美味しいアイス
直人と出会ってからこれまでのことを、奈月は大まかに理子に説明した。
奈月の説明が終わると、理子は
「すっごいね。じゃあ数年越しの大恋愛なんじゃん」
と、目を輝かせた。
「こいつは私のことなんか忘れて、中学でしっかり好きな人作ってるけどね。その人に振られたから、やっぱりこっちで良いやって戻ってきたわけよ。調子良いよね」
奈月が照れ隠しに、直人にわざと意地悪を言った。
「ありゃ、そうなんだ? でも仕方ないよね、思春期だもん」
理子は直人に微笑みかけた。
「好きになっちゃって……」
直人はそれだけ言うとうつむいた。直人は気まずさのあまり、奈月の顔が見れなかった。
奈月は笑いをこらえながら
「しかもねえ、健康ランドにその人も来るんだよ。ね?」
と、さらに直人をからかう。
「ええっ!? それはダメでしょ森田くん!」
それまでは笑っていた理子が、さすがにムッとした顔になった。
直人はますます恐縮して、
「俺もどうかなと思って、二度と会うつもりはなかったんだけど、奈月が会えばって言うから」
と、しどろもどろになりながら答えた。
「どういうことよ奈月、そんな油断してると取られちゃうよ?」
理子は、理解しがたいといった顔つきをして奈月を責める。
奈月は少し困ったような顔をしながら、
「そのままじゃ色んな人がかわいそうって状況だったから、我慢出来なくて。
今度詳しく説明する。今説明すると、直くん気まずくて泣いちゃうかもしれないから」
と穏やかに喋った。
「あーもう、奈月ってみんなに優し過ぎない? 森田くん、良い人選んだよね」
「うん、俺もそう思う。本当に尊敬してる。
俺じゃとても考えられないような考え方が出来る人で。好きだった人に会いに行ってみればって意見もそう。これはもう色んな人に言ったんだけど、いつも俺を引っ張ってくれてて。
ちょっと奈月が眩しすぎて、自分が情けなくなることもあるくらい」
「そこまで感謝してるんだ?」
「俺が泳げるようになったのも自転車に乗れるようになったのも奈月のおかげで。何回助けてもらったか分からない。奈月と付き合ってなかったら、今日の体育も絶対にあんな風になってなくて。
もう、俺が頑張れるのって全部奈月のおかげなんだよね。俺が少し頑張っただけでその十倍は褒めてくれて、それが嬉しくて」
「たしかに奈月めっちゃ褒めそう! バスケでも感動して泣いてたもんね」
「だって直くんだよ?
――ちょっと直くん、止まってしゃがんで。もう少し高くて良い」
そう言って奈月は、膝を曲げた直人の頭に顎を乗せて、ペチペチと頭を叩いた。
「これこれ、この頭の位置よ。私よりこれくらい背が低くて、ガリガリで私より十キロ軽くて。
運動会の応援に行っても、短距離走は絶対ビリで大縄跳びは引っ掛かって。上手いのは女子との二人三脚とか、女子に迷惑かけたくないやつだけで。
そんな直くんがさあ、あんなに頑張ってシュートして入っちゃったんだよ? そんなの泣くよー。なにあれって感じだよ。
――本当に、よく頑張ったね。えらいえらい」
奈月は直人の頭を軽くなでて、労った。
直人は目頭が熱くなった。
「ありがとう。奈月がそこまで喜んでくれるとは思わなかったなあ。そういえば奈月、運動とかわりと好きだもんね。
また昔みたいに、公園で何か勝負しようか。夏休みだっけ、メロンの形したアイス賭けて、勝負したじゃん」
「それ、私しか勝たないから、止めちゃったんだよね。アイス食べ得」
「奈月は優しいから、必ずアイス半分くれたけどね」
直人は言った。奈月と見つめ合った直人は、奈月の微笑みがいつもよりいたずらっぽく感じた。直人は一瞬考えてから、慌てて奈月から目をそらした。
奈月からのアイスのもらい方が口移しだったことを思い出して、急に恥ずかしくなったからだ。
「優しいでしょー。美味しいアイス半分あげるって、子供にとっては大サービスだよー?」
奈月は、からかうように直人の視線に入り直し、顔を覗き込んだ。
「それなのに、直くん止めちゃって」
「あれさあ、負けるのが嫌で止めたわけじゃなくて。最後のとき、見てたおじさんに『情けねえぞ』って言われて。外でスポーツするの恥ずかしくなって」
「そんなの気にすることないのに」
「まあそうなんだけど、当時は男に何か言われるのがすごく気にってたからね。
今なら気にならないし、やってみたい。奈月より背も高くなったし、たまには俺も勝てるんじゃないかな」
「昔みたいに、私が勝ったらメロンのアイス?」
「そう。それで、俺が勝ったら一日結婚って約束だったよね?」
「なにそれ!?」
「結婚して、ホットケーキでもお掃除でも肩揉みでもなんでもするって、奈月言ったじゃん」
「言ってないよそんなの。え、言ったの?」
「言ったよ。布団の中で指切りしてくれたよ。
あ、でも今だと奈月負けちゃうからそんな約束無理か。じゃあ俺もアイスで良いよ」
「何言ってんの、余裕で私が勝つし。もう絶対に手を抜いてあげないからね」
「実際どうなんだろうね。今だと、腕相撲もマラソンも奈月に勝っちゃうのかな?」
「えー? 直くん、筋トレとかランニングしてないんでしょ? 私、筋トレもランニングもなるべくしてるよ」
「俺は奈月との罰ゲームの腹筋・腕立てとかだけだね」
「あのヘロヘロの腕立てね。私腕立て結構出来るし、やっぱり私の方が力あるんじゃない?」
「じゃあとりあえず腕相撲してみる?」
「勝負ってこと?」
「勝負でも試しでも、どっちでも良いよ」
直人はぶっきらぼうに言った。
「なにその余裕。勝つと思ってるでしょ」
「いや、分からないんだよ本当に」
「良いよ、勝負しよ」
「やるっていっても、どこでやろうか?」
「帰ってから?」
「あ、ちょっと良い?」
理子が口を開いた。
「私、二人の話を聞いてる内に結構お腹空いてきた。今のお腹ならファミレスくらいなら余裕でいける」
「私もお腹空いた」
と、初美も同意をした。
「というか、二人の話聞いてたら体が熱くなっちゃって。喉渇いた」
「分かる! 私も喉カラカラ。
今日の私、奈月が森田くん好きなことをまず知って、二人が付き合ってるの知って、前から友達なのも知って、でしょ? びっくりする情報多くて」
「ファミレス行ってくれたら俺としても助かる」
と、直人。
「それじゃ、ファミレスで直くんを腕相撲でやっつけて高いアイスおごらせよっと。ダブルのやつ」
奈月はそう言うと、嬉しそうに口ずさむ。
理子が
「奈月そんなこと言ってるけど、わざと負けて一日結婚してあげたりするんじゃないの? 森田くんに頑張ったご褒美あげたいだろうし」
と、面白がる。
「しないしない。私たちはゲームとかおにごっこも大体本気でやるから。だから私が過去のスポーツ全勝してたわけ。
それに、こんなのと結婚なんてしたら何されるか分からないし。ちょっと慣れてきたら『この女は俺のだ』って勘違いして、ベッドに投げつけるタイプだからね」
奈月はそう言いながら、足で直人をペチペチと蹴った。
奈月の笑い方を見ていて、内心そこまで嫌がっていないように直人は感じた。
奈月は友達といっしょだから約束するのを恥ずかしがっているんだ。真面目なデートプランを出せば、きっと……。
直人は頭の中で考えをまとめると、
「じゃあ結婚じゃなくて婚約でも良いよ。時間も三時間だけで良い。二人でスーパーに行って、いっしょにポテトグラタン作ろ?」
と、ハードルを下げた。
「またポテトグラタンって言ってる。そんなに食べたい?」
「ダメ? 奈月のエプロン姿、見たいな」
「この前エプロン見なかったっけ?
私のエプロンって、直くんが中学校で作ったやつだよ。ウチの子は使わないからって、直くんのお母さんにもらって」
「アレだから最高なんじゃん!
奈月のお母さんがいたから感想言えなかったけど、見たとき嬉しかった。
奈月が使ってくれてるってのは親から聞いてて、当時から興奮してたんだよね」
「興奮するな!」




