素直になりたい
「私、鮭の皮苦手だから、良かったら私のも食べてくれる?」
「良いの? ありがとう」
鮭の皮を奈月からもらっていた直人が、亜紀の申し出に喜び、鮭の皮を追加回収する。
前日のメンバー五人が、学生食堂の一番端のテーブルに集まり、お昼ご飯を食べ始めたところだ。
「今日は豪勢になったなあ」
直人は、嬉しそうに鮭の皮をかじった。
「お前、元気だなあ。俺、あんまり食欲ねえわ」
飯田は、好物の唐揚げをかじりながら、ため息をついた。
「飯田、大丈夫なのそれ?」
「何がだよ?」
「食欲ないとかそんなんで、今日会いに行っても大丈夫なのって意味」
「今日!? 今日会いに行くの確定なのかよ?」
「まだ分からないけど、今日行くつもりで準備しておいた方が良いだろ」
直人は言った。
「なんか、今日だとは思ってなかったんだけど俺」
「俺は今日行けたら行きたいぞ。早く解決して押田さんを安心させたい」
「ああ、早くしないと押田さんにも迷惑かかるのか。そのことを忘れてたよ、ごめん」
飯田は、奈月に謝った。
「私はそこまで急いでないけど、森田くんがなんか今朝からはりきってるんだよね」
と、奈月は笑って言う。
直人は、
「昨日、頭痛で眠れなくて暇で色々考えてたんだけど、遅れさせてもあんまり意味ないんだよね。勢いだよこういうのは。
女の子が応援してくれているんだって、そういう嬉しい気持ちでいる内に、ガーッてやっちゃった方が良い。経験上、放っておくとやばい、勇気がなくなる」
と、持論を述べた。
「頭痛で眠れないって、不安とかで?」
亜紀が直人に聞いた。
「いや、調べたら脱水症状だったっぽいかな。昨日あの時、起きてからそのまま水分を補給しないで大泣きしたから、水分が失われた。朝とか今は全然痛くないし」
「まあ脱水症状にもなるわな」
飯田は、直人の泣きっぷりを思い出して、納得した。
「もちろん不安からの頭痛の可能性もあるから、俺としても早く終わらせたい気持ちがある。飯田が良いなら今日から行動したい」
飯田は、直人が珍しくはっきりと意見を言ったので、気持ちを受け止めたくなった。
「分かった。俺もその方が良いと思う」
「それで、長友さんっていう森さんの、あー森さんってのは例のあの人ね。森さんの一番の友達っぽかった人に、メールをしたんだけど、森さんの学校は授業中のスマホ禁止らしくて」
と、直人はスマホを見ながら説明を始める。
「いや、ウチの学校も別に授業中オーケーなわけではないだろ」
飯田が口を挟んだ。
「そうだけど、なんか電源切り忘れのバイブ音でも反省文書かされるレベルらしい。一年前半なんかマジで全員電源入ってない感じなんだと。
それもあって、まだ森さんとは連絡が出来ていないらしいんだけど。どっちみち、先に長友さんからも話を聞いておいた方が良いよね? 森さんが彼氏を作れてるかもしれないし」
「つーか、そうなってるのが一番手っ取り早いよな」
飯田が笑ってそう言ったが、誰も相づちを打てなかった。しかし、それが優しさと思いやりから生まれた沈黙だと分かった飯田は、胸が熱くなった。
「……んで、とりあえず今日帰りに長友さんが合流してくれるから、みんなにもいっしょに来てほしい」
直人は頼んだ。
「え!? それはさすがにみんなに迷惑だろ。合流どこだよ」
「ウチの校門で待ち合わせ予定だよ。長友さん、ウチの隣の高校だから」
「あそこに通ってんの!? 俺見たことないけど」
「飯田とは基本的に登校時間が違うかもなあ。俺はたまに会ってたよ。少し道に慣れて飯田と通学しなくなった後、何度か長友さん見付けて、迷わないようにいっしょに登校してもらってた。
その頃に、『昨日帰りが遅くなったから暗くて道が分からなくて、スマホの電池もなくて、迷ってたら雨降って来て。それで今風邪ひいてるから、移らないように少し離れて歩く』って言ったら、何か困った時のためって、連絡先を教えてくれたんだよ。
けど俺さ、しばらく会えなかったら長友さんの顔を忘れちゃって。久しぶりに似てるなって人を見た時は、さすがにもう道を覚えてたし、それから一度も登校中に話掛けてないから。連絡したのも今日が初めてで、顔がちょっと分からないんだよね。飯田は覚えてる?」
「いやあ、どうだろ」
「そもそも、向こうは覚えてるのかね?」
「覚えてないだろ」
「そうだよね、そしたら待ち合わせの時に困るな。身長が伸びてたら分からなそう。それっぽい人が来たら、飯田が一か八か声を掛けてみてよ」
「嫌だよ! 森田の方が仲が良いじゃん」
「俺は女の子と話すのは苦手なんだよ」
「今日はお前の方がいけるって」
「飯田、いつも平気そうに話してるじゃん。俺、昨日と今日で、なんか飯田の印象変わったなあ」
「お前に言われたくねえよ!」
直人と飯田が言い合うのを見て、同席した少女たちが笑う。飯田は、話してる内に食欲が出て、からあげ定食を平らげた。
放課後。校門の前。二つの高校の下校時間が重なって、駅への道は学生たちでいっぱいになっている。
「挨拶とかちゃんと出来ていれば、ここの人たちの誰かとも、友達になれてたかもしれないんだよなあ」
直人は女子生徒のスカートを見ながら、つぶやいた。それを聞いた亜紀が笑ったので、直人は自分の目線がバレたような気分になって、少恥ずかしくなった。
直人が言い直そうか悩んでいると、メールが届いた。
「あ、俺たち見えたってさ」
直人は、校門に寄りかかるのを止めて、言った。
見つけるより先に、待ち合わせていた長友真に見付けられてしまったわけだ。
「どこ?」
奈月が直人に聞いた。
「俺は目が良くないから分からん。とにかく一番背が低い人だよ、伸びてなければ。だから前に人がいたら多分見えない」
直人はスマホをしまいながら、そう答えた。
その時、飯田が真を発見した。
「あ、いたわ。背が低いまま。そうそう、あんな感じに、なんか転びそうな歩き方をする人だった。あの人が大体隣にいるから、下校中とかに森さんを見付けやすいんだよ」
「モリモリ久しぶりー!」
まだ少し離れていた真が大声を出して、無関係の人が数人振り返った。
「そういや、たまに大きな声が出る人なんだよね」
飯田は、小声でつぶやいた。
「俺はあの人の大声を聞くと、いつも安心したけどね。この人は、俺と話している所を誰かに見られても、恥ずかしいと感じないんだなって思えたから」
直人は、そう言うと笑みを浮かべ、真に近付いていった。
「うわー、モリモリの背がすげー伸びてるー! 裏切ったなこいつ!」
真が、直人の顔を見上げながらそう言って、自分の頭の高さに手をやり、直人と比較した。
「まっすぐ立って。ぅえー、でか……」
「なんか、伸びちゃったよ。まだ平均にはちょっと足りないけど」
直人は嬉しかったが、奈月の前で身長のことで大喜びするのは恥ずかしくて、我慢をした。
「でもすごいよ。学食めちゃくちゃ食べてるって言ってたもんね。やっぱり食事なのかなあ」
「ハッシュドポテトが本当に美味しくてさ」
「良いな良いなー。私もそっちの学校なら伸びたかなあ。
えっと、この人たちが相談に乗ってくれた人?」
真は、直人の後ろの四人を見た。
「なんか、この人は飯田とかいう変な人で、狂暴だからあんまり話さない方が良いかも」
「何言ってんだてめえ!」
緊張で黙っていた飯田が、さすがに口を開いた。
「あはは、飯田くんは知ってるよおっ」
真がよく笑うので、直人は少しほっとした。
そうか、森さんが好きだった人が飯田だったはずなんだから、飯田の顔くらい覚えてるのか。
「そうじゃなくて、お友達の人たちだよ」
「今回の話の相談に乗ってくれた友達二人と……この人は、俺のとても大切な人で今付き合ってもらってる人」
直人は、彼女という単語を旧友に使うのが照れくさかった。
「えー彼女!? 彼女なんて一生出来ないって言ってたのに!」
「まあ、自分の気持ちに気付けたというか」
「ふあー、良いなあ。私も彼氏ほしいよ」
「彼氏いないの?」
「いないよー。誰にも相手にされてない感じ。相変わらず、よく男子に背が低いってからかわれる」
「多分それ、長友さんと話したいんじゃないかな。デートとか誘われないの?」
「ないない。私なんかと行くわけないじゃん」
「意外だな、すごくかわいいのになあ」
「はあっ!? 何言ってるんですかあなたは!?」
真は、女子にはかわいいと言われ慣れていたが、男子に言われたのは初めてだった。
「背が低い人って俺、大好きだけど。みんな見る目ないなあ。俺、中学の時から『森さんと同じくらい長友さんもかわいいのにな』って、不思議に思ってたんだよね」
「彼女の前でそんなこと言って良いの?」
真は、直人の言葉を聞いて、思わず心配した。
「分からないけど、もし怒られたら明日からは言わないようにするよ。
昨日まではイチイチこの人の顔色伺ってたけど、何をして良くて何がしちゃダメなのか、もう全然分からないからさ。その度に『これ言って大丈夫かな』って考えるの、面倒くさいよ。
森さんに会えって言ったのだって、この人だからね。俺は常識的に考えて、前好きだった人に会いに行くなんて、って思ってた。
俺は会いに行けないよって飯田に言ったらこの人、『会えば良いじゃん。一生気にしながら生きるの?』みたいなこと言って、もうびっくりして」
「ええー! か、彼女さんすご!」
「そんなことがあったから、今日は朝から気にしないで喋ってみてる。ダメなら後でしこたま叱られて、反省すれば許してくれると思う。だから正直に、かわいいと思ったからかわいいって言っただけ。
けどまあ、奈月は、もう俺が背が低い人が好きなの知ってるし、隠しても長友さんへの態度とかでほぼバレてただろうけどね。色々分かるらしい」
「え、分かるって本当ですか?」
真は、思わず奈月に聞いた。
「まだクセとか色々チェックしてる段階だけど、少しだけなら。
たとえば、違う女の子のこと見てるかなって時にわざと睨んでると、私と目が合った時に絶対にビクってなる。男の人を見てる時や景色を見てる時はビクッとしない」
「あれわざとやってたの!? 怖いよあの時。奈月にああいう服着てほしいなとか、そういうことを思ってるだけなのに」
直人は、思い出して、奈月に抗議した。
「そのわりには背が低い子への視線が多過ぎない?」
「気のせいだよ。一人でいる時はたしかにそういう目でよく見てるけど、二人の時は奈月以外をそういう目で見ないように、心がけてるよ。それに、俺にとって奈月くらい魅力的な人なんて、そんなにたくさんいるわけないじゃん。休み時間も大体奈月を眺めてるんだから。誓っても良い。
次に違う女の子を見てるって思った時は聞いてみてよ、見てた理由を必ず言えるから」
直人が自信をもってそう言うと、奈月の顔が赤くなった。
真は意外そうな顔をした。
「森田くんって、そんなに背が低い子を見てるの? でも私、森田くんに見られてたことないよね?」
「まあ中学の時の俺の場合、森さんにバラされたら困るから、主に長友さんの背中の方から見てたからね。バレないように細心の注意を払ってた。
背が低いのに元気な人って、好きな男子わりと多いと思うよ。勇気づけられるっていうか、元気分けてもらえるっていうか。飯田も背が低いから、背が低めな人の方が好きだし」
「飯田くんも?」
真が飯田を見つめた。
飯田は真から目をそらし、
「いや、そりゃまあ好きだけどさ。森田、すげえバンバン言うようになったな」
と、恥ずかしそうに答えた。
「だって、長友さんせっかくかわいいのに、勘違いして自信をなくしたら、なんかもったいないじゃん。森さんも長友さんも、同じくらい大切な友達なわけで、幸せな恋愛してほしいし。実際、もし当時からこうやって素直に話してたら、飯田も長友さんに簡単に恋愛相談出来たでしょ。
俺たち、今まで男二人で暗い話ばかりして、すげえ損してたんじゃない?」
「そうだよー、飯田くんが相談してくれたら良かったのにー! 飯田くん、私のこと邪魔だと思ってるのかと思ってたよ」
「そんな簡単に言うけどさあ。あの頃の俺たちには、素直に話すのがものすげえ大変なことだったんだよ」
飯田は、真に愚痴る。
「なんで? 私怖い?」
真が聞いた。桜子は、真を怖がる飯田を想像して笑ってしまった。
飯田は、桜子に笑われたので顔が赤くなった。
「怖くないけど、恥ずかしいんすよ」
「俺も未だに恥ずかしいけど、この人たち、大体何言っても許してくれるよ? 嫌なら嫌って言ってくれる。
女子の方が大人なんだよね。中学で何回、『森田くんは好きな人いないの?』って、女子が親切心で聞いてくれたか。恥ずかしがって好きな人いないフリして、その末路が俺らの失敗。今日からは、女子に素直にならないとダメ。それで振られたら仕方ない」
「そうかもしれないけど、変わりすぎだろ今日のお前は」
「まあ、今日はなんかね。やる気がすごいんだよ。昨日、二宮さんと広瀬さんが話を聞いてくれたの、本当に嬉しかったし。あ、この人が二宮さんで、こちらが広瀬さんね。二人ともいい人なんだ」
と、直人は真に二人の紹介をしてから、
「飯田と二年話すよりも、二宮さん広瀬さんと一時間話した方が、よっぽど話が進んだんだよ。飯田と遊んでると進歩がない」
と飯田を見て笑った。
「本当のことだけど言い方がひでえ!」
飯田がなげく。
「今日から頑張るもんね?」
桜子がそう言って、飯田の頭を撫でた。
「頑張るもんね?」
真も、わざわざつま先立ちになって飯田の頭を撫でた。
「……えと、はい、頑張ります。素直になります」
飯田は、嬉しそうに答えた。
「あー飯田ずるいなあ。奈月、後でたくさん頭撫でてよ!」
直人が羨ましそうに、奈月に懇願した。
「声がでかい!」
奈月は慌てて直人の頭をひっぱたいた。
「愛を感じる撫で方だなあ」
と、直人は嬉しそうに言って、頭をおさえた。
「今日の森田、最強だろこれ」
飯田がそう言うと、みんなが笑った。




