奈月たちになんて言おう
「――もしもし。広瀬ですけど」
「あれ、広瀬さんか。森田はそこにいないの?」
飯田は、用件だけ直人に伝えようとしていたので、面食らった。
「森田くんはちょっと他の電話にまた出るかもって感じで、私がとりあえずで出るように言われてて。ごめんなさい。代わる?」
桜子に謝られた飯田は、慌てた。
「ああ、そういうんじゃないんだけど。ごめんね、状況確認みたいな感じで」
「分かってるけど、なんか謝っちゃった」
「やっぱ俺、怖いかな? 直さないとなあ。俺みたいなやつがたくさんいるせいで、男性恐怖症になる人がたくさんいるんだろうね」
「怖くないよ、大丈夫。話すとすごく優しいし」
「そっかなあ、なんか森田の方がプレッシャー与えない気がすんだけど。橘さんも握手出来てたし」
「森田くんはまあ、尊敬してるとか言えちゃってるし」
「言えないよな普通。あれは無理だ俺には」
桜子は、飯田が元気なように思えて、気になった。
「遥さんを送った時に、そういうこと言えなかったの?」
「言えないって! つまんないことばっかり話しちゃったよ、俺。高校ではゴミ箱が高級になっててびっくりしたとか、そんなん。あとやっぱ、森田の話。小説楽しみだって言ってた。すげえ期待されてるからヤバイかもって、伝えておいて」
「分かった」
桜子は、飯田にものを頼まれたことが嬉しかった。すぐに自分のスマホにメモ書きをして、直人に見せた。直人は困った顔をしてから、まだ初美と電話をしていた亜紀に耳打ちをする。何かを頼んでいるようだった。
桜子は、もう少し話していても大丈夫そうだと思って、少し安心した。
「――でも、そっかー。飯田くんもしかして、気が変わって告白しちゃうかもって思ってたんだけど」
桜子は自分の不安を隠すように、わざと明るく振る舞った。
「いや、そういうのは全然。本当にまだ今の気持ちが分からなくて、この状態で告白とかは失礼だと思うし。
けど、わざわざ家から卒業アルバム持ってきてくれてさ。寄せ書き書いてって言われて、書かせてもらったよ」
桜子は、直人が卒業アルバムについて初美にメールしていたことは、言わなかった。
「なんて書いたの?」
「それが浮かばなくてさー! 森田と『俺も寄せ書きしたかったわ』『お前ならなんて書いたの?』ってたまたま話してなかったら、橘さんの待ち時間ヤバかったよ絶対。
橘さんに『これからもよろしくおねがいします』で良いかなって聞いて、平仮名でで書いたよ」
「平仮名で?」
「だって『よろしく』って、漢字で書いたら不安感すごくね? 合ってても間違えてる気がするっていうか」
「じゃあ『お願いします』は漢字?」
「いや、そっちも平仮名。さすがに書けると思ったけど、サインペンだから。漢字を間違えたら、橘さんが家の中に修正液を取りに戻るかもしれないでしょ。そんなの気まずいし、絶対に失敗出来なかったわけよ」
「あー、そうだよねー」
桜子は、自然に笑い声が出てしまった。飯田とのなんでもない話が、楽しくて仕方なかった。
桜子は電話をしながら、気持ちの整理をしていた。
飯田くんがこうしてのんびり電話をしているということは、既に遥さんとは別れて、駅に戻っている途中なのだろう。そうなると、今は長友さんと二人で歩いているはずで。私が電話で長々と世間話をしたら、長友さんに少し失礼だ。普段の私の性格なら、長友さんに配慮して、とっくに電話の用件を聞いている。だけど私は今、それをなるべくしたくない。
「――でも飯田くん、ファミレスの時より元気そうだから、なんか上手くいったのかと思ったよ」
「いや、わりとダメだったよ。橘さんと別れるまでは、長友さんとも上手く話せなくて。実は森田にメールしてた」
「知ってる知ってる。
そうだ。森田くん、女子に電話したんだけど、健康ランドの説明をするとき、飯田くんのことを親友って言ってたよ」
「マジかよ」
「親友が初恋の人と会えるのは最後かもしれないから、絶対に成功させたいのでって。だから飯田くん、頑張らなきゃだよ?
森田くん、その話に夢中になり過ぎて、本題言うの忘れちゃったんだから。笑っちゃった」
「えーマジかー。なんでそういうこと言えて、やれるんだろうな」
「あと、中学の修学旅行で森田くんが飯田くんにあげたウニ、本当は奈月にプレゼントしようとしてたんだって、知ってた?」
「うわ、そうなんだ!? おかしいと思ったわ!」
「ウニって海岸にいるの? 踏んだら危ないよね」
「いや、分かんねえ。女子がなんか岩場の後ろで集まってるなあと思ったら、飯田がウニ捕獲してきた感じ。女子が最初に見付けたのかな? 俺らがウニなんて見付けたら即『食おーぜ食おーぜ!』って大騒ぎしてるし」
「飯田くんが食べたんだよね?」
「ライフセーバーと案内係兼ねてるみたいな人が、バカって割ってくれて。説明もしてくれて、なんかウニって上とか下とかあるんだってさ。かなり面白かったわ。森田は中身を見て気持ち悪そうな顔をしてたけど」
「森田くん、ウニ嫌いなんだね」
「お前も食えばって言ったら、要らないって言ってた。口を押さえながら『納豆みたいで見るからにヤバイよ』って。だから『色だけじゃねえか』って笑っちゃったよ。
あ、長友さんも笑ってる」
飯田の笑い声を聞いて、桜子も笑顔になった。
「それ面白いもん。ウニ、その場ですぐに食べられたの?」
「中身を軽く水で洗って――というか洗ってもらって――すぐ食った。めちゃうま」
「えーワイルドだー」
桜子は、後でちゃんと奈月たちに謝ろうと思った。
私は今、本題に入らないようにわざと色々な話を振って、なるべく長く飯田くんと話そうとしている。本題に入るのが遅ければ、奈月たちにも迷惑がかかるかもしれないのに、やめられない。
このままじゃいけない。
「――なんか俺が説明下手なせいで、話があっちこっち飛んじゃったけど、みんな今どんな感じなのかな?」
飯田のその言葉に、桜子は心が痛んだ。
「飯田くんのせいじゃないよ、ごめん。私がなんか、話に夢中になっちゃったから。
今はね、みんなで駅前の椅子に座ってるよ。もう一つの電話が終わったみたいだから、わりと暇そう」
「そうなんだ。あのさ、悪いんだけど戻るのにかなりかかりそうで――え、残り十分とかなの? そんな喋ってた? ごめんごめん――えっと、十分くらいかかりそうで。
いや、どうしようかな。小腹減ったり喉渇くだろうから、暇だったら俺のおごりで何か食べててくれないかって、言おうとしてたんだけど。十分だとどうなんだろ。
まあ良いや、森田に任せる。森田なら、腹減ってたら遠慮なく店に突っ込めると思うから」
「分かった、言っとく」
「お願いします。じゃあね。……すぐに会うのにじゃあねって言って終わるのも変かな? またねかな?
森田との電話だと無言で切るか『じゃあな』くらいだから、なんか怖くない言い方が分からないわ」
「また後でね、とか?」
「それだね! また後でねって言えば怖くないよね。また後でね」
桜子は、飯田をとてもかわいく感じた。
「うん、また後でねー」
さて、奈月たちになんて言おう。




