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付き合ってはいないけどプロポーズはしてた

「チキンが食えると思わなかったから、かなり嬉しいわ。サンキュ」

 飯田はレシートを見て直人に金を渡すと、丁寧に手を拭いた。


 真も、箱の中のチキンを覗き込みながら手を拭く。

「美味しそうだよね。もうみんな食べたの?」


「みんなとりあえず一つ。美味しかったんだけど、そんなにお腹空いてないらしくて、一つで大満足っぽい。

 だから、長友さんが食べてくれるのを待ってた」

 と、直人は財布に金をしまいながら言った。


「私、ここで待ってたわけじゃないのに、本当に食べて良いの?」

 真が飯田を見る。


「もちろん。長友さんにたくさん歩かせちゃったし、これくらい食べてもらわないと」

 と飯田。


 直人は、飯田に言われて、初めてそのことに気が付いた。

「そういや長友さん、橘さんを迎えに行って戻って、送りに行って戻って、一番たくさん歩いてるんだもんね。今日はごめんね、長友さん」

 と、慌てて謝る。直人は反省した。

 こういうことを、もっと早く気が付けるようにらならないとなあ。


「ううん、歩くの好きだから大丈夫。じゃあ、いただきます」

 と、真は笑顔でチキンにかぶりついた。


「んじゃ、あと三つだね。飯田が全部食う?」


「あ、俺が食って良いのかな? 俺は帰りに牛丼買うから、みんなで食べられるだけ食べて良いんだけど」


「この人たち、本当にまだそこまでお腹空いてない感じだよ。それに、飯田が骨なしの方が好きだから、骨なしチキン残しておいてくれて。せっかく手を拭いたんだし、骨なし一つ食べちゃえば?」


「そうなんだ、ありがたいね。じゃあ、とりあえず一つだけ食うか」


「あとは骨有り一つ、骨なし一つ。とりあえず蓋しておけば良い?」


 飯田は口をムグムグ動かしつつ

「たのんます」

 とくぐもった声で言った。


 直人はチキンボックスに蓋をすると、美味しそうに食べる真を見て微笑んだ。

「俺の趣味でフライドチキンにしたんだけど、長友さんはチキンって好きだった?」


「私、大好き。お弁当に絶対に骨付き肉入れてもらうから、男子にこの前、肉ばっかって笑われた。しかも一つくれってうるさくて。結局、取られちゃった」


「高二までいってそんな感じって珍しいね。そんなことして、その人、他の男子にからかわれたりしないの?」


「うん、からかわれてた。席に戻ってから『長友からチキンゲットー』って言ってて、友達に『お前それ変態っぽいぞ』って言われてた」


「ああ、そんな感じになるよね。それ、どうなったの?」


「なんか『うるせー。俺これ好きなんだよ』って言って『似たようなのコンビニで買えるよなあ』とか『何か返さないと嫌われるぞ』とか言われてた」


「その人って、他の女子のおかずも食べちゃうの?」


「食べない」


「他の女子のおかずは食べないってことは、長友さんと仲良くしたいのかな?」


「ええー? その人、全然優しくないんだけど」


「好きな人に優しく出来ない人もいるから。俺も飯田も、橘さんに全然優しくなかったし」


「とくに俺な。ひどいもんだった、あの頃の俺をぶん殴りてえ」

 飯田が悔しそうに言った。


「でも森田くん、奈月さんには優しくしてるんだよね?」


「今は俺なりに頑張ってるつもりだけど、奈月に優しくしようって思うまでに、一年半かかったからね。異性として大好きかは分からないにしても、別に奈月のことを嫌いなわけないんだから、高校入学直後から普通に友達として優しくすれば良いんだけど、それがどうしても出来なかった。

 奈月の体調が悪化したら嫌だと思ってから、やっと覚悟して口出しをしたんだから。その頃って疎遠な感じで、ほとんど喋ってなくてさ。ギリギリ友達って言えるかなくらいだったけど、それでも下手に優しくしてもっと嫌われるよりは、友達関係でいたかったわけで」


「優しくして嫌われるなんてあるの?」


「俺の場合、例えば『広瀬さんにあのゲームも貸したいけど、やらなきゃいけないと思われて重荷かな』とか『二宮さんにたこ焼きあげたの、今思うと変だったかな』とか『長友さんにかわいいって言って、嫌がられてないかな』とか『橘さんを飯田に送らせちゃったけど、迷惑じゃなかったかな』とか『俺なんかが奈月の体調を心配したら、気持ち悪くて嫌われちゃうかなあ』とかだね。

 極端な話、健康ランドで飯田がいきなり橘さんに『疲れたでしょ』とか言って肩を揉み始めたら、橘さんびっくりしちゃう可能性大でしょ?」


「あーそっか、そうだよね」


「だからその、長友さんの骨付き肉を食べた人も『お返ししたいけど、お返ししたら気持ち悪がられるかなあ』とか、考えてるかもしれない」


「うーん、ただお腹が空いただけって可能性は?」


「それもゼロではないけどなー……ちょっと薄いかな。高二にまでなると、あんまり女子から気軽にもらえる人は少ないよね。実際、変態っぽいとか友達に言われたわけでしょ。

 周りの人に『長友さんと仲良くなりたいと思っている』と認識されても構わないと思ってるか、よっぽど周りの目が気にならないかだよね」


「普通は女子のオカズは取らない?」


「俺のクラスだと、男子は男子同士でたまに『満腹で唐揚げ余ったんだけど』程度だなあ。女子からもらうのはハードル高くて、やらない。飯田のクラスは?」


 聞かれた飯田は、驚いた顔をした。

「いやお前、今日の学食でみんなに鮭の皮もらってたろ!」


「あ、そうか。もらってるわ俺」


「すごい自然にもらってたじゃん。無意識かよ」

 飯田が笑う。


「でも奈月と二宮さんはさ、鮭の皮をたいして食べたくなかったからさあ。

 長友さんが食われたのは骨付き肉で、好きな物を取られてるわけだから。俺が学食で『その唐揚げ美味しそうだね。ちょうだい』って言い出したら、やっぱり変だよ。

 奈月がクラスの男子にそんなこと言われたら、俺はそいつを警戒しちゃうし。

 しかも長友さんみたいな見た目の人から強奪したとなると、いじめっぽく変に目立って、他のクラスメイトから嫌われてもおかしくないし」


「んー……。で、私は結局どうすれば良いのかな?」


「また食べたがるようなら、ちょっと揺さぶってみても良いよね。『食べても良いけど、今日は私が作ったから美味しくないかも。食べるなら感想聞かせて』って感じで」


「うわ、大人っぽい! それやる!」


「大人っぽさは、わりとどうでも良いんだけど」


「大人っぽさ大事だよー、絶対舐められてるもん私。大人っぽく言ってビビらせてやる」

 そう言う真の笑顔はあどけなく、大人っぽさとは程遠かった。


 直人はなんだか心配になった。

「悪い人や危ない人もたくさんいるから、誰かにデートとかに誘われたら、良かったら教えて」

 と、真に言う。


「分かった。悪そうな人とは遊ばないけどね」


「悪そうな人じゃなくて良かったね、直くん」

 奈月が直人をからかった。


「森田くんが悪そうだったら、ウチのクラス全員危ないよ」

 真は笑って、そう言った。


「いや、笑いごとじゃなくて、本当に全員に注意して。

 ファミレスで橘さんが読んだ作文の中にあった『ひどい裏切り』って部分とかで、ある程度分かってるかもしれないけど、俺自身、小学生のときに奈月を押し倒そうとしたから。

 男はみんな危険だと思って、気を付けて」


「えっ、その頃からもう本格的に付き合ってたの?」


「付き合ってない。付き合ってないのに押し倒そうとした。プロポーズはしてたけど」


「どういうこと?」


「付き合ってはいないけどプロポーズはしてた」


 真は、しばらく考えてから

「……え、なに?」

 と、もう一度聞き返した。

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