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初めてのほうじ茶

 膀胱炎の協力を始めた次の日、登校前に家でご飯を食べている時に、直人は新しいアイディアを思い付いた。すぐに直人は電話をして、奈月と外で待ち合わせた。


「昨日、なっちゃんの楽しそうな声がたまに聞こえてたけど、なっちゃんと最近また仲が良いの?」

 直人が電話を切った途端、直人の母親が嬉しそうに聞いた。


「別にそんなんじゃないよ。膀胱炎大変らしいから、今だけ話してくれてるんでしょ」

 直人は否定をして、そそくさと家を出た。

 仲が良いなんて言おうものなら、母親同士で盛り上がるに決まっているからだ。


 マンション内の廊下で待っていると、奈月と一緒に奈月の母親が出てきた。

「直人くん、奈月の面倒見てくれてるんだって? ありがとうね」


「いや、まだほとんど何も出来てませんよ」

 直人は素直な気持ちで答えた。


 奈月の母親は、

「でも奈月、直人くんに注意してもらったら一発で心構えが変わったのよ。教室から出たいときにメールするから、電話してほしいって言って。

 きっと、直人くんは普段ガミガミ言わないから良いのよね。ほら、奈月は昔から直人くんに言われたことは守るじゃない?

 奈月が蚊に刺されたところをひっかかないように、奈月の手で遊んでくれてた時とか。普段は蚊に刺されたら怪獣になる子が、大人しくニコニコしてるんだもの」

 と、思い出話を笑顔で話した。


「はあ……」

 直人は生返事で答える。


 そのまま話を続ける奈月の母親。

「奈月が言うには、お母さんとは言い方が全然違うって言うのよ。

 昨日もそうで、周りに気を使って悪化した方がよっぽどお母さんたちが心配するよって直人くんに言われて、反省したみたいよ。直人くんの考え方がすごくしっかりしてて、びっくりしたって。

 昨日、森田くんの家から奈月が嬉しそうに帰ってきて、すぐに『もしお母さんが昼寝してて、私のメールで起こしちゃっても良い?』って聞いてきてね。『当たり前じゃない、どうしてそんなこと聞くの?』って聞いたら『押田さんのお母さんは、押田さんに気を使われるより、押田さんが健康でいてくれることの方がよっぽど嬉しいって、森田くんに言われたんだけど』って、言いにくそうに言うのよ。もう『当たり前でしょ』って言って、泣いて抱きしめちゃった。

 この子は、森田くんみたいに大好きってはっきりと言わなきゃ安心出来ない子なのよね。学校でも他人に遠慮して、気を使ってばっかりなんじゃないかと心配で。

 森田くんにこのまま奈月をずっと見てもらってたら、奈月も無茶しないだろうし、おばさんすごく安心なんだけど……」


 奈月は顔を真っ赤にして、

「ちょっと相談に乗ってもらってるだけだから。森田くんに迷惑だからもう家に入ってよ」

 と文句を言った。


 奈月の母親は気にせず、

「奈月は我慢しちゃう子だから、お願いね」

 と話を続けようとする。


「時間ないから早く行こっ」

 このまま母親に長話をされたらたまらない奈月は、直人の学校指定のショルダーバッグの紐を引っ張り、エレベーターへと歩き出した。


 それでも奈月の母親は二人にくっついて廊下を歩き、結局エレベーターの扉が閉じる直前まで喋り続けた。




 奈月は、学校への道を歩きながら、

「森田君、ごめんね。ウチのお母さん、五年以上前のことを百回くらい言うもんね」

 とふてくされた。


「ウチもそうだよ。何回やめろって言っても直くんって呼ぶし。なんで話を聞かないんだろ」

 母親の愚痴を言い合い、二人は苦笑いをした。 


「そういえば、アイディアって?」

 奈月が聞いた。


「思ったんだけど、小野先生に協力して貰ったらどうかな? 小野先生の所に行くからとか言って、こっそりトイレに行くとか」


 小野先生というのは二人の担任の先生だ。

 女の先生だしフレンドリーな人だし、事情を話しやすいんじゃないか。直人は朝ふと、そう思い付いたのだった。


「んーでも、小野先生に用事って言ったら、みんなも一緒に来ちゃうかも?」

 と、奈月は言った。



「あっそうか。そうだよね」

 その通りだと思った直人。がっかりして、

「ごめん、わざわざ電話するような事じゃなかったね。何してるんだろ俺」

 と奈月に謝った。


 それを見た奈月は慌てて、

「良いよ良いよ。実際、先生に伝えておけば助かる事あるかもしれないし。今日伝えてみるかも。顔色悪い時に気付いてもらえて、授業中トイレに行きやすくなるかもしれないし。

 消しゴム立てたらトイレってやつとか、伝えておけば少し早く授業終わらせてくれるかも」

 と、フォローした。


「そっか」

 直人は少しホッとした。


「だから大丈夫。ありがとう」

 お世辞ではなく、奈月は直人の気持ちが嬉しかった。


「いや、イマイチ役に立ててないような」

 と、言いながら直人が頭を掻いた。


「相談出来る人がいるだけでも安心するよ。森田君に知ってもらえて良かった」


「じゃあ、ウチの母親の口の軽さが珍しく役に立ったんだね」


「ウチのお母さんの口の軽さも」


 二人は思わず笑った。愛想笑いじゃなく、自然に出た笑い声だった。


 奈月は、リラックスしてきて、さっきから気になっていることを指摘したくなってきた。

「森田君、後ろのところ、寝癖付いてるよ」

 奈月は、自分の頭の右側辺りを指差した。


「ああ、小野先生の事を思い付いて急いで家を出たからなあ」

 直人は立ち止まると、勘で適当に手櫛(てぐし)()いた。


「やったげる」

 奈月が直人の髪を触り、整わせる。奈月の顔が近くにきたので、直人は内心ドキっとした。この人、すごくきれいになったよなあ……。


 奈月は、

「こういう髪の毛って好きだなあ。私、最近ね、ちょっと美容師か理容師になりたいんだよね」

 と、話した。


 へえ、すごいな。直人は思った。それと同時に、だから寝癖が気になってここまでしてくれたのかと、少しがっかりした。

「そうなんだ……」


「お父さんとお母さんにカットモデルになってもらって、練習してるんだけど難しくて」


「良かったら俺の髪の毛も切ってくれない? 前髪が鬱陶しくてさ」


「切って良いの? 協力してくれるなら助かるんだけど」


「俺、ああいう所で話し掛けてくる人、すごく苦手でさ。いつもギリギリまで伸ばしちゃうんだよね。押田さんがやってくれたら、すごく助かるよ」


 奈月は、直人の伸びた天然パーマを思い出して、ひそかに笑った。

「そういえば、店員さんにどうカットするか聞かれたとき、森田くんは上手く言えないから私が指定してたんだよね」


「そうそう。どうしますかとか言われても、よく分からないよ。今でも苦手で、気が滅入るんだよね。

 押田さんに切ってもらえたら安心なんだけど」


「じゃあ失敗しても良い?」


「最初から顔が失敗してるから、気にしないよ」


「森田君、顔悪くないじゃん」


「そんなこと言われたことないけど」


「えーそう?

 じゃあ明日からイケメンって言われるようにカットしてあげる。どんな風にしたいとかある? 森田君ならおでこ見せた方が良いと思うんだけど。耳とかどうしようか」

 奈月がとても嬉しそうに、顔を覗きながら細かくパーツを見ていくので、直人はなんだかくすぐったいような気持ちになった。




 その日の夕方、直人は奈月に髪の毛を切ってもらった。


「あらっ! 直君ったらすっかり男前にしてもらって。なっちゃんにお礼は言ったの?」

 息子の髪型がスッキリ整ったのを見て、直人の母親は大げさに喜んでみせてから、

「なっちゃんお腹空いたでしょう。良かったらご飯食べてってね、お母さんからお腹に良いやつ聞いておいたから」

 と奈月を食事に誘った。


 直人は、今ここで長話になっては、トイレを我慢することになりかねないと思ったので、

「それよりさ、髪を切るので大分時間経ったでしょ。まだ出ないかもしれないけど、試しにトイレに行ってみれば?」

 と促した。


 奈月は、

「あっそうだよね。また忘れてた、ありがとう」

 と素直に直人の意見を受け止めた。

「お手洗いお借りします」


「お腹を暖めながらが良いのよね? ウチに何かあるかしら」

 直人の母親が心配する。


「大丈夫です。昨日、私が長居したから森田君がすごく心配してくれて。腹巻きとかしても笑わないから、せめてウチに来るときにもそういうの全部持って来なよって言ってくれて。だから持ってきてます」

 奈月はそう言いながらバッグを持ってトイレに向かった。


「直くん、こんなに女の子に気を使える子だったのね。偉い偉い」

 母親にそう言われて、直人はからかわれた気になった。そのせいで、「食事の飲み物は温かいほうじ茶にしてあげてね」と、言いにくくなってしまい、仕方なく自分でほうじ茶の用意を始めた。

 全くもう。なんで母親というのは、子供が嫌がることばかり言うのだろうか。黙っていれば良いのに……。


 普段、食事の準備を手伝った事なんて一度もない息子が、ふてくされた顔でほうじ茶を運ぶのを見た母親は、驚いた。

 まさか、直くんがこんなことをするなんて。明日は雪が降るかもって天気予報で言ってたけれど、これは本当に降りそうだわ。

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