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俺が十八メートル

「健康ランドからは、何時に帰っても良いんだよね?」

 真が、ノートにメモを取りながら直人に聞いた。


「それは自由だけど、バスで帰る場合はかなり時間が固定されちゃうね。それにバスに結構長い時間乗るから、先に一人で帰るのは暇に感じる人もいるかも。そういう意味では、遅くまで残れる人の方がみんなに合わせて帰れて楽しいかもね」

 直人は話しながら、バスの時刻表を見せる。


「私が早い人に合わせて帰るとしたら、どのくらい時間があればゆっくり出来るかなあ? お風呂とサウナとご飯とだから、五時間くらいあれば結構のんびり?」


「いや、俺が子供の頃の感覚だと五時間だと忙しいよ。六時間はほしいかな。面白い映画がやってたらそれだけで二時間近く使うし。もしビンゴ大会中とかに食堂に行くと、料理が届くのかなり遅いんだよね。漫画コーナーが気になる人もいれば、ゲームコーナーが気になる人もいるだろうし。それと俺らの場合、食べた後にまた風呂に入り直してた」


「そっか、またお風呂に行っても良いんだもんね」


「帰る直前にまた入ると、牛乳風呂とかで良い匂いで帰れるよ」


「そうなると、やっぱりなるべく遅くまでいられる人を誘う感じ?」


「最近は行ってないからなんとも言えないけど、余裕がある方が気分的にもお得だね。時間が足りないと悔しいだろうし。逆に、もし暇になった分には早めにみんな帰っても良いし。別れて二次会みたいな?

 とりあえず、帰ったら時間とかどんなもんか親に聞いてみるよ。行きも帰りも時間の見当がつかないんじゃ、友達を誘いにくいでしょ。分かったらまた連絡する。長友さんとは簡単に会えるし」


「そうだね、分かった」


 話が一区切りついたところで、直人は周囲の状況を見た。飯田は、スマホで桜子と健康ランドのホームページを見ている。遥は真のメモ書きを見ながら、落書きの絵に笑う。緊張はしていないようだった。

 直人はさっきから、隣の話が気になっていた。奈月が亜紀に、記憶を頼りに牛乳風呂の感想を話していたからである。つい直人は、奈月の素肌を連想してしまった。

 奈月と早く二人きりになりたくなった直人は、自分のドリンクを飲み干すと、

「――じゃあそろそろ夜だし、今日は解散にしますか?」

 と言った。




「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした。今度ごちそうさせてね」

「良いよ良いよ。美味しかったね」

「また来たいよね」


 歩き出していた直人と飯田は、女子が店先で立ち話を始めたことに気付いた。少し離れた場所で立ち止まり、奈月たちが遥と真に店先でお礼を言うのを二人で眺めている。


「なあ。ああやって他人行儀な感じで『ごちそうさまでした』って、女子に言われてみたくない?」

 直人が聞いた。


「言われてみたい」

 飯田は力強くこたえた。


「なんかさ、奈月に今さらなにかおごっても『ありがとう』で。二宮さんにたこ焼きあげても『ありがとう』なんだよね。それもフレンドリーな感じで嬉しいんだけどさ。心を許してない感じの『今日はごちそうさまでした』も言われてみたいっていうか」


「分かる。後輩に言われてみたいよな」


「バイトに後輩いるんだけど、なんかウチの学校の女子なんだよね。先輩って呼ばれちゃって、なぜかおごって下さいよとか言ってきて。もしおごったらなんて言うんだろ」


「その後輩さんのこと、押田さんに言ったの?」


「言ってない」


「やべえじゃん」


「やばくはないだろ」


「言えないってやばい証拠だろ」


「それでやばかったら、今日もっとやばいことになったわ。クラスの女子に電話して、一番かわいい服と下着で会いに来いって言っちゃったんだぞ」


「それは浮気だろ」


「浮気じゃなくて、冗談で」


「そんな冗談ねえよ、なんでそんなことになるんだよ」


「小説のこと話すか迷って、俺が書いてることを知らない、二宮さんの友達に、電話で相談した。流れでシャレで二宮さんのことを亜紀って言って彼女扱いしてたら、気分が乗ってきて。二宮さんがなんかまた中途半端に説明しててさあ、会わせるとかなんとか。二宮さんも悪いんだよ」


「いやそれでもダメだろ。押田さんにも怒られるだろ」


「それだけ精神的に追い詰められてたってことで、なんとかお前のせいにしてもらえない? 実際しんどかったんだよ、小説のことをバラす予定なんてなかったし」


「俺は良いけど、納得するかあ!?」


「もし嫌われたら、俺なしで健康ランドだな」


「男が俺一人とかすげえ気まずいから、絶対になんとかしろ」


「じゃあ今のうちに戻って、奈月と仲良くしておくか。飯田も、橘さんと最後にもうちょい話せば?」


「気軽に言うよなあ」


「お前が話さないなら、俺が橘さんと話すけど」

 直人は、そう言うと道を引き返す。


「なんでだよ」

 飯田が早歩きで直人を追い越した。




 女子の話は、なかなか終わる様子がなかった。団体の通行人が来て駐車場の方に移動すると、そのまま会話を続けた。直人が疲れて駐車場のブロックを椅子の代わりにして座ると、目の前に背を向けた奈月がいた。夜になってもまだ風があり、相変わらず木が揺れていた。風にスカートがひるがえっている。少しめくったら下着が見えてしまいそうだった。

 直人の背中は壁で、飯田は直人の正面にいる。スカートをめくっても、位置的に直人以外には誰にも見えない。

 ……こっそりめくってみたい。直人は思った。

 スカートのすそを指先に乗せて、ゆっくりと上げていく。ときたまパタパタとスカートが揺れるので、奈月は直人のイタズラに全く気付かなかった。

 直人は奈月の下着が見えると、そっとスカートから指先を抜いた。そしてなんだか急に恥ずかしくなって、自分の両手で顔を覆った。


「後ろの、変なことしてた人がうなだれてるよ」

 それまで黙って直人を見ていた真が、奈月に教えた。


「どうしたの直くん? 疲れた? あんまり寝てないもんね」


 振り向いた奈月に頭を撫でられて、直人は心苦しくなった。

「違うんです」


「じゃあ何?」


「今、奈月のパンツ勝手に見ちゃいました。ごめんなさい」


「見えてた!? ごめん」

 奈月は慌てた。


「見えてたんじゃなくて、スカートをめくりました」


「えっ、なんでそんなことすんの!?」


「なんか、座ったらちょうど奈月の足が目の前にあって。この足が俺の彼女かよって思ったら、運命的なものを感じて」


「どういうこと!?」


「奈月が牛乳風呂の話とかするから、奈月の肌が気になって。それからなんだかんだ一時間で、俺ずっとドキドキしてて」


「え、もうそんな時間!?」


「だって君ら、店を出てから三十分以上喋ってるじゃん」

 直人は立ち上がって、奈月に背中を向かせて後ろから抱きしめた。


「ちょっと。みんなの前でいちゃつくの嫌だって言ってたの、直くんでしょ?」


「二十秒だけ充電。お願い」


「もー……」

 奈月は、仕方なく抱きしめられるままにした。


「森田くんが早く二人きりになりたそうだから、帰ろうか」

 亜紀が二人を見ながら笑った。


「私は遥を送ってくから、帰りの電車賃渡すよ」

 真が財布を出した。


「もう暗いし、なんなら飯田にも送らせようか? 二十メートル後方で」


「二十秒とか二十メートルとか、さっきからその二十って数字はなんなんだよ」

 飯田が笑った。


「俺が抱きしめたい気持ちが十秒、奈月の抱きしめられたい気持ちが十秒。合わせて二十秒」


「勝手に決めてる」

 奈月は、直人に抱きしめられたまま文句を言った。


 飯田が気になっていたのは、どちらかというとメートルの方だった。

「じゃあ二十メートルの方はなんだよ?」


「橘さんが二メートル離れてほしい、俺が十八メートル離れてほしい。合わせて二十メートル」


「なんでお前が十八メートルも離れてほしいんだよ」


「いや、二十メートルは離れてないと危ない。スカートをめくろうとするかも」


「それはお前だろ」


「ならお前、絶対に変なことするなよ。ちゃんと送れよ」


「当たり前だろ!」


「どうしようか。飯田は一応こう言ってるけど。飯田に送らせたらかえって怖いかな?」

 直人は、遥に聞いた。


「怖くない、大丈夫。でも飯田くんに悪いよ」


「飯田は送った方が安心出来るから、送らせてあげたらすごく喜ぶよ。家が近くなったら途中で飯田を待たせておけば、家も知られないで済むし。

 それに飯田がいないと、長友さんが帰りに一人になっちゃうわけでしょ? それも心配だし」


「ほんとそう。俺、二人を送らせてもらえたら嬉しい。迷惑じゃなければだけど」

 飯田も、素直な気持ちをアピールした。女性の安全のためとなると、飯田も恥ずかしがってはいられないのだ。


「じゃあ、お願いします。男の人に送ってもらうのなんて初めてだから、なんか照れちゃうな」

 遥はそう言って、笑いながらはにかんだ。

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