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それで良いじゃん

「お待たせー」

 亜紀が、座っている真に声を掛けた。


「あっ、亜紀ちゃん」

 真は、読んでいた本を伏せて亜紀に笑顔を向ける。


 直人たちは、健康ランドの打ち合わせと、直人の小説のチェックを兼ねて、放課後に学校近くの図書館で待ち合わせていた。

 学生が多く、図書館にしてはわりと賑やかな雰囲気がある。


「真さんは、学校でなんて呼ばれてるの?」 

 亜紀が真に聞きながら、肩を揉み始めた。


「わあ、気持ち良い」

 真は(あお)ぎながら、嬉しそうに目を閉じた。

「うんとね。中学ではマコちゃんって言ってくれる人もいたけど、高校は真子さんって人がいるから基本呼び捨てかな。真ちゃんだとなんか長いし。身長的に、真さんって感じでもないでしょ?」


「真さんじゃダメ? 私、呼び捨てにされてないと呼び捨てにしにくい気がして」


「良いよ良いよ。私も亜紀さんって呼ぶ?」

 真は目を開け、亜紀を見上げた。


「あ、私はちゃんでもさんでも」


「えー、迷うー……。でも、亜紀さんって感じする。肩揉んでくれてるし、亜紀さんで!」


 直人は、いつの間にか真と亜紀がより親密になっていることに驚いた。

 普通の人は、会って二日目にはこんな風に呼び方を変えたりしているのだろうか。そりゃあ、飯田と俺とで友達の人数が全く違うわけだよなあ。


 真は直人と目が合うと

「私、待ってる間に一つ、見付けておいたよ。ここの『行ったら』がね、話す方の『言ったら』になってるの」

 と、荒い呼吸をしながら、得意気に自分のスマホを差し出した。

 肩を揉まれているせいで、直人にとっては少し色っぽい吐息になっていたが、真本人は全く気にしていない。間違い探しを見付けた子供のように、嬉しそうな顔をしている。


「おお、ありがとう。――ここかあ。この辺り書いてるとき眠かったから、チェック不足だったなあ。すぐに直すね」

 直人は平静を装い修正作業に入ったが、真の声に内心ドキドキしていた。

 後で奈月に、太ももをマッサージさせてもらえないか聞いてみよう。

 そんなことを考えつつ、

「――よし直したよ。反映されるまでに少し時間がかかるから、まだ見た目上は直らないけど」

 と言って真にスマホを返した。


「私、お父さんの持ってる小説は難しくて読めないんだけど、森田くんのは読めたよ。読みやすかった。森田くん、かわいいことばっかり考えてるんだね」


「ありがとう。内容で危ない部分はなかったかな。橘さんが読んで、嫌な気分になったりしないかな?」

 とたずねた。


「悪い男子とか出てこないから、今のところ心配になったところはないけど。遥、普通に漫画は読んでるしね。これでダメだったら、漫画も小説もあんまり読めてない気がする。

 遥が読みたがってるんだから、多分大丈夫でしょ。気に入るかどうかは、遥の好み次第だから分からないけど」

 真は口ではそう言ったが、心の中では、遥は十中八九喜ぶだろうと思っていた。


「良かったー。橘さんが怖がらないなら、良いんだ」

 内容の修正が不要と分かった直人は、安堵のため息を漏らした。

「文章がダメなのは分かってるんだよ、不人気だからね。三十人に一人しか読みきれない文章なんだから、勝手に期待する方が悪いし。

 今夜までに第一部のチェック終わらせて、奈月と橘さんに見せる。

 長友さんありがとう。急いで小説読みながら誤字のチェックするのって、プレッシャーかかったでしょ。もう今日は、長友さんたちに何かおごるよ」


「私、まだ誤字チェック完璧じゃないんだけど」


「良いよ良いよ、残りの誤字チェックは俺が勝手にするから。本当に安心したよ、今まで宿題山積みな気分だったからさ。

 外に出てさ、ご飯を食べながら健康ランドの話をしようよ」

 直人はそう言うと、テーブルに伏せられた本が目に入った。

「あ、その本読む?」


「ううん。誤字を見付けたからスマホの画面そのままにしたくて、普通の小説ってどんた文章なのかなって、ちょっと読んでみただけ」

 真はそう言って立ち上がると、近くの本棚に本を戻した。

 そして振り返って周囲を見渡し、

「そういえば奈月さんは? 今日はこれで全員集合なの?」

 と聞いた。


「なんか、昨日の広瀬さんと話すことがあるんだって。後から合流するかもしれないけど、どちらにせよ図書館じゃない方が良さそうだから」


「そか、あの人もいないんだ。森田くんと亜紀さんと……?」


「はじめまして、長友さん。亜紀の友達の、笹原初美です」

 亜紀の隣にいた初美が、真に軽く頭を下げた。


「あ、はい、笹原さんですね。はじめまして。笹原さんも健康ランドに行くんですか?」


「行く予定です」


「私も行く予定なので、よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 初対面の挨拶が上手く出来ない直人は、友達の増やしかたの好例を見ている気分だった。




 図書館を出て、ようやく気兼ねなく喋ることが出来るようになった。


「とりあえず、駅前に向かえば良いかな?」

 直人はそう言ってからちょっと考え、

「――なんか俺、最近いつもこんなことを言ってるような。こんなに行動しないからな、普段」

 と笑った。


「私も急に忙しくなった感じするよ」

「私も私も。色んな人と会うから緊張する」

「知らない人と会うと緊張しちゃうよね。健康ランドの話、みんなにしなきゃと思うんだけど」

「私も、詳しいことは森田くんに聞いてって言うのがやっと」

 初美と真は、二人で同意し合った。


「そう言いながら二人、仲良くなるの早いね。俺さあ、さっきの二人みたいに最後まで挨拶しきれたことがないんだけど」

 と、歩きながら直人が言った。

「どうしても『あ、どうも……』みたいになっちゃって。どうすれば良いのかなあ?」


「まず名前言って、よろしくかな?」

 初美が答えた。


 直人は眉を寄せる。

「よろしくかあ。難しいなあ。名前もほとんど言ったことないしなあ」


「私も人見知りだから、相手が喋ってくれないとダメ。返事してる内になんとか慣れてくって感じ」


「でも笹原さんは、喋ってくれたら今みたいに喋れるっぽいじゃん。

 俺、飯田に喋ってもらえるようになっても、結構長い間まともに喋れなくてさあ。だから、健康ランド行ったとき知らないメンバーと話せそうにないんだよね。

 それ自体は別に良いんだけど、奈月とばかり話してたら付き合ってるってバレちゃうから、協力してほしいんだけど」


「良いけど、奈月さんの話もダメで、小説の話もダメなんだよね? なんか、忘れて口走りそうで怖い」


「わざとじゃないなら良いよ。俺も、二宮さんたちの前で間違えて奈月って呼び捨てしちゃったし」


「まあそれ以前に、あの奈月がお好み焼き屋にいっしょに連れてきた時点で、多分かなり仲が良いんだろうなと思ってたけどね」

 亜紀は思い出し笑いをしながら、直人をからかった。


「奈月さんって、そんな感じなの?」

 真が目をパチクリさせる。


「奈月は男の子と遊び行かないって、ある意味有名だったからね。そんな子が顔を真っ赤にして『森田くんもいっしょで良い?』って聞いてきたら、やっぱり恋愛関係考えるし。桜子もその時点で怪しんでた」


「そうだったの?」

 直人は驚いた。


「桜子が『お父さんと会って認めてもらわないとダメ、とか言ってなかった?』って聞いたら、奈月が『娘をよろしくお願いしますって認めてくれた』って言ったもんだから、また桜子が喜んで喜んで」


「広瀬さんって結構、恋愛の話好きだよね。俺は広瀬さんとはゲームの話をする人って感じで、恋の話なんてしてなかったから知らなかったんだけど」


「桜子、そういうの大好きだよ。すごい相談乗ってる」


「飯田が服を買いに行くのに付き合うのも、広瀬さんの趣味みたいな感じ? 飯田、心配してメールと電話してきてさあ。もしかして社交辞令なんじゃないかとか」


「桜子も同じような心配してたよ。多分それで今日、奈月と会議してるんじゃないかな?」


「やっぱり、女子も男子と二人でどっか行くのって緊張したりするんだ?」


「相手次第でしょ。ちょっと掃除のゴミ捨てるだけとかでも、怖い人とだとすごく緊張するし」


「飯田も怖がられるの苦手だからなあ、怖がられたらどうしようって緊張してるのかなあ。中二のときに体育の後に鏡を見ながら手を洗ってたら、鏡越しに目があった中三の怖い人に『目付き悪いなお前』って言われたらしい。生まれつきです、これ以上目を開くのめっちゃしんどいんですって説明して、無事に済んだらしいんだけど、やっぱりショックだったって」


「そういえば、お好み焼き屋でそんなこと言ってたね。目が細いからよく態度悪いって言われるとか」


「そう。初対面で分かっちゃう場合があるらしいんだよね、好かれてる嫌われてるってのが。俺といっしょにバイト始めたんだけど、店長に嫌われてるって分かっちゃったみたいで、すぐにバイト辞めちゃった。

 だから、広瀬さんが怖がらずにお好み焼き作ってくれたの、すごく嬉しかったっぽい」


「今の話、桜子に伝えておいて良い? 飯田くん、こういう理由で怖がられてないか心配してるよって」


「そうだね、お願い。なんなら広瀬さんから飯田に電話して、心配しないで良いとか言ってあげてほしい。文章だと、社交辞令かもって俺にメールしてきそう」


「分かった。一回電話した方が、お互い安心出来そうだよね」


「二人とも会話出来るタイプだしね。

 飯田が橘さんを好きになったのも、もしかしたら怖がらずに話し掛けてくれるからなのかな? そういう意味では、怖がられるのが苦手な飯田にとっては、男が苦手な今の橘さんに話し掛けるって、かなり勇気がいることなのかもなあ」


「私も、遥に教えて良い? 遥、飯田くんに怖くないよって言えるか分からないけど、伝えるだけでも」


 真の質問に、直人は迷った。

「橘さんにはどうなんだろ、心配かけたくないかもな。一応飯田にメールして、教えて良いのか聞いた方が良いのかな」


「じゃあ聞いてみて」


「分かった。

 ――俺も飯田を怖がってた側なわけだから、仲良くなるまでは傷付いてたのかなあ?」


「今は仲良しなんだからそれで良いじゃん!」

 真が直人の背中を叩いた。


「長友さんのそういう考え方が好きで、橘さんは付き合ってるんだろうね」


「遥と付き合うのも楽しいけど、男の人とも付き合いたいよー」

 真の大きなため息に、初美と亜紀が笑う。


 こんな風に、健康ランドでもみんなで和気あいあいと過ごせたら良いな。そう直人は思った。

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