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絶対に大丈夫

「相談に乗ってくれてありがとね、奈月」

 桜子はテーブルに座りながら、お礼を言った。


「ううん。久しぶりに食べたかったし」

 奈月はそう言うと、ドーナツを嬉しそうにかじる。


 二人が話し合いの場所に選んだのは、一年ほど前にオープンしたドーナツ店だった。付近に通学する女子高校生にとって、憩いの場の一つである。

 店内の客は、全員女性だった。なにしろ、近くに高校が並んで建っている。所柄(ところがら)、放課後の時間帯はいつも若い女性ばかりだ。


「付き合い始めたばかりだし、森田くんと帰りたかったでしょ?」

 桜子はコーヒーを一口すすると、苦さに顔を歪ませながらなんとかひきつった笑顔を見せた。お代わり無料が目当てでコーヒーを注文したが、桜子はさほどコーヒーが好きではない。


「ううん。二人きりで帰るとクラスにバレるよねって、お互いに言ってるし。昨日までは()()()()ってことで、今日からは気を付ける。しばらく外ではいちゃつかない……と思う」

 奈月は自信なさげにそう言いながら、コーヒーを飲んだ。

「美味しい。――でも、亜紀にも伝えないの? 私、恋愛の仕方かなり下手だからなあ。役に立たないかもよ」


「亜紀の気が散るかもしれないから、亜紀に話すのは明日でも良いかなって。

 ほら、亜紀は森田くんと小説のチェックするんでしょ? 急がせたりしたくないから」


「直くんと図書館に行ってチェックするみたい」


「二人きり?」


「ううん。亜紀と初美と真さんとで、四人かな。橘さんと私に、今日中に小説を送りたいんだって」


「今日中に小説の作業が終わるとなると、森田くんから奈月を借りられるのは今日だけかなあ」


「なんでよ。別に私、あいつのものになった覚えはないし」

 奈月はそう言いながら、微笑みを隠すためにコーヒーを飲んだ。


「でもどうせ、二人きりのときは『奈月は俺の女だからな』って言われてるんでしょ?」


「言われてないから!」


「言われとけよー。二度と離さないって言われとけよー」


「なんでよー」


「昔の奈月みたいに、森田くんをトリコにしてさあ、夢中にさせてさあ。絶対に離れられないようにしとかないと」


「なんで私がそこまでしなきゃなんないのよ」


「あー、気を抜いてると誰かに取られちゃうよ?」


「それはないでしょ。私にベタぼれだもん」


「えー? 実際さあ、森田くんは今頃、森田くんの小説が好きっぽい人たちに囲まれてるわけじゃん。心配にならないの奈月?」


「全然気にしてないわけじゃないけど、この二年くらいだけ女子も苦手だったってだけで、元から男子より女子と話す方が好きな人だったからね。本来はそういう人と分かってて好きになったんだし、それを嫌がるのはちょっと勝手かなと思って。『女子とばかり遊ばないでほしい』って言ったら、直くん困っちゃいそうだもん」


「でも森田くんの方は、奈月が男と遊ぶのすごく嫌みたいじゃん」


「そうみたいね。だけど私は男あんまり好きじゃないから、もし遊ぶなって言われても困らないし。

 直くんに女子と遊ぶなって言うのは、私が女子と遊ぶなって言われるようなもんかなって考えると、あんまり言えなくて」


「奈月は大人だねー」


「まあ『女子への接し方が気になったら、いつでも言ってね』とは言われてるしね。だから、なんか仲良すぎるでしょって思ったら、ダメって言うから」


「私の感覚だと、既に亜紀とはかなり仲が良いけど。亜紀が一番仲の良い男子って、森田くんなんじゃないの?」


「今ほどじゃないけど、前からそれなりに話してたもんね」


「森田くんの小説を読んで、興味を持ったのかな?」


「うーん、どうなんだろ……なんか、小説の中で心配してくれたって言ってたけど」


「森田くん、亜紀のカラダをちょっと狙ってたのかな?」


「もー、なんですぐそうなるの!?

 なんかね、直くんは自分がエッチだから、他の男の人も変なことばかり考えてるように見えて、私たちが心配なんだって」


「それはまあ、実際そうだよね。我慢してるだけで、男はほぼ全員そうでしょ」


「女子と二人きりになったときの男子はかなり危険だって、直くんに何度も言われてる」


「二人きりは絶対危ないよね。私も気を付けてる」


「でも、飯田くんとは二人きりでデートしちゃうんだ?」


「デートじゃないし! 服を買いに行くだけでしょ?」


「本当にー? 服を買ったあと、ご飯や映画やカラオケに誘われても行かない?」


「……行く」


「家に誘われたら?」


「誘われないでしょ」


「分からないよー、もし誘われたらどうする?

 家の服もチェックしてほしいからとか言ってさ、広瀬さんにしか頼めないとか言ってさ」


「えー……そんなの困るよ」

 桜子は、困っているようにはとても見えない顔で、照れながら答えた。


「行かないって即答出来ない時点で、大好きだよね」


「だって、もしそんなふうに頼まれたら断りにくいよ。……やっぱり私、飯田くんが好きなのかなあ?」


「好きでしょ。デートの帰りに飯田くんにキスされても、絶交出来ないでしょ?」


「出来ない。というかそんなの嬉しすぎかも……」

 桜子は、想像しながらもぞもぞと手を動かした。


「じゃあ好きじゃん」


「こんなにすぐに好きになることって、あるのかな?」


「あるんじゃないの? 私、直くんが優しくしてくれるようになったら、すぐにまた大好きになったよ」


「それはさあ、長い付き合いがあって、寄り添えない時期があって、優しさの価値が違うじゃん。久しぶりに急に優しくされたら、嬉しいに決まってるし。

 私と飯田くんはただの友達で、あっちはなんとも思ってないわけよ。早すぎない?

 好きってバレたらドン引きされそう」


「そんな人じゃないんじゃない?」


「そうかなあ……私自身、なんでそんなに好きになったのか、あんまり説明出来ない状態なんだけど。顔とかで惚れたって思われるだろうし、嫌われないかな?」


「本気で好きになったことを伝えれば、そういう偏見とかしない人だと思うけど。

 正月にゲームセンターで飯田くんと会ったとき、常連の人の小指がないねって話をしたんだけどね。赤い糸は小指に付いてるって言うじゃん? だから飯田くん、直くんの小指がなくなったら私に捨てられちゃうよ、みたいな冗談を言ったんだよ」


「えー!? なんか意外! そんなかわいいこと言うの?」


「私もちょっとびっくりして。見た目より怖くない人なのかなって思った。多分、変な人が言ったらなんか嘘っぽいっていうか、微妙な空気になったんだろうけど。飯田くんだと変じゃなくて」


「そうだよね、飯田くんそういうとこあるよね。私も、お好み焼き作ってるときとか、なんか嫌じゃないなって。普通、男子にあんまりお礼を言われたらなんか、かゆくなったりだるくなったりするじゃん? それなのに、単純に嬉しくて。なんでだろ」


「分かるかも。橘さんのペットボトルを二人で捨てた話とか、良い人な感じが出てたよね」


「そうそう、森田くんをすごい尊敬してるなってことも伝わってきたし、良い人だなって思って。なんかところどころ、森田くんの性格と似てるのよ。そういうの色々重なって、好きになっちゃったのかな?」

 桜子は嬉々として語った。


「じゃあそうやって言えば?」


「何が?」


「好きになった理由。森田くんとの話を聞いてたら良い人だなって思ったとか、そういうの全部ゆっくり言えば?」


「全部説明するとか迷惑だよ、どうせ関係ないことばっかり言って長くなっちゃうもん私」


「桜子が好きになるくらい良い人なんだから、たとえ一時間かかっても迷惑なんて思わないでしょ」


「そうかなあ。途中で飽きて寝ちゃわないかなあ」


「絶対に大丈夫。最後まで真剣に聞いてくれると思うよ」


「奈月って、自分の恋愛にはものすごい慎重なくせに、他人の恋愛には結構強気でアドバイスするね」


「だって、色々と心配しすぎなんだもん。聞いててじれったくなる」


「それ、森田くんと同じクラスになっても声を掛けられなかった人が言うの!? 奈月にだけは言われたくないんだけど!」


 二人はなんだかおかしくなってしまい、肩を震わせて笑いだした。店内なので静かにしようと思った奈月が、慌てて口を押さえつつ桜子を見ると、相手も同じように笑いを堪えていて、ますますおかしくなった。

 身をよじりながら笑うのを我慢する二人を、他の客は不思議そうに見ていた。

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