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怒っちゃった

 体育の授業後、直人は次々と質問をされた。着替え終わってもまだ質問は続いた。その内に女子が教室に戻って来て会話に混ざり、どのスポーツなら比較的得意そうだとか、直人の机の周りで話し始めた。

 奈月と早く二人きりになりたいと思っていた直人だが、大人しくみんなの質問に答えるしかなかった。


「結構走れたから、サッカーとか屋外競技の方が合うんじゃね?」

 八木は言った。


 直人は少し考えてから

「とりあえず、場所としては体育館の方が好みかなあ。

 サッカーしてるとたまにハチが来るじゃん。ハチに刺されたことあるからハチが怖くて。黄色い物は外であまり持たないようにしてるくらいで」

 と答えた。


「お前、怖いもの多いな。今日だけで何個出てきたよ」

 野口が笑う。


「前に猫に引っ掻かれたから、猫が突然目の前に飛び降りてきたときもビックリする。

 そういう意味では、今はボールが圧倒的に怖いわけではなくて」


「一番怖いのはなんなの? 男?」


「分からないけど、モヒカンで刺青だらけの人とかはかなり怖いなあ。あと変な柄のカラーコンタクトとか」


「分かるー。カラコンは慣れるの無理だよね」

 初美が怯えたような表情で頷いた。


「あと……」

 直人は奈月をチラリと見ると

「最近だと、なぜか押田さんが俺の指をポキポキ鳴らそうとしてきて。あれは地味に怖かったなあ」

 と、苦笑いを浮かべた。


「あ、あれ楽しかったね。また鳴らそっか」

 奈月はすぐに直人に近寄った。


「また!?」


「良いじゃん、運動の後だし」

 奈月はそう言いながら、既に直人の(こぶし)を上から握りしめている。奈月は、他の女子に密かにヤキモチを焼いていたのだ。


「運動の後とか関係あるの? 待って待って、あの、心の準備が」


「いくよー。いくつ鳴るかな?」


「あっあっ、早いって」


「え? やって良いんだよね?」


「大丈夫だけど……」

 直人はしぶしぶそう言ったが、奈月が直人の指の関節にグッと力を込めると、音が鳴ると同時に「はぐっ」と、つい声を漏らした。


「変な声出さないでよ、私がいじめてるみたいじゃん」

 奈月は楽しそうに、次々と直人の指を鳴らしていく。


「うう……これ本当に苦手なんだよ。なんか折られそうでゾクゾクしてさあ」


「そんなに怖いの?

 前のとき、やめようかって聞いたら、続けて良いって言ったじゃん」


「だって、ものすごいやりたがるから。そんなに楽しいなら続けても良いけどって言ったたけで。普通は遠慮しない?」


「あれだけ嫌がったら止めるよね。私も『大丈夫なの?』って思って見てた」

 亜紀は、珍しくやや興奮した口調で直人に同意した。


「大体なんで森田くんの指を鳴らそうと思ったの?」

 理子が奈月に疑問をぶつけた。


「漫画読んでたら首を鳴らす場面があって、指を鳴らせるの思い出して。

 私が自分の指を鳴らしてみせたら森田くんが嫌そうな顔をしたから、じゃあ森田くんの手でやったらどれくらい嫌がるのかなと思って」


「なにそれひっど!」


「だって、試しに一つ鳴らしたら森田くんの反応が面白くて。今は人がたくさんいるから恥ずかしがってリアクション薄いけど、その日すごかったんだよ?

 森田くん、もう片方の手を亜紀に繋いでもらってて、亜紀もすごい心配して。二人で大事(おおごと)みたいな雰囲気出してたよね?」

 奈月が思い出し笑いをしながら亜紀を見た。


「だって、他人の指を鳴らすって力加減とか危なくないの? 私だったら絶対やりたくないんだけど。見てるだけで怖かったよ私。奈月は絶対変」

 亜紀は言いきった。


 直人は亜紀に味方されて、嬉しくなった。

「そうだよね。変だよ押田さんは」

 と亜紀の意見に乗った。


「あー、森田くんまで変って言った」

 奈月は直人を軽く(にら)んだ。


「だって押田さんさあ、散々俺の指をもてあそんでおいて、俺がちょっと仕返ししようとしたらセクハラとか言ってきて。ひどくない?」


「奈月それ理不尽すぎるでしょ」

 と理子。


「いやそれはさあ、森田くんが私の指をずっともぞもぞ触ってるから。

 こっちは緊張しながら鳴らされるの待ってたわけで」

 奈月は不服そうに理子に答えた。


「俺は自分の指すら鳴らしたことないんだから、押田さんみたいにいきなり他人の指の関節に強い力入れられないよ。

 そもそも押田さんは、なんで自分の指を鳴らしてみたことがあったわけ?」


「なんでって別に、小学校で誰かがやってるの見て真似しただけだと思うけど」


「あー押田さんあれでしょ。指の間をボールペンとかで早くつついていく謎の遊びとかやったことあるでしょ」


「あるある。私あれかなり得意」


「俺あれも一切やったことない。怖いから」


「じゃあやらせて! 痛くしないから」


「なんでだよ。痛くしないなら自分の手でやれば良いじゃん」


「やれるけど、私の手でやってもし怪我したら、森田くんの性格だと後悔しない?」


「そっか。結局、押田さんが怪我するくらいなら俺が怪我した方がましなのか」


「そうそう。だから危ないことは全部、森田くんの体でやろ?」


「そうだね」

 直人は納得して、奈月に手を差し出した。


「森田くん、奈月に騙されてるよ?」

 理子が、諦めたような表情で直人に教えた。


「あ、これナイフっぽくて良いじゃん」

 奈月は、直人の筆箱からステンレスの定規を取り出した。

「この定規、ナイフって設定ね? ナイフだと思って見ててね」


「だからなんでわざわざそういうこと言うの!? 怖いんだけど」

 直人は情けない顔をして、奈月に訴えた。


「毒付きナイフで、かすっただけで首から下が三分間麻痺ね。かすったら三分動いちゃダメ。

 そんで、思い切り当たったら捕まって洗脳。三時間私の言いなりね」


「どうして手に当たる前提のルールを足すの!? 失敗しないんでしょ?」


「失敗しないと思うけど一応足しとく」


「もし失敗したら押田さんに目薬差すからね」


「えっやだそれ! なんでそんな意地悪言うの!?

 ほら理子、森田くんが正体現したよ。目薬を差そうとする極悪人だった!」


「もうイチイチ奈月のワケわからない話につっこまないけどさあ。奈月って目薬ダメなの?」

 理子が不思議そうに聞いた。


「前に目薬なくなる寸前で失敗出来ない量のとき、近くに森田くんしかいなくて。『絶対に失敗しないでね。失敗したらバンジージャンプして動画撮ってきてね』って頼んだら森田くんの手が震えちゃって。目に刺さりそうで、とにかくすごい怖くて」


「バンジージャンプとか言うからじゃん、奈月が悪いんじゃん。なんでイチイチ森田くんを脅すの?」


「だって森田くん、脅かしても怒らないんだもん」


「アホだったのかこの子。

 奈月がどんどん調子に乗るから、怒るときは怒らないとダメだよ森田くん」

 理子は、冗談っぽくそう言った。


「俺も怒っちゃったときあるよ?」


「そうなの?」


「うん。押田さんが具合悪いのに無理してたとき、勝手に一人で心配して、なんかパニックみたいになって。無理しちゃダメだよって怒っちゃって。いざというときのために、ちょっと強引にメールアドレスも交換して。後ですごく反省したんだけど」


「それは全然良くない? 怒って当たり前っていうか、むしろ良い話じゃん」


「優しく丁寧に言えたらそうかもしれないけど、そうじゃなかったから。

 俺そのときはまだ女子と話すのが今の十倍怖くて、いっぱいいっぱいで。言い方も態度も全く優しくなくて、偉そうでぶっきらぼうで。相談出来る人や頼れる人がいるかどうかとか、セクハラ的なこともたくさん聞いちゃって。

 今冷静になって考えると本当に高圧的で、ダメな怒り方で。よく押田さんは俺のことを嫌わないでくれたなってくらい、ひどいやり方で。あれは怒りながら言わなくて良いことだったと思う」

 直人はそこで一度言葉を切ると、奈月をしっかりと見た。

「今までちゃんと謝れてなかったよね?」

 直人は、奈月に頭を下げた。

「あのときは、すみませんでした」


「大丈夫だよ。たしかにちょっとびっくりしたけど、森田くん怖くなかったしね」

 奈月は定規で直人の頬をペチペチと叩くと、

「学食おごってくれたら許してあげる。コロッケ定食ね」

 と、笑顔で言った。実はこの状況は、奈月にとって非常に喜ばしい展開だったのだ。

 このままお昼休みまで直人が注目されていたら、男子や他の女子に直人が食事に誘われるかもしれない。奈月はそう考え、心配していたのである。

 みんなの前で食事の約束をしてしまえば、直人との食事タイムを取られる心配はない。


「分かった。ありがとう」


「そうだ、おそばとかにするならコロッケ一つ分けてあげるよ? コロッケそばとか好きでしょ?」

 奈月は安心して、直人に提案した。


「良いね。そうしようかな」


「じゃあ分けてあげるね」


「奈月がおごってもらう立場なのに、なんでめちゃくちゃ偉そうに分けようとしてるんだろ」

 理子は誰ともなしにつぶやいた。


 奈月は慌てて

「ぜひコロッケを一部お返しさせて下さいね」

 と妙な言い方で訂正した。


「それ言い方合ってるの?」

 直人はやけにおかしくなって、笑ってしまった。

 それにつられたように、周りも笑い出す。


 奈月は照れ隠しに、まだ苦しそうに笑っている直人の腕を掴んで机に押し付け、指の間を定規で突いていった。


「いてっ!」

 直人の指に定規がぶつかり、止まりかけていたみんなの笑い声がまた大きくなってしまった。

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