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「二つ残してたチキン、どうする?」

 直人は、思い出して飯田に聞いた。


「適当に食べてもらっちゃってよ」

 と飯田。


「お前、本当に食わなくて良いの?」


「俺はまあ、どうせ何か買って帰るしなあ」


「そんじゃ――長友さん、チキンまだ食べられる? お弁当の骨付き肉を取られちゃった分、ここで食べちゃえば?」


 聞かれて、真は嬉しそうにした。

「食べられるけど、私で良いのかな?」


 直人は箱ごとチキンを差し出した。

「どうぞどうぞ。今日は橘さんと長友さんには、ファミレスと電車おごってもらったり、色々してもらったし。

 俺たちはまた、違う日に飯田におごってもらえるだろうから」


 飯田は

「他の人にはおごりたいけど、森田にはおごる予定ねーぞ?」

 と、嫌そうな顔をした。


「飯田に頼まれて、橘さんと健康ランドの約束してやったんだけどなあ。当日も協力してやるのになあ」


「やばい、おごりたくなってきた」


「だろ?」


「マジになんかおごるかも。チキン買っておいてくれたのも、判断良かったし」


「飯田が来るまでに買うの間に合うか分からなくて、一瞬迷ったけどね。――そういや飯田、なんか予定より遅かったよね」


 飯田は「そうだ!」と言うと、急に真面目な顔つきになった。

「みんなに謝らないといけなかったんだった!

 すみません、戻る途中でちょっと良さげな服が売ってて、大急ぎでチェックしてて遅れたんです。すっかり言うの忘れちゃった」


「なんだよ、だから遅かったのか」

 と、直人は呆れた。

「まあ、その間に懐かしい話とか出来たし、全然待ってる感じはしなかったから、俺は良いけどな。チキンも食えたし」


「なんか帰りにさ、すごい気合い入った格好の人とすれ違ったんだけど、ああいう服を見た場合、橘さんって大丈夫なのかなって話になって。考え始めると、健康ランドに何を着ていけば良いか、心配になっちゃってさ。そしたら服が売ってたから、高速で一周してきた」


 真は「チキンごちそうさまでした」とお辞儀をしてから

「遥の好きそうな男服が分かれば一番良かったんだけど、自信ないんだよね。多分、普通の服なら怖がりはしないと思うんだけど……さりげなく聞けたら聞いてみる」

 と、難しい顔をした。


「俺のいつもの服、わりと普通だよな?」

 飯田は自信なさそうに直人にたずねた。


「飯田の服なんて記憶にねえけど、覚えてないってことは普通なんじゃねえか?

 ……検索してみてるけど、リアルなドクロの服とかゴツいアクセサリーとか、そういうのは男性恐怖症の人にはあんまり良くないかもって感じなのかな。飯田は平気でしょ多分」


「なんか適当だなお前」


「だって、本当に服装とか覚えてないし。女子に写真送るなりして、感想聞けば良いじゃん」


「お前、簡単に言うけどさあ……。森田は、健康ランドに来て行く服ってどうするの?」


「俺は当然、バス用の服だよ。お腹が苦しくない服で行くだけ。バスの中ではベルトを外して、タオルケットを羽織って」


「ああそっか、バスだもんな。行き帰りはお前、乗り物酔いで服どころじゃないのか」


「そうそう。どうせ健康ランドの中は館内着だしね。

 ……けどまあ、奈月と外で遊ぶようになって、急に服の数が足りない感じになってきてたから、暇があれば奈月と服を買いに行っても良いけど」


「俺はどうすりゃ良いんだよ」


「そんなことを言われても、俺は服のことは全然分からないしなあ。お前は広瀬さんに付き添いを頼むくらいしか、方法がないんじゃないの?」


「なんで広瀬さん名指し?」


「単純に消去法で。広瀬さんくらいしか、頼める人いないでしょ。

 二宮さんには、俺の小説の誤字脱字チェックと、奈月風キャラへの悪口チェックをしてもらわないといけないし。おそらく十時間とかかかるから、飯田と買い物なんてしばらく無理」


「え、小説に私の悪口とか書いてるの?」

 と、奈月がすかさず反応する。


「分からないけど、初期はわりと愚痴っぽいから、チェックしないと怖いんだよなあ。『嬉しそうに俺の毛布にくるまりやがって。しかも良い匂いがするだと? 俺じゃなかったら勘違いしているぞ』とか『やっぱり、パンツを盗んだのがバレてて、それで部屋に入れてくれなくなったのだろうか』とか」


「パンツ盗んだの!?」


「実際には盗んでないよ?

 子供の頃、奈月が洗濯物を運ぶの手伝ってるときに、パンツをポロッて落としていって、俺が拾って渡して、ありがとうってなったじゃん。あのさわやかなやりとりを今も出来るだろうかって、奈月と付き合える少し前に考えたことがあってさ。

 小説では落ちてたパンツを盗んじゃってて、物語のキーパーツになってる」


「第二部のラストとかね。あれすごく良かったー」

 亜紀が、胸の前で小さく拍手をする。


「なにそれ。真面目にそんな話なの?」

 奈月は、思わず亜紀に聞いた。


 亜紀が頷く。

「主人公の男の子が、幼なじみのなっちゃんとケンカ中に、風邪を引いたのね。主人公の親は急用で出掛けることになって、親はケンカをしてるなんて知らないから、なっちゃんに看病を頼んで出て行って。なっちゃんは仕方なく看病することになるんだけど、ケンカしてるからお互い無言で。

 主人公が起きたらなっちゃんはいなくて、ふと机の上を見たら、前になっちゃんが家庭科の授業で作ってプレゼントしてくれた、宝物入れが出したままになってたの。

 その中にはなっちゃんのパンツが入ってるから、まさか中を見て怒って帰っちゃったんじゃないかって慌てて。なっちゃんの名前の『()()』を元にゴロあわせで決めた暗証番号『72』を入力して、宝物入れの中を見てみて。

 そしたら、子供のころになっちゃんから誕生日プレゼントでもらって、当時ケンカの仲直りするために使った『一日仲良しケッコン券』が、盗んだパンツといっしょに置いてあってね。『この券を使えばまた仲直りをお願いできる』って思った男の子は、嬉しくて泣いちゃって。

 小一時間泣いてから、ふと『俺パンツ握りしめながらパンツで涙拭いて、何やってんだろ』ってなって、第二部完!」


「あそこはさあ、俺も主人公に感情移入しちゃって泣いちゃったよ。夢中でパンツパンツって書いてた」


 奈月は二人が盛り上がるのを見て、

「私がその小説を読むのって、なんか相当恥ずかしい?」

 と聞いた。


「私が読んでても結構恥ずかしいから、奈月と遥さんはめちゃめちゃ恥ずかしいと思うよ」

 亜紀がそう言うと、

「俺が読んでても結構恥ずかしいから、奈月と橘さんはめちゃめちゃ恥ずかしいと思うよ」

 と、直人も真似をした。

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