表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/128

言葉遊び

「大丈夫だった?」

 直人の声。

 遥が最初に出会った頃の直人の声とは違う、変声期を経た男の声だが、今の遥には優しく聞こえた。


 遥は、少し疲れたような顔で、笑った。

「心臓はまだ少し早いけど、大丈夫そう。良かったあ、(さわ)れるかもって思ったんだもん。閃いたっていうか」


「びっくりしたけど、力になれて良かったよ」 


「原稿用紙七百枚って言われた時に、なんか衝撃受けた。この人と握手出来なきゃ誰が相手でも無理でしょって思って」


「俺の感覚としては、遊んでるのとあんまり変わらないんだけどね。

 バイト中にスマホで歩数ゲーム起動させてたんだけど、暇な時は本当に暇で。スマホを使わずに頭の中で出来る遊びを探した結果、バイト中に小説でも考えようってなっただけで」

 直人は照れ隠しに、遊び気分でやっていることを強調した。


「いや、七百枚ってインパクトあるよ。俺もビビった。俺の場合、読書感想文の原稿用紙五枚でも、どうやって増やそうかって感じだし」

「私もびっくりした!」

 真が、飯田の意見に同意をした。


「なんか、奈月に教えた時と違って、小説に対する反応がやたらでかくて、恥ずかしいや」

 直人はそう言い、奈月を見た。


「え!? 私、小説書いてるなんて聞いてないけど!?」

 奈月は、慌てて直人に言った。


「趣味は『ゲーム、漫画、小説』って、先週ちゃんと言ったじゃんか」


「そんなの読む方だと思うじゃん! 書くって発想ないよ」


「やっぱりかー。二宮さんと、奈月は気付いてないんじゃないかってさっき、話してた」


「亜紀にだけ詳しく教えてー。なんか、仲良いなって昨日思ったんだよね」


「教えたわけじゃないよ。たこ焼きが熱くて気を取られてたら、たまたまスマホ見られてたんだよ。俺も、二宮さんが俺の小説読んでるなんて、知らなかったんだから」


「本当?」


「もし前から友達だったら、奈月のことをもっと相談してたよ。奈月に彼氏がいるかどうかも、二宮さんに代わりに聞いてもらってたろうし」


「あーそっか。直くんあの時、顔真っ赤だったもんね。彼氏いないって知らない顔だよね」

 奈月は、当時の直人の顔を思い出して、笑った。


「奈月、彼氏いるか聞かれた時なんて答えたの? 森田くんが好きだよって言ったの?」

 桜子が、興味津々といった様子で奈月に聞いた。


「言わない言わない。普通に『彼氏なんていないよ』って」


「えー。……で、それを聞いた森田くんはなんて?」


「俺は『良かった』って言ったよ。ホッとした」

 直人は笑いながら答えた。


「で、奈月は?」


「どうしたっけ。何も言ってないような。

 なんか、関係ない話をしたんじゃなかったかな?」


「それ森田くん、気まずくない!?」

 それまでニヤニヤしながら質問を続けていた桜子が、真顔になった。


 直人は笑った。

「いや、会話する関係に戻れただけで、もう夢みたいだったからなあ。彼氏がいないならこれから友達になれるかもって、嬉しかったよ」


「彼氏いるって言われてたら、どうしてた?」


「どうしてたっていうか、その時に最初にお願いしたよ。

 もし彼氏がいて、体調が悪い奈月に無理をさせてくるようなら、しばらく彼氏と会わないようにした方がって」


「奈月が『うるせーよ』って感じだったら?」


「その日の夜、わりとそんな感じの夢見たよ。

 奈月が、俺に意地悪なことたくさん言った人たちと付き合ってる夢。奈月の行った中学校ってさ、俺が小学校の男子を見たくなくて、わざわざ遠距離通学して避けた中学校だから。俺が苦手だった男子がたくさん通ってるわけじゃん。

 だから、その誰かと付き合ってる可能性もわりと高かったから、勝手に嫉妬してたら夢に出てきちゃった。

 奈月に『俺じゃダメなのかな』って言ったら、すごい怒られた。『あんなことしておいてバカじゃないの』って言われて、お腹殴られて、目の前で嫌いな人たちと仲良くされた。

 起きたら涙と汗がすごかったんだけど、まず最初に思ったのが、奈月に汗臭いって思われたらどうしようってことで。うわあ、本当に好きになっちゃったんだなあって、その日は食欲なかった」


「勝手に夢の中で変なことさせないでよ」

 と、奈月が呆れたように言う。


「ごめんごめん」

 笑って謝る直人。


 奈月は少し意地悪が言いたくなった。

「男子がわりと怖かったのに、中学校の男子とそんなに仲良くしてるわけないじゃん」


「すみません……」

 今度は小声で謝る直人。


「奈月さんも、男子が怖かったの?」

 真が、意外そうに聞いた。


「奈月はさっきの作文の、『ひどい裏切り』を俺にされてるからね」

 直人が、奈月の代わりに答えた。


「そういえば『ひどい裏切り』ってなんなの? 漫画でよくある、「あんなやつ好きじゃねーよ」みたいなやつ?」

 真はあまり深刻な話だと思っておらず、笑っている。


「俺、小学生の時、好きとかよく分からなくて。でも奈月と気持ち良いことがしたくなって。付き合ってもないのに、押し倒そうとしちゃったんだよね」


「それはダメでしょ!」

 真は、珍しくムッとした顔で、直人を咎めた。


「ごめんなさい」


「もー! 遥さんが優しい人で良かったね。もうひどいことしちゃダメだよ?」


「うん。反省してます」


 奈月は、しょぼくれる直人がかわいそうになって、

「その頃は私が直くんにずっとベタベタくっついてたから、私にも責任があるんだけどね。それに、本気で嫌がったらすぐにやめてくれて、たくさん謝ってくれたから、直くんはすぐに怖くなくなったし」

 と、情報を補足した。

「だけど、もし他の人と二人きりでそういうことになったら、やめてくれないかもって思えて。他の男子はずっと警戒してた」


 遥は奈月の境遇に興味をもち、

「森田くんとまた仲良くなった時、どんな感じだったの?」

 と、たずねた。


「えっとね、最初はやっぱり、部屋に行く時とか緊張しちゃった。好きって気持ちがない人に押し倒されるのは嫌だったから。私ばかり文句言って直くんが遠慮して、昔みたいに上手くギャーギャー言い合えなかったり。逆にお互いに意識し過ぎて話が出来なかったり、バランス崩れてた。

 でも、好きって言ってるのを盗み聞きしちゃってからは、照れてるのがすごくかわいく見えて、良い意味でドキドキして、無言でも幸せで。わざと見つめてあげた。

 私の体調が良くなるまでは告白したくないっていうのと、もっと仲良くなりたいって言ってるのも聞いたから、話しかけまくって、部屋に行きまくって。家ではまだ触るの怖かったけど、外では手を繋ぎまくって。一回、寒い日に直くんが部屋でくしゃみしたから、『いっしょに入る?』って借りてた毛布に誘ったら、断られて。仲良くなりたいのに近寄るの我慢してくれてるって思ったら、嬉しくて。それからはもっと安心して、家でもそこそこ手を繋いだりして。

 そんな感じで、段階的」


「段階的かあ」


「けど、信じられたら一気だったかも。私の場合、元々仲が良かったし。

 相手が私のことを好きってたまたま分かったのが、すごく良かった。分からなかったら多分、無言になった時とか怖かった」


「無言怖いよね」


「怖い怖い。盗み聞き出来たのが、本当にラッキーだった」


 直人は、自分の隙の多さがふと心配になった。

「なんかよく考えると、俺って情報盗まれてばっかだよね。奈月には好きなこと盗み聞きされて、二宮さんには小説盗み見されて。俺の情報が知られる分には良いけど、今後は奈月に迷惑かからないように気を付けないとまずいよね。奈月と遊んでるのを盗み撮りとかされたら、面倒なことになる」


「盗み聞き・盗み見・盗み撮りって繋げるの、なんか言葉の使い方がやっぱり小説家っぽいね」

 真が楽しそうに直人を見た。


 直人は、真が面白がってくれたのが意外で、

「そうかな? あと、盗み読みとか盗み食いとかも盗みから始まる言葉だね」

 と言った。


 奈月は、直人が言葉を並べているのを聞いて、正月にやった言葉遊びを思い出した。

「小説を書いてるから、何かを崩すって言葉もたくさん知ってたんだね。なんだっけ、『相好を崩す』だっけ?」


「ソーゴー?」

 真が不思議そうな顔をする。


「『相好を崩す』で『笑う』って意味なんだって」


「あれからもう一度調べたら『笑う』より範囲が狭いみたいだった。細かく言うと、にこにこするって感じなのかな?」

 と、直人が訂正した。


「そういうのたくさん勉強してるんだ?」

 真は、感心した。


「勉強ってほど大げさな話じゃないけど、まあわりと好きだからね。音楽を好きな人が歌詞を覚えられるのとか、ゲーム好きが魔法の名前を覚えられるのとか、そういうのと同じだよ」


「でもなんか、それを覚えるだけじゃなくて、会話や小説に使えるってすごいね」

 真はよっぽど気に入ったのか、やけに直人を持ち上げた。


「いや、相好を崩すなんて、普段は分かりにくいだけだし、無駄な知識だけどね。無駄に覚えてしまった言葉がたくさんある」

 直人はそう言って奈月を見て、膀胱炎の異名を思い出した。

「――そうだ、長友さんは『新婚病』って知ってる? あと、『ハネムーン症候群』とか」


「何それ。五月病みたいなやつ?」


「ちょっと違うかな。『新婚病』や『ハネムーン症候群』はどちらも実際に病気とか故障が起きてる。考え方によっては、どちらも恋人ならではの理由。微笑ましかったり、ロマンチックかもしれない」


「なんだろ。ロマンチックってことは、ケンカとかじゃないんだよね」


「そうだね。仲が良いんだけど、そのせいでって感じの」


「えー? ハネムーンってことはー……指輪のサイズが違って血行が、とか?」


「考え方は合ってるかも。つい無理しちゃったりとか、相手を気にしちゃって、的なこと」


「化粧を落として寝れないとか?」


「そういうのだね」


「いびきが心配で寝れない!」


「その考え方は、『新婚病』の方に近いかもね。『ハネムーン症候群』は、寝れるんだけど、その結果が良くない」


「枕が合わない?」


「うーん、長友さんは想像しにくかもなあ。なんというか『ハネムーン症候群』の原因は、形だけなら今ここでも出来ることだね」


「やってやって」


「えっと、俺と奈月が夫婦だとして、こうして……今はソファーだから背もたれがあるけど、実際は新婚がベッドで横に寝てるとして」

 と、直人は、自らの二の腕に奈月の頭を乗せてみせた。


「腕枕?」


「腕枕をし続けると?」


「痛い?」


「それまで別々に暮らしていたカップルが、新婚生活で毎晩腕枕をする。しびれても痛くても、奥さんに言いにくくて、我慢する。そしたらどうなると思う?」


「めちゃくちゃしびれる!」


「そう。その後一ヶ月くらいしびれ続けちゃう」


「えー! 我慢し過ぎでしょ」


「新婚だと、それだけ我慢や遠慮をする人が多いってことだね」


「えー、でもそんなになるまで?」


「すごいよね、俺もびっくりした。『新婚病』の方も、考え方は同じだね。我慢し過ぎてなる。ただ『新婚病』の場合は、我慢してしまうのが女性側になりがち」


「女性が我慢?」


「男性に言いにくい人もいるようなことだね。長友さんも、面と向かっては俺に答えを言いにくいかもしれない。だから、帰りに橘さんと二人で考えてみたら?」


「そうする! なんかクイズ番組みたいで楽しい。他にも面白い言葉知ってる?」


「面白いかは分からないけど、似た路線だと『バレンタイン症候群』っていうのがあるよ。これも、無理をしちゃう部類って、言えなくもないのかな」


「ハネムーンは良く分からないけど、女子高校生だからバレンタインならヒントなしでいけるはず! 去年も遥とチョコ交換したし」

 真は自信たっぷりにそう言って……十分後、悔しそうにヒントを要求するのだった。  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ