二連続
その日の放課後。
直人と奈月が校門の前で立っていると、一人の女子が奈月に手を振った。
小走りで近寄って、
「デートですか?」
とからかうように聞いた。
「違います違います、健康ランドのメンバー。今からあと二人来るから」
奈月は笑って返事をする。
「本当ー?」
「本当、待ってるだけ。
ほらあ、森田くんが黙ってるから変に怪しまれちゃったじゃん。幹事なんだからちゃんと説明してよ」
直人はうつむいたまま、
「だって知らない人だし……」
とつぶやいた。
「知らない人じゃないよ! 桜子の友達で、健康ランドに行こうかなって言ってくれてる、伊藤桃子さんじゃん。飯田くんのクラスの人で」
奈月が慌てて説明をした。
「ああ……桜子と桃子で花繋がりで、名前だけは覚えたんだけど」
「先にまず、よろしくお願いします、って言わないと」
奈月が直人を促す。
直人は奈月の言葉に大人しく従い
「あ、よろしくお願いします」
と頭を下げる。
桃子も頭を下げた。
「よろしくお願いしますー。
――なんか飯田とタイプ違う人だね」
顔を上げると、桃子は奈月に微笑んだ。
「森田くん人見知りするんだよね。だから健康ランドでもこんなかも。勘違いされちゃうよって言ってるんだけど」
「えー大丈夫でしょ。私、弟が大人しくてかわいくて、静かな男子の方が好きで。
飯田はバスとか結構うっさいんだよね」
「この人、バスは無言だよ。バスに酔うからずっと一人で外見てる」
「弟と同じだ! 弟もバス酔いひどくて、もうかわいそうでかわいそうで。
森田くんは酔い止めとかもう買ったの?」
桃子は直人にたずねた。
「まだ」
「あのね、弟が飲みやすくて効いたってやつが、安く売ってるとこあって。駅突っ切ったとこに肉屋があって、そこ曲がると小さな薬屋あるんだけど、分かる?」
直人が返事をする前に、奈月が口の前で手を振った。
「あーダメ、森田くんかなり方向音痴だから危ない。私が聞いとく」
「ウソ!? 方向音痴なところも弟といっしょなんだけど! えっ、森田くんって私の弟かも!?」
桃子の冗談に奈月は、
「こんな弟じゃかわいくないでしょ」
と笑いながら言った。
「えーかわいいじゃん、ねえ森田くん? あ、男子にかわいいなんて言ったらダメ?」
「森田くんは大丈夫。かわいいって言われるの好きなタイプだから」
「あ、そこは弟と違うんだ。せめて外で言うのはやめてよって、ちょっと前に弟に怒られちゃってさ。
森田くんは言われるの平気なんだね。結構言われてる感じなの?」
「うんと……」
直人は桃子に目を合わせずに、
「前はかなり背が低かったんで、中学まではよく言われた。最近背が伸びて普通くらいになったから、今は押田さん以外にはあまり言われないかも」
とぎこちなく答えた。
「押田さんはわりと言うんだ? かなり仲良し?」
「押田さんには、過去千回は言われてそう」
「多くない!? えっ、森田くんのこと――」
と大声を出した桃子だが、通行人が振り向いたことに気付いて、
「……森田くんのこと大好きでしょ?」
と、小さな声で遠慮がちに聞いた。
奈月は困って、
「なんて言えば良い?」
と直人に聞いた。
直人は考えたあげく、
「正直に言って良いよ」
と答え、恥ずかしそうに笑った。
「……大好き」
「わあ。森田くんは?」
「俺も奈月が大好きです」
「やっぱり付き合ってるんじゃん二人!」
「うわ、バレた」
「直くんが千回とか言うからでしょ、バカ」
奈月と桃子は、直人をからかってしばらく盛り上がっていたが、桃子が「邪魔しちゃ悪いから」と立ち去った。
桃子の姿が見えなくなると、直人はまだ顔を赤くしたまま笑った。
「余計なこと言っちゃダメだね。千回って言葉で、あっさり交際がバレるとはなあ」
「当たり前でしょ。ただの男友達にかわいいって千回言うなんて、ほぼありえないもん」
「奈月、他の男子にはかわいいって言わないの?」
「なんかよっぽどのことがないと言わないよそんなの」
「奈月にとって、俺だけ特別なんだ?」
「直くんみたいな人いないし。
伊藤さんの弟さんみたいに、かわいいって言ったら怒る人いるし。直くんは怒らないから言いやすい」
「だって俺、前に奈月を押し倒して怖がらせちゃったから。
奈月にかわいいって言われると、怖くないって言われてるみたいで嬉しい。クリスマスの前に手を繋いでくれたのも、すごく嬉しかった。ありがとう」
「バーカ、言うの遅過ぎでしょ。手を繋いでも何も言わないから、緊張しちゃったじゃん」
「バカとか気楽に言われるのも嬉しい」
「伊藤さんがいるときにそうやってたくさん喋ってよ。直くんが喋らないから、私ばっかり好きみたいな感じになっちゃって恥ずかしかったじゃん」
「嫌だよ、初対面って話に入りにくいんだもん」
「私だってほぼ初対面だったよ? この人は自分のことを気に入ってくれてるなとか、なんとなく分からない?」
「そんなの分かったら男性恐怖症の人に告白してないよ。全く分からないんだよ。奈月とも、付き合うまですごく怖くて」
直人はため息を吐いた。
「直くん、困ったものですねえ」
と、奈月が直人の頭を優しく撫でる。
「奈月、好きになってくれてありがとう」
「どうしたの急に。
――あ、来た来た」
奈月が、理子と初美に気付いて手を振る。
「それで、この四人でどこ行きたいの?」
と奈月。
直人は
「どこ行こうか?」
と、のんびり聞き返した。
「なにそれ。二人を呼んでって命令しておいて、どこ行くか決めてないの?」
奈月が直人を非難する。
しかし直人はあっけらかんとしている。
「いや、一応ずっと考えてたんだけどさ。
俺はファミレスとかでも良いんだけど、どうしよ。笹原さんと高橋さんって、もうお腹空いてる?」
「私あんまりガッツリは無理かも」
理子が答えた。
「そうだよね」
直人は腕を組んで考えた。
八木くんも野口くんも本気で恋をしているように見えたし、路上で言うのはなあ。誤解されないようにきちんと説明をしないと……。
「えーっと、あんまりクラスの人に話を聞かれないような、落ち着いて話せる場所に行きたいんだけど……駅の方に歩きながら探そうか?」
直人の提案に反対する者はいなかった。
四人はゆっくり歩き出す。集まった目的を直人が話さないので、なんとなく緊張した空気が流れた。
「森田くんはもうお腹空いてるの?」
沈黙に耐えられず、理子が聞いた。
「俺はわりと空いちゃってるなあ。学食きっちり食べたのに、なんでだろ」
「頑張ったもんね体育」
「頑張ったというか頑張らされたというか、みんなが妙にテンション高くて結果ああなって。動くとお腹が減るんだなって、実感したよ。
押田さんたちは、今日の体育あんまり運動してない感じ?」
「私全然動いてない。だから私もあんまりお腹空いてない」
奈月が答えた。
「奈月はまだ胸がいっぱいなんでしょ?」
理子が奈月をからかう。
「何かあったの?」
直人が不思議そうに奈月を見た。
それまで笑っていた奈月が、真面目な顔になった。
「体育の後、着替えてるとき我慢出来なくなって、ちょっと泣いちゃって。そしたら近くにいた理子にバレちゃって。もしかしたら他の人にもバレちゃったかも。ごめんなさい」
「いや、俺に謝らないといけないようなことじゃないけど……」
「なんか、直くんがみんなと仲良くスポーツして、直くんのシュートをみんなが喜んでくれて、更衣室でも森田くん頑張ってたねってみんな言ってて。直くんと普段あんまり話さない人まで……それがすごく嬉しくて。
理子も、私が泣いてるの見て、今まで苦手だったことに挑戦するって勇気あるよねって、森田くんすごいねって……言ってくれて……」
「わわわ、また込み上げてきてない? 大丈夫?」
理子が奈月の心配をした。
「大丈夫、ありがと」
奈月は理子に笑顔を見せてから、
「でね、理子がほめてくれたのが嬉しくて、森田くんが好きなのってつい言っちゃったの」
と直人に言った。
直人は心底嬉しかった。
「そっか、言っちゃったかあ」
「急に頑張るんだもんなー、直くん」
「たまには頑張らないと振られちゃうからな。少しは惚れ直してくれた?」
「知らない。ズルいよあんなの」
黙って聞いていられなくなった理子が、
「ちょっ、ちょっと待って。二人ってもう付き合ってるの?」
と奈月に聞いた。
「うん」
「なんだ、そうなの!?
私が『好きなこと伝えたの?』って聞いたら『うん』って言ったまま泣いてたから、奈月が告白して振られたのかなって思った」
「ごめん。泣いてたから返事に余裕なくて。付き合ってます」
「でも告白は奈月からってことだよね?」
「どっちから告白とかじゃなくて、直くんが泣きそうな顔で毎日見てくるから、仕方なく付き合ってあげたの。ね?」
「そうだった?」
直人はやや納得がいかず、首を傾げた。
「そうだったじゃん。彼氏いるか聞いてきたときとか、すごい緊張してたじゃん」
「あれは、そもそも聞いて良いことなのかって迷いがあったし……」
「あのとき、私が彼氏いるよって言ったら泣いてた?」
「後で泣いてただろうなあ」
「じゃあさじゃあさ。今日の直くんみたいに、私が苦手なことで頑張れたら泣いちゃう?」
「奈月ってそんなに苦手なことある? 何が苦手なの?」
「なんだと思う?」
「そんなの分からないよ」
「もっと考えてよ」
「なんかあったかなあ……」
「いっぱいあるじゃん」
「えー?」
「なんでよ、最近のことだけでもエスカルゴとかさあ」
「あーあー、そういうのでも良いのか」
「リアルなゲームで高い所から飛び降りるのとかさあ」
「そんなの聞いてないんだけど」
「言ったじゃん! 怖いからわざわざ階段で降りてるって」
「あー聞いてた。奈月の言い方ってのんきっていうか、俺みたいに深刻な弱点な感じがしないんだよね」
「直くんが弱点多すぎなの!」
理子は二人の話を聞きながら微笑んでいたが、ついにこらえきれなくなって笑いだした。
「奈月たち、普段こんな感じなんだ。すごい楽しそう」
「んーまあ、私にとって飽きないやつって感じではあるかもね」
奈月は照れながら答えた。
「そういうのめっちゃ大事だよね。理想的じゃん、良いな良いな」
理子は興奮してやや早口になっている。
「奈月、本当に森田くん大好きなんだね。やっぱさあ、奈月の方がベタ惚れって感じだよね。
森田くんが奈月に興味あるイメージって最近までなかったし」
「実際、興味はすごくあったんだけどね」
と直人が笑った。
「奈月はこの何年かですごく大人になったけど、俺は成長出来てないから。
奈月がコーヒー飲んだらビックリ、奈月が酢の物食べたらビックリ、奈月が敬語上手いの見たらビックリ。
好きな食べ物・好きな飲み物から趣味・特技まで全部インプットし直しって状態で。俺からすると新鮮で嬉しいんだけど、奈月に見捨てられないように頑張って覚えないとダメだね」
そんなことを聞けば、当然理子は驚く。
「二人って昔からの付き合いなの!?」
「えっと、恋人として付き合い始めたのは最近なんだけど、友達付き合いは昔してて。
それで、子供の頃も子供ながらに付き合ってはいたんだけど、しばらく付き合ってなくて、友達付き合いもしてなくて。
だけど、また付き合いたいとは思ってて。あ、その付き合いたいは友達としてなんだけど。
最近になって友達付き合い復活したら、すごく付き合いたくなっちゃって――」
「あーもう、直くんのバカ。そんなんで分かるわけないでしょ。伊藤さんとの会話もバカだし、二連続でバカ。というか七年連続バカ」
奈月は笑いながら直人の話を遮った。




