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絶対にならない

「まったくもー、笑わせないでよ。じれったいとか心配しすぎとか、まさか奈月に言われるとは思わなかったわ。――その前は何の話をしてたんだっけ?」

 桜子は笑いすぎて出てしまった涙を拭きながら、奈月に聞いた。まだ息が整っておらず、呼吸が荒い。


「だからさあ……なんだっけ。あ、そうそう。桜子が告白しても、飯田くんはしっかり聞いてくれると思うよって話でしょ」

 奈月もようやく落ち着いて、コーヒーを飲みながら返答した。


「でもなんか、飯田くんって一途そうだし。遥さんにはとても敵わなくない? 中学で一番モテてた感じの人なんでしょ?」


「直くんは『多分もう、飯田は橘さんをそんなに好きじゃない』って言ってたけど」


「どうして?」


「なんか全体的にやる気なかったし、泣かなかったし、少なくとも大好きとは思えないんだって。ペットボトルを二人で捨てた日の帰り道より、昨日の方が興奮してなかったらしくて。

 遥さんが早退した日からしばらくは、もし病気ならどうとか、ストーカーとかで悩んでるとしたらどうすべきかとか、俺らが授業中に見すぎで気持ち悪いのかもしれないとか、ずっと考えてて。何か新しい仮説を思い付いたら、休み時間に行き止まりの階段とか行って、いちいち話してたらしくて。

 今はそういう感じが一切ないから、頭の中が橘さんでいっぱいな感じに見えないって。もし好きなら、今ごろ飯田くんは色んな案を出して、なんとか遥さんの力になろうと燃えてるはずで、長友さんにもガンガン質問してるはずだとか。

 飯田くんがイマイチはっきりしないのは、見た目のかわいさと男性恐怖症への同情と初恋補正で、そこそこ気になってるってだけなんじゃないかって。大好きだったらあんなに落ち着いていられないって言ってた」


「飯田くん、食欲なくなったりしてたのに、あれでも落ち着いてたの?」


「直くんが『大好きな人が困ってるの見た俺らは、あんなもんじゃない。奈月も、俺に心配されたんだから知ってるだろ? 教室から自然に廊下に呼び出すことすら、出来ないんだから』って。しかも、なぜか自慢げに」


「なにそれ」


「ほら、教室に戻ったときに『告白?』とか聞かれて、家が隣でお母さんたちの連絡が――って誤魔化したとき」


「あーあー! たしか『森田くんの顔、真っ赤だったよね』とか言って、ドキドキしながら奈月が戻るの待ってたわ。遅いから、告白成功したんじゃないのって言ってた」


「やっぱり! 絶対にそういうこと言ってると思ったもん!」


「あれ? その日に初めて、家が隣って聞いたんだよね?

 森田くんの小説のヒロインのモデルが奈月って、亜紀はその日に気付いたのかな?

 亜紀が『森田くん、奈月のことすごく優しいって言ってたよ』って、冬休みの前に話してたじゃん。森田くんが奈月のことを好きなのを知ってた感じだよね、あれ。

 話題的に不自然だったから覚えてるもん。亜紀と森田くん付き合ってるのかなとか思っちゃった、あのとき」


「私に聞かれてもなあ。たしかに、なんでそんなこと話したのかなって思ったけど。まあ小説を読めば分かるんじゃない?」


「やっぱ小説を読ませてもらわないと、その辺よく分かんなくて気になるよね」


「まあそうだけど、今日の夜には読めるだろうから。

 それより、今日は桜子の恋愛相談でしょ?」


「わあ、そうだった。ねえねえ、男子の好みの男子の服と、女子の好みの男子の服って、結構違うじゃん。私が飯田くんに着てほしい服を、そのままオススメしちゃって良いのかな?」


「まあ、橘さん向けの服が欲しいんだから、女の子目線で良いんじゃないの?」


「センス悪いって思われて、嫌われたりしないかな?」


「それで嫌われるようだったら、もう最初から合わないって感じで見込みないでしょ」


「なんか無責任だなあ。森田くんは、奈月と服とかの趣味が合わなくて不機嫌になったりしない?」


「あの人、自分の服の趣味とかあるのかな? 私がスカートだと喜んでくるとかはあるけど」


「え、スカートが良いの? 男子ってやっぱりスカートの方が好き?」


「そんなの人によるでしょ?」


「飯田くんは?」


「知らないし」


「森田くんにさあ、飯田くんの好きそうな女の子の服装とか聞いてみてよ」


「私が突然そんなこと聞いたら、ヤキモチ焼かれちゃうじゃん。桜子が知りたがってるってバラして良いなら、気楽に聞けるけど」


「んー……私が森田くんに聞いたら、飯田くんのこと好きってバレちゃうよね?」


「でも結局さあ、好きって伝えておいた方が良いんじゃないかな。そうしないと直くん、遥さんと飯田くんの仲を応援しちゃうかもよ」


「別に私、二人がもし両想いなら邪魔する気はないんだけど」


「それを確認するにしても、直くんに協力してもらわないと飯田くんの気持ちを聞けないんじゃない?」


「あー、たしかにねえ……。

 森田くんって、そういうの聞いても自然に行動してくれるかなあ」


「どうだろうね。私をちょっと廊下に呼ぶのに緊張しまくる人だから。――私、コーヒーのお代わり頼むけど、桜子は?」


「私も飲む、ちょっと待って」

 そう言って、桜子は慌ててコーヒーを飲み干すと、店員に視線を送る。


 店員はすぐに気付いて、お代わりを注ぐ。辺りにコーヒーの香りが立ち込めた。

「ごゆっくりどうぞ」


 桜子は、店員がテーブルから去るまで待っている内に、自分が何の話をしていたのか、また忘れてしまった。しかし桜子は、今回ばかりはそれを聞くのを躊躇をした。聞いて、それがもし二人の笑いのツボに入ってしまったら、かなり目立ってしまうからだ。

 なんとか自力で思い出そうとしてコーヒーカップを見つめていると、ふと疑問が浮かんだ。

「そういえば、奈月がこんなに早く飲み終わるのって珍しくない?」


「今日のコーヒー、なんか美味しいかも。最近、家とかであんまりコーヒー飲めてないからかな」


「なんで飲めてないの?」


「直くんこの前、私がコーヒーを飲んだ直後にキスしてきたんだけど、しかめっ面して『コーヒー(にが)いー』って言って、離れてさあ。自分からキスしてきたのにひどいよね」

 奈月はそう言ったが、顔は笑っていた。


「えーなにそれ、かわいー。コーヒー全然ダメなんだ?」


「みたいね。私もまだよく知らないけど、猫舌な上に苦いの嫌いだから、ホットコーヒーなんてほとんど飲んだことないんじゃない?

 アイスミルクティー・メロンソーダ・アイスココアとか、小学生の頃に飲んでたやつをそのまま飲んでるっぽい。甘くて冷たい飲み物を出しておけば大抵喜ぶ」


「そのくらいはっきりしてた方が、分かりやすくて良いよね」


「まあね。そういう意味では、私の方が飲めるもの変わったかも。コーヒー飲むときもグレープフルーツジュース飲むときも、直くんびっくりしてた。

 私が『苦いの飲むよー』とか『酸っぱいの飲むよー』って言うと、飲む前にキスしてくる」


「それで奈月は、直くんにキスしてもらうために、けなげにデート中はコーヒーを我慢してるわけかー」


「そんな大げさな。そのときも私、親がついでにいれたコーヒーとかを飲んでただけだから」


「でも、口の中が苦いって言われたのショックだったでしょ?」


「ううん。直くんが嫌がった瞬間に、これは()()()って思って、私からキスしちゃった。そしたら直くんが嫌がって逃げて、私が捕まえて」


「そんなことして、怒られないの?」


「嫌がるって言っても、笑いながらだから。直くんの方も、私をくすぐって逃げたり、逆に背中に張り付いてきたりして」


「なんかエロいね」


「そんなことないって。

 後で『子供の頃に、焼肉屋のおみやげにもらったミントガムを、直くんに無理矢理口移ししたときみたいだったね』って、懐かしくて二人で笑ったんだから」


「無理矢理口移しとか、その思い出が既にエロいじゃん」


「エロくないってば。それまでもアイスとか飴とか口移しであげてたから、嫌いなものの場合はどうなるのかなって思っただけで」


「口移しに慣れてるのがおかしいでしょ。なんで子供がそんなこと思い付くの?」


「直くんがキスするの恥ずかしがってた時期に、こうすればキスしてくれるじゃんって気付いて、ちびちびチョコとか甘いものを口移ししてた」


「悪知恵すごっ!」


「悪知恵って言わないでよ! 純粋な乙女心でしょ!」


「いやあ、それ乙女の発想じゃないでしょ。そんなのずっと続けてたの?」


「ううん。そのうち直くんがキスを恥ずかしがらなくなって、二人きりになったら直くんからキスをしたがるようになったの。嬉しかったー」


「その辺りはまあ、乙女心としてまだ分かる」


「そうでしょ。私、それだけでも幸せで。だけど、慣れるともっと愛してほしくなるんだよね。

 恥ずかしがって抱きしめてくれないから、これからは抱きしめながらじゃないとキスしちゃダメって言って、抱きしめさせることに慣れさせていって。抱きしめることに慣れてきたら、好きって言いながらじゃないとダメって言って。

 ワガママばかり言ってたら嫌われるかもしれないって、子供心に思ったんだけど、直くんが優しいからやめられなくて」


「やっぱり乙女にしては貪欲(どんよく)すぎるでしょ! そんなの、子供の頃じゃなかったら完全に変態女じゃん」


「なんでよ純愛じゃん。

 好きって言いながらなんだよ? 嫌いって言いながらじゃないんだよ?」

 奈月が真面目な顔で抗議をする。


「当たり前でしょ。小学生が、相手に嫌いって言わせながらキスさせてたら怖いから。

 キスに慣れさせようとかするのがおかしいの!」


「たしかに今考えると、ちょっと恥ずかしいよね」


「すごく恥ずかしいでしょ」


「当時から、愛し合う二人がするすごく神聖なことって思ってたからなあ。

 だからかな、キス慣れ始めの頃のことって、わりと忘れてたんだよね。忘れてたというか、思い出してなかったというか。直くんに『軽く百回以上された』って言われたんだけど、そんなにキスしてないでしょって思ったもん」


「じゃあ、そのときも森田くんの言うことが正しかったんだ?」


「そう。思い出したら、たしかに軽く百回以上してる」


「思い出が食い違ったら、基本的に森田くんの方が正解なんだよね」


「でもさあ、それだけ私とのキスが忘れられなかったってことだよね?」


「そういう発想になる? 純情な男の子を悪いことに目覚めさせて、罪悪感はないんですか」


「知らないよそんなの。直くんが勝手に目覚めたんだもん」


「いやいや、完全に奈月から起こしにいってるよね」


「私は純粋なお付き合いをしてただけ。直くんが一人で勘違いしたわけ」


「森田くんが手を出すまで誘惑し続けて、よく言うわ」


「なんでみんな、そんなに直くんの肩を持つのよ」


「だってねえ。森田くんは完全に被害者側なわけで」


「そんなことないでしょ。『なっちゃんとちゅーするの大好き』って言うようになってたんだから」


「すっかり奈月に洗脳されてしまった森田くん、かわいそう」


「かわいそうじゃないから。直くんは最初の頃に恥ずかしがってたってだけで、嫌がってたわけじゃないからね。もう私のこと相当好きだったし」


「森田くんの話を聞いてると、そんな感じしないけど」


「好きって何度も言ってくれたもん」


「奈月は都合の悪いことは忘れてるから、森田くんといっしょのときに聞かないとね」

 桜子は、面白そうに奈月を見た。


「どうしてよ。飯田くんの話も直くんの話も信じるくせに」


「だって飯田くんは大好きだもん。森田くんも好きだし」

 桜子は、奈月をからかうように笑う。


 奈月は、桜子がふざけて言っていることに気付いて、

「じゃあもう相談聞かない。直くんに相談してれば?」

 と()ねたフリをしてみせる。


「ごめんごめん! 奈月も大好き。奈月も信じてる」


「じゃあ、相談料でドーナツ安いの一つおごってよ。なんか、チョコとかの話をしたらお腹空いちゃった」


「えー。私、飯田くんと()()()があるからお金使えないんだよねー」

 桜子は、わざとらしく強調した。


「どうせすぐに解散するから、お金たいして使わないでしょ。私なんて、デートの予定がてんこ盛りだから」

 奈月も張り合って、大げさな発言をする。


「いや、すぐに解散するかなんて分かんないよ?

 まず服見てー、それから食事するでしょ。そこで世間話して気が合って、良かったらもう少し遊ぼうよって言ってくれて。買った服はロッカーに預けて映画館行ってー、ゲームセンターも行こうかな、そんでまた食事して。あー楽しすぎて終電行っちゃったあ、どうしよう飯田くん。――ってなって」

 桜子はうっとりして、胸の前で両手を組みながら虚空を見上げた。


「ならない、ならない」

 奈月は呆れ顔で答えた。


「なるかもしれないじゃん」


「絶対にならない」




 桜子の恋愛相談は、なかなか話が進まないようである。

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