ふざけてしまった
「待って待って。全然分かんない。プロポーズして、押し倒して……?」
真は、自分の頬をパチパチと二度叩いてから、直人を見た。
「押し倒そうとしたってのは、あの、ただ押し倒そうとしたってことじゃないんだよね」
小さな声で、直人に聞いた。
直人は気まずそうにチラリと奈月を見てから
「なんというか、俺のベッドに投げつけて、覆い被さって……」
と説明を始めた。
真は説明を遮り
「怖い怖い! 言わなくて良いよお!」
と言い、首を横に振った。
「長友さん、気付いてなかったの? 橘さんに作文読まれたりしたし、その後の感じとかで、なんとなく分かってるかと思ったんだけど」
「そんなの、ちゃんと文章問題で選択肢を出されないと分かんないよ!」
真は、真剣な表情でそう言った。
真の言葉につい笑いそうになった直人は、真面目な顔を保つのが大変だった。
長友さんって、言葉のクイズも好きだったけど、国語のテストみたいなのが好きなのかな。
直人は心が少し落ち着くまで待ってから
「すっ、すみません……」
と口を開いた。
「遥、作文を平然と読んでたから、そのこと絶対に知らないよね?」
真は、直人を見返した。
「いや、橘さんは国語のテストもかなり出来る人だから『男が女にする、二度と許してもらえないくらいひどいこと』の候補には、当然そういうことも入ってると思うけど」
「ええっー!? そんなの、全然良い作文じゃないじゃん」
「そうなんだよね。なんで先生や橘さんが気に入ったんだろってレベル」
「やっぱり遥、気付いてないんじゃないの?」
「でも、俺が何かの歌詞を暗記する場合って、わりと色んな意味を考えるけど。
あの作文を一回ならともかく暗記するくらい読み直して、男女関係の『ひどいこと』が全く思い付かないってのは、多分ないんじゃないかな」
「でも、そんな作文を書いた人と、なんで握手出来たの?」
「それが分からないから、俺も『橘さんって、何を考えてるか全然分からないよね』ってあのとき言ったわけだよ。普通、俺みたいに心が汚れてるやつなんかと、わざわざ握手したくないでしょ」
「でも遥、本当に森田くんの文章が好きみたいだよ。帰る途中も、小説すごく楽しみにしてたし。
森田くんのその作文が載ってるやつも、卒業アルバムといっしょに持ってきて、見せてくれたの。ちゃんと文章合ってた」
「あ、私もその作文読んでみたかったな」
奈月が残念がった。
直人は一瞬迷ってから、口を開き
「何かに載った作文は、多分ウチの母親が全部持ってると思うけど。もし親から奈月にこの作文が伝わったらどうしようって、しばらく心配してた記憶がある」
と、不機嫌そうに言った。
「そういえば、なんでお母さんたち、その作文見せてくれたかったんだろ」
と、奈月。
「そのちょっと前だと思うんだけど、俺が親に文句を言ってたんだよ。
奈月と外で会ったりするたびに『ウチの子は母の日なんてくれたことない』とか俺の前で言われてたでしょ? そんなの奈月が――とは言ってないな、そんなの押田さんが気まずいってなんで分かんないのって、生まれて初めて親に本気で怒っちゃって。だから作文が伝わらなかったのかな。
けどその後、俺が風邪をひいた日は奈月がお見舞いに来てくれるように戻ったから、バレてるかと思ったけどね」
「そういえば『また仲良くしてほしいみたいよ』とか、お母さん言ってたかも。まあいつも言ってたけど」
「お母さんって、奈月のお母さんが?」
「うん」
「じゃあ、奈月のお母さんまでは伝わってたのかもね」
「お母さん、隠してたのかな」
「いや、分からないでしょ。俺の親が大して気にしてなくて言わなかった可能性もある」
「でも、作文は取ってあるんだよね?」
「そのはず」
「今なら見せてもらえる?」
「多分ね」
「じゃあ見に行く!」
「五回デートしてくれたら見ても良いよ」
「えー、気が遠いよお」
「五回なんてすぐだって」
「じゃあ、今日の帰りにウチのドアまで送らせてあげるから、それでデート一回ね」
「いや、同じマンションの隣の部屋なんだから、嫌でも帰り道いっしょだろ! なんでそれがデート一回にカウントされるんだよ」
直人はそう言ってから、真と会話中だったことをふと思い出した。
どうしよう、長友さんと大事な話をしている途中だったのに、奈月とかなりふざけてしまった。
そう思って真の顔を見ると、真はクスクスと笑っていた。




