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無駄な無口とふゆとざっくばらん

「橘さんさあ、卒業アルバムの文章、何人くらい覚えてるの?」

 直人は、遥が自分の文章を覚えていることが、どうにも気になった。


「森田くんのしか覚えてないよ。みんな当たり障りないんだもん。そもそも、森田くんに最初に卒業アルバム渡したのも、一番楽しみだったからだし。私こっそり泣いちゃった」

 

 遥の言葉に、直人はますます混乱した。

「はあー? 何その謎の期待。

 こんなことを言って良いのか分からないけど、橘さんって、何を考えてるか全然分からないよね。だから、振られた時に『もしかして、本当はこういう人だったのかな?』って思っちゃったんだろうなあ」


「今日の森田くんなんか毒舌じゃない!?」


「あ、ごめん。大丈夫だった?」


「ううん、気分良いけど」


「え、気分良いまでいっちゃうの?」


「なんかもう、私の気の持ちようってゆうか。例えば小さな男の子に『このやろ』って言われてもさすがに怖くないけど、おじさんに言われちゃったらものすごく怖い、みたいな」


「なんとなく分かるけど」


「森田くんが奈月さんに夢中なのが分かるから、すごい気楽」


「なんで夢中って分かるの?」

 直人は、まだグスグスと泣いている奈月の背中を、ゆっくりと撫でている。


「彼女がいる人でも、下心を感じる人感じない人がいて、二股しようみたいないい加減な人は分かる。森田くんと飯田くんは二股しないタイプだから」


「そんなこと分かるの?」


「しないっていうか、森田くんの場合は多分出来ない。作文にも『二度と裏切らないと誓えます』って書いてあるし」


「作文は、気分で書いてるからわりとあてにならないような」


「だから、そう書こうって気分に一生ならない人も、たくさんいるんだって。本性出るよ作文て」


「あーそっか。でもなんか、良いとこしか見せてないから、素の姿形じゃないっていうか」

 と言った瞬間、直人の脳裏に、遥が陸上部のトレーニングウェアらしき服装で走っていた姿がよみがえった。

「――そういえば、橘さんって高校で陸上部?」


「うん」


「その陸上部って、ランニング行くときに駅前通ったりする?」


「通るよ駅前。男の人に『なんだろ?』って見られるから、少し恥ずかしい。緊張する」

 遥は、嫌そうに言った。


「俺、去年の秋に、英語の検定に行くときに、多分だけど橘さんが駅で走ってる所、たまたま見たよ。一人だけすごい輝いてて、びっくりした。中学卒業してから去年の秋までで、一番きれいな人に見えたよ。

 その姿を見て俺、もう感動しちゃって。そっからなんやかんやあって、奈月に話し掛ける勇気が出たんだよ。

 だから、橘さんがまた男の人を普通に好きになれたら、きっとすぐにその相手をメロメロに出来ると思う。なんだろ、上手く言えないんだけどさ、あんまり心配しなくて良いっていうか」


「言いたいこと分かるよ。ありがとう」

 遥は、顔が赤くなった。


 遥が緊張し過ぎないように、真が口を開いた。

「森田くん、『作文は良いとこしか見せてない』って言ったけど、喋ることもすごくきれいじゃん。私のこともかわいいって言ってくれたし」

 真は少し照れている。


「そりゃまあ、会話って作文と同じで、考えてることをそのまま言うわけじゃなく、オーバーに言えるものだし。実際、『橘さんと同じくらい長友さんもかわいい』って長友さんに言ってたのに、今は『橘さんが一番きれい』って言ってるわけで。既に矛盾してるじゃん」


「うわほんとだ、森田くんテキトーかよ! 私の喜び返してよ」

 真が笑った。


「まあ補足すると、その時は橘さんを久しぶりに見たから、ありがたみとかが違うから。その日が特にきれいに見えた感じで、中学校の時に毎日橘さんが輝いて見えてたわけじゃないし。中学の時に長友さんをかわいいと思ってたのは、本当だよ」


「じゃあ許す! お世辞じゃないってことだよね」

 真は満足そうに言った。


「まあそうだね」


「一回でもそういうこと言ってもらえてると、大分気分違うよ。ウチの学校の男子って、文化祭でメイド喫茶とかやらせといて、全然かわいいとか言わないんだよ。私含めて、女子が自信なくしちゃったもん」


「俺も奈月以外の人には、とてもかわいいとか言えなかったけどね。昨日と今日だけ、俺ちょっとおかしくなってる。後で奈月に怒られたらどうしよう」


 奈月は少し前にほぼ泣き止んで、直人と手を繋いでいた。

「作文に免じて許してあげる」

 奈月は笑顔で言った。


「ねえねえ。奈月が落ち着いた感じなら、ちょっと森田くん、外に来てほしいんだけど」

 亜紀が、直人に声を掛けた。


「なんか、このタイミングで、しかもわざわざ外で聞くようなことってなると、相当嫌な予感なんだけど。俺、何かで怒られる?」


「怒らない怒らない。わりと喜ぶ人がいるかもしれない話」


「じゃあ行くしかないな」

 直人は、奈月の頭を優しく撫でてから、立ち上がった。

「奈月、ちゃんと水分補給してね」

 直人がそう言うと、奈月は笑顔で頷いた。




 直人は亜紀の後を歩きながら、『喜ぶ人がいるかもしれない話』の心当たりを考えていた。

 亜紀は、店の外に出ると、中の友達に笑顔で手を振った。


 亜紀は手を振るのをやめると、

「森田くん、『無駄な無口』って名前で小説書いてるよね」

 と直人に言った。


 直人は、あまり驚かなかった。

「なんで知ってるの?」


「私ってちょっと良くない癖があって。その関係で見ちゃったんだよね。

 前に、家でお父さんに声掛けた時、スマホの音を消し忘れてたのか、操作ミスか何かなのか、エッチなゲームの音声みたいなの流れたことがあって」


「それは気まずいね」


「それは謝ってくれたし、普通のことだと思ってはいるからまあ良いんだけど。また誰かとそういうことがあったら、嫌だと思って。

 だから、男の人がスマホをいじってる時は、その画面を後ろからちょっと見て、それから話し掛ける癖がついちゃって。前に森田くんがベンチに座っててたこ焼きくれた時、声を掛ける前に、スマホで小説を書いてるのが見えちゃったんだよね。

 今日まで黙ってて本当にごめんなさい、絶交も覚悟してます」


「いや、それは外で書いてる俺が悪いよ。別にそんな、絶交とかするわけないよ」


「ありがとう。

 それで、その癖の話なんだけど。まとめサイトとか、面白動画とか、そういうのがわりと見えるんだけど。多少気になる楽しそうなものが見えちゃっても、それを後でわざわざ検索しようとか、私したことなかったのね。すぐ忘れちゃうし。

 けど、森田くんの時、文章を覚えちゃいけないと思って、忘れるためにわざとそのまま森田くんとたくさん喋って、それなのに文章を忘れられなくて。それで、我慢出来ずに検索しちゃったの。森田くんの文章が気になってなければ、そこまでして読もうなんて考えてないと思うんだよね。

 だから、橘さんが森田くんの作文を覚えちゃったの、すごく分かる。森田くん、良い文章が書けるんだよ」


「でもあの作文って、本当にただきれいごと書いただけだよ?

 えーっと……『あの日に戻れたらと、いつも願っています』、だっけ? 別に、そんな風にずっと奈月のことを心配してたわけじゃないし。ほとんど嘘みたいなもんじゃん」


「それでも、普通は恥ずかしがって、なかなかそうは書けないよ。少なくとも私はそんな風に作文が書けたことない。私、森田くんの小説全部読んじゃった」


「全部読むって、すごいな」


「書いてる人が森田くんなのはまだ知らないけど、初美も森田くんのファンだよ」


「笹原さんが?」


「初美は『ざっくばらん』だよ。オススメ聞かれたから森田くんの小説見せたら、私よりハマっちゃった」


「えー!? 一番感想とかくれてる人じゃん」


「で、『ふゆ』が私だよ」


「そういえば『ふゆ』ってなんなの?」


「名前が亜紀だから『ふゆ』」


「それ適当過ぎない?」


「森田くんの小説の名前も元ネタの人を適当にいじってるだけじゃん。遥さんがはるだから(はる)さん、奈月がなつだから(なっ)ちゃん、私があきだから(あき)さんでしょ?」


「あー、それと発想は近いのか」


「そうだよ」

 亜紀は笑って、

「今朝、秋さんの話を書いてくれたでしょ? 秋さんをすごく優しい人として書いてくれたのが、嬉しくて泣いちゃって。それで今日ちょっと変だったの、私。それくらい森田くんの小説が好き。初美は多分、もっと好き」


「うわー、なんか恥ずかしいな」


「それでね、こんなに秋さんを優しい人にしてくれた人なら、小説読んでることもきっと許してくれると思って。早く謝りたいって今朝から機会を伺ってたんだけど、遥さんの問題で忙しそうだったから。それで、遥さんの話も片付いたから、今なら良いかなって」


「うん、言ってくれてありがとう」


「でね、急いでバラしたのはね、遥さんと解散する前に相談した方が良いと思ったのもあって。遥さんに小説読ませてあげたら、喜ぶと思ったんだよね」


「男性恐怖症の人に、男の欲望みたいな小説を? 気持ち悪くて吐いちゃうんじゃない?」


「そこはまあ、そういう描写がない作品を選んで」


「じゃあまあ、読み直してみてからだね」


「そだね」


「けど、俺の小説なんて読むかなあ?」


「大丈夫だよ。作文をあんなに気に入ってて、作曲してって言ってたくらいだし」


「まあ良いや。よくかんがえたら、読んでほしいってわざわざ言う必要ない。小説を書いてるから励みになったよって、感謝として言えば良いだけだし。それでもし聞かれて教えて、勝手にあっちが小説を読む分には責任ないし。

 橘さんにドン引きされたら、ストレス発散に小説の秋さんを押し倒す」


「やめてよ、それこそセクハラでしょ」

 亜紀は、直人の発言に笑いながら反対した。


「別に、二宮さんに無理矢理読ませるわけじゃないし。読まなきゃ良いじゃん」


「書かれたら読みたいよ!」


「そんなこと知らないよ!」


「いや、ちょっと卑怯過ぎると思う」


「楽しみだなあ、俺は合法でセクハラするのが大好きで――痛い痛い!」

 直人が喋り終わるのを待たずに、亜紀が笑いながら直人の肩を叩いた。


 それを店の中から見ていた桜子は、

「なんか、亜紀って森田くんの発言にわりとゲラゲラ笑うよね。私が笑わせてもクスクス程度だから、ちょっと悔しいわ」

 と、羨ましそうに言った。

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