメな待ち方だったなって思い返して。

 あの日、もっと早く抱きしめにいければ良かったかな、力いっぱい抱きしめてキスしながら謝れたらどうなったかな、って考えて。

 実際は、相手が怒ってるときに強引に抱きしめるとかキスするとかあまり良くないんだろうけど、構うべきか構わないべきかのバランスとかが知りたいと思って。

 いざというときに勇気を出して謝り続けられるように、ケンカのリハーサルしてほしいなって。

 ……なんか俺、すごく気持ち悪いこと頼もうとしちゃったのかな?」


「何言ってるの、全然気持ち悪くないって!」

 奈月は直人の手を強く握ると、言い聞かせるように優しい声を出した。

「最初からそうやって、ちゃんと説明してよ。なんか直くんが急に発情したのかと思ったから、冷たくしちゃっただけ。

 良いよ、やろやろ。最初から、仲直りの練習って言ってくれたら良かったのに」

 奈月はさっきまでとは別人のように、うってかわって協力的な態度を見せる。


「奈月は大丈夫? もう実際に俺の方が腕相撲強いんだよ?」


「え? だから?」


「いや、俺のことを嫌いになってるときに抱きしめられたら怖いかなと。もし途中で怖くなったら言ってね、止めるから」


「怖くないし。直くんで怖かったら男と話せないでしょ」


「私、ちょっと疑問なんだけどさ。奈月ってそんなによく怒るの?」

 理子が聞いた。クラスでの奈月の様子からは、想像しにくかったからだ。


 直人は苦笑いをして、

「ほとんど怒らないんだけど、俺が何も出来な過ぎるから、たまに。奈月にメールアドレス教えてもらって仲良くなれた初日も、数時間でそれなりに怒らせちゃった。

 やっぱり俺なんかじゃ役に立てないのかなって思って、自信なくなった」

 と答えた。


 それを見た奈月は、

「アレは今思うと不思議なくらい八つ当たりで。ストレス溜まってたのかな。

 これからは直くんがいるって安心したのかもしれない。直くんならなんでも聞いてくれるから、友達に言えない文句や愚痴も言えて。

 あのとき実は、文句言いながら私すっごく楽しくて。昔みたいな気楽な話し方が出来なくて、まだお互いギクシャクしてたけど」

 と、フォローをした。


「そうだったの?」


「あの日の夜から、気持ちがふわふわして楽になったの。思い出し笑いとかしちゃって。

 次の日からはすごく話しやすくなってて、ずっと喋れたよね。もう嬉しくて嬉しくて。私、直くんがそばにいてくれると元気が出るみたい」


「でも奈月ってさ――」

 と、初美が口を開いた。

「そんな森田くんが純粋な気持ちで提案した仲直りの練習を、エロ目的だと勘違いして怒って拒否したわけだよね。奈月、エロ過ぎるでしょ」


 初美にからかわれた奈月は、

「ええ!? だって最初の直くんの言い方ひど過ぎたし。初美だって絶対エロいやつだと思ったでしょ?」

 と、顔を真っ赤にしながら聞いた。


「私は()()の最新話まで読んでるから、最初からエロ目的じゃないって分かったもんね。すぐに『あっ、読んだばかりのやつだ!』ってなった」

 と、初美はふんぞり返る。アレとは、直人の小説のことだ。


「それズルでしょ! 私まだそこ読ませてもらってないもん、カンニングじゃん!」


「それこそ、彼女なら彼氏の言いたいこと分かるべきなんじゃないのー? 奈月、さっき森田くんに似たようなこと求めてたじゃん。趣味くらい分かれとか」


「だって直くん、そんなこと今まで言わなかったじゃんってことを急に言うし。アレでもそうだし」


「ねえ、アレって何?」

 理子が初美に聞く。


「ごめん、勝手に言えないの。言ったらお仕置きされちゃうから」

 初美は、答えながら直人に微笑んで、

「ねっ?」

 と意味深に直人に目配(めくば)せをした。


「え、なにそれヤバそう。

 奈月、アレって何?」

 理子は、今度は奈月の方を向いた。


「私も言えない。隣に住んでる変態に、言うなって脅されてて」


「奈月も!? えっ、森田くんが知ってることなわけ?」

 女子二人に回答を拒否された理子は、消去法で直人に質問した。


「知ってるけど」


「教えて! お願いお願い! すごい気になる」

 理子は、直人に懇願した。


「俺、小説書いててさ。笹原さんも奈月も、読んでくれてるんだよね。それの最新話が、主人公の話を無視する奈月っぽいキャラを掴まえて謝ろうとする話で」


「すごい、そんなの書いてたんだ」

 理子は驚いた。

「初美、なんで隠してたのよ」


「だって直人様が、秘密にしてたら十八才の誕生日に初美にエッチなことをする話を書いてあげるからねって」


「はあ!? それ初美が頼んだの?」


「誕生日プレゼントに小説書いて良いかなって聞いてくれたから、エロいのお願いって頼んだ。森田くんの小説のそういうシーン大好きで私」


「え!? 小説って()()()()小説!?」


「ううん。感動的な小説なんだけど、これは亜紀だなとか思いながらそういうとこ読むと二回楽しめて。

 主人公がいつも心の中で亜紀とかに謝ってて、とにかく優しいの!」


「待って待って、初美が興奮し過ぎて説明意味分かんない。

 初美に聞くより森田くんに聞いた方が良さそう?」


 直人は、

「なんというか、俺の小説は元々そういう妄想する場面が多くて。

 二宮さんモデルのキャラに欲情して妄想しまくるシーンとか書いてたんだけど、まあ細かい話は二宮さんに聞いてほしいんだけど、二宮さんには俺の小説ってバレててさ。

 今後はセクハラになっちゃうかなあって話を笹原さんにしたら、私で良ければいくらでもエロいの書いて良いって言ってくれて」


「初美ってそういう子だったの!?」


「だって、エロシーンめっちゃかわいくて、すごい笑えるんだよ? 理子が考えてるようなのじゃなくて、幸せな気持ちになるやつで」

 初美は力説を始めた。

「最初なんて、一秒の段階で彼女側が予想外の痛さにびっくりして、反射的に彼氏の顔ひっぱたいて離れて。なのに、一秒だけいっしょになれたねって彼氏が言って、彼女が泣いちゃうの。

 泣いてる内に時間がなくなって、彼女が謝りながら帰ろうとするんだけど、謝るなら三十秒太もも貸してって彼氏が言って、二十秒でスッキリしちゃって。その間、彼女が混乱しまくって最高で。帰った後に『早過ぎない? あの早さなら我慢出来たんじゃない?』って思う場面で『第三部【処女喪失編】完』っていう。

 作者が森田くんだとはまだ知らなかったから、それまでは感想書いてなかったんだけど、思わず『喪失ってまだ一秒じゃねーか!』って送って。そしたら返事も明るくて面白くて。それから感想たくさん書くようになっちゃった」


「なんか、どういう小説なのか全然分からないんだけど。とりあえず読みたい」


 直人は、これは高橋さんに小説を見せないと納得しそうにないなと思い、観念した。

「じゃあ、高橋さんも読んで良いよ。勝手に他の人に教えたらお仕置きってルールで良ければ」


「だから、お仕置きって何!?」


「それはもっと仲良くならないと言えない」


「怖っ!」


「まあ他の人に勝手に言わなければ関係ないんだから、別に気にしなくて良いことだよ。今の笹原さんみたいに、アレがどうとか言うだけなら全然怒らないし。

 高橋さんなら大丈夫でしょ?」


「そうだけど、釘の刺し方すごくない? 私、今日で森田くんの印象すごく変わったわ。だから初美が最近なついてたんだね」


「今の理子の言葉で思い出したんだけど」

 と、初美が反応した。

「理子ね、森田くんは面白くて女の子に優しい人だからいっしょに健康ランド行っても安心だよって言ったら、最初ちょっと疑ってたんだよ。ひどいよね」


「いや、それは仕方ないじゃん! 面白いって言われても、こういう方向性だとは思わないって!

 話す内容が想像と違うもん。奈月と仲直りの練習したいとか言い出すなんて、今朝の時点では予想不可能でしょ」

 理子が初美に言い返した。


「小説の中の森田くん、三部終盤からずっとこんな感じだよ」

 初美は理子に直人の小説を見せ、小声で音読を始める。

「ここ四部の最初なんだけど『昨日分かった。俺、なっちゃんが痛い思いするのすごく嫌い。だから今後は、なっちゃんが恥ずかしがっても気持ち良くするの止めない。恥ずかしくても、なっちゃんが痛い思いをしたり血が出たりするよりはましだと俺は思ってるから。小さい頃みたいに、ずっとずっと耳を舐めながら抱きしめて、なっちゃんが()()()()()()()まで止めない。なっちゃんが気持ち良ければ足だって舐める。汚いだなんて言わせない。裸で俺に抱きしめられても緊張しなくなるくらい、幸せな気持ちにしまくる。もっともっとってかわいくおねだりしてくれる、昔の素直ななっちゃんに戻す』って宣言して」


「めっちゃ格好良いじゃん! えっ、これ書けるのすごくない!?」


「でしょ!? 亜紀もここ大好きで。絶対に面白いから読んでよ」


「私もハマるかも。初美が小説に書いてほしくなるの分かる」


「そうでしょ? 私すごく楽しみで。

 私の小説、弱みを握られて言いなりになるやつと、お互いに二番目に好きな人と一晩だけ恋人になるやつ、どっちが良いか聞かれてるんだけど、まだ迷ってて」


「それ、どっちも私の大好きなやつじゃん!」


 興奮している理子を見て直人は、

「なんか高橋さんって、意外と変な人?」

 と、初美に聞いた。


「いや、それ森田くんには言われたくないんだけど!?」

 理子が反論する。


 たしかにそうだと、みんなが笑った。

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