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幸せだから

「あ、おはようー」

「おはよ」

「おはよー、森田くん。奈月も」

 直人が教室に入ると、女子が元気に声を掛けた。


「おはよう」

 直人が恥ずかしそうに返事をする。


「ねえねえ、今()()何人くらいになってるの?」

 初美が聞いた。アレというのは、健康ランドのことである。


「あ、ちょっと待ってね。えーっとね、十一人なはずだけど……」

 直人は聞かれてホッとした。直人にとっては、みんなに朝のあいさつをされているより、質問をされた方がずっと気楽なのだ。

 急いで自分の机にカバンを置くと、スマホを取り出してチャットアプリを見た。

「行く予定が十一人、考え中や説明聞きたい人が五人。ヤジウマというか、仲良い人たちが多いからチャット見たいって感じでチャットグループに入った人が五人……かな?

 あれ、二十人しかいないね」


「自分を入れてないんじゃないの?」

 奈月が直人のスマホを覗き込みながら、聞いた。


「いや、俺を入れて十一人だから……ああそうか、橘さんの友達はスマホを持たせてもらってないんだった。テレビも禁止って家らしくて」


「ええー。やっぱり遥さんの学校、お嬢様学校なんだ」

 桜子が驚く。


「まあ橘さんのスマホからいっしょにチャット見てるみたいで、情報や説明は伝わってるらしいから大丈夫みたいだけど。学校が違う人ばかりだから書き込みにくいんだろうね」


「その人、健康ランドは行かせてもらえるの?」


「俺も知らないけど、旅行とかは大丈夫ってことなのかな?」


「でもさあ、テレビとスマホ禁止だけど出歩くのは良いって、かえって危ない感じだよね。なんかあったとき助け呼べないじゃん」

 桜子は納得いかないのか、難しそうな顔をして考え出した。


「GPSとか持たせてるんじゃないの? SOS機能とか付いてるやつ」


「あーなるほど……。

 でもテレビ禁止ってことは、ゲームなんてもっと禁止なのかな?

 もしゲームコーナーに興味あったら、いっしょに遊んであげたいわ」

 ゲーム好きの桜子は、名前も顔も知らない少女に同情した。


 直人は桜子の言葉を聞いて、自分がゲーム機を持ってきたことを思い出した。

「そういえば、ちょっと見てほしいんだけど。

 二宮さんたち、こういうゲームって興味あるかなあ?」

 と、亜紀と初美のいる方に向けて、二つ折りのゲーム機を開いてみせる。

 亜紀と初美は、素直に画面を眺めた。

 直人は横からゲーム機を操作しながら説明を続ける。

「自分の記憶がない男の子が自分の影がない女の子と出会って、そこからその世界の謎に迫るストーリーで、作中に詩とかがたくさん出てくるんだよね」

 そう言いながら、直人は実際に一つのポエムを見せた。

「こんな感じの、ちょっと変な世界にも行けて。ハマると短編小説みたいな感覚で遊べるんだけど、もし良かったらどうかなと思って」


「なんか面白そう。やりたい」

 初美は直人の解説を聞いて、既にワクワクしていた。


「じゃあ今日の放課後に貸すからちょっと数分触ってみてさ、もし言葉の感じとかが気に入ったらそのまま持って帰ってやってみてよ。つまらなそうならすぐ返してくれれば良いから」


「私、これ大好きだよ。絶対面白いからやってみて!」

 桜子が自信満々に推薦した。

「今はもうダウンロード出来ないんだよねえ。良いゲームなのにもったいない。あー、私もこれ布教しておけば良かった。今まで忘れてたー」


 桜子の話を聞いた直人は、

「今年になって最新ゲーム機で復活して、それだとテレビ画面で遊べるらしいよ」

 と訂正した。


「ええっ、全然知らなかった。テレビ画面でやれるなんてうらやましい。移植?」


「移植みたいだね」


「えー、大きな画面だとどんな感じになるんだろ。紹介動画とかある?」


「あ、広瀬さんもやりたいなら……」

 直人は途中まで言って、少し考えてから

「ちょっと外で、俺の貧乏くさい話を聞いてもらって良い?」

 と、桜子を廊下に誘った。


「なにそれ」

 桜子は笑いながらついていく。


 直人は廊下を少し歩いて教室から離れると、説明を始めた。

「あのゲームのテレビ版、飯田の家のゲーム機でダウンロード出来るんだよね。五百円払ってダウンロードしてもらおうかと思ったんだけど、テレビで一回だけやるために五百円払うよりか、デートに使った方が良いかなって気もして迷ってて。良かったら、二人でワリカンでダウンロードしない?

 やっぱさ、大きいテレビ画面で改めてやってみたいなって思うんだよね」


「私もすごくやりたいけど、飯田くんに迷惑じゃないかな?」


「大丈夫でしょ。俺たちなら三時間くらいでクリア出来るだろうから、一日で終わるって」


「三時間かあー……」


「実はさあ、橘さんにこのゲーム紹介してみたいって思ったんだけど、男のセリフとかどんなんだったか忘れちゃってて。広瀬さんたちとテレビで内容確認しながら一度プレイ出来たら、俺としては安心なんだよね」


「あー、遥さんああいうゲーム好きかもしれないよね。紹介したいね」


「それでさあ、遊ぶついでにたこ焼き食べられたら良いなって思うんだよね。広瀬さんたち、たまにたこ焼きパーティーとかやってるらしいじゃん。飯田がうらやましいって言っててさ。

 食材とか簡単に揃えられるか俺には分からないけど、飯田の家にたこ焼き作る機械はあるんだよ。まだ未使用のやつ。それでたこ焼き作れないかなあ?

 裏ボス前のレベル上げしてるときとか、他の人が飽きるだろうしさ。そのタイミングでたこ焼き作って、食べながらゆっくりゲームの話とかしてさ。楽しそうじゃない?」


「すごい楽しそうだけど、急に行っても良いのかな?」


「とりあえず飯田に聞いてみて良いかな?」

 そう言いながら、直人はスマホをいじり始めた。


「うん」


「行くのは、俺と押田さんと広瀬さんと飯田の四人で良い?」


「え、分かんない。私に聞かれても。けど、大人数過ぎると迷惑だよね」


「一応、二人きりと四人どっちの方が良いか聞いておくね」


「そんなの聞かないで良いよ」


「えっ、送信しちゃった。ダメだった?」


「ええー、飯田くん返事しにくいよ」


「どうせ『本当は二人の方が良いけど、大切にしたいから四人で』とか言うだけだと思うよ。いつもそんな感じだもん」


「飯田くん、私のことなんか言ってたりするの?」


「かわいくって仕方ないらしい。広瀬さんが泣いてるとき、抱きしめられないことが悔しくて、抱きしめてあげられるような立場になりたいって改めて思ったって」


「バラしてんじゃねえよ」

 と、飯田の声。

 いると思わない飯田に後ろから声を掛けられて、直人は飛び上がりそうになった。


「びっくりした。何お前、来るの早くないか?」

 直人は振り向きながら文句を言った。


「ちょっと広瀬さんの顔が見れたら嬉しいなと思って歩いてたら、お前からメールが来たんだよ。なんかよく意味分からないんだけど」


「広瀬さんが、お前の家にゲームやりに行っても良いって言ってるんだけど」


「本当に? お前が無理矢理誘ったとかじゃないだろうな?」


「あのね、私が昔大好きだったゲームがテレビで出来るようになって、すごくやりたいの。飯田くんの家にあるゲーム機じゃないと出来なくて」

 桜子は、飯田の目をじっと見ながら話した。


「おー、じゃあ遊びに来てよ」


「良いの?」


「言えなかったけど、来てほしかったんだよね。俺、広瀬さんとゲームしたくて」


「えー嬉しい。私も飯田くんとゲームしたかったの」


 よしよし、良い感じだな。俺は消えるとするか。

 直人はそう思い、

「俺さ、押田さん待たせると怖いから教室に戻るね」

 と小さく言って、帰ろうとする。


「誰が怖いって?」

 教室から静かに出て、直人のすぐ後ろまで忍び足で歩いていた奈月が、直人のすぐ後ろから声を発した。

 直人は、今度こそ驚きのあまり飛び上がった。


「い、いや、そんなこと言ってないよ。今日の押田さんは特にきれいだから、早く戻りたいって言ったんだよ」

 直人は慌てて、奈月に小声で耳打ちした。


「ふーん……。じゃあ今日の夜、私の体マッサージしてよ。それで許してあげる」

 奈月も小さな声で返事をする。


「それで良いの?」

 小声で話すのも忘れて、直人は聞き返した。


「私が寝ちゃっても、昔みたいに変なことしないでよー? 森田くんのこと信じてるからね」

 わざと色っぽい声で奈月はささやいた。


「それはもちろん。押田さんがまた俺の前で安心して寝てくれてるってだけで、幸せだから」

 直人はかすかな声で、しかし情熱を込めて奈月にそう言った。


 飯田はそれを見ながら、広瀬さんが俺の前で安心して寝てくれるのは大分先だろうなと考えた。


 今日もし部屋に入れてもらえたら、飯田くんのベッドに横になってみたい。桜子はそう思っていた。


 飯田と桜子は目を合わせると、お互い恥ずかしそうに目をそらした。




 その日のお昼休み。

 先生の計らいで直人のクラスは授業が少し早く終わり、食堂に早めに入ることが出来た。

 直人と奈月は食堂の一番奥、クラスメイトが近くにいないテーブルに座っている。そこに、サンドイッチと焼きそばパンを持った桜子が来て、着席した。


「授業中に考えてたんだけど、やっぱり私たち行かない方が良いんじゃない?」

 奈月が、カレーうどんを食べながら桜子に聞く。


「なんでよ、奈月たちも来てよ。飯田くんも、もう四人で遊ぶつもりでいるし」


「絶対さあ、二人きりの方が仲良くなれるよね?」

 奈月は隣の直人に同意を求める。


「まあそうだね。男は自分の家で好きな人と二人きりになったら、ドキドキしてたまらないからね」


「たまに変なことしようとする人もいるから、危ないけどねー」

 奈月は、直人を見ながらわざとらしく言った。


「そ、それはひどいね……」

 直人は、周囲が気になり謝ることも出来ず、気まずさを感じながら返事をした。


「森田くん、唐揚げ一つくれる?」

 奈月が微笑みながらおねだりをする。


「どうぞ」

 直人は顔を赤くしながらそう答えた。


「ありがとう」

 奈月はそう言うと、

「森田くん優しいから好き」

 と直人の耳元で囁いてから、唐揚げを口に入れた。


 直人の顔はますます真っ赤になった。


 桜子は、二人のやりとりをニヤニヤしながら見ていたが、食堂に入ってきた飯田を見逃さなかった。飯田を見つめて、飯田と目が合ったと同時に大きく手を振る。


 それを見た二人は、嬉しそうな顔で桜子を眺めた。

 手を振ったあとも笑顔で飯田の横顔を見つめていた桜子は、ふと二人からの視線に気付くと、恥ずかしさのあまり自分の顔を手で覆ってしまった。

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