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立ち止まるにはまだ早い!

 話題は、直人と奈月の子供の頃の話に戻っていた。


「――それで私、いつもはファミレスのお子さまメニューが大好きなのに、なんか直くん今日は変なの頼もうとしたなあって思って」


「だって、頼んで良いのかって不安になったんだよ」


「お母さんたちがドリンクバーを取りに行ったら直くん、慌てて隣に来て『ぼくたち、結婚の約束してるのに、お子さまメニューを食べて大丈夫なのかな?』って言って。言われたら私も、どうなんだろうって思っちゃって。『もし結婚の約束をしてても、お子さまメニュー食べて良いの?』って、ストレートにお母さんに聞いちゃったんだよね。

 しかもウチのお母さん、昔から説明テキトーっていうかウソツキで。『あら! 結婚の約束したらウェディングケーキが食べられるのよ? 奈月、誰かと結婚の約束したの?』って、聞いてくるわけ。

 どうしようって思って、返答に困って。直くんを見たんだけど、直くんも何も言ってくれなくて」


「何を言えば良いんだよ、知らないよそんなの。小学生男子に、親への婚約の挨拶させようとするなよ。すげえプレッシャーを感じたんだぞ」


「私もなんて言えば分からなくて、とりあえず『聞いてみただけ』って言ったら『大丈夫よ、恥ずかしかったら言わなくても良いんだから』って、ひとまず話が終わったんだけどさ。

 それ以上は聞かれなかったから安心してたら、夜になってチョコレートケーキがテーブルに出てきたわけよ。しかも『奈月だけじゃ食べられないから、手伝ってもらおうね』って、直くんも呼ばれて食べさせられて、写真撮られて」


「あの時は子供ながらに、せめて二人きりで食べさせてくれよって思ったよな」


「ケーキは美味しかったのに、食べるのめちゃくちゃ気まずかったよね」


「なんでそういうの分からないのかなあ、あの人たち」


 桜子が、過去の二人を想像しながらため息を吐いた。

「いやー……。もう、子供の頃の二人がすごくかわいい。今日だけでいくつエピソード出てきた?」

 桜子は嬉しそうに指折り数える。


「分かる、めちゃくちゃかわいい」

 そう言って、桜子に同意したのは真である。真はそのまま、

「大体、子供のカップルってだけでなんか可愛いし。小学生高学年や中学生の男女が手を繋いでると、全員が全員カップルじゃないんだろうけど、応援しちゃう。『そのまま頑張れー』って心の中で思ってる。

 それなのに、この二人の小学生時代は、手を繋ぐどころかデートしたりお泊まりしたりキスしたりするから。尊い」

 と、笑顔で語った。


「そうだよね、なんかまぶしすぎる。私、何時間でも二人のこと聞いていたい」


 時間という単語を聞いて、直人は時刻の確認をした。

「いつの間にかまた、健康ランドの件から離れた話を始めちゃってたね。座ってるとダメだね、とりあえず駅の中に入る?」

 このままではラチがあかないと、直人は立ち上がった。


「あ、話題を逸らした? 恥ずかしい?」

 奈月は、からかうように直人を見上げてから、腰を上げた。


「いや、明日ならいくら話しても良いよ。だけど今日は時間がさあ。女子は危ない時間だろ、もう。

 電話とかチャットとか、もしくは学校や健康ランドで話しなよ。明日以降も、長友さんとはわりと簡単に会えるだろうし」


「そうだね、さすがに帰る?」

 奈月が女子に聞く。

「だねー。キリがないしね」

「また話そ」

 と、みんなのんびりと立ち上がった。


 歩き始めると、なんとなく熱が冷めた雰囲気になって、一同の口数が少なくなる。


 奈月は、なんだか急に心配になった。まるで、直人のせいで場が静かになったみたいだったからだ。

 慌てて、直人に声を掛ける。

「直くん、橘さんが来るの楽しみ?」


「もう本人がいないから言っちゃうけど、俺は別に、橘さんがいてもいなくても、どっちでも良いよ。奈月以外はある意味おまけだよ」


「そうなの? 昨日までは、輝いて見えたらどうしようって感じだったのに」


「まあ、見たときに輝かなかったしね。

 橘さんがいたらちょっと緊張して、ちょっと気をつかって、ちょっと嬉しいかもなってだけ。二宮さんや広瀬さんや長友さんが来てくれたら、ちょっと嬉しい。それと同じ」


「本当?」


「正直、改めて人間として良い人だなとは思ったけど、それくらいかなあ。作文暗記だの曲作り挑戦だの、意外とワケわからん人なんだなとも感じたけど。びっくりするくらい、橘さんのことを全く知らなかったんだなあ。

 ……でもよく考えたら、奈月のことすら知らないことだらけで驚いてるんだから、そうだよね。遠くから見てるだけじゃ、何も分かるわけないよね」


「遠くから見てたんだ?」


「見てたなあ。高校になってから奈月を見てたのと、同じくらい見てたのかなあ。

 橘さんに振られてからは、後ろからすら見れなくなったけど。今まで見てたのも嫌だったのかなとか、考えだすと見れなくて」


 真は、自分のことのように心苦しくなった。

「ごめんね。遥、なんて言って告白断ったか、本当に覚えてないの。すごく反省してるから」


「ううん、大丈夫。橘さんには、あまり自分を責めないように言っておいてよ。橘さんは恐怖と戦いながら、俺の告白を聞いてくれたんだもん。情けないのは、それから今まで何も出来なかった、俺と飯田だよ。

 それよりさ、二人を健康ランドに誘っちゃったの、大丈夫だったのかな? なんで再会一発目にそんなとこ誘うんだよって感じだけど」


「遥はすごく乗り気だし、ほぼ平気だと思うんだけど、間際になってみないと分からないかもしれない。でも、私は絶対に行くから」


「うん。でも、真さんもキャンセルは気楽にしてね。当日いきなり頭が痛いとか、寝違えたとか、そういうことってあるもんじゃん?

 別の日にまた行けば良いんだから」


「了解。そういえば遥が、私が行ってみんながギクシャクしないかなって、ちょっと心配してたけど」


「別に、俺はそういうの気にするタイプじゃないし。現在進行形で嫌われてないなら、俺の方は気楽だよ。

 けどまあ、だからといって適当に準備するってわけじゃないし、マイナスな思い出にはさせたくないけどね。そういう意味では、やっぱり来てほしいのかもしれない。来てほしがってたって、言っておいてよ。

 あ、奈月と飯田はどう?」

「私も大丈夫」

「俺も」


「そうだよね。遥に言っとくね」


「あと、昔のことはあんまり気にしないで、橘さんには気楽に来てほしいな。

 極端な話、今の俺が愛してるのは奈月だから、橘さんに関しては、下心なしの純粋な心配しかしないし。橘さんが、もし男ともう少し気楽に会話を出来るようになりたいと思っているなら、男友達の一人として協力したいってだけ。本人が勇気を出して進もうとしてるなら、応援したい。ただそれだけ。

 前に好きだったから手伝いたいわけじゃなくて、友達だから手伝いたい。変な振り方をしたとかはもう気にすることじゃないし、立場の上下(うえした)もないと思ってる。

 もちろんすぐには難しいだろうけど、橘さんが元気に男子と話してた頃みたいに、自然な感じになれたら良いな」


「ほんと優しいよね森田くん」


「そういうんじゃなくて、勇気ある人がうらやましいんだよね。

 俺なんて、橘さんを好きになってからずっと、ただ話し掛けてもらうのを待ってて。高校に入っても、奈月が仲良くしてくれるのを待ってて。その時点で五年足踏み。奈月の体調が悪くならなかったら、きっと卒業まで自分から話そうとしてない。十年だって二十年だって足踏みしてた。

 だから、橘さんみたいに困難に立ち向かう勇気が出せる人は、すごいって思う。俺が今たまたま上手くいってるからだろうけど、足踏みしてる人を見るともったいないって感じて、なんか気になっちゃうんだよね」


「いや、俺は森田みたいに上手くいってないけど、足踏みもったいなかったなって思う。昨日・今日でつくづく思った。森田も、橘さんも、すごいよ」

 飯田が、真剣に言った。


「まあ飯田の行動って、俺並みに反省点が多いしね。飯田が中学時代に、ちょっと長友さんに質問出来ていれば全然違った」


「そう。俺の足踏みで色んなことが悪化した」


「まあ、世の中には時間が解決してくれるようなこともあって、わざと足踏みする必要があるときもあるんだろうけど、俺と飯田に関しては、ただ怖がってただけだよな。

 今日、来て良かった。改めて反省した」


 真が、直人の言葉に「そうそう!」と、嬉しそうに反応をした。

「遥も、迷ったけど行って良かったって言ってた。尊敬出来る人は男女関係なく尊敬出来るって。それが分かったって」


「なんか、そこまで言われると恥ずかしいんだけど……」

 直人は言い淀み、照れながら恋人を見た。しかし、奈月が嫉妬している様子はなく、むしろいっしょに恥ずかしがっているように見えた。直人は安心して、思っていたことを言うことにした。

「たださ、俺が橘さんに告白した日の行動っていうの? 振られた直後に橘さんの体調の心配を出来たってのは、わりと正解だったわけだよね。それが分かったのは、すごく嬉しかったよ。

 あの時って、俺にしては飯田にかなり強く言って、一日よく考えろって家に帰らせたわけじゃん。もしあのまま行かせて、興奮した飯田が怒鳴りこんでたらさ、橘さんにとっては悪夢だよ。すごく大きなショックになってたかもしれない。そしたらもっと最悪だったから。

 なんだっけ……たしか『俺がクソ女って言ってやる!』くらいのこと言ってたよな、飯田」


「あーそうだよ、マジでヤバイとこだったじゃん! 森田すげえ、超ファインプレーじゃねえ!?

 突き進むと危ない場合もあるんだな、やっぱり」

 興奮した飯田は、早口でまくしたてた。


 それと対照に、直人は落ち着いていた。

「違う違う、あの部分を単独で考えると裏目に出なかったっていうだけだから。全問不正解にはならずに済んだってだけ。振られた愚痴を言わずに『やっぱり飯田のことが好きだったから、さっさと行って告白して来い』って、笑って送り出せればベストだった。

 まあ結局、最初から誰かに相談しながら進められれば、一番良かったんだよ。もしあの頃に、奈月や広瀬さんや二宮さんみたいな女友達が一人でもいたら『そんな人じゃない。何かおかしい』って話になって、次の日には飯田が冷静になれていて、橘さんと話が出来たはず。例えば、長友さんに話を聞けたら、きっと相談に乗ってくれた。

 俺たち二人だけだったから、正しい道に進めなかっただけ。進む道が正しければ良いんだよ。進むこと自体は悪いことじゃない」


「あー……そうだな、そうなるよな」


「俺の問題も、奈月の問題も、飯田の問題も、橘さんの問題も、もっと多くの人に相談出来ていたら、もう少し早く解決出来てたんじゃないのって思えることばかりじゃん。だから、友達ってすごくありがたいって。

 俺たちそれを知らなかったからダメだったんだよ。今なら大丈夫だと思う。これだけいい人が揃ってれば、安心して進めるでしょ」


「やっぱり、俺も進むべきかー……」


「まあ、そんな大げさに考えずに、一歩一歩でも良いけどな。健康ランドで、参加者の誰か一人の悩みが一歩でも解決に近付けば良い。それってイベント的には大成功だろ」


「たしかに、そうなったら嬉しいよな」


「でもあれか、悩みが一番深刻そうに見えるのはやっぱり橘さんになるか」


「橘さんってさ」

 奈月はそう言って、

「前は、直くんに服の畳み方を教えてくれたり、わりと男子と仲良しだったんでしょ?」

 とたずねた。


「そうだね、男子にもフレンドリーな人で。クラスで一番、親切にしてくれる女子だったかもね。掃除の仕方とか、味付けのりの巻き方とか、手の洗い方、拭き方……。奈月並に世話を焼いてくれる人だったよ」


「森田くん、小説の内容からしても、そういう人が好みな感じだよね?」

 亜紀が聞いた。


「やっぱり、男子は女子に触られるのが大好きだからね。手で手を触って『こうしてこうするんだよ』って洗ってもらうと、嬉しいよ。プールの授業に寒さで歯をガチガチさせてたら、次の休み時間に肩を揉んでくれたりしてさ」


「すごく優しい人だよね。二人が好きになるの分かる」

 桜子が言った。


「いや、俺の方はそこまで構ってもらえてないけどね」

 飯田は、少し悔しそうな顔でそう言い、

「というか、多分そこまでされてたのは森田くらい。優しいことは優しかったけど、俺らは素直に従わないから。服を畳めって言われて次から畳むって、なんか勇気がいるっていうか、他の男子にからかわれそうじゃん。『橘に言われたら畳むようになったぞこいつ!』とか、絶対に言うやついるからな」

 と、グチをこぼした。


「でも俺、服を畳むようになっても、なぜか何にも言われなかったな」

 直人は、不思議そうな顔をしながら言った。


「お前はもう、そういうキャラって認識されてたし。他の女子の言うことも全部聞いてたじゃん」


「女子の命令通りに掃除とかするの、楽じゃないか?」


「楽とかそういう問題じゃなくて、お前以外がいきなりそんなことしたら、からかわれるんだよ」


「でもさ、飯田は俺のことをからかったことなかったよね?」


「悪いやつじゃないってのは分かってたし、背の低さ的には仲間だったし。お前がいなかったら、俺がクラスで一番チビだったかからな。まあ、今は抜かされちゃったけど」


「飯田って運動してたし飯食ってたし、もう少し身長伸びると思ったんだけどなあ。身長も足踏みしちゃったな」


「うるせえよ!」

 飯田が直人の後頭部を軽く叩くと、全員が笑みをこぼした。




  第四部【立ち止まるにはまだ早い!】完

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