タマゴの日?
「明日から、俺はしばらくのんびり出来るんだよな?」
飯田にそう聞かれた直人は、呆れた顔をした。
「何言ってんだ、飯田は明日からも忙しいぞ。
橘さんと長友さんが当日に遠慮なく休めるように、余裕を二人くらいは作りたいし。つまり、ウチの学校の女子だけで八人以上は集めたい。八人ってことは、半分にすると四人だよな。
俺は、奈月と二宮さんと広瀬さんと、あとさっき電話した笹原さんって人を誘ったから、あとの四人はお前のノルマだ」
「それ、三人そっちで使うのずるくねえ!?」
「だって、俺がもし橘さんを遊びに誘ったら、明日からは飯田が頑張るって話だったじゃん。本当なら長友さんと橘さんも俺が誘った計算で、お前のノルマ六人にしたいとこなんだぞ。
風邪が流行り気味な時期の中学のプールの授業で考えると、女子十二人中八人参加しなくちゃならないってのは結構ギリギリだし。
女子が数人参加者増やしてくれるのを期待して、飯田のノルマさ四人」
「ええー……。俺が四人誘うって、厳しいだろ」
「ウチのクラスの女子四人と、そっちのクラスの女子四人。バランス良いじゃん」
「四人は絶対無理だって。森田のクラスの女子を八人にしてよ」
「そうすると、多分『他校の女子数人と森田くんはともかく、あの飯田ってやつ、別のクラスなのになんで一人だけ来てるの?』って思われるけど」
「別に良いよ。四人は不可能」
「橘さん側も友達連れてくるかもしれないわけだから、最初から四人集めるつもりでやらずに、まず一人だけ探してみれば?
青春のど真ん中で何年か立ち止まってたんだから、今月くらい全力疾走しても良いと思うけどね、飯田は。相談が出来る女友達を増やせるくらいの気持ちで、恥ずかしがらずにいけば良い」
「一人でも、見付かるかどうか……」
「余裕で見付かるよ。仲良くなくてもわりといける。俺は笹原さんと友達じゃなくて、ほとんど話したことがないのに、大丈夫だったぞ」
「マジかよ」
「本当」
「え、そうなの? 友達じゃないのに誘えたの?」
飯田は、桜子を見た。
「うーん……初美の場合は、小説についての絡みがあるみたいだから、好感度が普通じゃないかも……」
桜子は、なんと説明したら良いのか分からず、考え込んだ。
「なんか、違うっぽいけど」
「奈月。俺、笹原さんと全然仲良くないのに、頑張って電話したよね?」
直人は、奈月の手を握って、じっと見つめた。
「うん」
「ほら、奈月がこう言ってるじゃん」
「なんか今、押田さんに圧力かけてたろお前」
「圧力なんてかけてないよ。奈月そういうの嫌がるもん」
「じゃあ、本当に友達じゃない人が来てくれるのか?」
「そうだよ」
「でもそれ、森田だからじゃないのか? 俺が誘ったら怪しまれない?」
「心を込めて『初恋の人と会える最後の機会かもしれないから、ボランティアだと思ってお願いします。借りは掃除とかで返します』って言えば、四人くらいは協力してくれると思うけど」
「四人は難しいって」
「俺なら、四人なら出来る気がするよ。奈月たちも行くんだよって言えば、大分誘うハードル下がるし」
「じゃあやっぱり、森田のクラスから誘えば良くない?」
「俺は彼女いるから、橘さんのために頑張り過ぎるのは良くないでしょ」
「ずりいよなあ」
「男子とは別行動が出来るってことと、女子がたくさんいることを強調すれば、優しいグループなら来てくれると思うよ」
「聞いてみるかなあ。というか、長友さんの友達とかはどうなの?」
真は唸ってから、
「私のクラスの女子、結構インドア派な感じだからどうだろ? 海とか山とか、行ったことないんだよね」
と言った。
「そういや俺と森田も、どこか遠くに行こうとか、したことないよな?」
「するわけないだろ面倒くさい。考えたこともない。二人で遊園地に行こうとか飯田が言い出したら、なんでだよバカじゃねえのかって文句を言うよ」
「そう考えるとやっぱり、四人誘うの結構ムズくね? 仲が良い四人がいたとしても、その四人全員が旅行とか好きかっていうと違うじゃん」
「俺なんか、修学旅行の風呂とかすげえ嫌だったよ」
「だったら健康ランドって、誘うの超きつくねーか?」
「健康ランドは入浴時間決まってないから一人でも入れるじゃん。というか極端な話、風呂なんて入らなくても良いだろ」
「風呂に入りたくない人が、健康ランドに来てくれるかあ?」
「友達と旅行には行きたいけど、風呂はいっしょに入りたくないって、わりとありえるだろ。お互いに裸を見たことあるはずの新婚夫婦でも、三割はいっしょに風呂入るの恥ずかしがるらしいぞ。
泳げないけど海に行くとか、歌えないけどカラオケ付き合うとか、そういうことって普通にあるじゃん。
昔の俺も、風呂が楽しみで健康ランド行ってたわけじゃないし。奈月がいなかったら、バスなんて乗らないで家でゲームしてたよ」
「ああ、なるほど。俺も、釣りにあんま興味ないけど、食うの目当てで友達の夜釣りに付き合ったことあるわ。俺は基本ゲームしてたけど、キャンプみたいで結構楽しかったな」
「そうだろ。健康ランドには漫画コーナーもあるし、映画コーナーもあるしさ。飯田が説明し忘れそうなら、その辺のことメールで送っとこうか?
キャンセルオーケー、チェックイン以外は単独行動オーケー、女性だけのチャットで質問や相談オーケー、男は増やせない、男は二人は変なことしたら帰宅とか、全部覚えてるか?」
「忘れてた。男を増やしちゃいけないって説明するの、忘れそう」
直人はスマホの画面を見ながら、
「じゃあ、施設のこととか、こうなったいきさつとか、そういうのも合わせて軽く書くよ。男子は増やせないって言うだけじゃ、聞いた人が納得いかないだろうしね。メール読んでもらうか転送するだけで大体のことが分かるようにして、今夜か明日メールするよ」
「大丈夫か? そんなの時間かかるんじゃね?」
「書くことが決まっていれば、すぐだよ。男性恐怖症が橘さんだと特定されないようにしつつ、俺たちがある程度その人に信頼されていて、ただの男子とは違うんだということを、説明すれば良いだけ」
「それさ、私にも送って! 私って、そういう説明下手なんだよね。絶対に何か言い忘れそう」
と、真もメールを要求した。
「それじゃあ俺、今もうメール作っちゃって添削してもらおうかな。あと十分くらいで出来そう。ありそうな質問・疑問とかあったら、メールに書いておくので言って下さい」
直人がそう言うと、とたんに周囲が静かになった。
「……いや、特になければ、自由に話してくれて良いんですけど?」
「質問とかあるかなって考えてただけだよ! はええよ」
飯田は笑って答えた。
「そっか」
「あ。中の食堂が少し高かったりで、みんなに付き合うとわりと金がかかるかもってことは、書いておいた方が良いよな?」
「それも忘れてたわ俺。書いておいて」
「乗り物酔いしない人向けにさあ、出発前やバス内で飲み物食べ物をお腹に入れておいた方が、お金が節約出来るって書いておく? 中が飲食物持ち込み禁止だから、ペットボトルやお菓子が余ると捨てることになるってのも、その下に書いてさ」
「それも頼む」
「会員になれば誕生月一回無料ってのも書いておく? 一月が誕生日の人が来てくれるかも」
「それかなり重要じゃん!」
「えっ!? 私、誕生日一月だわ」
桜子が、思わぬ特典に驚きの声を上げた。
「おっ。おめでとうございます」
飯田が、反射的に祝福した。
「ありがとう。まあまだ迎えてないけどね、月末だから。二十九日なの」
「あっそうなんだね。まだおめでとうには早かったか」
「私、この二十九日って、少し複雑で。二十九日って、スーパーが肉の日だったり焼肉屋が肉の日だったりして、家族で誕生日やると肉料理になっちゃうんだよね。家ですき焼きとか、焼肉食べに行ったりとか」
「なんかそれ、むしろ得じゃねえ?」
「けどなんか、女として誕生日に肉ガツガツってのもさあ、ちょっと恥ずかしくて。たしかにお得だし、嬉しいし美味しいんだけどさ」
「じゃあ、俺と日付けが逆だったら良かったかもね。タマゴの日みたいだから」
「飯田くん、誕生日いつなの?」
「俺さあ、六月九日で。タマゴの日らしいんだよね」
「タマゴの日? なんで六月九日なんだろ」
「なんか、漢字で書くと六と九に似てるかららしい」
「漢字で? 玉子……が、六と九?」
「えっと、どっちがどっちかは分からないんだけど、多分『タマゴ』の左側が6に似てて、右側が9に似てて……漢字じゃない方の、数字の6と9に」
「えっ全然分からないんだけど。私だけ? 玉の部分が6に似てるってことだよね?」
桜子は焦りだして、ますます混乱した。
「あ、そうじゃなくて、なんか変な漢字の『卵』ってあるじゃん?」
「変な感じの玉子」
「難しい漢字の」
「難しい感じの玉子」
「『卵子』の『卵』の方の、漢字一文字の『卵』」
「らんし……あー! うわーごめん、あれね!」
「分かって良かったあ」
「ごめんなさい、何度も何度も説明させちゃって。なんで分からなかったんだろう、すごい恥ずかしい」
「謝らないでよ、今のは俺の説明が悪かったよ」
「そうじゃないと思う、分からなかったの私だけみたいだし」
「いや本当に、自分で説明しながら下手くそだと思ったし。すみませんでした」
「良いよ良いよ。飯田くんの誕生日知れちゃったし」
「俺の誕生日を知っても、全然メリットなくねえ?」
「えー、あるかもしれないじゃん。なんか、誕生日の人がいれば会計から値引きするファミレスとかたまにあるし」
「そっか、それ協力するよ俺」
「本当に? 約束だよ?」
「約束する。恥かかせたお詫びってことで」
飯田は自然な笑顔を見せながら答えた。
「私、信じちゃうよ?」
「俺も信じちゃうよ? 本当に、誕生日にいっしょに食事してくれるの?」
「飯田くんが良いなら」
「良いに決まってるじゃん。去年は森田とファミレスだよ?」
「森田くんダメなの?」
「誕生日・クリスマス・バレンタインは、男と二人って恥ずかしいんだよ。ファミレスの無料のバースデーケーキ食ったら、写真サービスは要らないって言ってるのに、お店のお姉さんがすげえ押し強くて、俺ら二人の写真撮らされたからね」
「その写真どうしたの?」
「すぐ捨てた」
「ええー、なんで?」
「なんでって、要らないし。森田と『こんな写真、二度と見ないよな』って言って、捨てた」
「見たかったなあ私」
「見たくねえって!」
直人は、そのまましばらく飯田と桜子の会話を聞きながら、感心していた。
なるほど、人付き合いが上手い人たちは、こうやって話を繋げていくんだなあ。スマホにメモしておこうかな。
そう思った直人は、自分がスマホを握りっぱなしで、メールの文章が途中だったことに気付いた。直人は、二人が喋ってくれている内に、メールの文章を書くことに集中することにした。
直人がにやつきながら文章を入力したり、たまに困ったような顔をして下唇をつまんで考え込む様子を、奈月は飽きずに見つめていた。
「――よし、一応最低限の説明を書いたメールが出来たから、飯田と長友さんに送ったよ。橘さんとか誰かが欲しがったら、転送しちゃって。
健康ランドのサイトにあるよくある質問と、メールの説明とで、かぶってる部分があるだろうけど、とりあえず思い付く注意事項を全部書いてみた。後で削るなりするね」
直人は、嬉しそうな顔をしながら言った。
亜紀は、奈月の耳元で
「奈月、文章考えてる森田くん見て、格好良いって思った?」
と囁いた。
奈月は、密かに頷いた。
そんな奈月の頭を、亜紀は愛おしそうになでた。
「――小説も今みたいな感じで考えてるから、目の前で書いてもらってみたら?」
「そうする」




