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いつもと違う足取り

 直人は飯田の恋にあまり口出ししないようになり、少し自分の時間が増えた。健康ランドの準備で多少忙しくはあるが、基本的には日々を楽しく過ごしていた。


 しかし直人は今、つらそうにため息をついていた。次の授業のことを考えると憂鬱だった。

 苦手な体育の授業。しかも特に苦手意識の強い、球技の予定になっている。直人にとっては、球技よりマラソンの方がましなのだ。

 女子がいなくなった教室で、奈月の顔を思い浮かべながら、直人はゆっくりとジャージに着替えていた。


 八木が直人の前を通ろうとして、気が変わったように立ち止まった。

 直人の机の上の本を指差し、

「それマンガ?」

 と直人にたずねる。

 以前の八木にとって直人はゲーセン仲間でしかなかったが、直人が教室で女子とよく話すようになった結果、教室で直人と話すことが増えてきていた。


「これは小説の方だね」

 直人は答え、パラパラとめくって見せた。


「今度アニメになるよな。タイトルだけ知っててちょっと気になってんだけど、どんな話?」


「まだ読んでないんだよね。

 なんか二宮さんが貸してくれて。ゲーム貸したから、お返しみたいな感じで」


「そういや最近さあ、森田って女子と仲が良いよな?」

 いつから聞いていたのか、男子の一人が話に加わった。

「俺も思った。飯も女子と食ってるよな」

「そうそう、最近ずっとだよな」

 男子が集まってきた。

 ほとんどの男子は女子に興味津々なわけで、女子と急激に親密になった直人にも密かに注目していたのだ。


「しかもなんか、女子と健康ランドに行くんだろ?」

「なにそれ。どうやって誘ったわけ?」

 質問したのは、野口(のぐち)宮下(みやした)。直人があまり話したことのない、クラスで目立つ立ち位置の男子である。つまり、直人にとっては苦手意識が強い男子、ということになる。


「えーっと……あの、そういうんじゃないんだよね。みんなが思っているようなのとは違って」

 妙に注目されてしまった直人は、慌てて否定した。

 そして自分についてはもちろん、女子も誤解されないように、慎重に言葉を選んで説明しようと考えた。

「俺には一人だけ、親友がいて。その親友が、初恋の人ともう一度遊びたいって感じになって。

 でも、その初恋の人は男性恐怖症でさ。そうなると、健康ランドに行くバスは貸し切りの方が良くて。だけど、人数が集まらないとバス貸し切りに出来なくて。貸し切りにしたいし、男子は増やしちゃいけないし、女子の友達も全然いないしで、すごく困って。

 それでみんなにかなり無理言って、来て下さいって頼んで。現地で金払ったらすぐ俺なんかとは別行動になって良いからって、なんとかお願いして。

 だから、女子が俺といっしょに遊びに行ってくれるわけじゃなくて。バスだけ共有みたいな感じで……」


「えっ。じゃあ最悪、森田一人で行動することになるの?」


「そう」

 奈月が多分構ってくれる――などと言えるわけもなく、直人は頷いた。


「きっつ! それはつらくない!?」


「まあ、このイベントの主役は俺じゃないから。無事人数が集められて健康ランドに行けたら、俺の仕事は終わりだよ。

 漫画コーナーがあるから、最悪そこで漫画読んでる。もし暇になったら、みんなにメールやチャットして良いかな?」


「おっ、了解! 俺チャット大好きだから、マジで送って良いぜ」


「良かった。なんか、分かってもらえて安心した」

 直人は、そう話しながら本当に落ち着いてきていた。

 クラスの男子に隠して女子と遊ぶ計画を練るなんて、直人には向いていないのである。


「でもさ、来て下さいって言って、来てくれるもんなんだな。あんまり警戒とかされないのかな」

 と、野口が不思議そうに言った。


「メンバーにナンパとかセクハラとか、嫌な思いさせたら男子即帰宅ってルールにしたから」

 直人は、説明を付け加えた。

「その辺はわりと安心してるんじゃないかな」


「へえー。じゃあ俺も、セクハラしないからって約束すればカラオケ来てもらえるのかな?」

 野口は恥ずかしがりもせず、聞いた。


 その発言に、宮下が笑う。

「野口は無理だろ。信頼ねえよ」


「俺じゃダメかー」


「つーか野口、誰誘いたいの?」


「絶対言わねえ」


「え、マジ惚れ?」


「そうだよ」


「誰!?」


「言わねえ」


「笹原さんだべ」


「ぐ……言わねえ」


「お、やっぱ笹原さんだろ。絶対に顔赤いと思ってたんだよ!」


「宮下お前、絶対に笹原さんに迷惑かけるなよ!?」


「オッケーオッケー。なんで惚れたん?」


「うるせーな。なんか、たまたま同じお菓子買ってたときあって。中に入ってるおまけのシール見て、そっちのが良いなって言ったら交換してくれたんだよ」


「それだけ? チョロ過ぎるだろ」


「それだけじゃねえよ。次の日からおはよう言うようにしたら、必ず返してくれて。その声がすげえ優しいっていうか……」


「野口それウザがられてるだろ!」


「そんな感じじゃないんだって。最近、俺が先に気付かなかったとき挨拶してくれるようになって」


「そんで調子に乗ってカラオケに誘うとこだったわけか。やめとけやめとけ」


「いや、カラオケはもう誘っちゃって、断られた。『カラオケの割引券二枚あるんだけど、カラオケとか行く?』って」


「行かねえよ、バカじゃねえの!? なんで二枚なんだよ、せめて三枚用意だろ」


「まずったかなあ」


「多分ヤバイぞそれ、警戒されたぞ」


「どうすりゃ良かった?」


「二人の距離感分かんねえけど、無難なのは『俺、使うあてないから笹原さん使う? 良かったらあげるよ』とか言って二枚とも渡す。好感度が高かったらいっしょに行こうかってなるだろうし、そうじゃなくても会話が出来たから良し」


「あー……なんで早く言ってくれないんだよ」


「お前が秘密にしてたんだろうが!」


「そうだった」


 野口と宮下が笑うと、つられて周囲のみんなも笑った。直人もいっしょに微笑んだ。

 もしかしたらクラスのみんなも、俺や飯田みたいに恋で苦労しているのかもしれない。直人はそう思った。

 直人は少し迷ったが、深呼吸をしてから、

「笹原さん、多分カラオケとかあんまり好きじゃないよ」

 と言った。


 野口は当然、直人の言葉に興味を示した。

「え。何が好きなの?」


「好きかどうか分からないけど、小説読んだりみんなで勉強したりしてるっぽい。この前、何人かで図書館行ったんだけど、慣れてる感じだった」


「勉強かあー。俺とも勉強してくれるのかな?」


「本当にみんなで勉強するだけだし、帰りはいっしょに帰れないよ? 話もしないで、静かに勉強するか本を読んで、図書館の前で別れる形。

 多分、笹原さんとは一言も喋れない」

 直人は、わざと誇張して伝えた。


「それでも良い」

 即答だった。強い意思を感じさせる声だった。


「それなら聞いてみようか? カラオケと勉強会じゃ、警戒心違うだろうし」


「もし勉強会で参加拒否られたら、ほぼ見込みなしだよな」


「どうだろ。笹原さん自身は良くても他の人が断る場合もあるから、参加拒否される可能性は結構高いかもしれない」


「あーそうだな。俺が勉強会なんて、一人くらい変に思うよな。参加無理そうだなー……」


「それとも、笹原さんに彼氏や好きな人いるか聞いてみようか?」


「それ、森田が誰かに探らされてるってバレない?」


「恋愛の話ばっかりしてるから、大丈夫そうだけど。そういう話になったときに上手く聞けたらって感じで、いつになるか分からないけど」


「じゃあ頼もうかな。あとさ、好きな人や彼氏いなかった場合、馴れ馴れしくて困ってる人とか、そういうのいないか聞けるかな?」


「聞けそうな感じなら聞いてみるけど、雰囲気次第かな。無理して不自然な聞き方にならない方が良いでしょ?」


「もちろん自然な範囲で良いよ」


「あの、もし俺の聞き方のせいで野口くんのことバレたらごめん」


「良いよ良いよ。バレた場合、俺が普段からバレバレだったからバレたって感じなんだろうし。かえって諦めつく。

 つーか、彼氏いそうだよな笹原さん」


「でも笹原さん、わりと気軽に健康ランド行き決めたからなあ。彼氏いたら、もうちょっと相談とかするんじゃないかな普通」


「それでかいけど、たしか森田が電話して聞いたんだよな。隣に彼氏とかいて聞いてたのかもしれないし、期待するとダメだったときショックだから止めとく。なんか吐きそうになってきた」

 野口は、直人が見たこともないほど弱気になって、腹を抑えうつむいている。


 野口が黙るのを待っていたかのように、八木が口を開いた。

「そう考えると、健康ランドに行く人は彼氏がいない可能性が少し上がるってことになる?」

 八木は、高橋理子が健康ランドに行く話をしていたのを思い出したのだ。


「まあ、ほんの少し上がるんじゃないかな。少なくとも、彼氏にダメって言われた人は行けないわけだし。聞いたその場で誰にも相談なしで行くって決めた人は、彼氏がいないか、よっぽど放任されてるか」


「誰がそうだったかなんて覚えてないよな?」


「いや、わりと何人か分かるよ。チャットとかの時刻もあるし」

 直人はそう言ってスマホを取り出すと、八木に近付いた。


「え、見せてくれるの?」

 八木は、緊張しながら直人の横に立った。


 直人が、壁を背にしてスマホを見せる。

 そこには、こう書かれてある。

 もしかして高橋さん? 高橋さんなら即決だったよ。彼氏がいる可能性は低いんじゃないかな。


 八木は、他の男子の目を気にしつつ、

「うわ……そうなんだ。ありがとう」

 と、直人に言った。


 今度は、八木が注目された。


「なんだよ、どうだったんだよ。つか八木も好きな人バラせよ」

 野口が早くも復活して、八木に絡んだ。


「いやいや、俺は別に」

 八木は、慌てて誤魔化そうとした。


「言っちゃえよ」


 八木は困り果てた顔をしながら、

「俺はまだ状況がやばいから勘弁して。変な噂とか流れたら、すげえ怒りそうな人なんだ。嫌われてるっぽいし、ダメなんだよ」

 と謝った。


「八木は常識的っていうか、女子と仲良い方じゃん。大丈夫じゃね?」


「そんなことねえって! ちょっと勇気出したら、もう明らかに警戒してるって分かるくらい嫌がられて。女子の中で危険人物に認定されてるっぽい」


「八木くん、わりと女子の中で応援されてるっていうか、頼めば手伝ってくれるっぽいよ。八木くんが話し掛けてきた時点で私たち帰っちゃえば良かったって、友達が言ってた」

 直人は、女子から聞きかじった会話を伝えた。


「なにそれ、なんで? そもそもどうしてバレてるの? 絶対に分からないようにしてたのに」

 八木は、心底意外そうな顔をして直人を見た。


「女子を好きなことをおおっぴらにしてるのに、同じ人しかデートに誘ってないからかな。分からないけど」


「待って待って。俺、女子をデートに誘ったことなくね?」


「デートっていうか『せっかく会ったんだから、ご飯いっしょに食べない?』とか、そんな感じ?」


「ああ、やっぱそういうのって気持ち悪いかな? ダメ?」


「ダメじゃないけど、他の女子といるときに真っ赤な顔で誘われると恥ずかしいんだって。俺も又聞きだけど」


「なんで!? 一人のときの方が誘っちゃいけなくない?」


「まあ嫌いならそうだろうけど、話とかしたいと思ってたら二人きりの方が」


「え、どういうこと!? だって俺、ガツガツしてるとか言われたんだけど。もう誘うなってことじゃないの?」


「そこは『みんなで食事しよう』だと、相手からすると他の女子にも同じように接しているんじゃないかって不安があるのかも。

 だから『俺が飯に誘いたいのって、本当はお前一人だけなんだぜ?』とか言ってほしいんじゃないかと」


「そんなこと言って大丈夫!? すげえキモくない!?」


「ごめん、俺も全然詳しいこと聞いてないから、細かいことは分からない。聞けたら聞いておくよ」


「頼む。もし嫌われてたら、二度と誘わないから言って謝っておいて」


「分かった」


「なんかさあ、八木は両想いっぽいじゃん! 俺はカラオケ誘って拒否られて、八木は女子サポートで二人きりになれるわけ? あーつまんね!」

 野口は、大げさに愚痴を言った。


 もちろん野口は冗談で言っていて八木も笑って聞いているのだが、直人の顔は少しひきつっていた。直人は、バイト先で酔っぱらい客のジョークに困らされたことを思い出していた。

 女子のニコニコしながらの冗談は大好きなんだけど、男子の冗談は怒鳴り気味だったりして、なんか怖いし分かりにくいんだよなあ。飯田はその辺のふざけかたが分かりやすくて、だから仲良くなれたのかなあ。

 ……やっぱりまだ、他の男子には慣れないな。


「――俺が振られたら八木のこと学校にチクるわ! なんだっけ、不純異性交遊?」

 野口のひときわ大きな声が、直人の思考をさえぎった。

 野口は、直人があれこれ考えている間、ずっと愚痴っていたのだ。


「野口、もう廊下なんだから止めとけ。もしあの人に聞かれてたら嫌われるぞ」

 八木は、なだめるようにそう言った。


「うわやべえ。つーか、体育館に行ったらみんなマジで俺の好きな人言わないで下さい。あの人に迷惑かかるのだけは本当にまずいんで。どうせ振られるなら静かに振られたい」


「誰も言わねーだろわざわざ」


「いやほんと頼む。俺のことが嫌いな人いたら靴に毎日ガビョウ入れても絶対に文句言わないから、あの人に迷惑かけるのだけはどうか勘弁して下さい」


 直人はまだ完全に野口への苦手意識がなくなったわけではなかったが、野口の恋心は痛いほど感じた。

「とりあえず、野口くんのこともなるべく早く聞くよ」


「たのんます森田さん!」


「野口はモテやがるから振られても良いよ」


「やめろ宮下! 今のメンタルだと泣くぞ俺!」


 直人たちは、ふざけ合いながら笑顔で廊下を歩いた。直人が、クラスの男子といっしょになってこんなに長話をしたのは、久しぶりだった。

 いつもは重い、体育館へ向かう直人の足取りが、今日は軽かった。

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