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しばらくあの人と

 直人が電話を切って、まずはアイスティーで喉の渇きを潤そうとすると、奈月と桜子が目を輝かせて直人の説明を待っていた。

 二人には飯田の声は聞こえなかったが、直人の言葉だけでもある程度話の流れは推測出来たのだ。


 直人は、二人のあまりの期待の視線に一旦飲み物を置いて、とりあえずこう言った。

「飯田、広瀬さんと仲良くしたいって。広瀬さんにこれ以上優しくされたり手を握られたりしたら、大好きになっちゃいそうだって」


「ウソぉ!?」


 直人は大急ぎでグビグビと紅茶を飲んでから、口を開いた。

「――本当。広瀬さんに喜んでもらえる食べ物屋が知りたいって。広瀬さんの写真ほしいって」


「えー私、そんな私、そんなことある? 本当に広瀬さんって言ってたの? ――やっべ、ヨダレ垂れたごめん」

 桜子は慌ててティッシュでテーブルのヨダレを拭き取り、

「今のヨダレ、飯田くんに言わないでね」

 目尻をぬぐいながら、笑顔でそう続けた。


「言わないよ、大丈夫。

 飯田、広瀬さんにすごく感謝してたよ。誕生日にプレゼントあげたいけど、あげて良いのか分からないって」


「誕生日プレゼントなんて、メロンパンとかなんでも良い。高いのじゃなくて良いよ。というより、もしデートしてくれたら一番のプレゼントなんだけど」


「まあ誕生日は月末だから、とりあえず写真のことと、好きなご飯・嫌いなご飯が先かな?」


「写真はちょっと、奈月に良いの撮ってもらうから待って。ご飯はエスカルゴ以外なら大体なんでも良い。飯田くん、値段とかで悩んでたっぽい?」


「飯田はおごれたらおごりたいのも。だけど、広瀬さんが拒否すればすぐワリカンにしてくれると思うよ。

 だから『今日はワリカンで良いから、次のときか誕生日におごって』とか言えば、次回のデートの約束が自然に出来ると思う」


「それ言う! 次の約束する!」


「食べたい所ってあるの?」


「私、焼き魚の食べ方下手だから、そういうのだと幻滅させちゃうかも」


「ああ、なるほど。まあ飯田は気にしなそうだけどね」


「どうしようかなあ。すぐに決めた方が良い?」


「いや、多分問題ない。ウロウロしながら二人で決めた方が時間稼げて良いかもよ?」


「飯田くん、カラオケ店でガツガツ食べるのとか平気?

 私の知ってる服屋の近くに飲食物持ち込めるカラオケ店があるんだけど。ドリンクバーも結構すごくて。

 見付からなかったら最悪、そこに持ち込んで食べる感じでどうかな。私はサンドイッチとかで飯田くん牛丼。あとお菓子とか。ダメ?」


「牛丼屋も近くにあるの?」


「分からない。見ないからないかも」


「じゃあどうなんだろうなあ。でも飯田、ギターが好きだから女子とカラオケ行くの好きかもしれないな。食事無関係に、カラオケは聞いてみても良いかも。二人きりのときにカラオケ誘われるってのは、男子は嬉しいよ。心の壁があまりないってことだから」


「カラオケ行ったら、飯田くんドキドキしちゃう?」


「しちゃうだろうなあ」


「カラオケ誘っちゃおうかなー。本当は食事もカラオケも行きたいんだけど」


「話がたくさんしたいっていってたから、どっちも行っちゃえば? まだ遊ぼうよって言ってさ」


「飯田くん、私がそんなワガママばかり言ったら怒らないかなあ?」


「大丈夫でしょ。ドリンクバーある飲食店で歌の話をゆっくりしてさ、カラオケ行かないか聞いてさ。もし恥ずかしいとか言われたら、行かなければ良いんだし」


「飯田くん、カラオケ恥ずかしい人?」


「いや、そうじゃないんだけどね。

 好きな人と二人きりじゃまともに歌えないから恥ずかしい、みたいな意味での拒否があるかも。最近歌ってないから練習させてとか、いかにも言いそうじゃん。

 なにしろ、広瀬さんに嫌われたら泣いちゃうって言ってたからさ」


「そんなんで飯田くんを嫌いになるわけないじゃんかー」


「そうだけど、飯田は広瀬さんが自分に惚れてるとは思ってないからなあ。伝えなかったけど、良いんだよね?」


「もちろん。盗み聞きしてたなんて、言えないよ」


「盗み聞きっていうか、飯田が勝手に電話してきただけだけど」


「でも、私もいるよって言えなかったもん。急過ぎて」


「そりゃ、メールやチャットなしでいきなり電話してきた飯田が悪いよ。最初に飯田が『何名様でございますか』って聞いてきたら、俺はちゃんと答えたよ」


「そんなファミレスみたいな飯田くん、嫌だよ」

 桜子は飯田を想像しながら、微笑んだ。


「そういえば、お互いの好みが分からない内はファミレスで食べるのも良いかもね。

 タイミング次第では周りがうるさくてムードが出ないかもしれないけど、そこは『飯田くんとご飯なんて、まるで彼女にしてもらったみたいで嬉しい。今日は二人きりだし、一保くんって呼んでも良い?』って見つめるとかして」


「そんなこと言ったら、変に思われない?」


「好き同士なら、素直に嬉しいと思うよ。

 俺は奈月の『二人きりだね』とか『手を繋ぐの好き』とか『店員さんに、彼氏さんって言われちゃったね』とか、そういう発言にドキドキしてた」


「私、まだあんまり好き同士な気がしてないんだけど。なんか夢みたいで」


「でも今の電話中、飯田は広瀬さんのことで頭がいっぱいな感じだったよ。どうしたら広瀬さんに嫌われないかとか、どうしたら広瀬さんに喜んでもらえるかとか。

 ただの友達にあんなになるかなあ」


「じゃあ、見込みあると思って良いのかな?」


「というより、ほぼ確定じゃないかな。広瀬さんがちょっとボディタッチすれば、完全に好きになるでしょ」


「えっえっ。自然にボディタッチする方法ある?」


「帰ろうってなったときに後ろから飯田の服のそでを引っ張って、それから手を握るとかかな。『もし健康ランドで飯田くんが誰かと付き合うことになったら、もうこうして二人で遊べないんだよね』とか言ってさ。そんで『最後かもしれないからまだ帰りたくない』って困らせる」


「ええー、それは過激だよお……」


「ダメ押しに、潤んだ瞳で見上げて『一保くんに彼女が出来ちゃうかもしれない前に、一保くんとの思い出がもっとたくさんほしい』って言って抱きついたら、もう絶対に落とせる」


「そんなこと言ったら、大好きだと思われちゃうよ」


「思われちゃうって、実際に大好きなんでしょ?」

 直人はこともなげに言った。


「そうだけど。思い出がほしいとか言ったら、なんかエロくない?」


「ダメかなあ?」


「そこまで言うのはちょっと無理かも……」


「飯田の方は、いつか広瀬さんに家にも来てほしいけど今はとにかく嫌われたくない、大切にしたいって感じだったからなあ。広瀬さんが積極的にいかないと、告白とか当分してくれないと思うよ。

 手を繋がれたら好きになっちゃうって言い方したから、自分から触る気はないっぽいし。

 友達として遊べるだけですごく嬉しいみたい」


「飯田くん、なんで好きになってくれたんだろ?」

 桜子は天井を見上げて、不思議そうに言った。


「まあ飯田もはっきり分からないみたいだったけど、最初の広瀬さんのお好み焼きの作ってあげ方かなあ? たくさん話しながら作ってたから、嫌々作ってるわけじゃないってのが伝わったんじゃないかな。

 お好み焼き屋のトイレで、ゲーセンに行きたいって急にワガママ言い出したんだけど、あれも今思うとなんか妙だし。飯田も、話したりなかったんだって今言ってた。あのとき既に、こういう人って良いなあって感じてたのかも」


「森田くんが寝てるときに、よっぽど疲れたんだな、悪いことしたなあって感じで謝ってたよ。

 森田は帰りたかったのに、俺が頼んだんだとか」


「やっぱ気にしてたんだ?

 飯田が自分で出来ないことを俺に頼むって、わりと珍しいんだよ本来。あいつ、あんまり俺に苦手なことをやらせたりしないから。カレー屋とかでも、俺の分も飯田が注文してくれるし。

 そんな飯田が、自分で誘えない上に俺に頼むなんて、今思うと怪しいっちゃ怪しいんだよね」


「でも、遥さんにも会いに行ったよね?」


「飯田は、俺に言われて会いに行っただけだしねえ。流れに巻き込まれた形に近いのかもね」


「そういえば森田くんが寝てるとき、初恋の人に会わないのか聞いたら、会わなくて良いみたいなこと最初言ってた。

 それで飯田くん、振られたらお好み焼きいっしょに食べてほしいって私に言って、約束したらなんかすごい喜んでた」


「何それ。その時点でもう広瀬さんのこと好きっぽいじゃん」


「たしかに、あれは私もちょっと気になった。桜子、男子をまた一人落としちゃったのかなって一瞬思った」

 奈月も思い出して、興奮している。


「そんなこと思ってたんなら、後でこっそり教えてよー」

 口を尖らせる桜子。


「ごめん、全然忘れてたわ」

 正直に謝る奈月。


「普通忘れる?」


「いや、桜子も完全に忘れてたじゃん!」


「あ、そだね。私も忘れてたんだもんね。バカだ私」

 桜子は奈月に指摘されて、おかしくなって笑いだした。


 奈月も桜子同様、身をよじらせて笑っていたが、ふと直人を見ると真剣な表情をしていた。

「どうしたの?」


「いや、今の話は大きいプラスだなって思って、考えてた。

 タイミング的に、広瀬さんを好きになり始めてから橘さんに再会した感じで、橘さんへの気持ちは再燃焼しなかったのかもな。

 まあその辺のことも含めて、広瀬さんが飯田に聞いてみるのも、良い駆け引きになるんじゃないかな」


「緊張しすぎて、しばらくあの人とまともに会話出来そうにないんだけど」

 桜子は情けない声を出して、奈月の背中に隠れた。




 その後、直人は奈月の部屋から一度追い出された。


「ごめんね。森田くんと写真作ると、飯田くんの反応が悪かったときに気まずいから」

 桜子がそう言い、奈月と直人も納得したのである。




 待つこと十分。ようやく出来た写真を見て直人は、良い笑顔だなと思った。

「うん。完璧でしょ」


 直人が飯田に写真を送ると、桜子は

「あれで大丈夫だったかなあ。写真で改めて見たら全然かわいくなかったって、全部キャンセルされない?」

 などと、またも心配をしだした。


 奈月が笑いながら桜子をなだめすかす。直人がそれを微笑みながら見守っていると、飯田からメールが届いた。


 そこには、こう書いてあった。


 かわいすぎて、しばらくあの人とまともに会話出来そうにないんだけど


 直人がその画面を桜子に見せると、桜子の顔は見る見る真っ赤になった。

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