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直人の初体験

「最速だと――これくらいのパス。どう?」


「わりと大丈夫そうかな」

 直人は、少し安心しながら野口にボールを返した。


「了解。まあ最速は基本森田以外に回すけど、今ぐらいってことで。

 俺さ、小学校の頃は鼻水すごくて頭すぐ痛くなって。結局理由とか分かんねえんだけど足もよく疲労骨折して、ジャンプすんのとか当時は怖くて。

 だから森田がスポーツ緊張するのも結構分かるんだけど、俺は今スポーツすげえ好きで。

 森田にもスポーツやってみてほしいんだよ。試しにっつーの? スポーツ好きになるかは別にして、挑戦してくれるのが嬉しくてさ。普段あんま話さないのに、変だよな」


「ううん、分かるよ。自分の好きなゲームとか漫画とかに興味持ってくれた人みたいな……」


「そうそう、とりあえず試してみてよってやつな! 無理強いするつもりは全然なくてさ」


「うん……」


 直人が会話を止めてしまったので、しばらく無言でパス練習をしていた直人と野口だったが、ふと野口が苦笑いを浮かべた。

()()()ともよくこんな感じになるんだよ。こういう無理矢理気味に誘う感じ、多分あの人は嫌いだよなあ」

 あの人、とは初美のことである。


「分からないけど、苦手かもしれないね。男子と女子での会話の場合だと、断りにくさのハードル高いしね」


「だよなあ。つくづく合ってないっていうか、見込みないよな。なんで好きになっちまったかなあ」


「あの人が優しかったからじゃないの?」


「そうなんだよなー。俺さ、女子にちょっとウザがられてんの自分で分かるんだけど、あの人は一応話を聞いてくれて。そんで、普通の無言なら良いんだけど返事に困ってるのが伝わってきて。だから朝の挨拶だけにしときゃ良いのに、たまに何か言っちゃうんだよな。

 そろそろきっちり振られないと本格的に嫌われるから、森田がいてくれてすげえ助かった。

 なんかありがとな、今まであんま話してたわけじゃないのに」


「大丈夫、俺こそ話そうとしなくてごめん」


「仕方ねえって、心臓止まるとか壮絶だし。

 ……森田はさあ、ピンポン玉とかも怖いの?」


「いや、ピンポン玉とかバドミントンの羽とかは平気。お手玉とか雪玉も平気。女子と雪合戦や枕投げするの大好き」


「すげえ分かる! 女子に雪ぶつけるのすげえ興奮するよな」


「俺は雪合戦してくれる系の女友達は少なかったから、ぶつけてくれる人が好きだった。たくさん雪合戦してくれたのは一人だけかも」


「マジか。節分はぶつけられる派だけど、雪玉はぶつけてた」


「俺は、豆を女子の服の中に入れるのが好き。小学生のとき、女子の服に入れて服の上から豆探しをしたけどすごく楽しかった」


「天才かよ」


「昔は特に、セクハラっぽいことしても笑ってくれる人が好きで。くすぐり合いとかしてくれる人好きだった」


「分かる、俺もそうだった。そういう人の方が話しやすいよな。だけど、あの人を好きになっちゃって。話題が合わないっつー」


「俺が中学に告白した人も、セクハラ嫌いっぽい感じだったなあ。学校の話とか真面目な話しか長く続かなかったんだよね」


「それすげえ困るんだよな。真面目な話なんて出来ねえよ」


 直人は、遥が自分の小説の文章を覚えていたことを思い出していた。

 もしかしたら笹原さんも、野口くんの意外なところに注目しているかもしれない。直人はそう考え、

「じゃあ野口くん、趣味とかは?」

 と聞いてみた。


「やっぱスポーツと、まあ肉かな」


「肉?」


「ウチ焼肉屋でさ。親父、昔レストランの料理長してて。昔から、他の焼肉屋やステーキハウス出来たら家族全員で偵察行って。当時の俺の感想なんて「スープ少ない」とか「ここランチのドリンク高い」とかなのに、親父が真剣に感想聞いてくれて。なんか嬉しくて。

 中学になって俺の行動範囲広がったら、他の店見たら自由にスパイして良いって言われてて。レシート持って帰ればよっぽど高い肉じゃなければ金出してくれんだよね。偵察費用ってことで」


「じゃあ味とか分かるの?」


「肉だけはそこそこ分かるつもり。一回、ステーキの産地偽装見破った。まあ自信なくて親父に確認してもらったけど」


「すごいじゃんそれ。その話あの人にしたの?」


「いやしてない。なんか自慢みたいだしつまんねえだろ」


「あの人はそういう個性的な話わりと好きそうだけどな」


「上手く説明出来る気がしないから無理っす」


「じゃあ、勉強の話とか進路の話するのが良いのかな。あの人、フリートーク的な話より相談みたいな感じの方が答えやすそう。健康ランドに関する質問とかはあんまり悩まないし」


「相談かー……なんで私にってならないかな?」


「そうなる前に、答えてあげなきゃってなると思う」


「そうだよな、あの人ならそうだよな……。

 あー、なんかやべえわ。なんか俺、またあの人と仲良くなりたい方向に動こうとしてる。振られるんだから、もう良いじゃんな」


「まだどうなるか分からないんじゃ……?」

 それは直人の本心だった。直人からすると、かつて遥が自分より飯田を好きになったという過去もあるし、自分みたいな暗い人間より騒がしい人間の方がモテるイメージがあるのだ。


「まあほぼ振られるでしょ。俺と話してるときと森田と話してるときで全然距離違うから分かる。とにかく会話打ち切りたい感じでさ。

 振られたら良い肉やけ食いしたいから、いっしょに飯食ってくれね? おごるから」


「俺で良いの?」


「他のやつだとうるせーだろうし、森田の方が気楽そう。一応、俺のどういうとこが嫌って言われたかとか、今後どう接すれば良いかとかゆっくり聞いておきたいし」


「うん、行ける日なら行くよ」

 直人がそう答えたのは、直人にとって奈月との約束が最優先だからである。


「サンキュ。

 森田さあ、パスの練習は結構コントロール良いけど、シュートはどうなの?」

 話はバスケに戻された。


「どうだろ。俺シュートしたことないんじゃないかな」


「そんな奴いるの!? たまにはパスくるでしょ?」


「あんまりゴールの近くにいないようにしてたからなあ。シュートした記憶ない。少なくとも、点を入れたことはないんじゃないかな。

 俺が点を入れたの見たことないでしょ?」


「マジかよ。じゃあ今日狙おうぜ」


 そう言われ、直人は慌てた。

「ダメだよ。筋肉衰えてるからシュートなんてとても出来そうにない。ボールが重たいもん」


「でも森田、バイトで力仕事してるんだろ?」

 近くにいた八木がすかさずそう言った。直人のかつての愚痴を覚えていたのだ。


「あんなのたまにだし、無理無理」


 しかし、野口の方はもうその気になってしまった。

「いけるいける。

 ――先生ーっ! 試合の前にシュートの練習させて下さーい!」

 と、大きな声で呼び掛けた。


「良いぞーっ! 気を付けろよー」


「おし。ちょっとシュートの練習しようぜ」

 野口は躊躇せずにコートを歩いていく。


「みんなの時間なのに、良いのかな……?」

 直人はそう言いながら、心配そうに後ろをついていった。


 おそるおそるシュートの練習を始める直人を、奈月は(こぶし)を握りしめながら、直人より緊張して見守っていた。




「あーあ、やっぱり練習不足だなー」

 直人は、自分のふがいなさにため息をついた。

 試合の前半が終わり、今は休憩時間。直人のシュートはまだ一度も成功していないのだ。


「いや、最後のは俺のパスがイマイチだった! 次はもっと良いときにパス回すから」

「その前のはかなり惜しかったしな! 後半でいける!」

「つーか、かなり体力あんじゃん森田! もし今日ダメでもすぐ点入れられるようになるっしょ」

 何人もの人が直人を励ます。直人はその都度、曖昧に笑うことしか出来ない。こういうとき、恥ずかしくなってしまうのだ。


「なんかすごい盛り上がってるけど、どうしたの?」

 いつの間にか桜子が来ていて、野口に質問をする。男子グループの様子が変なので、一人で偵察に来たのだ。


「いや、森田ってボール苦手で、バスケで点入れたことないんだって。だから、狙えるときには狙ってみようぜってことになって」


「森田くんがやりたがってるなら良いけど、森田くんの体力や気持ちを無視して遊んだらダメだよ?」


「そんなんじゃねえって! 森田には、聞くも涙語るも涙の物語があって。今やる気になってるんだよ」


「その言い方がもうふざけてんじゃん」


「いやマジで頑張るから! 主に森田が!」


「やっぱふざけてんじゃん」


「ふざけてねえって。最終的には森田が頑張るしかないって話で、全力で協力するから」


「森田くん、大丈夫?」

 桜子は、今度は直人に聞いてみた。


「うん、もうちょっとやってみる。試合は、俺のせいで負けちゃうかもしれないけど」


 野口はすぐに、

「そんなん気にすることねえよ。頑張ろうぜ」

 と言いながら直人の背中を二度軽く叩いた。


「――ってことらしいから。自分なりに頑張ってみる。()()()にもそう伝えて」


 桜子は思わず微笑んだ。奈月に伝えてほしいのだとハッキリ分かったからである。

「分かった、戻ったらすぐに言っとく。頑張ってね」


「うん、ありがとう」

 直人は桜子に笑顔を見せると、背を向けてパスの練習を再開した。


「広瀬、ちょっと待った」

 宮下が、直人に気付かれない声の大きさで、桜子を呼び止めた。


「何?」


「あのさ、女子で森田を応援してくれそうな人結構いる? 応援してもらえたら森田もっと頑張れそうじゃない?」


「えー? それ大丈夫? かえって緊張しない?」


「女子大好きって言ってたから大丈夫じゃね?」


「たしかに森田くんは女子大好きだけどさあ……」


「やっぱそれは知られてるんだ」


「本人が隠す気ないし、既に女子の七人くらいは知ってるんじゃない?」


「じゃあ良くない? ダメかな?」


「まあ、どうすれば良いかみんなに聞いてみるけど……」

 桜子は、奈月を見て考え込んだ。奈月は、なんて言うかなあ……。




 休憩が終わる頃には、既に女子が男子の見学に来ていた。

 男子が半ば勝手にバスケを始めてしまったので、女子はスペース的に困って、交代でバドミントンをしているのだ。見学予定だった女子を含め、約半数の女子が男子を見ている。

「見に来たー」

「頑張れみんなー」

「森田くんもねー」

 と、女子の声。


 直人が女子に手を振り返すと、吸い込まれるように奈月と目が合った。

「大丈夫。森田くんなら出来るから。怪我しないように気を付けてね」

 奈月は優しくそう言った。


 直人は混乱と恥ずかしさで、奈月に頷くことしか出来なかった。


「森田くん、なんか変なことになっちゃったねえ」

「大丈夫なのかな?」

 亜紀と初美が、心配そうに顔を見合わせた。


「『心配しないで』って目をしてたから、大丈夫だと思う」

 奈月が、そう言った。


「分かるの?」

 と聞いたのは、桜子だ。


「多分だけどね。そんな感じで笑ってくれた――と思う」


「それ、みんながいる場所で言って良かったの?」

 亜紀が、ささやいた。


 そう言われ、奈月は我にかえった。

 そうだ、授業中だった。

「クラスのみんなに聞かれちゃったかな?」

 奈月は後ろを振り向くことすら出来ずに、小声で亜紀に聞き返した。


「んー……どうだろ。こっちはいつものメンバーって感じになっちゃってるし、聞かれててもそんなに問題なさそうな人しかいないと思うけど」

 亜紀が、周囲を見渡して答える。


「良かった」


「バレてて、着替えのときとかに聞かれたらどうする?」


「えー? そんなの困るよ」

 奈月は、嬉しそうな顔でつぶやいた。


「全然困ってないじゃん。もうおおっぴらに応援しちゃえば? 一番のファンなんだから」

 桜子が耳元でからかう。


「そんなこと出来ないよ……」

 奈月は、顔を真っ赤にしてうつむいた。




「いけっ!」


 クラスメイトの声と同時に、直人がボールを投げる。

 ボールは、バスケットのゴールに二度跳ねると、静かにゴールをくぐった。

「っしゃああああっ!」

「やったやったー!」

 男子の叫び声と女子の歓声が重なり響く。


 直人のチームの男子は特に盛り上がり、

「先生、今の十点入れといて」

「五十点で」

 などと好き勝手言ってはしゃいでいる。


 対照的に、当事者の森田は静かなもので、照れ笑いをしながら周囲からのハイタッチにたどたどしく応じている。


「マジでこれが(はつ)得点?」

 八木が嬉しそうに直人に聞いた。


「初。こんなの覚えてないもん」

 と、直人は鼻をこすりながら答える。


「やったじゃん」


「ありがとう」


 宮下が、

「よっしゃ、もう一本いこうぜ森田!」

 と声を上げる。


「いや、もう無理だよ。抜けるよ俺」


「時間的にまだ狙えるって」


「ええー……じゃあ、体力ギリギリまでやろうかな。女子が応援してくれてるし」


「おっ、女子は呼んで正解だったんだな。

 ――女子の皆さん、森田の応援引き続き頼んます!」


「今の格好良かったよ、森田くん」

「あとちょっとだから頑張れー!」

「限界来たら私が代わりに入るから遠慮せず言ってねー」


 どの言葉も嬉しかったが、直人は今はとにかく奈月の声が聞きたかった。

 少しだけ女子に近寄り、奈月を見て照れ笑いをする直人。


 奈月も笑った。

「森田くん、良かったね、頑張ったね」


 直人はそれを聞くと、満足そうな顔で試合に戻る。


 奈月は必死で涙をこらえていた。本当はもっともっと、直人をほめてあげたかったのだ。次に二人きりになれた瞬間、抱きしめたい気分だった。


 直人は結局、最後まで試合に出続けて、その間にシュートをもう一度成功させた。


 試合が終わって床にへたりこんでいる直人の頭を、奈月がわしわしと撫でた。


「格好良かったじゃん」


「……ありがと」

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