好きになった理由
これは、桜子が奈月に電話を掛けて涙を流す、少し前のこと。……つまり、奈月がまだかまだかと桜子からの電話を待っていた頃。
桜子は笑っていて、飯田も笑っていた。
「広瀬さん、今日は本当にありがとう。疲れてない?」
「全然平気。ありがとう」
二人はそのとき、急いでカラオケの会計を済ませて出て、とりあえず目についたベンチに座ったところだった。
「俺、こんなに歌い足りないの初めてだよ。二人でカラオケ入って、あんなにギリギリまで歌い続けると思わなかった」
「私も私も!」
桜子が同意した。
「歌いたいし、歌ってほしいし! 全然時間足りなかったね」
「だねえ。いやあ、まいった。
……今日、広瀬さんと少しくらいは仲良くなれたかなあ?」
「ものすごく仲良くなれたよー。これからも出来たら遊びたいって言ってくれて、ビックリした」
桜子は、本当に幸せな気分だった。
「それだけはどうしても伝えたかったから、言えて良かった。なんか俺、広瀬さんと話をするのすごく好きなんだ。楽しくて」
「うん……私も大好き」
桜子は恥ずかしそうに目をそらしながらも、ハッキリと答えた。
飯田は、困ったように笑って見せた。桜子の好きという言葉に動揺して、すぐに返事が出来なかったのだ。
バカ野郎、落ち着け。話をするのが好きって言ってくれただけだ。飯田はそう思いながら深呼吸をして、なんとか平静を装い、キョロキョロと辺りを見回した。
「……この後って、もう帰るだけなんだよね?」
「そうなんだけど……もうちょっと良い?」
桜子は、曖昧に答えた。
飯田は当然、なるべく長く桜子と話していたい。
「もちろん。ここでちょっと休憩しても良いよね」
桜子は飯田の笑顔に安心して、空を眺めた。
冬だから、もう暗いなあ。いやいや、こんなこと考えてる場合じゃないよ、告白しないと。でも、なんて言おう。
飯田くんは一目惚れをされたこともある人なんだから、ただ好きですって言うよりも、理由をちゃんと言った方が良いよね。
優しいから好きです、だと嘘っぽいかな?
やっぱり、まだ告白なんてしないでしょなんて言ってないで、告白の練習すれば良かったな。せっかく奈月が、練習しようかって言ってくれてたのに。
飯田くんがこんなにハッキリ、いっしょにいると嬉しいとか、話してると楽しいとか、色々言ってくれるとは思わなかったからなあ。
うーん、飯田くんは何で私を好きになってくれたのかなあ。すごく愛情は伝わってきたけど。
「――何を考えてるの?」
飯田が話しかけた。
「そりゃ飯田くん――」
とつい言ってしまって、桜子は慌てて口をつぐんだ。
「俺のこと? 不満とかあったら遠慮なく言ってよ。なるべく直す。これから先、ずっと仲良くしたいんだよね」
飯田は笑いながらそう言った。
しかし、今そんなことを言われては、桜子はかえって困ってしまう。不満なんてあるわけないのだ。
しまった。どうしよう。
「そういうのとは、違うんだけど……」
桜子が返答に悩んでいると、どうしても聞きたかったことを一つ思い出した。
「飯田くんが……遥さんを好きになった理由って覚えてる?」
「理由?」
「理由っていうか、すぐ好きになったの? それとも、この頃のこれかなとか、思い当たることある?」
もし一目惚れに近い形なら、私の気持ちも伝わりやすいはず。そう桜子は思い、祈るように返答を待った。
「多分これだなってのでも良いかな?」
「うん」
「……前にチラっとカードゲームの話をしたと思うんだけど、覚えてる?」
「うん。森田くんと二人で遊んでたんだよね?」
「そうそう。まあ今からする話は、森田は関係ないんだけど。
俺さ、森田と仲良くなる前からカードゲームやってて。カードゲームって、束を入れるデッキケースってのがあるんだけど、分かるかな」
「分かる分かる。男子の見たことある。トランプケースが枚数増えたみたいな感じのやつだよね」
「そうそう、そういうやつ。
それである日お店行ったら、関連商品を買うとデッキケース一つ無料で付いてくるってキャンペーンがあって。ケース六つ残ってて。
俺、迷ったんだけど結局ケース六つもらえるように関連商品買って。別にそんなに必要ないんだけど、どうせいつかカード買うんだし、後で何ヵ月か買うの我慢しよって感じで。
いや、散財とか基本しないんだよ?」
飯田は、なるべく自分が悪いイメージを持たれないように取り繕いながら、気まずそうに説明をした。
桜子には飯田の気持ちがよく分かった。
「うんうん、お得だと買っちゃうよね。私も半額セールとか、ゲーム複数買っちゃったりするよ」
「やっぱそういうことってたまにはあるよね?」
「そうそう。普通だと思う」
「いや、良かった。そんでさ、本題はここからなんだけど。
デッキケースをゴロゴロテーブルに並べてたら、なにこれって親が聞くから、カード入れるやつって言ったんだけど。そしたら、タバコケースかと思ったって笑うから、余ってるからそういうのに使っても良いって言って寝たんだよ。
そんで次の日、間違えてケースの中にタバコやライターが入ってる方を中学に持っていっちゃって」
「あらら」
「休み時間に中身見て、ヤバイって思って。男子って、トイレに行ってる間に勝手にデッキ借りて遊んだりすっからさあ。
カバンの中を他の男子に見られたり、可能性は低いけど抜き打ち検査されたらまずいと思って、俺ケース持ってトイレに隠しに行ったんだけど、慌て過ぎて橘さんと軽くぶつかってさ。ショボいデッキケースだったせいもあってパカッて開いちゃって、タバコやライターを撒き散らして」
「うわ、大変」
「他の人は近くにいなかったから、とりあえずケースの中にライターとタバコすぐしまって。
親のやつと間違えたって必死に弁解してたらチャイム鳴っちゃって、二人で教室に戻ってたんだけどさ」
「うん」
「教室の前で止められて、耳元で『私、生理用品とか入れて隠せるやつ持ってきてるから、心配なら放課後までその中に隠しててあげようか』って言ってくれて。女子に助けてもらうなんて情けない話なんだけど、そのときは助かったって思って、無言でケース渡して。
そしたら、笑顔で受け取ってハンカチにくるんで、堂々とした態度で教室に入って行って。俺には救世主に見えた」
「ほんとだね。救世主」
「俺、この人すごいって思ったんだよね!
まずさあ、男同士だとカバンとか勝手に漁るから、それで俺が隠しに行こうとしたんだろう、って一瞬で推測してくれたわけでしょ。
生理用品を入れるやつにしまえば見られにくいって発想が、すぐに出てきたってのもすごいし。
生理用品を持ってきてる日だって俺にバレるのに、言ってくれた優しさと勇気もすごいし。
あと、タバコを間違えて持ってきたって言い分を信じてくれたのも嬉しいし。どこかに隠れて吸う気だったかもしれないとか、そういう風に思われても仕方ないのに。
それと、そもそも普段からカードゲームを学校に持ち込んで遊んでた俺が悪いのに、説教とかは全然しないんだよ。
なんか色々衝撃的で、やたら感動しちゃって」
「うん、すごいと思う。私なら絶対に出来ない」
「授業中も、色々考えちゃってさ。
よく考えたら生理用品を入れるやつを持ってきてるなんてウソで、俺が安心して渡せるようにそう言ってくれただけなのかも、とか。そうだとしたらなんて優しいんだろうって」
「あー、そうだよね……」
「念のために、放課後に二人で学校出るまでずっと持っててくれたんだ。バレなくて良かったねって言ってくれて。
俺、デッキケース返してもらったとき、自分のバカさになんか泣いちゃったんだよね。デッキケース間違えて他人に迷惑かけてさ。もう学校に余計なもの持って行かないからって、橘さんに謝って帰った。
家に帰ったら、前にゲーセンで先輩の友達が彼女に振られて要らなくなったとかでくれたコンドームとか、ギターのピックとか、財布の中とかの要らない物は全部出して。漫画とかも次の日に全部持ち帰って。とりあえず、学校にはゲームとか持っていくのやめた。
今考えると、そこまでやったってことは、その日に好きになったのかもしれない」
「それは好きになるよねー、すごいなあ遥さん……」
桜子はそう言いながら、なんだか涙が出そうになった。
遥さんに比べて、私は何も持ってない。賢さも優しさも魅力も遥さんに負けてる。
なんか、優しいから好きですなんて言い方の告白、とても出来なくなっちゃったなあ。そう桜子は思った。
「俺が尊敬してるのって、橘さんと森田なんだよね。この二人は本当にすごい。友達運みたいなやつに恵まれてるのかもしんない」
飯田は無邪気に笑った。
「すごいって思える飯田くんもすごくない?
ちゃんと反省して、学校に余計なもの持って行かないって決心出来たじゃん」
「いや、俺は全然ダメだよ。真面目にやってたのも森田が振られるまでだし。ガキなんだよな結局。
森田はさ、違うんだよ。橘さんに服の畳み方を教えてもらったら、振られても畳み続けて。きっと今後ずっと橘さんに習った畳み方で畳むでしょ?
成功しても失敗しても、ちゃんと一生の糧にするんだよ森田は。経験を大切に出来る。
俺はさあ、何かで反省しても一瞬だけだから。ちょっと嫌なことあったら見ないフリして。橘さんと新聞とか作るのが嫌で逃げて。すねてわざと反発みたいな感じで、すげえ格好悪いよ。マジで嫌になる」
「格好悪いって気付けたなら良いじゃん。
飯田くんさあ、その頃のことって橘さんに言ったことある?」
「いや、言ってない。
好きになったっぽい日の帰りに、ほんの少し長く話してお礼がちょっと言えただけかな。それからは、二人きりになれた場面がほぼなかった」
「健康ランドで言ってみなよ。
助けてもらったあのとき、すごく嬉しかったって。卒業前、変な態度とってごめんって」
「遅くないかな?」
「言った方が良いと思う。橘さん、元気が出るかもよ」
「じゃあ、もし二人きりになれたら言ってみようかな」
「うん。言ってみて」
「広瀬さん、色々アドバイスしてくれてありがとう」
「ううん。私なんて、誰でも言えるようなことしか言えてないから」
「そんなことないって。森田も言ってたけど、俺と森田が何年話してても出てこないようなアドバイスを、広瀬さんは一日で出してくれるもん。
今のもそうだし、他にもたくさん。俺、広瀬さんと友達になれて本当に良かった。感謝してる」
桜子は、飯田の胸に飛び込みたい気持ちを必死でこらえた。
「――ごめん。私あとちょっとだけお店見て回りたいから、ここでサヨナラしていい?」
「俺、邪魔じゃなければ付き合うけど」
「下着も見たいから。飯田くん、恥ずかしいでしょ?」
「わあっ、ごめん!」
飯田は大慌て。
「じゃあ俺、駅前のロッカーに買った服取りに行って、帰ります。広瀬さんも、遅くならない内に帰ってね。
一応、帰ったら無事着きましたって連絡お願い」
「うん、分かった! 今日はありがと、楽しかった!」
「俺も楽しかった! また遊んでくれる?」
桜子は頷いた。
そう、今日はこれで十分幸せ。元々、今日は告白するつもりはなかったんだから。飯田くんを好きな理由をゆっくり考えて、明日からまた頑張ろう。
飯田と別れた桜子は、トボトボと歩きながら困っていた。本当は、こっちの方に下着を売ってる店などないのである。
すぐに戻って鉢合わせになったら困るし、どうしようかなあ……。
目的もなく歩いていると、公園を見つけた。
――そうだっ、ベンチに座って奈月と長電話すれば良いんだ。きっと心配してるからね。すごく優しくしてもらって、仲良くなったってノロケちゃおう。
「もしもし奈月ー?」
よし、ちゃんと声が出せた。
「心配したよお。大丈夫だった?」
奈月の第一声を聞いたら、桜子の瞳から涙が溢れた。話そうと思っていたことも、吹き飛んでしまった。
「奈月。……私、告白出来なかったよ」
「どうしたの桜子? 泣いてるの?」
「私、飯田くんに、なんで遥さんが好きなのか聞いちゃって……」
桜子は、自分の微妙な言い間違いにも気付かず、肩を震わせた。
「大丈夫だよ、落ち着いて」
「急に自信なくなっちゃって。ごめんね、応援してくれてたのに」
「ねえ桜子、今安全なところにいるの?」
「えっと、公園見付けて」
「公園?」
桜子は周囲を見回した。
「隣にコンビニもあるし、大丈夫そう」
「コンビニの横の公園ね?」
「うん」
桜子はクスリと笑った。
心配性だなあ、奈月も。
「神社があって、なんかやってるみたいで明るくて、そこで子供が遊んでるから安全だよ」
「じゃあしばらくそこに座ってるの?」
「うん、そのつもり。
いきなり泣いちゃってごめん。ちょっと落ち着いたから説明する」
「桜子、今飯田くんが向かってるでしょ?」
言われて、桜子が首を動かすと、飯田の姿が目に入った。前屈みで立ち止まり、膝に手を置いて公園の入り口で息を整えている。ここまで走ってきてくれたのだろうと、すぐに分かった。
桜子が見ていることに気付くと、飯田は笑顔で手を振った。桜子は一瞬、その笑顔に何メートルも体が引っ張られたような錯覚を起こした。
「来てる。なんで?」
桜子は、慌ててハンカチを取り出して顔を拭きながら、奈月に聞いた。
「うん、だから切るからね。桜子のために来たんだから、飯田くんに泣きついちゃって良いから」
「飯田くん、走ってきてくれたよ?」
「うん」
「すごいの。森田くんが言ってたやつ、分かった。遠くなのに、飯田くん輝いて見えた」
「うん」
「こんなの、タイミング悪いよ」
「ん?」
「泣き止んできてたのに……泣き顔が」
「泣き顔が?」
「私、泣き顔がブスだからやだよ、なんで今輝いて見えちゃったの? 泣き顔を見られちゃう」
「泣き顔がブスだからやだ? ブスじゃないよ、絶対かわいい」
「ほんと? あ、飯田くん呼吸整ってきたみたい。歩いてくる」
「よし、切るよ。頑張れ!」




