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困らせて

「飯田くん、びっくりしたよね。来てもらってごめんね、飯田くんが悪いんじゃなくて」

 隣に座る飯田に、桜子は明るく振る舞った。


「もしそうだとしても、悩んでることに気付いてあげられなかったわけだから。せめてそばにいさせてほしくて、勝手に来ちゃった。迷惑かもしれないけど」


「ううん、嬉しかった。ありがとう」


「なら来て良かったかな」


「……さっき、急に自分が恥ずかしくなっちゃったんだよね」


「なんで?」


「私最初、飯田くんと森田くんが、学校で一番モテる人を好きになったって話を聞いたとき、やっぱり一番かわいい人がモテるんだなとか、失礼なこと考えてて。飯田くんに森田くんの振られ方聞いたときなんて、顔は良いのかもしれないけど、ひどい人だって思って」


「いや、仕方ないって。俺すらそう思ったんだから」


「でも、実際にはとんでもなく良い人で。相手がどう困ってるのかすぐに分かるくらい賢くて、そこからの頭の回転も早くて。遠慮も、周りの目を気にすることも全部出来て。

 そんな人が、今はある意味守られる立場になってて。すごく歯がゆいんじゃないかなって、思うんだよね。

 きっと、森田くんに握手を頼んだときも、奈月って彼女がいることとか全て気にした上で、それでも頼まないといけないことだと自分で考えて……とか思って。

 他人に多少手助けをしてもらってでも克服したいと思ってるってことは、まだ飯田くんのことが好きなのかなとか……なんか色々考えたら頭パンクしちゃって。

 飯田くんは何にも悪くなくて」


「いや、俺がちょっと無神経に色んなこと話し過ぎたのかも。ごめん」


「ううん、聞きたかったから。飯田くんが遥さんにそういう風に恋したんだなって、知れて良かった」


「そうかな。なんか、よく分からないけどありがとう」


「――今ね、森田くんが言ってたやつ分かっちゃった。飯田くんが輝いて見えたの」


「え?」


「奈月に、飯田くんが来てるでしょって言われて、来てるわけないよって思いながら周りを見たら、本当に来てくれてて。

 飯田くんがあの辺で息を整えてたの見たとき、飯田くんだけ輝いて見えちゃった。もうね、森田くんが遥さんを見たときに輝いて見えたのと同じやつだって、すぐ思った。

 あんな風に来ちゃダメだよ、飯田くん。心配して急いで駆けつけてくれるなんて、ダメ。私バカだから、困らせても許してもらえるのかなって思っちゃうから」

 一度は止まった涙が、桜子の目から再び溢れた。


「俺は、もっと困らせてほしい。もっと頼ってほしい」


「迷惑じゃない?」


「すごく嬉しいよ。広瀬さんと話してると、なんかちょっとだけ最近の森田の気分になれるんだよね」


「どういうこと?」


「色々あるんだけど、例えば……橘さんに会いに行けって、押田さんが森田に言ったじゃん。あれって、結構大きな分かれ道だったと思うんだよね。

 森田が会いに行ったからこそ作文から小説の話になったし、橘さんも男と握手出来たし。エスカルゴとかの話も、森田がいなかったら全くしてないだろうし。森田抜きで会いに行ってたら、絶対にあんなに盛り上がってなかったよ。

 あの日の森田がすごく喋れたのって、押田さんに自信もらったからだと思うんだよね。なんか吹っ切れてた感じがして、橘さんにも結構毒舌で、昔と違ってあくまで対等な関係で、やけに格好良かった」


「たしかに、堂々としてて格好良かったね。あれくらいなら、奈月も安心だろうなって思った」


「やっぱ、女子からの言葉って、すごくありがたいんだよね。

 俺が躊躇(ちゅうちょ)せずにすぐ走って来たのも、広瀬さんに今日一日ですごく勇気をもらってたからで。俺のことが大嫌いなわけないから、会って謝れば許してくれるって感じの自信あったおかげで。

 なんつーか、十分の一森田?」


「それだとなんか、ちっちゃい森田くんみたいでおかしいよ」

 泣きながら桜子が笑った。


 桜子の笑顔に飯田は少し安心し、

「ごめん俺、説明下手だからさあ」

 と言って飯田も笑った。

「とにかく、広瀬さんと話してると嬉しくなって。

 森田が、押田さんと話してるだけで幸せって言ってたんだけど、その会話ってこういうのなのかもって思ったりして。

 だから、もっと困らせてほしい」


「じゃあ、毎日困らせても嫌いにならない?」


「ならないよ」


「ウソだあ、毎日だと面倒くさくなるでしょ」


「大丈夫じゃないかなあ?

 森田はクリスマス前、毎日頼ってもらえて幸せだったって言ってたよ」


「奈月の困らせ方は、男子が喜ぶ困らせ方だもん。私、かわいくないから。きっと疲れちゃうよ飯田くん」


「なんで? 今も、泣いてた理由とかちゃんと説明してくれて、めちゃくちゃかわいいじゃん。俺、広瀬さんのことまた一つ知れてすごく嬉しいんだけど」


「本当にそんな風に思ってくれてるの?」


「本当だよ。良かったら、明日も遊んでほしい」


「あー、明日は奈月と……あっ!」

 桜子は、奈月に説明をしてないことに気が付いた。

「ごめん私、奈月に電話しないと!

 奈月の声を聞いたらいきなり泣いちゃったから、絶対に心配してる。電話して良い?」


「もちろん。俺も、森田に電話してお礼言わないと。

 あいつが教えてくれたんだよね。言って良いのか分からないけど、広瀬さんが泣いてるぞって」


「なんだあ、森田くんに言われて気付いたのかあ」


「ごめんなさい。マジで全く気付いてなかったです」


「ウソウソ。来てくれたとき、すっごく感動したよ」


「でも、森田と押田さんがいっしょにいてくれて、俺としては助かったよ。二人がバラバラで、片方寝てたりしたら広瀬さんが泣いてるって分からなかったもん」


「そうだね。その辺りのことも、電話でお礼言わないと。ちょっとだけごめんね」


「うん、たくさん話しても良いよ。俺たちの時間は明日からもいくらでも作れるから、先に二人にきちんとお礼言っておこうよ」


「私そういう考え方出来る人、大好き」

 桜子が笑顔でそう言うと、飯田は顔を真っ赤にして黙ってしまった。


 桜子が電話で奈月と話し始めたのを見てから、やっと飯田は

「……そういうところが、かわいいんだよ」

 とつぶやいた。




「じゃあ、また明日ね。奈月、本当にありがとね。森田くんにも、邪魔してごめんねって言っておいてね。うん。おやすみー」

 桜子は、奈月に最低限の説明だけをして電話を切った。

「ふう、奈月たちも怒ってなかったし、とりあえず安心って感じ?」


「けど、結構遅くなっちゃったね。さすがに帰ろうか?」


「うん、そうだね」


「買い物は今日はもう良いんだよね? 念のため聞くけど」

 少し困ったような顔で、飯田がたずねた。


「買い物?」

 と桜子は聞いてから、すぐに思い出した。

 そういえば、下着を買うとか言ってウソついたんだっけ。

「うん、あれは良いや」


「そうだよね」


「飯田くんに、どんな下着が好きか聞いてから買わないと意味ないもんね。今夜教えてね」


「え!?」


「ビデオ通話でね」


「ええ!?」


「その間は、桜子って呼んでもらおうかなあ」


「ええー!?」


「いくら困らせても良いんでしょ?」

 桜子が楽しそうに飯田に聞いた。


「広瀬さんが笑ってくれるなら」


 そう言われた桜子は、喜びのあまりしばらく笑いが止まらなかった。

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