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絶対に両想い

「さあて。この気が利かない人間は、なっちゃんに飲み物とか出せてるのかな?」

 直人の母親は玄関で靴を脱ぎながら、息子をからかった。


「そんなことより、なんでこんなに時間かかったの?」

 直人はふてくされた態度で文句を言った。


「あれから良いこと思い付いたから、またスーパーに戻ったの。なっちゃんが久しぶりに来てくれるなら、すき焼きにしようって閃いて」


「もし押田さんが、帰りに何か食べてたりしたらどうすんだよ」


「そんなのもちろん、なっちゃんにお腹空いてるか聞いてから作るのよ」


 奈月は二人の会話を聞きながら、微笑んだ。

 やっぱり、すぐにお母さんが帰ってくる予定だったんじゃん。悪い人のフリなんて、森田くんがしても怖くないよ。


「あらっ!?」

 直人の母親は、テーブルの上の畳まれた袋を見て、大げさに喜んだ。

「なっちゃん、買ったもの冷蔵庫に入れてくれたのね!? ウチの子がやるわけないし」


「私と森田くんと、二人でいっしょに入れました」


「ええー、本当!? なっちゃんがウチにいれば、この子も少しは働くようになるかもしれないわ。たまにはウチにおいでー」


「良いんですか?」


「休みの日なんてウチでゲームと漫画ばかりでゴロゴロしてるから、なっちゃんの気が向いたときは外に連れてってあげてよ」


 二人の会話を聞いていた直人は、そのまま黙ってトイレに向かった。直人にとって恥ずかしい話題になってしまったので、自分に話を振られる前に逃げたのだ。


 直人が機嫌悪そうに歩いて行ったのを見ていた母親は、ため息をついた。

「あの子、何も言わないでしょ? ごめんね。別に怒ってるんじゃないんだけど、無口になっちゃって。普段も全然喋らないの」


 そう言われて、奈月は驚いた。

「森田くん、さっきまで色々話してくれてましたよ。マンションに痴漢がいるから気を付けてとか――」


「そうそう、そうなのよ! ウチにこの前、警察と女の子が来て。あんなことあるのね、びっくりしたわ。しかもその女の子が、学生さんで。なっちゃんもすごくかわいくなっちゃったから、大丈夫かしらねって言ったんだけど、あの子ったら無視よ無視!」


「かわいくなったから男に気を付けてって、すごく心配してくれました」


「あらそう!? やっぱり、なっちゃんのことは大切なのね。

 それが分かっただけでも良かったわ」


「大切かどうかは分からないですけど」

 奈月は、言ってて胸が苦しくなった。


「大切よ、きっと。良かったら、通学のボディガードに使ってあげてね。

 ――なっちゃん、ご飯は? まだ食べられない?」


「お腹空きました。学食のあと何も食べてないです」


「それじゃ、すぐにすき焼き用意するからね」


「私、何か手伝います」


「良いの良いの、遊んでて。おばさん、なっちゃんとご飯が食べられるのが嬉しいの」

 直人の母親はそう言って

「ウチの子は、なっちゃんが『これも食べなきゃダメだよ』ってよそってあげたときは、文句を言わずに豆腐も食べるからね」

 と笑った。

「本当に、全然態度が違うんだから」


「今だと、ちゃんと食べてくれるか分からないですけど」


「絶対に食べるわよ。食べなかったら家を追い出しちゃうから」


「ええー、かわいそうですよ」




「――で、直くんのお母さんに『なっちゃん、拾ってエサとかあげないでね。居着いちゃうから』ってからかわれちゃって」

 奈月はそこまで振り返ると、コーヒーを飲んで一呼吸おいた。


「うわー、聞いてるこっちがドキドキするわ。なんか森田くんのお母さん、全部分かってる感じ?」

 桜子は思い出話を聞くのに夢中で、自分の恋愛相談のことなどすっかり忘れてしまっている。


「どうなんだろ、まあバレててもおかしくないけど。とりあえずお母さんの言う通り遊ぼうと思って、すき焼きが出来るまで二人で昔やってたゲームやって。

 データそのままで、女の子キャラに『なつき』って名前付いてて、しかも一番良い装備集められてて、思わず聞いちゃった」


「愛されてるじゃん」


「そうじゃなくて、なんかゲームって女の子専用装備の方が強いとかあるらしくて。ドレスが一番強かったり。あと、男だけダメージの町とか男だけ誘惑される攻撃とか、焦りながら説明してくれた。ずっと前にお母さんに聞かれたときと同じ説明をしてたから、笑っちゃ悪いんだけど、なんか嬉しくなって笑っちゃった」


「ああ、そうなんだよねー。私も前に、森田くんとその話で盛り上がったことある。私も森田くんも、性別選べるゲームキャラは全員女にして初回プレイするの」


「そういう基本的なこと忘れちゃってたから、もう気まずくて慌てて。昔のお母さんたちと同じこと聞いちゃったねって言って、急いで謝って。笑いながらだけど」


「基本的って言っても、ゲームを継続的にやってなきゃ知らないし、知っても忘れちゃうでしょ」


「直くんもそう言ってくれた。でも私からしたら、二人で遊んで最後まで進めてたゲームのこと忘れてるって、恥ずかしくて。横で『なっちゃんに良い装備を集めた方が良いんだよ』とか、色々言っててくれてたのに忘れてたんだよ?」


「それは気にしてないでしょ。ゲーマーって、普通の人には常識じゃないこととかちゃんと把握してるから。私も森田くんにしか聞けないこと・言えないこと結構あるもん。重要アイテムの並び方が入手順で変わるのとか気になって、こっそり聞いてた」


「そういうものなんだ? 桜子ってかなりゲーム詳しいよね。飯田くんもゲーム好きらしいよ」


「それなんだけどさ、飯田くんとカードゲームしたらすごく仲良くなれそうじゃない?」


「あー、ああいうのって喋りながらやるもんね」


「そうそう。トランプとかもそうだし」


「桜子、カードゲームも出来るの?」


「やったことないんだけど、森田くんに貸してもらった、カードゲームとボードゲームが合わさった感じのゲームソフトは大好きなんだよね」


「あ、多分それ知ってる。サイコロが格好良いやつだよね」


「そうそう。なんで知ってるの?」


「なんか勝率を調べてたとかで、オートで戦わせて放置してた。私が部屋に行くって分かってるときは、先にゲーム機とスマホをオートにして何か遊ばせてるんだよね」


「そういう放置、お風呂に入る前とかに私もやってる!」


「飯田くんもやってるらしいよ。授業中は絶対ゲーム起動してるって」


「そうなの!? もしかして私と飯田くん、すごい趣味合うんじゃない? ゲーセンも好き同士だし」


「桜子は飯田くんと相性良いって。というか、桜子の相談に話を戻さないと」


「ダメダメ、森田くんの豆腐が気になって眠れないから。そっちの話を先に終わらせて」


「豆腐の話ってそんな大事!?」


「豆腐っていうか、すき焼きね。なんかすき焼きって、カップルっぽいじゃん」


「すき焼きのときは、まあ普通に直くんの隣の席で食べて。美味しかったよ」


「森田くん、豆腐食べてくれたの?」


「うん。全部食べてくれた。けどまあ、お肉の方が好きだから優先したいってだけで、豆腐は嫌いってわけじゃないから、お母さんがよそっても、文句を言いながらちゃんと食べてたらしいんだけどね」


「でも森田くん、奈月の豆腐には文句言わないんでしょ? かわいいよね」


「文句は言われなかったけど、受け取るとき無言でさあ。豆腐たくさん食べさせて嫌われないかなあって、ビクビクしながら追加投入してた。

 お肉とかといっしょによそって『これくらいで良い?』って聞くと、直くんが恥ずかしそうに頷いて。空っぽになったらまたよそって、それの繰り返し。ご飯のお代わりもして。そんなに食べて大丈夫なのってくらいパクパク食べたの。胃袋が大きくなってるんだなって、びっくりしちゃった。

 お腹の心配をしてたら直くん、お母さんが立って席を離れた隙に『ありがとう』って小声でこっそり言ってくれて。目は合わせてくれなかったけど、直くん耳まで真っ赤になってて。私、また好きになりそうになっちゃった」


「好きになりそうっていうか、それもう絶対に両想いじゃん。その日に告白しても付き合えたでしょ」


「そんなの分からないじゃん」


「分かるって!」


「好きって言われてないから、ただ優しいだけかもしれないじゃん」


「なんでー? 森田くんの場合、かなり分かりやすいでしょ。聞いてるだけで、めっちゃ気を使ってくれてるって分かるもん」


「じゃあ、私が『飯田くんの誕生日にご飯の約束するなんて、飯田くんと桜子って絶対に両想いでしょ』って言ったら?」


「そんなの分からないじゃん」


「ほら! 桜子も『そんなの分からないじゃん』じゃん」


「その日の奈月みたいに、かわいいとか心配とかありがとうとかバンバン言ってもらえたら、私なら両想いって分かるって」


「じゃあ、飯田くんがかわいいとか心配とか言ってくれたら付き合うの?」


「付き合うまではいかないけど、次の日からたくさん会話するよ」


「本当にー?」


「自分がそこそこ好かれてるなって分かったら、私はわりと強気でいくと思うよ。仲良くなっていく内に好きにさせちゃえば良いんだし」


「そっか。私、子供の頃にそれやろうとして、最終的に押し倒されちゃったからなあ」


「そうだったね。ごめん」


「桜子が謝ることないけどさ。お互いに弱気になっちゃってたんだろうね。走ってきて心配してくれたのは本当に嬉しくて、それからちょっとだけ強気になったんだけどね。

 森田くんの言ってくれたこと守ってるから安心してねって、エレベーターとかで定期的に伝えてみたり。

 でも、ごめんとかありがとうとか言うだけで、家の中みたいにたくさんは喋ってくれなかった」


「けどそれ、森田くん嬉しかったろうね」


「そうかなあ。ずっと彼氏いないアピールしてたつもりだったのに、伝わってなかったんだよね。膀胱炎になったら、彼氏いるか聞いてきたもん」


「まあ、彼氏がいないとは言ってないしねえ」


「だけどさあ、直接話したいからって部屋に呼ばれて、部屋に行ったら真面目な顔で彼氏いるか聞かれて、そんなの告白かもって思うじゃん。そしたら、彼氏がいると膀胱炎が悪化しやすいから気を付けてって、真剣に話してくれて。

 私もう恥ずかしくてさあ。私が体調を崩したら急に優しくしてくれるなんて、ずるいよあんなの」


「そういうのは恥ずかしいかもね」


「でしょ? 直くんが心配して調べてくれてたのに、私は変な期待してたわけでしょ。私、なんか悔しくなって」


「なんでよ!?」


「だって、三日くらいドキドキさせられっぱなしだったから、これじゃまずいと思って。

 直くんが耳がかゆいって言ったから、ひざまくらと耳かきして。ついでにクリスマスも誘って。

 主導権を握ったらたくさん喋れて、直くんと遊んでた頃の雰囲気を一気に取り戻せたの。コツを思い出した感じで、安心しながらドキドキした」


「なんか、分かるような分からないような。

 でも奈月って、その段階で告白されてても付き合ってたんでしょ?」


「うん」


「やっぱり、絶対に両想いだったよね。森田くんも、ずっと前から奈月に惚れてたでしょ多分」


「遥さんを駅で見掛けた直後までは違うでしょ。輝いて見えたらしいし」


「その頃も奈月の顔を見てドキドキしてたわけだから、奈月が色仕掛けしてたら簡単に落ちてそう。

 そういうのよくあるじゃん。私を好きな人だと思ってキスして良いから……みたいなの」


「色仕掛けとかそんなの無理だから」


「昔の奈月の話を聞いてると出来そうだけど」


「そんな簡単に言うなら、桜子が飯田くんにやれば良いじゃん。遥さんの代わりの抱き枕だと思って抱きしめて下さいって」


「エッロ! 無理無理、飯田くん困っちゃうよ。飯田くん、遥さんのペットボトル飲めないくらい純真なんだから」


「怖いから無理、とかじゃないんだ?」


「だって私、キスくらいならしてほしいもん。添い寝もしてあげたい」


「あれだけ彼氏を作ろうとしなかった桜子が、別人みたいだねー」


「奈月はもっとひどかったじゃん。私は別に、それなりに男女合同で遊んでたし」


「言われてみるとそうかも……」

 奈月は照れながら自分の過去を振り返った。


「でもさー、奈月が男子と遊ばないのって、森田くんに気を付けろって言われてたからだったんだね。言ってくれれば男避けるの協力したのに」


「男子自体があんまり好きじゃないから、中学でも遊ばなかったけどね。

 あーでも、直くんに言われたから男女でのカラオケとかも気を付けるようになったかな? 言われたのが夏休み前だったから、プールとか断りたかったのもあってちょうど良くて」


「たいして仲良くないのに海やプール誘ってくる人って、すごい嫌だよね。下心あっても良いけど、まず普通に仲良くなる努力くらいしろよって思うわ」


「そう。そういうのも面倒で、一度お父さんに挨拶してからじゃないとお父さんが厳しいって言うようにして」


「実際それが一番楽だよね。本気で友達になりたかったら、父親への挨拶くらいするでしょ」


「でも、たまに本当に挨拶しようとする人もいて」


「やっぱりいるんだ」


「正直、仲良くないのに挨拶されても困るから、もっと真面目そうな人じゃないと怒ると思うってお断りしたけど」


「気に入った人じゃないとそうなっちゃうよね。結局、誰もお父さんに挨拶出来てないんだ?」


「直くんは子供の頃に何度も挨拶してるから、もし男子に聞かれたら『森田くんはお父さんに挨拶してくれたから、森田くんとは遊べるんだよ』って言うけどね」


「それ挨拶したことにするのずるくない!?」


「そうかなあ。まあ、これからは正直に『彼氏に怒られるから他の男子とは遊べない』って言っても良いんだけど」


「良いなー、私も言いたい。『彼氏がヤキモチ焼くからごめんね』って言いたい」


「だから、飯田くんと付き合えば良いじゃん」


「そうだね。仕方ないから、飯田くんと付き合ってあげちゃおうかな」


「飯田くん、素直な子の方が好きだと思うよ」


「……付き合ってほしいです。飯田くんが好きです」


「うん、かわいい」


 桜子は、恥ずかしさに顔を伏せた。

「うう、奈月にかわいいって言ってもらっても……」


「作戦練って、デートで飯田くんにかわいいって言わせちゃおうよ」


「無理だよ、飯田くんそんなキャラじゃなさそうだし」


「じゃあ心の中で言わせちゃえば良いじゃん。頑張ろ。ね?」


「ん……頑張る。ありがと、奈月」

 桜子は胸が熱くなった。

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