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みんなとこうして

 直人たち四人が駅前のハンバーグレストランに着いたとき、亜紀が立ち止まった。


「桜子が電話してきた。先に入ってて」

 そう言われて店内に入った残りの三人だが、そこで小さな問題が発生。


「長友さん、森田くんの隣の方が話しやすい?」

「私は大丈夫なんで、座るの最後で良いですよ?」

 初美と真が席を遠慮し合ったのだ。


「まあ二宮さんと笹原さんは仲良しだから、俺が長友さんの隣に座るとバランス良いのかな? 長友さん、俺の隣でも良い?」

 男の隣に座る人なんて女子で決めたくないだろうと思って、直人は自分が一番無難に思う案を出した。


「そっか、そうだよね。そうする」

 真は、躊躇せずに直人の隣に座った。

「ごめんね、初美さんと亜紀さんが友達なの忘れちゃってて。なんか、クラスとかバラバラみたいな気でいて」


「分かる分かる。よく知らないグループに混じると、勘違いしたりするよね」


「俺、小説書いてるとき、初対面のシーンがたどたどし過ぎるかなって悩むんだけど、やっぱり最初はこんな感じだよね」

 直人は、初美に聞いた。


「私ほどひどくないかも。さっきも言ったけど、私かなり人見知りだから」


「たしかに、正体隠して電話したときもこんな感じだったかもね」


「あー、あれひどいよね森田くん」

 初美は、さっき真と話していた声とは別人のような声を出しながら、直人をにらんだ。


「ごめんなさい」


「まあ、お詫び小説を書いてくれたから許すけど」


「お詫び小説ってどんな話?」


「百時間以内に好きな女の子を心底反省するまでこらしめないと、好きな女の子が死んじゃう話」


「えー、それも面白そう。読ませてよ森田くん」


「え? 俺は別に良いけど、女の子がエロいことされたり泣いたりするよ。大丈夫?」


「そんなのも書いてるの!?」


「うん。橘さんに見せるやつは、一番平和的な小説を選んだ感じ」


「でもでも、みんなそれ読んでるんでしょ?」


「二宮さんと笹原さんは読んでるね」


「かなり怖い?」

 真は、不安そうな表情で初美を見た。


「私は怖くなかった。というか、わりと笑っちゃった」


「笑えたりするやつなの?」


「主人公の男の子がかわいいんだよね」

 店内に他に客は居ないが、初美は念のため小声で言った。

「ひどいことをしようと思うんだけど、どうしてもなかなか出来なくて。エッチなことして怖がらせようと思って脱がしても、女の子がお腹をこすり合わせたら、ダメダメって言いながらびくびくしちゃって。女の子を怖がらせるどころか笑われちゃって、どうしたら良いか途方に暮れてるとこが最新話で」


「えーかわいい」


「私、お腹こすりつけられると男子はそんなに気持ち良いんだって思って。もしかしたらそこだけ奈月と森田くんの体験談なんじゃないかって、ドキドキしちゃった」


「たしかに森田くんっぽいよねー」


「森田くん、実際どうなの?」


「まあ俺は、引っ張られたりからかわれる感じの話が好きなんだよね。そういう人に恋してきたから」


「そうじゃなくて、気持ち良さとかって実体験なの?」


「そういうのは奈月と二人だけの秘密だよ。奈月に嫌われたくないもん」


「えー教えてよ」


「ダメだよ。奈月に聞いて奈月が答える分には問題ないけど、俺はダメ。小説が書きにくくなる。昔のことだけしか言えない」


「奈月に話を聞くとき、森田くんがエッチな小説書いてること説明しても良いの? これって本当にあったのって感じで」


「良いよ。というか、俺が小説書いてることを知ってる人には小説の話はして良いよ」


「遥さんはダメでしょ?」


「具体的な内容さえ言わなきゃ問題ないでしょ。あの人は俺の中学の作文を読んでるから、俺がエロいことは多分知ってるよ」

 それまで笑っていた直人は、そう言ってつらそうな顔をした。


「なにそれ?」


「説明する度に自己嫌悪になるから、聞きたかったら長友さんに聞いてよ。とにかく、俺のことを嫌いになるかもしれない話だよ」


「私、説明苦手だからやだ。森田くんが悪い人みたいな言い方しちゃいそう」


「実際、悪い人だし。性欲に任せてさ」


「そういうのとは違うよ。森田くん、きっと奈月さんを好きで好きで仕方なかったんだよ、それでちょっと、一瞬変になっちゃったんだよ」


「長友さんはお人好しだなあ」


 初美は二人が笑うのを見て、少し安心した。

「そんな深刻な話じゃない感じ? 亜紀とかはどんな反応した?」


「許せなかったら帰ってくれて良いって言ったんだけど、みんな良い人だから許してくれた。本心は分からないけどね。

 二宮さんが戻ってきたら、どう思ったか聞いてみれば?」

 直人がそう言ったまさにその瞬間、亜紀が奈月と桜子を連れて店に入ってきた。




「――じゃあ、今は仲良くしてるんだ?」

 初美は目玉焼きハンバーグを食べながら、奈月に聞いた。


「今はすごく優しいし、大切にしてくれるよ。私の頼んだこのジュースも、優しい直くんならおごってくれるよね?」

 奈月は冗談を言いながら、テーブルの下で直人の足をコツコツと蹴った。


「え? お金足りないかも」


「なんで? 昨日までは財布にお金入ってたじゃん。誰に貢いだの?」


「貢いでないよ!

 体育がある日は、あんまり学校には大金持って行きたくないんだよ。前に体育の授業の後、小銭入れの金が減ってたことがあって」


「盗まれたの?」


「一回目は勘違いかなと思ったんだけど、二回目で間違いないって思った。今は小銭入れも隠すか、軽いときは持ち歩くかしてる。女子はそういうのないの?」


「私はない」

「聞いたことないね」

 顔を見合わせる女子たち。


 直人は、ため息を吐いた。

「やっぱ女子は盗まれてないんだなあ。おそらく男子の犯行なんだよな。女子が教室に戻ったら目立つけど、男子は忘れ物したとか言って戻れば余裕で盗めるし」


「クラスの男子ってこと?」

 初美は意外そうな顔で聞いた。


「俺が疑ってるだけだけどね。クラスの男子か、授業中サボってたり遅刻した不良か、どっちにしろ男子の方がバレにくそう」


「なんかやだね、クラスにそういう人がいるかもしれないって」


「平気な顔して犯罪する人がたくさんいるからなあ。女子は特に、盗撮とか脅迫とか気を付けてね」


「盗撮については、小説の中でも言ってたね。普通の顔写真とか、そんなに盗撮するのかなあって思った。男子って、本当にあんなことしてんの?」

 初美は、読んでて半信半疑だったことを思い出した。


「奈月と付き合うちょっと前に、小説に書いたとこだね。

 奈月がベッドでうとうとしてたとき、奈月の写真がほしくてさあ。このまま寝かせちゃえば写真が撮れるって思ったんだけど、次に奈月に怖い思いをさせたら、今度こそ愛想を尽かされると思って我慢して。奈月の寝顔を十秒間目に焼き付けて、感動で涙が出る寸前まで我慢してから、男の部屋で寝たら危ないよって声を掛けて」


「そんなにすぐに涙が出ちゃうの?」


「一週間前には考えられない光景だったから、もう嬉しくてね。二度と俺の部屋に入ってくれないかもって思ってたし。奈月が俺の部屋で安心して寝てくれるなんて、夢みたいで。

 本当はあのまま奈月を寝かせてあげたかったし、見つめていたかった」


「だから、いっしょに寝るか聞いたじゃん。そんなに好きならさっさと告白してくれれば良いのに」


「俺が告白したら奈月を怖がらせるかもしれないのに、告白なんて出来ないよ」


「怖がってたら、手を繋いだりしないでしょうが」

 奈月は呆れながら、直人のハンバーグプレートのフライドポテトをフォークで刺し、口に運んだ。

「――美味しい」


「手を繋いでもらってるときは勇気がわくんだけど、すぐに自信がなくなるんだよね」


 それまで笑顔で直人たちの話を聞いていた桜子が、ふと真剣な表情になって、テーブルに身を乗り出した。

「そういや私、亜紀から変なこと言われて来たんだけど。飯田くんが怖がってるとか」


「ああ。俺も確信してるわけじゃなくて、もしかしたら怖がってるかもしれないって程度なんだけどね。広瀬さんがもし嫌じゃなかったら、飯田に心配しなくて良いよって言ってあげてほしいんだ」

 ――直人は、飯田が目にコンプレックスを持っていることを説明した。

「そんなわけで、二人きりでも怖いと思わないよとか、安心するようなことを言ってあげてほしい。もちろん、もし広瀬さんが飯田を怖がってなければだけど」


「私、飯田くん怖くないよ。ただチャラいだけの人とは違うってこと、すぐ分かったもん」


「そういうこと言いながら隣を歩いてもらったら、すぐに元気になると思う」


「私で元気に出来るかな」


「出来る出来る。あいつ多分、広瀬さんに迷惑かけたくなくて悩んでるだけだから。相手が嫌がってないことさえ分かれば、もういつも通りだよ、

 まあ本来、広瀬さんが飯田にそこまで気を使って会話をしてやる必要もないから、放置してても良いんだけど」


「ううん、言いたい。飯田くんが元気な方が健康ランドも楽しいし」


「そういや、健康ランドについて忘れない内に言うけど、やっぱり四十二度のお風呂が結構多くて、俺みたいな三十八度派は長く入れるお風呂が少ないかもしれない。注意文に足しておくけど、みんなも伝えておいて」


「三十八度って(ぬる)くないの?」


「温くないよね?」

 直人は奈月を見た。


「なんで私に聞くのよ」


「昔、いっしょに入るときに三十八度にしてくれたじゃん」


「何年前の話よそれ」


「奈月の家って普段は何度?」


「ウチ四十二度とか? ウチらの風呂って古いから、よく分からないけど」


「四十二度じゃ、ゆっくりトランプとかやれないじゃん」


「やらないし」


「やろうよ。また湯船で神経衰弱して、カード流れてわけわからなくなろうよ。せっかく高いの買ったんだから元取ろうよ」


「買ったのウチのお父さんだから、直くんあんまり関係ないじゃん!」


「細かいことは良いからさ、水着でも良いからお風呂でトランプしようよ」


「水着姿が見たいです、でしょ?」


「まあそうだけど」


「水着持ってないんだよね」


「買わせてよ。プレゼントするって」


「えー、値段分かってる? 結構高いんだよ?」


「むしろ、ピザの代金とかお弁当の代金とか、返していかないと。それでさあ、もし健康ランドが好評だったら、みんなで海とかプールも行こうよ」


「みんなでー? 直くん、誰の水着姿が目当てなの?」


「いや俺さ、奈月と二人で海とか行くのもそれはそれで怖いんだよ。ちょっと見てない隙に男に絡まれたりしたら嫌だからさ。

 だから健康ランドも、二人きりじゃなくてみんなで行くことになって、少し安心した気持ちもあって。

 もし大人数でも問題が起きなかったら、海も同じようなメンバーで行けるかなって」


「そんじゃ、まず健康ランドを成功させなきゃいけないわけね」


「そうだね。だから、熱いお風呂が多いって情報は重要かなと思って」


「温いのもあったよね?」


「たしかね。でも、一つか二つくらいだったから、もうないかもしれない。少なくとも、色々なお風呂に長く入る楽しみは減るだろうし。仲良し四人組が同じお風呂に同じ時間入って四人とも快適に感じるのは多分難しいから、人見知りには少し大変かも」


「あ、そっか。いっしょに入るの難しいんだ」


「そう。おそらく、子供の頃の俺と奈月みたいになる」


 真が心配そうな顔で直人を見上げた。

「私も温いの好きだから、単独行動になっちゃうかも。森田くんはほとんど温いの専門だった?」


「というか、半分くらいプールよこの人。熱いの本当に嫌いで。泳げないのにプールに入って、壁際のタイルにしがみついてて。溺れないか心配だから、仕方ないから手を引っ張って泳ぐ練習してあげたの。

 そのせいで、直くんが泳げるようになるまで、あんまりお風呂に入れなかった」


「それ森田くんっぽいー」

「奈月って森田くんのお世話大好きだよね」

「今、森田くんの髪の毛切ってあげてんでしょ?」

「えー!? これ美容院じゃないの? 格好良いんですけど」

「格好良いよねー」

「森田くんに合ってるよね」

「そうそう。奈月さんの髪型もだけど、合ってるんだよね。すごい」


 女子が盛り上がる中、桜子が今日仕入れたばかりの情報を思い出した。

「そういえば、さっき奈月に聞いたんだけどね。

 奈月が髪型変えないのって、森田くんに見付けてもらいやすいようになんだって。目があまり良くない森田くんにも分かりやすいようにしてるの。染めないのも、分かりにくくなるって森田くんに言われたからで」


「ええー、かわいいー」

「かわいい、なにその理由」

「私も男子に何か言われてみたい。その髪型良いねとか」

「分かる分かる!」


 直人は、女子たちの会話を懐かしい気持ちで眺めていた。

 中学に入ったばかりの頃は、女子に混じってよくこういう話を聞かせてもらったっけ。早く素直になれば良かったな。

 そう直人は思った。

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