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クラスで一番女子が好き

 体育の時間になって、体育館に集まっても、授業はすぐには始まらなかった。使おうとしていた器具になにかあったようで、しばらく自習に近い形となったのだ。


「何やる? ネット使えないってことはバスケ?」

「コートをどう使うか分からないから、女子が先に決めてほしいよな」

「女子、準備遅っ」

「どうするよ」

 男子たちが、女子の方を見ながら愚痴を言った。


 男子は準備運動をバラバラに始めたが、そうなると手抜きをするもので、そのせいで女子より先に準備が終わってしまったのだ。

 女子はしっかり普段の授業通りに動いて、全員で同じ準備運動をしているようだった。


「まだ結構かかりそうだな女子は」


「んじゃ、ストレッチでもしながら、誰かまた好きな人の話する?」

 宮下が言う。


「今は女子がいるから、誰も言えないだろ」

 そう言う野口は、初美を見ながら少し照れている。


「あ、そっか。言えねえか」


「それか、宮下が言うかだな」


「俺は話すの無理だよ、片思い確定だから言ったら迷惑かかるだけ。

 森田の話に戻す?」


「そういや、なんか話の途中だったよな? 健康ランドでもし暇だったらチャットするとか、そんな感じで」


「けどさあ、俺らとチャットするってもったいないよな。誰も遊んでくれそうにないの? 必死で頼めば一人くらい、構ってくれる人いるんじゃね?」


「別に、森田は宮下みたいに女子大好きとかじゃないから。

 なあ? いっしょにすんなよって言ってやれ」


 しかし、直人は言った。

「大丈夫、いっしょだから」


 直人の意外な返事に、宮下は喜んだ。

「お、そうだよな。大体のやつは女子好きだよな。別に悪いことじゃないっしょ」


 直人は宮下の言葉を聞いて勇気が出た。今なら言えるかもしれない。そう思った。

「というより俺、多分クラスで一番女子が好きだと思うから」


 直人の突然の告白に、男子は大笑いして盛り上がった。

「なんだよ森田、すげえ自信じゃん!?」

「どうした急に!?」

「森田かっけえ。勇気あるわ」

「いやマジどうしたんだ?」


 直人は、恥ずかしそうに手をもじもじしながら、静かになるのを待った。

 なかなか静かにならないので、直人はこっそり奈月のいる方を見た。視力の関係で人の区別はつかないが、女子がこちらを見ているように見えた。

 男子が急に騒ぎ出したから、びっくりしてるのかな? 奈月が俺のことを心配してないと良いけど。

 直人がそんなことを考えてる間に、やっと周りが落ち着いてきていた。

 ――そろそろ良いかな。

「俺はさ、小学校の頃から女子と遊ぶ方が好きだったんだよね。高校では女子が怖くて、ずっと我慢してたんだけど、思いきって友達になってもらって」

 と、愛想笑いをしながら直人は話した。


「そんな簡単に遊んでもらえるようになるのか? 俺も友達になってもらいたいんだけど。純粋にスキーとか行きたい」

「いや森田だからでしょ。宮下じゃ無理」


「仲良くなってくれた理由を話すと、長いし暗いんだけど。大丈夫かな?」


「良いよ良いよ。今暇だし、ちょうど良いじゃん」

「つーか宮下が参考にしたいだけだろ。さっきから食い付きが尋常じゃねえ」


「俺、中学校に、自分では俺とすごく仲が良いと思ってた女子がいて。服のボタン直してくれたり、バスに酔ったときに背中なでてくれたりして。それって、もう友達かなって思わない?」


「完全に友達だろ」

「友達だな」


「そうだよね。俺もそう思ってて。

 まあ友達って思ってるだけならまだ良いんだけど、告白して振られても、そんなに気まずくならないですむんじゃないかって、勘違いしちゃって」


「あー……」

 男子がいっせいに残念そうな顔をした。


「それでまあ、告白したら『バカじゃないの』って振られて、すごく気まずくなってさ。それから女子が怖くなってさ。女子を嫌いになったわけじゃないんだよね。好きなのに、怖くて仲良くなれなくて。

 中学卒業しても怖くて、最近までずっと、仲良くなることが怖くて。

 ある日、ウチのクラスの女子にほんの少し仲良くしてもらっただけで、夢に見て。その女子に『バカじゃないの』って言われて殴られる夢でさ。起きてからもなんか頭が痛いし、俺ずっとこうやってビクビクしながら生きていくのかなと思ったら、嫌で嫌で。

 心の中にしまっておけなくなって、どうして『バカじゃないの』って言われたのか気になって、クラスの女子数人に聞いてみて。そしたら、みんな優しくて。

 それで俺、嬉しくて嬉しくて、今まで誰にも言えなかったことも相談したりして」


「言えなかったことって、なにそれ?」


「男子が怖いんだけど、どうしようって」


「男も女も怖いのかよ!?」


「俺さあ、小学校の休み時間に校庭を歩いてて、男子のドッジボールが心臓に当たって、心臓が止まったことがあるんだよね。

 それで、心臓が止まってると、息が出来ないだけじゃなくて声が出せないんだよね。だから、のたうちまわるっていうのかな、苦しくて校庭の床のゴムみたいなやつを引っ掻いて。指の爪が剥がれたよ。

 けどその時期には俺もう、男子にいじめられ気味な感じだったから、俺がうねうねしながら地面をかきむしっても、ゲラゲラ笑ってるだけで。休み時間だから先生もいないでしょ。

 何笑ってやがるんだ、ふざけんなって思って。

 そんで、女子たちが気付いて悲鳴あげながら近寄ってきてくれたんだけど……そのときに俺がなんて思ったか分かる?」


「これで助かるとか?」


「違う」


「先生呼んでもらえるとか?」


「それも違う」


「救急車呼んでもらえる?」


「そういうんじゃない」


「えーなんだよ?」


「俺さ、助かりたいとかそういうことは考えられなかったんだよ。

 震える手で、ボールを胸に当てられたってジェスチャーをしてさ。

 もし俺がこれでこのまま死んでも、男子が放置したせいだって女子が怒ってくれるかもしれないって思ったんだよ。性格すごい暗いでしょ?」


「いや、俺でもそれ思うわ」


「ありがとう。

 ――まあ、そんなわけで男子が怖いし、さらに言うと体育も怖いし、球技なんて一番怖いんだよね。高速で動くボールがなんかもう怖くて」


「いや今日、球技じゃん! ダメじゃん!」


「そうなんだよね。しかも、半分自習状態っていうか、先生がちゃんと見てない状態でしょ。今日は俺にとって、怖いシチュエーションが固まってるんだよね。

 だから、もし今日の体育で俺の心臓が止まって倒れたら、すぐに駆け寄ってほしいんだけど」


「分かった、任せろ!」


「ありがとう。あと、どうしても緊張で体がこわばるから、戦力になれないのはごめん」


「おっ、了解!」

「つーか、もっと早く言ってくれよ。そしたら、なだらかにパスするとかやりようあるし」


「いや、暗い話だからなかなか言えなくてさあ」


「たしかにびっくりしたけど、重要なことじゃん。

 俺さあ、男子が苦手だって森田が言い出したとき、なんだコイツ!? って思ったけど、話を聞いたら納得だわ。心臓止められて笑われたら俺も男が嫌いになってるし」

「そういや、心臓止まってどうなったんだ?」


「しばらくしたら勝手に心臓が動き出したんだよね。汗が尋常じゃなかったし、フラついて吐きそうだったし、爪が剥がれてるしで、そのまま保健室行きだったけど」


「学校側、救急車とか呼ばねえの!?」


「呼ばれなかったなあ」


「ひっでえな、後遺症とかなったらどうすんだよ」


「そのときに保健室に運んでくれたのも女子たちだし、血がみんなの服に付いても全然怒らないでくれて。その内の一人なんか、いっしょに泣いてくれてさ。女子って本当に優しいなって思って、女子がますます好きになって。中学で好きな人に振られるまで、女子が大好きで。振られてからも、ちょっと迷子になったときに女子に助けてもらったりするだけで、女子は良い人、女子は優しいって思いながら生きてきて。

 だから、俺がクラスで一番女子を好きなんじゃないかと思って、さっき言ってみたんだけど」


「やべえ。女子を好きな理由、笑っちゃいけない深刻なやつだったんじゃん。マジでごめん」

 八木は、気まずそうに頭を掻きながら謝った。


 直人が、口の前でぶんぶんと手を振った。

「いや、それは笑ってくれて良いんだけど。男子がちょっと苦手ってことと女子がすごく好きってこと、分かってもらえたかな?」


「それは分かった。伝わってきた。『クラスで一番女子が好き』って言い出したときはたまげたけど、ガチで好きなんだなって」

 野口は、珍しく真面目な顔で直人に言った。


 隣の宮下も、

「最初、笑っちゃって(わり)い」

 と謝った。

「森田に女好きナンバーワンの称号譲るわ」


「要らねえだろ! つーか、今まで宮下がランキング一位だったのかよ」

 野口は、普段の調子に戻って宮下に絡んだ。


「俺が何位かは分からないけど、クラスの誰も敵わないっしょ。女子を好きな理由がすげえ爽やかだし。なんか俺、反省したわ」


「たしかに、俺も恥ずかしくなった。俺なんて、もろエロい意味で考えてたからな。汚れてるわ」


「だから野口、笹原さんにカラオケ断られるんだよ」


「おい名前出すなって!」

 野口が大慌てで怒鳴った。


「あ、やべえ。ごめん、マジごめん。今のはマジごめん」

 口が滑ってしまった宮下は、平謝りだ。


「ふざけんなよ宮下ー! なんでだよー……」


「教室の森田の話の続きだったから、一瞬教室にいるときの気分に戻っちゃってて。大丈夫、女子には聞こえてなかったみたいだから。な?」


「そういう問題じゃねえよ! もし女子が一人でも近くにいたら超絶迷惑だったろ!

 やっぱり、俺にだけ宮下の好きな人教えとけ。宮下のせいで俺の好きな人がバレたら宮下の好きな人バラす。そうしとかないと危なくて仕方ねえよ」


「えーマジかよ、参ったな……」


「宮下がうかつなこと言わないようにしときゃ、問題ねえだろ。あの人が気まずくなって不登校とかなったら、絶対に許さねえからな俺」


 野口の後ろを宮下がトボトボとついていく。壁際で女子の方を見ながら、二人は小声で話し合いを始めた。


 直人はそれを見ながら、反省していた。

「なんか俺、みんなと違って、好きな人に迷惑かけたくないって気持ちが足りてなかったな。今考えてみると、中学のときは振られて当然だった。

 好きってことがクラスの人たちにバレちゃった後も、一切フォローしないで過ごしてたし。告白して振られた後もあてつけみたいに暗くなって、今考えると嫌がらせだし。

 なんで当時、あんな風にしちゃったんだろ。振られた次の日の朝に元気に出来たら、全然その後の展開違ったかもしれない」


「そういうことが考えられるだけでも、無駄な恋じゃなかったじゃんか」

 八木が励ますように言った。

「俺もさ、好きな人に間違った形のアピールばかりしてる気がして、話せた日は大体反省してるけど。それでも話せた日は楽しくて、嬉しくて。

 なんか、もしかして今の俺の感じと中学の森田って似てるのかって勝手に思った」


「似てるかもしれない。話したいことは全然話せなくて、格好悪いことばかり言っちゃってた。本当は趣味の話とかしたかったんだけど、全く言えないし聞けないし」


「そうそう! やっぱり同じだな!

 なんであんな風に言っちゃったかなあって、泣きそうになってさあ」


「だけど、たまに笑ってもらうと諦めきれなくて」


「それな! そんな風に笑わないでくれよって思う。もしかしてって勘違いしちゃって、告白したくなって」


「俺なんか、相手に他に好きな人がいるっぽいのは分かってたんだけど、告白しちゃった」


「ほぼダメって分かってても、諦められないもんなあ。俺も諦めきれなくて、でも迷惑なんだろうなあって、毎日それの繰り返しで。諦めたさと諦めたくなさの、感情の板挟みがすごくて。

 最初から俺みたいなの嫌いっぽい感じだし、多分振られるんだろうけど……振られたとしても、ありがとうって感じで。こんなに優しい気持ちになれたことないし。

 だから、気軽に振ってほしい。もし嫌いなら遠慮しないで言ってって、本人に伝えておいてよ」


「分かった。忘れずに伝える」


 八木は

「サンキューな。いやあ、最近すげー悩んでてさあ。なんかホッとしたわ」

 と微笑んだ。

 二人の間に、なんとなくしんみりとした空気が流れる。


 そこに、野口がスッキリとした顔で戻ってきて、

「よっしゃ森田、バスケやろうぜ! とりあえずバスケやってスカっとするべ!」

 と声を上げる。


 その後ろから宮下が、

「だからさあ、森田はボールで死にかけてるから、バスケやってもスカっとしないだろ」

 と呆れながら言った。


「あ、そっか。森田どうする? 自習だしひとまず見てるか? 後で参加しても良いし」


 前日までの直人なら、迷わずに見学を選択していただろう。

 しかし直人は、考えてからこう言った。

「……本気で動いた場合の体力がどんなもんか、全然分からないから、最初にちょっとだけやってみる。もしみんなが良ければ」


「よし! やろうぜ!」

「俺らも気を付けるから、安心しろ」

「最初は少し軽いパスでやろうぜ」

「だな。慣れてからだな」


 直人は、涙が出そうなのを誤魔化すために、しゃがみこんで運動靴の紐をゆっくりと結び直した。

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