表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/128

言いたいんだけど

「奈月、痛くない?」


「ん……気持ち良いよ、直くん」


「そっか」


「疲れたら休んで良いよ?」


「もうちょっと」


「あっ、今の良いかも」


「これ?」

 直人は親指に力を込め、奈月の肩を揉んだ。


「あ、それ良い……」

 奈月はゲームのコントローラーを持ちながら、二枚重ねた座布団の上にぺたんと座っている。その後ろで直人があぐらをかきながら、奈月の肩に手を乗せている状態だ。


「なんか俺がトイレに行ってる間に二人の座布団が合体して、ずいぶん楽しそうにしてるけど。なにあれ」

 飯田が、経緯を桜子に聞いた。


「私もゲーム画面の方に集中してたからよく分からないんだよね。森田くんがボソボソ言ってて奈月が『えー!?』とか言ってて、いつの間にかああなってたの」


「仲が良いなあ……」

 飯田はため息をついた。自分の家でイチャイチャされているというのに、今の飯田には腹立たしさよりうらやましさの方が強いのだ。


 直人は照れ笑いをしながら、

「いや、俺って体力ないし腕の力も続かないじゃん?

 今日は夜のマッサージの予定があるから、その中の肩もみだけでも今やらせてくれませんかって頼んで。ごめんごめん」

 と謝った。

「なんか最近さあ、急に忙しくなって腕が足りないんだよね。奈月を抱きしめたいのに小説も書きたくて。全然ゲームとかやれてなくて。

 今日みたいに奈月にゲームやってもらってその間にってのは、わりと良いかもしれない」


「そうそう。明日から私が代わりにゲームしてあげるから、直くんは私のマッサージでもしてれば良いんだよ」


 桜子は好奇心から、

「肩以外にどんなとこマッサージするの?」

 と、つい聞いてしまった。


「どこまで許されるんだろ。昔は、足とか太ももとかを揉ませてもらってたけど」

 直人が、嬉しそうな声で答えた。


 奈月は逆に、不機嫌そうだ。

「そうそう。この人、足ばっかりなんだよね。スカートの中を見ようとして」


「バレてたの?」


「当たり前でしょ。試しにスカートじゃない日に足揉ませてみたら、めちゃくちゃやる気なかったじゃん」


「だってさあ、どうせマッサージするなら足が動くたびにスカートが揺れた方が良いもん。飯田なら分かるよな?」


 急に話を振られた飯田は

「俺に聞くなよ!」

 と、嫌な顔をした。


「でも飯田も、広瀬さんにマッサージしてあげたい気持ちはあるでしょ?」


「やめろ、無関係な俺を巻き込むな!」


「無関係じゃないかもよ。広瀬さんさっき、飯田が頼んだら肩揉みさせてあげるって言ってたから」


「へ!?」


 桜子は、飯田に見つめられて赤くなりながら

「いやその、土下座されたら広瀬さんどうするって言われたから。良いよって」

 と小声で答えた。


「なんだ、そういうことか。あんまり紛らわしいこと言うなよ森田、広瀬さんが困るだろ」

 飯田は森田に一応そう言ったが、口元は嬉しそうにしている。


「でも肩揉みって、信頼されてるって感じですごく嬉しくなるよ。飯田もやらせてもらえば?」


「俺は良いよ。広瀬さんに迷惑かけたくないし」


「いや本当に、下心とかじゃなくて。

 俺さ、橘さんが俺と握手出来たとき、わりと感動したんだよね。

 まあ橘さんの場合は特別難しい状態だけど、そうじゃない人でも異性に触るってすごくハードル高いことじゃん。それを改めて感じたっていうか。

 奈月と付き合う少し前の、奈月が俺の髪に触ってくれたり、ひざまくらしてくれたり、手を繋いでくれたりしたときの幸せな気持ち、あのとき思い出してた。

 好きな人同士で触ると気持ちも伝わるし、落ち着くよ」


「……森田の言うことすごく分かるけど、俺の場合だときっと、欲望を俺が隠しきれてなくて、広瀬さんが同情してくれてるから。

 広瀬さんに触るの許してもらって、優しさ利用して触るって卑怯っていうか……」


「広瀬さん、触られたくないやつには絶対肩揉めなんて言わねえよ。

 日頃から肩こりに困ってる広瀬さんが、飯田に肩揉みを頼んでるんだよ」


「別に広瀬さん、肩こりに困ってないでしょ」


「バカお前、女子には胸があるんだぞ! 昨日も広瀬さん、肩が痛くて夜泣いてたんだからな」


「ウソつくなよ。昨日は俺、広瀬さんが寝るとこ見てたよ」


「えっ!?」

 直人は一瞬、耳を疑った。

「なんだよ。寝顔見てる仲なら、肩くらい揉んだって――」


「ち、違うの! 昨日はビデオ通話してて!」

 桜子が慌てて話を止めた。

「飯田くんの寝顔が見たくて、飯田くんが寝るまで頑張って起きてるって言ってたんだけど、私が先に寝ちゃって。同じ場所でいっしょに寝てたわけじゃないの!」


「飯田、なんで先に寝てあげなかったの?」

 直人がたずねた。


「そんなの、寝られるわけないだろ」

 飯田は恥ずかしそうに、ぶっきらぼうに答えた。


「あっそうか、ごめんごめん!」


「なんだよ、変な謝りかたすんなよ」


「いや、たしかに先に寝られるわけないなと思って」


 桜子が不思議そうな顔をして、飯田を見た。

「何? 飯田くんって、寝顔見られるの嫌なの?」


「違う違う」

 直人が面白そうに桜子に声を掛けた。

「好きな人と夜に話してると男子はどうしてもさ――」


「説明しなくて良いから!」

 飯田が、直人の言葉をさえぎった。


「もしかして飯田くん、話しててつらかったの?」

 桜子は、心配そうに飯田に聞く。


 飯田は

「いや全然! 俺、変なことは一切考えてなかったから大丈夫」

 と、桜子から目をそらしながら答えた。


「いくらなんでもウソくせーよ飯田。好きな人と長時間話してて、一回も変なこと考えないわけないだろ」

 直人がからかう。


「私、飯田くんに悪いことしちゃったのかな?」

 桜子が直人の方に振り返って聞いた。


「別に、飯田が勝手に発情してるだけだから。広瀬さんは悪くないよ」


「飯田くんすごく紳士的で、全然そんな風に感じなかったんだけど」


「紳士的な飯田って見たことないけど、どんな感じだったの?」


「私がうとうとしちゃって目を閉じたら『桜子さん、無理しないでもう寝た方が良いよ。そのまま寝ちゃいなよ』とか『おやすみ、桜子さん。もう切るよ』とか『桜子さん大好きだよ』とか、優しい声で言ってくれたんだよ」


 桜子のその発言に最も驚いたのは、飯田だった。

「えっ、広瀬さん起きてたの!?」


「ギリギリ起きてて、聞いちゃってた。ごめんね?」

 桜子が手を合わせ、かわいい仕草で謝った。


「いや、良いんだけど。変なこと言っちゃって……すみません」


「そう! 飯田くんが緊張させること言うから、肩がこっちゃって。飯田くんのせいだよー」

 桜子はわざとらしくそう言い、自分の手でつらそうに肩を揉んだ。


「マジごめん」


「ごめんだけー? あーあ、肩痛いなあ」


「じゃあ、あの……肩、揉んだ方が良い?」


「そうね、飯田くんが嫌じゃなければ頼もうかな」


「俺は全然、いくらでも!」


「それじゃお願いします」


「も、森田! 肩揉みってどうやるんだ?」

 桜子の背後に座ってみたものの、飯田は何をすれば良いかさっぱり分からなかった。


「ん? 俺はやり方知らないよ。適当に揉んでれば広瀬さんが何か言ってくれるだろ。まずは肩に慣れることが肝心だから、肩をぎゅっと掴んどけば良い」


「そんな適当な……」

 飯田はぼやいた。

「――広瀬さん、触るよ。ごめん」


「はーい、どうぞ。うわー、手おっきい。あったかい」


「広瀬さんの肩、折れそうで怖いんだけど……」

 飯田はそう言いながら、おそるおそる肩を揉み始めた。


「飯田さあ、二人きりのときに桜子って呼んでるなら、別に俺らの前でもそう呼んで良いんだぞ?」


「一保くん、呼んで良いんだぞ?」

 桜子がかわいい声で直人の語尾を真似た。


「さ、桜子さん」


「うん」


「桜子さん、痛くないかな?」


「うん。もっと強くしても大丈夫だよ。子供がおばあちゃんの肩をグーで叩いても大丈夫なんだから」


「ああ、そうだよね」


「うん、あー良いかも。わ、うわ、気持ち良い……」


「やべえ。桜子さんに喜んでもらえるの、すごく嬉しい」


「飯田、広瀬さんのこと呼び捨てちゃえば?」

 直人が嬉しそうに言った。


「いや、それはまだ良くないよ」

 飯田は桜子の肩を揉みながら、頬を熱くしている。


「飯田のこだわりというか、飯田の中でどれが良くてどれがダメなのかが分からないんだけど。たこ焼きを『はい、あーん』って広瀬さんに食べさせてもらうのはアリ?」


「それはまずいんじゃないかな」


「広瀬さんが急に具合悪くなって、飯田のベッドで仮眠を取るってのは?」


「そんなの、オーケーに決まってる」


「広瀬さんの足がつって、足をおさえててほしいって言われたら?」


「おさえる」


「広瀬さんが、肩揉みのお礼にひざまくらで耳掃除をしてくれるって言ったら?」


「それ言ったら、桜子さんがしなきゃいけない感じになるから言えない」


「してほしい気持ちはある、と」


「そう思っちゃうのは仕方ないだろ」


「広瀬さんが他のゲームもやりたくなって、泊まって良いか聞いてきたら?」


「それは、またいつでも遊べるから違う日にまた来て下さいって説得する」


「明日、広瀬さんに家に呼ばれたら?」


「みんなで?」


「二人きり。親もいない」


「二人きりは、まずいよ」


「別に、飯田が何もしなきゃ平気だろ?」


「いやー……」


「よく分からないなあ。俺が奈月にクリスマス呼ばれたとき、やったーって思ったけど」


「そりゃお前、子供のときでも行ったことあるのとないのとじゃ、ハードルの高さが違うだろ」


「そうかなあ。クリスマスいっしょに過ごせるって思ったときはドッキドキで、部屋に入るときもめちゃくちゃ緊張したけど。

 ――ふう。ダメだ、もう俺の腕じゃ力入らない。休憩する」

 直人は、奈月の肩から手を離した。


「ありがとう、すっごい気持ち良かったよ。ゲーム代わる?」

 奈月はゲームのコントローラーから手を離した。


「じゃあちょっとステータス振り直したりするかな。その間ひざまくらー」

 直人はコントローラーを持ち、奈月のひざに頭を乗せて寝転がった。

 奈月は何も言わず、直人の頭をなでる。


「おいおい、うらやましいぞ」

 飯田が本音を漏らした。


「飯田が頼めば、広瀬さんもひざまくらしてくれると思うよ」

 直人は飯田の方を見ず、ゲームをしながらそう言った。


「付き合ってもないのにそんなこと頼めねえよ」


「付き合って下さいって言わないの?」


「言いたいんだけど……」

 飯田がすぐにそう言ったことに驚いた直人は、コントローラーから手を離して飯田を見た。

 飯田の頬には、涙が流れている。桜子はうつむいて、自分の肩に置かれた飯田の手をぎゅっと握りしめていた。

 重なった二人の手は、小さく震えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ