花嫁修業
「――俺ら、ファミレスの前と駅前とで、どんだけ話してるんだ? これならファミレスにもう少しいれば良かったかなあ」
ベンチで腰をさすりながら、直人は言った。
「私たちなんて、帰りにじゃあねって十回くらい言っちゃうときあるよ」
「あるある。帰ろうって言ってからの方が長いよね」
と奈月と亜紀。
「普段は良いけど、体調が万全じゃないときは、そういうの少し控えてほしいです」
直人は、奈月のお腹をちらっと見ながら、リクエストした。
「はーい! 直くんに心配されるのも嬉しいけど、元気にしてないと、直くんあんまりデートしてくれないしね」
奈月は、嬉しそうに答えた。
直人は奈月の返事に安心してから、他の女子を見た。
「二宮さんたちも、体調には気をつけてね」
「ついでに一応、私たちにも言ってくれるんだ」
と、亜紀が意地悪を言った。
「ええ!? ついでとか、そんなつもりじゃなくて。ちょっと言い方が投げやりだったかな?」
「ううん、冗談。小説でも心配してくれてるもんね。寒くないのかとか」
「あれは心配っていうか、セクハラ一歩手前のような……。
でも実際、女子が放課後に立ち話してるのよく見るけど、疲れないの?
俺と飯田、座るの大好きで、すぐ座ろうとするんだけど」
「俺らって、話すことになったらどっか座りにいくし、帰るってことになったらすぐ帰るしな」
「だなあ。――あ、でも奈月とこの前、マンションの廊下で『じゃあ直くん、明日ね』『うん、じゃあね』『直くん先に帰ってよ』『奈月が先に帰れよ』って、やっちゃったよ。
なんか、子供の頃を思い出したなあ。
奈月の家から帰るときに、別れたくなくて泣いちゃったことがあって」
「なにそれ。私、それ覚えてないんだけど」
「夏休みで、奈月がおばあちゃんち行くとかで、次の日から当分会えなくて、行かないでって言って困らせちゃったんだよ。結局、その日は泊めてもらえて、次の日に泣きながらバイバイした」
「あ、それかあ! 私、心配して、おばあちゃんちから手紙を書いてあげたのに、直くんってば返さなかったんだよね!」
「いや、だからそれは正月に話したじゃん、返事しろって書いてなかったから。それに、親とかの前で手紙なんて書けないよ、恥ずかしい」
「書いてよー!」
と言うと、奈月は亜紀たちの方を振り返った。
「ひどいんだよこの人! 私、嫌われちゃったのかなって思って帰ったら、直くんがお母さんと迎えに来てて、能天気にゲームしながら駅で待ってて、再会しても全然さびしかったこと言わなくて。なんかアッタマきて私。親の前では派手に拗ねたら怒られるから、私の部屋で二人きりになってから無視して。直くん、泣きながら『なっちゃん、ぼくのこときらいになっちゃったの?』って言ってきて。怒らないで、ああいう感じにするのはずるいわ。――ね?」
そう言うと奈月は、直人の脇腹をつついた。
「いや、俺はその辺のことは覚えてない」
「私が『好きか聞いてもはっきり言ってくれなくなった』って言ったら『大好き。ずっといっしょにいてほしい。お願い』って、抱きついてきて、私が『私も大好きだから。ずっといっしょにいるから』ってゆびきりするまで離してくれなかったじゃん」
「そうだ、次の日ウエハースくれたんだよね」
「ウエハースとかどうでも良いでしょ! なんでそんなことは覚えてるの?」
「いや、当時のこづかいで食べ物くれるってすごく嬉しいでしょ。こづかいいくらくらいだ?」
「忘れたけど、同じ金額だったよね?」
「けどなんか、奈月の方が色々買ってた気がする」
「私、たまに直くんちのお風呂掃除とか手伝ってたから、それでもおこづかいもらってたもん」
「なにそれ。なんで奈月がそんなことするの?」
「あの……笑わないでね? 当時、漫画で花嫁修業のこと知って、ないしょで花嫁修業してたの……」
奈月が、薄暗い街灯の中で、顔を赤くした。
直人は笑わなかった。あまりに恥ずかしくて、顔を手で覆ってしまったのである。




