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奈月の知らない一面、けれど知っている一面

「お待たせしました、醤油ラーメンです」

 座席の後ろから直人に声を掛けられて、奈月は面食らった。


「びっくりしたー。このベルトコンベアみたいなやつから回ってくるのかと思ってたから」

 奈月は回転寿司が回っているレーンを指差した。


「これは醤油と香辛料を薄めにして作ったから、説明ついでに直接来たんだよ。味付け失敗してるかもしれないから、あまりに薄味過ぎたら醤油や胡椒を足して食べて下さい」


「森田君が作ってくれたの?」


「作ったといっても、麺を機械に入れて押し込んだら勝手に決められた時間にお湯から出てきて、スープかけて具を並べるだけだけどね。事情は話してあるから、大体俺が作らせてもらえると思うよ」


「えっそんなことになってるの? 調理場の人達に迷惑かけてない?」


「今日は店長いないから良い人ばかりで、やりたい放題だよ。お客さんが一番少ない時間を選んだしね。少しくらいなら喋っても平気なくらい」


 言われて奈月が見回すと、確かに他に三人しか客がいなかった。

「じゃあさ、オススメのメニューとかある?」


「俺はゲソ天うどんが一番好きだけど、ラーメンの後だと量的にどうなのかな?」


「大丈夫。それ下さい」


「お客様、よろしければタッチパネルでご注文していただけますか?」


「ああそっか、なんか森田くんの手料理みたいに感じちゃったから」

 奈月は照れながらそう言った。


「なんでだよ、俺は料理とか出来ないよ」


 二人は笑った。




 奈月が大きなゲソ天をどこから口にいれようか喜びながら悩んでいると、女性の店員が端の通路を横切るのが一瞬見えた。


 今のが例のお姉さん? 顔はよく見えなかったけど……。

「よいしょ」

 奈月は立ち上がって爪先を立てた。直人と何か話しているように見えたが、何を言っているかまでは聞こえない。諦めて、うどんを食べ進めることにした。


 森田くんって誰にでも優しいのかな? 別に良いけどね、付き合っているわけじゃないし。……別に良いけど!

 奈月は、我慢して少なめにしていた七味のビンをもう一振すると、ゲソ天をバリバリと噛み砕き、みるみる内に口の中に入れていった。すごく美味しいけど、これでもし体調が悪くなったら森田くんのせいだぞ、と逆恨みまでし始めていた。


 ――ちょうど食べ終わった時にタイミング良く直人が来て、柚子の皮を入れずに作ったお吸い物を置く。

「温まるかもと思ってちょっと多めかつ熱めにしておいたけど、こんなに要らなかったら残してね。熱過ぎたら氷入れて」


「うん、ありがとう」

 奈月が返事をして直人を見ると、直人の顔は耳まで真っ赤になっていた。

 お姉さんと話した後の直人が、顔を赤らめて自分の所に来た。そう思うと奈月は、少し意地悪を言いたい気分になった。

「――森田くん、なんか顔赤いけど」


 すると、直人が恥ずかしそうに笑う。

「料理を作る時にニヤニヤしてるって言われて、中のみんなに押田さんが俺の彼女だと思われちゃって、困っちゃって。クリスマスとイブのバイトもキャンセルしてたもんだから、もう余計勘違いされちゃってさあ。

 男の先輩達に囲まれて、『クリスマスあの子と会うんだろ』『いやそうですけど』『彼女じゃねーか!』『相手にとってはただの普段のお礼なんですよ』『そんなわけあるか! ちゃんと本人に聞いてみたのか!』って感じで。もう全然聞いてくれないんだよね。

 ちょっと騒がしい感じの人達だから、もしかしたら押田さんにも聞いてくるかもしれないけど、万が一聞かれたらごめんね。一切興味ないって言って良いから」

 謝りながらも、直人は嬉しそうな顔をしている。


 今度は、奈月の顔が真っ赤になってしまった。




 お吸い物を飲み終わり、奈月が直人を探すと、ちょうど直人が向かってきた。

「手紙のことなんだけど、読んで良いって。食欲が減るかもしれない内容だけど。後が良いかな?」

 直人は手紙を奈月に渡す。


「後にしておこうかな」

 奈月は少し迷ったが、今は周りが気になってあまり読む気にならず、手紙をポケットに入れた。


「バイト、何時に終わるか分からないんだったよね?」


「いや、今確認したら、なんか夜も店長来れないらしいから、その時によっぽど忙しくなければ、時間ぴったりになるかな。多分七時」


「大変だ、頑張ってね。……今って、会計したら森田君が会計してくれるの?」


「うん、やろうか? クーポン使わないといけないし」


「お願いします」


「接客も調理も苦手で、レジをしてるのが一番気楽だから助かるよ」

 会計前の作業をしながら、直人が言った。


 奈月も、たしかに接客業を好むようには見えないと思って、

「どうしてここでバイト始めたの?」

 とたずねた。


「友達の付き合いで一緒に面接受けたんだけど、友達が面接の時と少し髪型変えて店長に文句言われて、まあそれだけじゃないんだろうけど、二日で辞めちゃったんだよ。

 だけど、人が足りないとかで俺は辞めにくくてさ。店長からしたら、なるべく派遣の人を呼ぶのは避けたいんだろうね」


「あ、なんかお母さん達から聞いたことあるかも。ウチのお母さんが『責任感があって優しいのよ』って話してた」


「辞めたいって言えなかっただけだよ。先輩達も親切だったしね」


 奈月は、母親の意見に賛成だった。この人は基本的に優しく、穏やかなのだ。今日の料理だって、醤油を減らしたり、柚子を使わなかったり、温度や量に気を使ったり。きっと、膀胱炎の時に食べるとよくない物を調べながら、一生懸命作ってくれていたのだろう。

「今日はありがとう。――今日もありがとう、だね」

 胸が熱くなって、奈月は直人に感謝を言った。


「いや、結構失敗しちゃったかも。ごめんね。もうちょっと俺の舌が使い物になれば、スープとか薄味でも美味しくなったのになあ」

 直人は答えた。


 謙遜の言葉ではなく、本当にそう思っているのが奈月は分かって、奈月は胸が苦しいくらいに高鳴った。

「ううん、すごく美味しかった。ありがとう」

 と、思わずもう一度気持ちを伝えた。




 奈月は帰宅すると、あの手紙を読んでみた。

 手紙は思っていたよりかなり長かったが、中身は直人の言っていた通りで、男女の好意を匂わせるような文章は特になかった。


 例えば、おじいさんおばあさんが「あの子に優しくしてもらった」と、帰りがけに直人をよくほめること。

 直人がおばちゃん店員に人気があること。

 店長が普通のアルバイトと派遣で態度を変えることに、直人が全く気付いていなかったこと。

 店長が若い女性とそれ以外で態度を変えることにも、気付いていなかったこと。

 酔っぱらった客の冗談に直人が真面目に付き合い過ぎていることと、その回避策。

 直人が、常連のおじいさんの会計をした時に、お釣りの中からお小遣いとして五百円玉をもらえて、それをずっと宝物にして、ビニールに入れて財布にしまってあること。

 そのことを、お姉さんがおじいさんに教えたら、おじいさんがとても喜んでいたこと。

 そして、具合が悪かった日のお礼の文。


 単に、メールアドレスなどを知らないので手紙で書いたといった感じで、なんてことのない内容だったが、奈月にとっては微笑ましい内容だった。

 直人が困っている場面を想像して、心配したり吹き出したりした。読み終わったら最初に戻って、ゆっくりと三回読み直した。

 手紙の中の直人の行動は、高校で奈月が普段見ている直人の印象とは全くの別人で、まるで奈月が知っていた小学生の頃の直人が、そのまま高校生になったようだった。ちょっと人と話すのが苦手で、ちょっと不器用で、けれどお人好しで。

 そして今、直人は奈月の体調をとても心配をしていて、その優しい目も、昔のまま変わらなかった。


 奈月は、さっき別れたばかりなのに、直人に会いたくてたまらなくなった。会いに行く連絡を直人にするのも忘れたまま、バイト先に出迎えに行った。

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