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一回百円

「……しかし、何回来ても嬉しいもんだね」

 直人はアイスミルクティーを飲みながら、奈月の部屋を眺めた。


「昔はそんなこと言ったことなかったのに」

 奈月は隣で笑いながら、桜子の顔を伺っている。


 二人とも、桜子が口を開くのを待っているのだ。


 健康ランドの話が終わって解散した後、三人で相談したいことがあると桜子に言われた直人は、快諾した。

 そしてその話し合う場所として、奈月の部屋に来たのだった。


「あのね」

 桜子は言った。

「飯田くんのこと、好きになっちゃって」


「そっかー。仲良くなると、好きになるのあっという間だもんね」

 直人は、あえて驚かないようにした。 


「分かってくれる?」

 桜子は直人の態度を見て、少し緊張がほぐれたようだった。


「俺も、奈月と仲良くなったらすぐ好きになっちゃったからね。あの感覚はすごく覚えてるよ。二、三日で大好きになっちゃって、どこまで好きになっちゃうんだろうって思ったもん」


「あ、奈月もそれ言ってた」


「そうでしょ、みんなそうだと思うよ。今、自分で自分の気持ちに動揺してるでしょ?」


「してるしてる」


「俺なんて、こんなすぐに好きになっちゃったのが知られたら、奈月にとっては気持ち悪いよって思ってさ。バレたらどうしようって感じだったよ」


「私も同じ。早過ぎるし、こんなときだし」


「こんなときって?」


「橘さんのことがまだ全然片付いてないのに、なんで好きになっちゃったんだろうって感じ」


「ああ……まあそれは仕方ないよ。恋する気持ちに比べたら他のことは小さなことだよ。

 とはいえ、俺も同じような考え方をしてたけどさ」


「森田くんも?」


「俺が奈月のこと絶対に好きだって分かっちゃったとき、俺すごく悩んでてさ。奈月は友達と思って俺を頼ってくれているのに、俺がこんなにすぐに大好きになってどうするんだよって。もう泣きたくなってさ。バレたら奈月に嫌われちゃうだろうし、どうしようって思ってて。不安で不安で、バイト先でも相談して。

 でも、本気で好きになっちゃって、もう気持ちにウソをつけないことだけはハッキリ感じてて。広瀬さんも、飯田のこと本気で好きなんだよね?」


「うん。――森田くんや奈月ほど大きな感情じゃないかもしれないけど、絶対好き」


 直人は隣の奈月をチラっと見ると、

「まあ奈月は愛し方がちょっと変だからね」

 と、からかった。


 当然、奈月は黙っていない。

「そんな言い方ある!?」


「奈月は普通の人より愛情豊かな人だからね」

 直人は訂正をした。


 奈月は途端に笑顔になる。

「そうそう。よく分かってるじゃん」


 桜子は、二人を見て、とても羨ましい気持ちになった。

 私も、飯田くんと笑いながら毎日を過ごしたい。やっぱり私、飯田くんが好きなんだ。けど、飯田くんには橘さんがいて……。

「森田くんは、遥さんと飯田くんの仲を応援してるよね?」


「いや、俺は別にそういうわけでもないかな。飯田に彼女が出来たら良いけどなとは思っているけど、橘さんじゃなきゃダメだなんて思ってないよ」


「でも、遥さんが飯田くんのことを好きだったら、私と飯田くんが付き合ったら遥さんはショックだよね。遥さん大丈夫かな」


「そんなの、本当に好きなら、他の人はどうでも良いじゃん」


「えっ!?」


「漫画とかでよくそういう場面あるけど、実際そんなんならないよ。俺と飯田と橘さんだって当時は三角関係に近かったけど、相手に譲るとかってのは思い付きもしなかったよ。

 広瀬さんが飯田と付き合うことになったらもう、他の人は仕方ないじゃん。そんなこと言ったら、広瀬さんを好きな男子もいるだろうし。

 奈月のことを好きな男子がいるとかいないとか、そんなの関係ないよ。俺の方が絶対に奈月を好きだと思ったもん。

 広瀬さんが飯田を好きなら、素直に誘惑しまくって落とせば良いじゃん」


「えー?」


「例えば広瀬さんからするとさ、すごく嫌いな女子が飯田と付き合うよりは、橘さんが飯田と付き合った方がまだましな失恋みたいな」


「あーそっか、そういうことになるよね……」


「そうそう。大体、自分から告白しない方針の人も多いんだから、待ってられないよ」


「告白しないで恋愛してる人もいるんだもんね」


「わりといるだろうね。俺も本来、そっちタイプだし」


「やっぱ私、告白しない方が良いかなあ?

 橘さんも告白出来ないタイプだったはずだよね。飯田くんが好きだけど告白出来なかったわけでしょ?」


「だからさあ、そんなこと気にしなくて良いんだよ。

 逆に考えて、橘さんと飯田が今こっそり電話をしてて、今日から付き合い始めたとしてさ。広瀬さん、橘さんを卑怯だとか許せないなんて思う?」


「思わない」


「そうでしょ。恋愛って早い者勝ちで、遠慮してたら負けちゃうよ。

 ――まあ、それはそれとして、橘さんにそもそも現時点で恋愛する気があるかとか、聞いておいた方が良いか。とりあえず、長友さんがそのへんのこと聞いてないか、確認しようかな」

 直人は、スマホを操作した。


「私、どうすれば飯田くんに好きになってもらえるかなあ?」

 桜子は、珍しくションボリした顔を見せた。


「まあ、やっぱり簡単なのは誘惑だよね。大好きって言って押し倒すのが一番気持ちが伝わると思うけど」


「そんなの無理!」


「そういうのが無理なら、とにかく笑顔。優しくする、ことあるごとに触る、たくさん相談を聞く、そんでずっと笑顔。あなたといると楽しくて仕方ないんですという態度を全身で表す。

 それでデレデレしないほど相手に興味がない状態なら、基本的に短期間でどうにかなる話じゃない」


「やったことないんだけど、自然に出来る?」


「そのあたりのことは奈月に聞いてよ。俺は奈月にひざまくらとかされたら、もうドキドキしてメロメロだったよ。嬉しすぎて夜なかなか寝られなかった」


「私なんかに興味あるかなあ?」


「興味があるから服屋にいっしょに行きたいんでしょ。広瀬さんが言ってくれるのを待ってた可能性すらある」


「ええー……もしそうなら、勇気を出して良かったけど」


「少なくとも、飯田は広瀬さんと服屋に行くのを楽しみにしてるから、そのドキドキに広瀬さんがドキドキを上乗せすれば、わりと落とせると思う」


「どうすれば良いのかな?」


「簡単なのは、ずっと手を繋ぐ。男子はこれ大好き。特に二人きりのとき」


「彼女じゃないのに、そんなこと出来ないよ」


「奈月は彼女じゃない段階で、手を繋いできて胸を押し付けてきたけど」


「奈月はちょっと痴女(ちじょ)が入ってるから」


 奈月は「こら!」とぬいぐるみの頭で桜子を叩いた。

「――でも冗談抜きで、大人になってから手を繋ぐのは勇気いるよ。私も、振り払われたらどうしようって思ったし」


「子供の頃とはハードルが違う感じ?」

 直人は奈月のぬいぐるみを取り上げると、ぬいぐるみの手で奈月の胸のふくらみをツンツンと触ってみせた。


「一回百円だから、今ので二百円ね」


「なんでだよ高いよ」


「払わなかったら、ぬいぐるみで触られたってお父さんに言うからね」


「げー。昔はぬいぐるみで触るのタダだったのに」


「成長して価値が上がってるから」


「俺にとっては、昔から奈月は大切な人だったけどなあ」


「じゃあ昔の分も払って良いよ。五万くらい?」


「やっぱ、大切じゃなかった」


「なんだと! このバカ!」

 奈月はぬいぐるみを奪い返すと、直人の頭をぬいぐるみの両手でポコポコと叩きながら声色を変えた。

「奈月さんに、ずっと大切だったって言え! 言わなかったら部屋から追い出すぞ」


「分かったよ、ずっと大切だったよ。だからそばにいさせてよ」


 奈月と直人のふざけあいを笑いながら見ていた桜子は、自分も飯田くんとこれくらい素直になりたいと願った。

 デートで、少しだけ勇気を出してみようかな。

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