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話がしたい

 直人がスマホを耳に当てると

「今って何してる?」

 と、飯田の声が聞こえた。


 直人は

「今は何もしてないんじゃないかな」

 と言ってから、ふと奈月を見てニヤリと笑った。

「さっきは奈月の胸を触ってあげてたけど、金を要求してきたから触ってあげてない」


「ちょっと!?」

 奈月は慌て、直人からスマホを奪った。

「飯田くん、違うからね? ぬいぐるみの手で、服の上からちょっと二回触られただけだから」


 飯田は電話越しにふためく奈月に笑ってから

「大丈夫、最初から冗談的なやつって分かってるよ。森田は普段、そういうこと絶対に言わないからさ」

 と答えた。


「そっかあ、良かった。じゃあ直くんに電話返すね。――ホイ」

 奈月はスマホを返しながら、直人の後頭部を軽く叩いた。


「――おい飯田、さりげなく俺の女と電話しやがったな」

 そう話す直人は、奈月の頭をなでながら笑っている。ただ「俺の女」と言いたかっただけなのである。


「お前が変なこと言うからだろ。

 別に俺、二人の仲を邪魔する気はないし。だから、もしデート中なら後で電話するぞ?」


「別にデート中ってわけじゃないけどさ……」

 そもそも広瀬さんもいるんだけどな、と思いながら直人が桜子を見る。桜子は唇に人差し指を当てて「シーね、シー」と囁いた。直人は小さく頷いた。


 次に直人が気にしたのは奈月のことだった。

「奈月って、放置されて電話されると嫌なタイプ?」


「別に、直くんなんて元々どうでも良いし。

 金払いも良くないし、エロいし、最低だし」

 奈月は、さっきの仕返しに直人をけなした。桜子が必死で笑いをこらえている。


「なんか最低とか聞こえたけど」

 飯田はゲラゲラと笑っている。


「多分これは、電話しても良いよって意味だよ。俺も奈月のことが少しずつ分かってきた。

 たまに構って黙らせときゃ、かわいいもんだよ」

 そう言って直人が奈月の唇を指でつまむと、奈月はガブッと直人の指を噛んでみせた。

「うぎゃあ、指を食われた! 何年ぶりだろ?」


「何いちゃついてんだよ、まったく」


「まあとにかく、奈月的には大丈夫っぽい。ダメなら後で怒ってくれるよ多分。

 そんで、何の電話なの?」


「ちょっとみんなのスケジュール知りたくてさあ。小説とか今、どうなってんのかなって思って」


「小説はとりあえず片付いたけど」


「広瀬さんも明日から暇?」


「多分ね。それ今、俺たちも話してたんだよ。飯田って何日に服を買いに行きたいんだろうって」


「そのことなんだけどさ。広瀬さんに服を見てもらったら、イマイチ良いのが見つからなくても、なんか買わないと失礼だよね?」


「そんなことないだろ。必ず服を買うとは限らない。

 広瀬さんが気に入る服がないかもしれないしね。なんかお洒落そうじゃん広瀬さん。平日に一度服屋行って、やっぱり日曜に遠出しようかってなるかも。

 休みの日なら、広瀬さんが『今着てるそれで良いじゃん!』とか言うかもだし」


「それも聞きたかったんだけど、平日と休みの日なら、まずは平日で頼んだ方が良いよな? 休みの日にわざわざ来てもらうってすげえ迷惑でしょ?」


「そうとは限らないだろ。他の生徒に発見されにくいように日曜日が良いとか、色々考えられるし。どこに買いに行くのか知らないけど、服を買うついでに靴とかも見てくれるかもよ。どっちが良いか聞いておこうか?」


「頼む」


「もし広瀬さんが日曜日の方が良いって言ったら、飯田は日曜日でも良いの?」


「俺は広瀬さんに合わせます」


「了解。――日曜日でも良い、広瀬さんに合わせる、と」

 直人は奈月のスマホを借りて、文章を打ち込んだ。桜子が覗き込んで、嬉しそうに奈月と手を繋いだ。

 見てる直人も、つられて微笑んだ。広瀬さんを失恋させたくないよなあ、と直人は思った。


「もし日曜日なら、服を買った後ってどうすれば良い?」


「えっ?」

 直人は桜子の表情に気を取られていたので、飯田に聞き返した。


「お前ならどうする? 服を買った後」


「奈月が相手なら、奈月が疲れてなければちょっとウロウロするとか、ご飯食べたりとかかなあ」


「女子のご飯ってさ、パスタとかになるの? パスタって高いじゃん。俺のおごりなら良いんだけど、俺なんかに貸しを作るの嫌がるかもしれないし。

 候補をいくつか用意しつつ、広瀬さんに食べたいもの聞いた方が良いのかな?」


「うーどうなんだろ。俺が偏食だから、奈月は俺に合わせてくれるんだよなあ。

 なかなか見付からなくて、歩かせた上に立ち食いそばになったこともある。でも『ごめんね俺のせいで。おごらせて』って言うと、得したって言って嬉しそうに食べてくれて。『前は高さギリギリで食べてて、かわいかったのに』とか『七味も食べられなかったのにね』とか、たくさん茶化してくれて。怒ってないんだなって、ホッとした。

 だからもし広瀬さんの好きな場所にするなら、嬉しそうにして、広瀬さんが安心することをたくさん言うと良いんじゃないかな?」


「分かった。値段的にはどれくらいが良いんだろ?」


「女子は、結構高いもの食べてる印象あるなあ。奈月も女子とはケーキとかアイスとかドーナツとか食べてるっぽい。俺とファミレス行ったときの奈月は、値段ちょっと高くてもパフェとか食べることある。そういう、明らかに奈月の食べた物の方が高いときは会計別々にしようとしてくれて、今のところ別々に払ってる。

 まあ俺らも付き合いたてだから、ワリカンとかは様子見しながらだなあ」


「そっか、男のおごりで店に入るとデザートとか頼みにくいのか」


「まあ性格や相手との距離感次第だろうけど、デザートってなかなか高いからな」


「そうなんだよなあ。すげえ世話になってるから、俺としては飯くらい遠慮なく食べて欲しい気持ちがあるんだけど……」


「だけど、楽しく食べてもらえなかったら意味ないしな」


「そうなんだよな」


「広瀬さんに聞いてみようか?」


「そういうのはなんか、押しつけがましいから嫌だな」


「とりあえず最初にお腹空いてないか聞いて、空いてるようなら何食べたいか聞けば?」


「それが良いじゃん。そうする」


「俺、広瀬さんの好きな食べ物と嫌いな食べ物、聞いておこうか?」


「やべえ、嫌いな食べ物とかあるんだよな当然。気付かなかった。うわ、マジ何食べよう」


「またお好み焼きでも良いんじゃないの? ドリンクバーの有無は大きいだろ」


「それじゃ広瀬さん、つまらないだろ多分。二人きりだし会話がもたねえって」


「お好み焼きを作る作業時間がない普通の店だと、もっと会話がなくなりそうだけどなあ」


「やっぱり、料理を待ってるときって会話なくなっちゃうかな?」


「君らさ、ゲーム機持っていけば良いんじゃないの? ファミレスとか、料理待ってる間にゲームやってる人わりといるじゃん」


「俺は広瀬さんが退屈にならなければなんでも良いけど、広瀬さん俺と外でゲームするの恥ずかしくないかな?」


「そんなの、あらかじめ俺が聞けば良いだろ」


「そんなこと聞いて大丈夫? 服を買うだけなのに、何ご飯食べて遊ぼうとしてんだよこのチャラ男って、キャンセルされないかな?」


「そこまではしないだろ」

 即座に否定した。なにしろ直人からすれば、桜子がキャンセルなんてするわけないと分かっているのだ。


 しかし、飯田からすると不安で仕方ない。

「服を口実にデートしようとしてるって思われて、嫌われない?」


「広瀬さんに嫌われたくないの?」


「そりゃそうだよ、友達だし」


「もし広瀬さんにすげえ嫌われたら、健康ランド行かない?」


「それは行くけど。え、すげえ嫌われることとかある?」


「飯田の誕生日に遊ぶ約束をキャンセルしたら、すげえ嫌われるかもな」


「それは絶対にキャンセルしねえよ!」


「なんで?」


「だってそんな、人として当たり前だろ」


「なんだ。誕生日に広瀬さんと会えるなんて嬉しい、とか思ってるるのかと」


「それは嬉しいよ。嬉しいからその日まで嫌われたくないんだよ」


「ずいぶん先の話だけど」


「そうなんだよな、大分先だから忘れられちゃいそうなんだよな」


「誕生日まで、ちゃんと覚えてくれてたらどうする?」


「そんなのもう俺、何かプレゼントするよ!」


「お前の誕生日なのに、お前が広瀬さんにプレゼントするのかよ」

 直人は思わずそう言って笑いながら、これは相当広瀬さんのことを気に入っているぞと思った。

 話が半分しか分からず緊張している桜子に、直人はピースサインを出す。桜子と奈月は、また無言で喜びを表現している。


「とにかく俺、明日から誕生日まで、広瀬さんに嫌われないことを目標に生きるから」


「じゃあさ、広瀬さんの誕生日にもプレゼントあげるの?」


「あーそうそう、それも聞きたかったんだよ! どうしよう。俺がプレゼントしたら変かな」


「まあそれは、健康ランドとかで仲良くなれば良いでしょ」


「なれそうにねえなあ」


「なれるなれる」


「どちらにしろ、高いものだと広瀬さん困るよな」


「広瀬さんってゲームが好きだから、ゲーム関係の小物とか好きだと思うんだよね。奈月にこっそりチェックしてもらうけど」


「俺にもこっそり教えてくれ」


「お前ってやっぱり、女子にこまめに誕生日プレゼントあげてんの?」


「そんなんあげたことねえよ!」


「なんで広瀬さんにだけ、あげる気になったの?」


「いやだって、すげえ優しくしてくれるし。あげても許される関係者になれたらあげたいなって」


「優しいし、しかもかわいいし?」


「かわいいけど、それは関係ないからな。単純にお世話になってるから」


「実際、彼女になってほしいの?」


「そこまだ、押田さんがいるんでしょ? こんな話してたらやばいって」


「大丈夫。いざとなったら、ぬいぐるみで胸触ってる写真を撮影して脅すから」


「何も大丈夫じゃねえよ」


「でもあれだぜ、家の中だからコート脱いでるんだぜ」


「だからどうしたってんだよ」


「バストアップの写真がほしいんだよ!」


「写真がほしいだけじゃねえか!」


「とにかく言っちゃえって。俺も、それを口実に写真が撮れるしさあ。付き合いたいとか全然思ってないの?」


「……話がしたいんだよ」


「話?」


「俺がゲーセンで森田が振られたときの話をしてたとき、自分のことのように怒ったりしてくれて。見た目より恋愛に真面目な人なのかなって、そんとき思って。

 森田が戻ってきたとき俺、喋り足りないって感じたんだよね。

 ゲーセンに行くってなったときも嬉しかったんだけど、みんなで森田の家に行くってなったとき、嬉しくて。

 結局丸一日遊んで、さらに一日遊んで、それでも足りなくて。だから服屋に行く約束してくれたとき、すげえ嬉しくて。

 友達として遊んだり話したり、いっぱいしたいんだよ」


「ずっといっしょにいたい感じ?」


「そうかもしんねえ。分かんなくて」


「広瀬さんなんて、お前んちで一日中ゲームやらせたら喜びそうだけどな」


「家に呼んだりしたら嫌われるでしょ」


「いや、本当にゲームが好きだから、わりとホイホイ来ると思うんだよね。家にある服も見てもらいたいとか言えば、来てくれるかもよ? そういえば、飯田のギター見たいって言ってたし」


「マジで?」


「来てくれたらどうする?」


「そしたら嬉しいけど、心臓がヤバそう」


「ドキドキしちゃう?」


「考えただけでやべえよ」


「家に呼ぶの、結構良さそうだけどなあ」


「無理無理! そんなこと頼めないって! 嫌われたくないんだよ」


「嫌われたくないだけ?」


「嫌われたくないっていうか、ずっと友達でいたい」


「やっぱり好きってこと?」


「いやー、わかんねえんだけど……」


「手を握られたら好きになっちゃう?」


「そのくらい好きかも。優しすぎて、既に勘違いしそうになってる」


「まあすごく優しいからね、広瀬さん。もし広瀬さんに告白されたらどうする?」


「そんなんないだろ。今までに好かれる要素ないもん」


「男女のことだから分からないだろ。実際、お前が広瀬さんを気になってるんだから。もしだよもし」


「そしたら、すげえ嬉しいかも」


「付き合っちゃう?」


「お願いする」


「じゃあ俺、付き合えるように協力するよ」


「頼む! でも、俺が広瀬さんと仲良くなりたいとか、そういうことは言わなくて良いからな」


「分かってるよ。広瀬さんに嫌われないようにすれば良いんだろ」


「そう」


「じゃあ、なんか伝えることとか調べることとか忘れそうだから、一回電話切るぞ」


「おう」


「そういや、広瀬さんの写真とか欲しい?」


「欲しいに決まってるじゃん」


「じゃあ送る」


「あ、やっぱ良いわ」


「なんで?」


「俺が勝手に見たって知ったら、嫌かもしれないし。俺ら、そんな関係じゃないじゃん実際。俺が広瀬さんの写真を勝手に見つめてるなんて知ったら、広瀬さん怒るだろ」


「バレようがないけどな。そんなに嫌われたくないの?」


「嫌いって言われたら泣くと思う」


「じゃあ、俺が広瀬さんに聞く感じでさ。飯田に奈月たちが遊んでる写真を見せたいんだけど、広瀬さんが写ってる写真も見せて大丈夫なのかなって、確認取って」


「それちょっと不自然じゃねえか? でも欲しいけど」


「自然に聞けたら聞いてみる。じゃあ、今度こそ電話切るわ」


「おー、ありがとな。マジで困ってたから助かった」

 飯田が喜んでいるのが、電話越しでも十分に直人にも伝わった。

 それにしても、広瀬さんの写真をそんなに欲しがるなんて、もう広瀬さんのことが大好きなんじゃないのかな?

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