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手を握る勇気

「橘さんには惚れてるわけじゃないから、男性恐怖症さえ悪化しなければ、ある意味どうでも良いんだけどさ。奈月はどう思うかな?」

 直人は、店の駐車場をふらふらと散歩しながら、亜紀に聞いた。


 亜紀も、言われて奈月のことを思い出した。

「そうそう、それも聞きたかったから外に呼んだんだよね。奈月は森田くんの小説のこと知らないの?」


「一週間前くらいに趣味聞かれたから、『ゲーム、漫画、小説』って言ったけど、なんかスルーだったな」


「それさあ、読む方だと思ってるんじゃないの? ちゃんと聞いた?」


「いや、聞いてない。わざわざ『小説と言っても書く方もやってるよ』とか、気にしてほしいみたいで気持ち悪いかなと思って。言えなかった」


「ちゃんと言った方が良くない?」


「小説が趣味って言ったのに? なんか怖いなあ、あんなの見せて嫌われないかな」


「はっきり言っておかないと、秘密にしてたみたいで後で良くないっていうか。私が小説知ってるってバレたら、傷付くかもよ?」


「あー……。亜紀さんにバレた以上、早い方が良いのか」

 直人はつい、小説とごちゃ混ぜになって亜紀さんと言ってしまい、

「二宮さんだね。ごめん」

 と、言い直した。


「どっちでも良いよ」

 亜紀は笑った。


「そう? 実際、二宮さんって、俺の中で呼び名が二段階形式みたいになってて、ややこしいんだよね。秋さんだから亜紀さんだから二宮さんだ、みたいな。

 昨日も、パッと名前が出てこない時が結構あった。そういう時は亜紀さんって呼んでも平気?」


「うん」


「ありがとう。えっと、何話してたんだっけ?」


「奈月や遥さんに、小説のこと話すかどうか」


「ちょっと、さすがに文章見直してからじゃないとなあ」


「じゃあ、勇気が出たら言うっていうのが小説の私のモデル料ってことで」


「高いなあ」


「安いでしょ。

 だって『秋さん』の使った後のたこ焼きの串を吸いながら、自分の手を『秋さん』の手だと思って、『秋さん』にも、その友達の『夏ちゃん』にも悪いと思いながら、『秋さん』とつぶやきながら深夜まで何度も……なんでしょ?」

 亜紀は、小説の一部分を大まかに振り返った。


「細かく覚えてるなあ。いや、それは小説だから大げさに書いただけで、本当は串なんて捨てたし、罪悪感すごかったから二回しかしてないよ」


「二回しかって。正直っぽい回数出されても逆に困るんだけど」

 亜紀は笑って、顔を赤らめた。


「ダメだった?」


「ダメじゃないけど。たこ焼き食べたその日の夜に、すぐに小説にされちゃったのは、さすがにタイミング悪かったかな。

 なんか恥ずかしくて、小説見ちゃったことを次の日に謝れなくなっちゃったんだよね。今日までずっと隠してて、ごめんね」


「いや、俺こそごめん。セクハラみたいなことをしてしまったわけだよね」


「大丈夫、嫌悪感とかなかったから。

 小説の、『明日からどんな顔をして秋さんに会えば良いのさ。そもそも、夏ちゃんが昔みたいにパンチラしてくれれば良いんだ。そうすれば秋さんで妄想する暇もないのに。この際、深夜に(いにしえ)の肩たたき券を使って呼び出して、ベッドに仰向けになったまま肩たたきを要求してやろうか』って流れがもうね、面白過ぎて。

 橘さん的にはあの辺りは微妙かもしれないけど」


「串を吸ってるからなあ……。そうだ、『ざっくばらん』さんはその辺の反応どうなの?」


「あの子は森田くんの小説のエロシーン好きだから。

 夏ちゃんと仲直りする時の、夏ちゃんがあお向けで泣いて耳に涙が溜まって、それをなんとなく吸ったら美味しくて興奮して、『泣いた跡なんて消してやるからな』って言って、誤魔化しながら全部舐め取るシーンとか。あそこなんて、『笑えてエロくてめっちゃ良い!』って言ってた」


「それ俺に言って良いの?」


「だって感想でも言っちゃってるし、隠しても」


「ああ、感想でも書いてたね。うーん、『ざっくばらん』さんの意見が聞きたいな。あの人が一番読み込んでそうだし」


「電話しようか?」


「うん。してみて」


「ほいほい」

 亜紀は、スマホを取り出して操作を始めた。


「最初から俺が話して良い? 漫画とかでよくある、電話に出たら謎の人物みたいなの、大好きなんだよね。反応が小説書く時の参考になりそう」


「分かる分かる。あっ、繋がったけど」

 亜紀が、スマホを差し出す。


 直人はそれを受け取り、耳に当てた。


「もしもしどしたー?」

 初美が、電話の向こうでのんきにしている。当然、電話先にいるのは亜紀だと思っているのだ。


「こんにちは、僕のこと分かりますか?」

 直人はまず、声で自分がバレないことを確認したかった。


「え、誰ですか? 亜紀の彼氏さん?」


「僕は『無駄な無口』って名前で小説を書かせてもらってます。初美さんは『ざっくばらん』さんなんですよね、いつもコメントとか応援ありがとうございます」


「ええー!? あ、私いつも、楽しみにしてます!」


「今日は、いきなり電話してすみません」


「それは良いんですけど、どういう状況か全然……」


「亜紀とは最近、プライベートの方でも親密な関係になれて」


「ああ! そういえば学校で変でした!」


「それで、今ちょっと難しい問題があって、初美さんに勇気をもらえたらと思って、電話をさせてもらいました。ごめんなさい」


「そんなそんな、私は嬉しいです」


「後でまた細かく話しますが、今ぼくは、えーっと……過去の清算というか、なんというか。いや、過去の清算ってのは言い方が少し大げさですね。昔好きだった人と会ってるんです。

 それで、その人が、ぼくの作文を好きだと言ってくれたんですよ。亜紀は、小説のことを教えてあげたらって言うんだけど、その人は男性恐怖症なんですよね。

 ぼくの小説は性欲を隠してないので、見せて良いものなのか、迷っているところで」


「それならまず、続きがあることを隠して、印刷とかスクショとかで、『はるとなつ』の第一部だけ読んでもらったらどうですか? ラストまですごくきれいですよね。他は反応次第で見せるとか」


「ああ、それはすごく良いですね。初美さんに聞いて良かったです、ありがとうございます」


「いえ! ちょっと思ったことを言っただけなので」


「すみません、さっそく戻って小説のこと話してみますね。初美さんさえ良ければ、次またゆっくりお話させて下さい」


「はい! あの、亜紀が今日少し話してくれたんですけど、私、紹介してあげるって言われた時に、よく分からなくて断っちゃったんですけど、それ私の勘違いっていうか、違うんで! 亜紀にも伝えておいてもらえますか?」


「亜紀みたいに、ぼくに直接会いに来てくれるってことですか?」


「あっ、いや、電話でも、直接でも、好きな方で」


 直人は、通行人がいないことを確認すると、

「亜紀みたいに、一番かわいいと思う服と下着で会いに来てくれたら、初美とも会いたくなっちゃうなあ。じゃあ、今日は本当に時間がないから、切るね。ごめんね、また明日ね」

 と言って、電話を切った。

「……いやあ、なんか行き当たりばったりで、変な設定になっちゃったな」

 スマホを亜紀に返しながら、直人はニヤニヤと声を上げずに笑った。


「ちょっとー! 私が森田くんと何かしたみたいな言い方して。後で初美から質問されちゃうよ」

 亜紀は、口ではそう言うものの、直人と同じく顔は笑っていた。


「ごめんごめん。こういうの、一度で良いからやってみたくて。俺の小説が好きなら分かるでしょ? こういう妄想が大好きなんだよ。

 笹原さんには、明日になったら俺から謝るよ。『言ったらお仕置きされちゃう。明日まで何も言えない』とか言って、一日だけ思わせぶりにしておけば良い」


「初美、多分すごいびっくりしてるよ」


「笹原さんは今日、俺と二宮さんがそういう関係だと思って、あれこれ考えるわけでしょ。まだ電話しちゃまずいかなとか、俺の正体が誰だろうとか。そういうの、たまらないなあ。

 時間があれば、二宮さんに目隠しと手錠と首輪をした写真を撮って、笹原さんに送りたいくらいだよ」


「森田くん、わりと妄想すごいよね」


「妄想するのが好きで小説書いてるからね。少し優しくしてもらったら手当たり次第に妄想。

 二宮さん、男からもらったたこ焼きを気軽に食べて串を捨てないって、不用心だよ。あと昨日も、泣いてる俺の背中撫でたりして。そんなの、すぐ小説にされちゃうに決まってるじゃん」


「背中を撫でただけで、あそこまで感謝されるなんて思わないよ」

 亜紀は、今朝更新された小説を思い出しながら、照れた。


「触ってくれるってことは、気持ち悪いと思ってないってことだから。友達だと思ってくれてるんだなって、すごく嬉しくなる。笹原さんとも二宮さんみたいに、友達になれたら良いなあ。

 笹原さんすごいんだよ。すぐに、『はるとなつ』の第一部を読んでもらったら良いんじゃないかって、閃いてくれて」


「そんな人を騙したわけだよね」


「そういえば、笹原さんそういうの大丈夫なんだろうか? 飯田とふざけ合うノリでやっちゃったけど、騙されるのが嫌いな人もわりといるよね。

 もしドッキリの類いが大嫌いな人だったら、小説書きまくって償うけど、それで許してくれるかな?」


「初美、前にドッキリ企画で笑ってたし、エイプリルフールネタも好きだよ」


「じゃあ大丈夫かな。笹原さんのおかげで小説の自信がついたから、もう戻ろうか。

 よく見えないけど、飯田がいつの間にか席を移動して、奈月に話し掛けてやがるっぽいし」


「奈月、笑ってるね」


「あの野郎、橘さんと話さないで奈月と何やってんだ。外に出る時に飯田も外に出して、ずっと歩道でスクワットさせておけば良かった」

 直人が真面目な顔でそう言うので、亜紀は吹き出してしまった。



「ったく、飯田にこの場を任せた俺がバカだったよ。お前、帰りに電車の中でスクワット百回だからな」

 奈月の隣の席に戻るなり、直人は飯田にそう伝えた。


「なんでだよ!? わりと頑張ってたって」

 飯田は、直人に訴える。


「普通に盛り上げやがって。今から俺が趣味を告白したいのに、なんかやりにくいじゃねえか」


「そんなの知らねえよ! 言わなきゃ良いだろ」

 事情を知らない飯田は、いつもやりあってるように笑って答えた。


「言いたくないけど、二宮さんに言えって脅されたから」

 直人は緊張をほぐすために冗談でそう言うと、みんなが笑った。


「脅してないし! 自主的、自主的!」

 亜紀は、慌てて否定する。


 直人は、場が盛り上がったことに喜び、

「言わないと二宮さんに身長を止められる。飯田の身長が伸びないのも、長友さんの身長が伸びないのも、全部二宮さんに止められてるせいだったんだよ」

 と、さらにふざけた。


「えー、二宮さんひどいよー」

 真が面白がって話に乗り、テーブルの上の亜紀のこぶしに、自分の手を重ねた。


「私そんな能力ないよ!? 別に長友さんにうらみもないし」

 亜紀も笑いながら、真と手の平を合わせた。


 直人は、笑っているみんなを見ながら、自分の小説について、もう一度考えた。

 そうだよ、この人たちは、俺のバカな話にも笑って付き合ってくれる。本当に、一人くらいは小説を読んでくれるかもしれない。頑張って言ってみよう。

 場が静かになるまで待ってから、直人は口を開いた。

「橘さん、さっき俺の文章を誉めてくれてありがとう。俺、ダラダラ小説を書いてるから、すごく励みになったよ。

 奈月が泣いてくれたのも、本当は嬉しくてたまらなかった。いっしょに泣きたかった」


 小説と聞き、遥が目を輝かせる。

「森田くんの小説ってどんなの? 読みたい!」


「読んでも良いけどさ、期待しないでね。作文と違って、先生に見せるものじゃないから。本当に気楽にやってるもので。橘さんが好きな感じかは分からない」


「大丈夫大丈夫。どれくらいの量なの?」


「えーっと……原稿用紙にすると七百枚分くらいかな。本二冊分に少し足りないくらい?」


「本当に小説の量じゃん! うわー、すごい楽しみなんだけど!」

 遥はますます喜び、興奮した。


「だから、期待しないでってば」


「やばい、すごい。なんかすごい嬉しい。握手してもらって良い?」


「男に触っても大丈夫なの?」


「今なら出来るかも、多分。触る怖さゼロになった気がする」


「奈月、握手して良いかな?」

 直人は、遥があまりに小説について食いついてくるので、奈月の嫉妬を心配した。


「うん、早く握手してあげて」

 奈月は、優しく言った。


「じゃあ、ほい」

 奈月の許可が出たので、直人は安心して遥に手を差し出した。


「ん……」

 遥は、まず直人の指先に触れ、次に親指を掴んだ。真剣だった。

「真の手より熱い」


「えっ、触らしてー」

 真が、小さな手を伸ばして要求する。直人がもう片方の手を出すと、真がムニムニと触った。

「ほんとだ。あったかいし、しっとりしてる」


 無邪気な真を見て、遥は微笑んだ。

 震える手を滑らせて、直人の手を両手で握る。力を込める。一回、二回。

 ――やった。握手が出来た。

 遥は大きく息を吐くと、自分の頬を流れる涙の量に気付いて、驚いた。

「また泣いちゃった」

 そう言ってはにかむ遥の笑顔に、飯田は胸が苦しくなった。

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