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尊敬できる人

 結局、待ち合わせしたファミレスに着くまで、大した作戦は生まれなかった。直人の中学の思い出話で盛り上がってしまったからだ。

 真は桜子に特になついた。桜子が、遥が早退した日のペットボトルを直人と飯田が捨てた話をし、それに真が大笑いしたのである。


「じゃあ私、遥をむかえに行ってくるね! ご飯もおごりだから、たくさん食べてて良いからね」

 真は、そう言って急いで店の外へ出ていった。


「何食おうかなあ」

 直人は、さっそく座ってメニューを開いた。


「おごりと言われても、そんなこと言われたら食べにくくないか? 理由がまだ謎だし」

 飯田が、立ったまま直人に話し掛けた。


「俺も少し食べにくいけど、結局それって、まだ俺たちが橘さんに遠慮してるからだろ。

 俺、付き合う少し前に奈月にピザおごってもらうことになって、すごく嬉しかったもん。おごってもらうことに全然悩まなかった。おごってくれたお礼を口実にまたデート出来るぞ、くらいのこと思って喜んでた。

 奈月のおごりと橘さんのおごりの何が違うって、お返しができる自信がないんだよ、俺。お前もそうだよ多分。とりあえず食べちゃって、金額分恩返しすれば良い。

 橘さんが卒業アルバムに書いてくれた、『これからもよろしくね』を信じろ。あれが嘘じゃないと思って今ここに来てるわけで。おごりでも良いからまた会いたいと、それくらいには思ってくれてるはずなんだよ」


「俺は書いてもらってないんだけど」


「じゃあ飯田は食べなきゃ良いじゃん。俺たちだけ食うわ」


「え!?」


「橘さんが来る前に端っこの方行って、ドリンクバーだけ飲んでりゃ良い」


「いや、それは悲しくね?」


「じゃあ飯田も橘さんを信じて、なんか頼めば良いじゃん」


「結局そうなるのかあ。ちなみに何食うの?」


「まあ、本当の意味で無料ならステーキが食べたいんだけど、おごりなだけだし、普通にピザ辺り食べようかなあ」


「ここのピザって美味(うま)いの?」


美味(おい)しいよ、かなり前に奈月と食べたことある。まあお前は、奈月にピザ切ってもらえないけどな」


「あ、そっか。面倒くせえな、やめよ」


「切るくらい、私がしてあげるよ」

 桜子は、笑って言った。


「切ってくれんの!? やった! じゃあ絶対ピザにする、ありがとう。もう注文するわ」

 飯田は元気よくそう言って、店の奥の席に向かった。


 桜子は飯田を見送ってから、

「切るのって、そんな面倒くさいかな?」

 と聞いた。


「俺と飯田、ミカンの皮剥くのとかあんまり好きじゃないから。相当腹ペコじゃないとああいうの食べない。ピザも丸いまま食べる」


「それじゃ食べにくいじゃん!」


「そうなんだよね。だから俺と飯田の二人で食べると、ピザがあまり注文出来ない。ちゃんとした三角のピザ食べられるの、すごく嬉しい。飯田もかなり嬉しいと思う」


「私たちはどうしよ。本当に食べてて良いのかな」

 奈月が直人を見た。


「あ! 俺さあ、彼女出来たらやってほしかったことがあって。複数人分のスパゲティ頼んで、取り分けてもらうやつ」


「じゃあ私はスパゲティ?」


「スパゲティとかチキンとか頼んで、みんなで色々食べれば良いんじゃないかな。そういうのなら、橘さんがいつ来ても残りを食べられるし。

 飯田も、多分ピザだけじゃなくて、色々食べたいと思う。このファミレス、俺らの好物多いわ。小皿でチキンとか少し持っていったら喜びそう」


「なんか意見がしっかりしてるし行動も早いし、本当に今日の森田くん、リーダー的だね。奈月への愛の力?」

 桜子は、面白半分で直人に聞いた。


「今の意見に関しては、俺が女子に囲まれて色んなものを食べたいから、無理矢理ごり押しただけ」

 と直人が言ったので、女子三人が笑った。


 飯田は、遠くの席から羨ましそうにそれを眺めていた。




「長友さん、戻ってきたよ」

 隣に座る奈月に囁かれ、直人は入り口を見た。店に戻ってきた真は、遥と手を繋いでいた。


 直人はピザで汚れた手を慌てて拭いて、スマホを見た。

「橘さんと呼ぶこと。怒らないこと。話を最後まで聞くこと……」

 既に何度も見たメモをもう一度読み直してから、スマホをしまった。


「久しぶり、森田くん」

 遥は、直人の正面の席に座った。遥の手は、真と繋いだままだ。


「うん」

 直人は、返事をするのがやっとだった。一瞬で、胸に熱い想いが込み上げた。

 そうだ。こんな声、こんな顔。こんな雰囲気の人だった。この人の全てが大好きだった。


「元気だった?」

 遥にそう言われるだけで、なんて優しいんだと直人は思った。泣かないでいられたのは、テーブルの下で繋いだ奈月の手のおかけだった。

 

「元気だよ。橘さんは?」

 直人は、聞きながらそっと遥の目を見た。自分の声が、震えかけているのが分かった。


「私も、元気ではあるんだけど」


「うん」


「えっと……」


「うん」


「――それ、森田くんが食べたの?」

 遥は、直人の前に置かれた食器を見た。


「そうだよ。邪魔かな? 食べきっちゃおうか」

 直人はそう言うと、最後の一切れのピザを口に入れた。


「普通に美味しそうに食べてる」


「美味しそうっていうか、実際美味しいよ。これ大好き」


「学校のピザは嫌がってたのに」


「だってあれ、ピーマンとかがえぐくて、苦手なんだよ。チーズだけのピザとかルーだけのカレーは大好きって、いつも言ってたじゃん」


「でも今の、何か乗ってなかった?」


「ベーコンかな? 好きだから食べられる。チキンも食べられるよ。二宮さん、取ってくれる? ありがとう」

 そう言って、直人はチキンをかじってみせた。


「へえー、なんか森田くんが美味しそうに食べてると面白……あ、なんか私、失礼だね。給食以外は食べてるって言ってたもんね」


「いや、見ないと想像しにくいから、まあ食べてるのにびっくりするのは当たり前だよ。飯田にと牛丼を最初に食べた時にも、散々言われたもん。それに、中学校の人たちは別に良いんだよ。ガリガリなのを心配してくれる人だけだったし、嫌な言い方をする人は一人もいなかった。他の時には食べてるっていうのも、全員が信じてくれてたし」

 直人は、さっきまで緊張していたのに、今は落ち着いていた。給食のことを思い出すのに集中したおかげで、自然に話すことが出来たのだ。

「嫌だったのは、小学校の男子たちだよ。給食はあまり食べないのにお弁当は全部食べるから、マザコンで母親の料理しか食べられないんだとか言われて。どれだけ説明しても、弁当を冷凍食品のポテトとかにしてもらっても、全く話を聞かないんだよね。給食で人気あるものを食べると、ヨーグルトは食べるのかとか、メロンは食べるのかとか、イチイチ言われて。それで地域の男子が嫌いになって、越境してあの中学に行ったんだよ。

 だから中一なりたての頃は女子大好き人間だったよ。なにしろ小学校の時、男子は全員話を聞かないで、女子は全員話を聞いてくれたからね。女子は一切変なこと言ってこなかったし、味方になってくれて、守ってくれたから。未だに、男子より女子を信じてる部分がある。飯田以外の男子は信用出来ないみたいな」


「そうなんだ……」

 遥は、直人の話を聞きながら、悲しそうな顔をしていた。


 直人は、自分が夢中で話していたことに気付いて、我にかえった。

「あ、ごめんね。なんか、悪口っていうか、愚痴言っちゃって。性格悪いよね」


「ううん。私、すごく分かるよ」


「え?」


「私、元々父親の外での店員さんへの怒り方とか、そういうところが嫌いだったんだけど。父親が会社のお金を使ってて、突然家に電話があって。お金を何に使ったか調べる内に、不倫とかも分かって。お母さんも、関係ないのに会社の人に怒られて、謝って。知ってたんじゃないかとか言われて。警察も来て、同じことを何度も聞かれてて。

 それで私、一時期男性恐怖症みたいになっちゃって。先生が男の人で、ちょっと授業中に生徒に聞かれて奥さんの話になったっていうだけで、頭ぐらんぐらんして吐きそうになったりして。私が早退した日って覚えてる?」


「覚えてる。びっくりしたから」


「うん。父親のせいで気分悪くなるなんて悔しいって思うほど、変になっていっちゃって。あの日は我慢し過ぎたみたい」


「あれ、そういうことだったんだ」


「それで、こんなこと言い訳にならないと思うんだけど。

 森田くんに告白された時は、二人きりだったから最初から悪い感じに緊張しちゃってて。それで、告白されると思ってない人に告白されたから、本当にびっくりして」


「いや、それはびっくりするよね」

 直人は、テーブルを見つめた。


「私あの時、心の中で呼吸困難みたいになってて、深呼吸するのに必死で、早くどこかに行ってほしくて。自分でもわけわからなくなっちゃって」


「そっか。気付いてあげられなくてごめん。俺、すごく緊張してたから分からなくて、ただ強く怒られたのかと思ったんだ」


「森田くん、私こそごめんね。私、ひどいこと言ったんだよね?」


「いや、それはごめんじゃないでしょ。俺は、すごく嬉しいよ」

 直人がそう言って顔を上げると、直人の顔からテーブルに、大粒の涙がポタポタと落ちた。

「だって橘さん、自分が何を言ったのか分からないくらい怖かったのに、返事をしてくれたんでしょ? 本当は二人きりになった時点で嫌で、無視して逃げたかったはずなのに、俺の話をしっかり聞いてくれて、勇気を出して答えてくれたんでしょ?

 やっぱり優しいよ、橘さん。あの時、頑張って返事をしてくれて、本当にありがとう」

 直人は、目を拭いて、涙を止めて、顔をしわくちゃにしながら、遥に笑顔を見せた。


「森田くん……」

 遥は、それを見て言葉を詰まらせた。直人が見せた笑顔は、遥に振られた直人が別れ際、「ごめんね」と謝った時の、精一杯の笑顔と同じだった。

 遥は、申し訳なさで胸が張り裂けるような思いだった。

「森田くんはすごいね。どうしてこんな時にも、笑えるの?」


「俺、橘さんの十分の一とか、百分の一とかかもしれないけど、男と話したくない気持ち、少しは分かるから。男の方が心が汚いって思ったこと、何度もある。

 高校でも、女子のいない時とかにクラスの男子が『昨日、放課後に教室で誰々とヤれたわ』とか、自慢げに言ってるのを見ると、すごく気分が悪くなる。

 俺自身も、本当に汚い。一日で良いから、今付き合ってる人を自分勝手に(けが)すことが出来たらなって、そんなことを思いながら、自分の心の汚さに泣いたこともある。

 俺ですらそんな感じなのに、男性恐怖症の人が逃げずに告白の返事をしてくれたんだからさ。向き合って声が出せただけでも、もしかしたらすごいことなんじゃないかな。

 改めて尊敬した。橘さんの強さを見習って、俺も男子ともう少し向き合ってみたいと思った」


「森田くん、ありがとう」

 遥は、うつ向いていた。真がハンカチで遥の目をおさえると、遥が真に抱きついて、肩を震わせ泣きだした。


 直人は、真の胸に顔を埋めた遥をしばらく見つめていたが、ふと、奈月を引き寄せてキスをした。

「――奈月、ありがとう。会いに来て良かったよ」

「でしょ? だから行けって言ったの」

 今度は奈月の方から直人に、キスをした。

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