直人と亜紀ともう一人
次の休み時間になると、奈月はいつものように、すぐに友達に囲まれてしまった。しかし男が混ざっていないので、直人は安心した。男がいるとどうしても会話が気になって、見張っていたくなってしまうのだ。
直人は、今度は一人で座っていた亜紀に注目した。周りに人が少なく、前日のお礼くらいは言えそうだと思ったからだ。
「今、大丈夫?」
「大丈夫だよー」
「昨日、ありがとう。遅くなって怒られなかった?」
直人がそう言うと、亜紀の後ろの席に座ってスマホをいじっていた女の子――笹原初美――が、聞き耳を立てた。
亜紀は、初美が席に座っているのは把握していたが
「うん。まだ親帰ってなかったから、問題なし」
と、会話を続けた。
「良かった」
そう言ってから、直人は少し迷った。
昨日のことをもう少し話したいけど、教室だと周りを気にしながら会話しないと迷惑がかかるしなあ。お礼は言ったから、もう良いかな?
亜紀は、
「もっと話しても平気だよ」
と優しく言った。
「え!?」
直人は少し動揺した。まるで心を読まれたようだったからだ。
「まだ遠慮してるっぽいから。もし話したければ」
「あ、うん……」
直人は何を言おうか迷って、昨日のことを思い返してみた。初美が心の中で話の続きを催促していると、直人か口を開いた。
「……なんか、改めて考えると、昨日は相当好き放題しちゃって。ごめんね」
恥ずかしい思い出ばかりが頭に浮かんで、直人は謝った。
「大丈夫。私もああいう適当な感じ、好きだから。逆に、何時何分に何処で待ち合わせ、みたいなのは苦手なんだよね」
「俺も、待ち合わせとかって、当日に何度も時刻確認しちゃうよ。口約束だと時間が合ってるか気になって、メールしてもらったりして」
「だよね! 学校の帰りに遊ぶ方が気楽」
「休みの日に外で待ち合わせるとか、準備とか確認で、すげえ時間の無駄な感じするよね」
「分かるー。服とかどうすんだよって思う。なんか理由付けて、滅多に行かない。あ、これみんなにはナイショね」
「はは、分かった。二宮さんって、友達付き合い大変そうだもんね」
「別に、嫌々付き合ってるわけじゃないんだけどね。休みの日とか長時間とかっていうのは、私の中でかなり疲れちゃう」
「じゃあ昨日とかさ、俺は途中で一回寝たから良いけど、二宮さんはかなり疲れたんじゃない?」
「ちょっとね。でもなんか、幸せな気持ちになれたよ。帰ってからも何度も思い出して、楽しかったなーって」
「いやあ、ごめん。昨日はどうかしてて」
「なんで謝るの?」
「疲れさせたのとか、色々。かなり無理矢理家に誘ったのに、自分だけ寝ちゃうわ、俺の話ばかりだわ、失礼だったかなあって」
「大丈夫だよ。きっと、色々安心して寝ちゃったんでしょ?」
「起きた後もなんか、見苦しい感じで……」
「森田くん男らしくて格好良かったよ。私、映画とかで泣いたことないのに、わりと感動したもん」
「俺もわりと感動した」
「森田くんはわりとじゃないでしょ! 号泣だったじゃん!」
そう言って亜紀が笑うと、直人も顔を赤くしながら笑った。後ろの席の初美もニヤニヤしながら、何の話だか分からないのに妄想で勝手に補い、足をバタつかせていた。
直人は気を取り直して、
「……それで、出来たら、二宮さんとこれからも仲良くしていきたいと思ってて」
と頼んだ。
「うん。こちらこそお願いします」
「あの、もちろん、二宮さんが困ったときは俺にも相談とか。俺に解決出来ることなんて、ないかもしれないけど」
「あるよ、森田くんが解決出来ること」
「え? 何か役に立てるかな?」
「前までは結構本気で心配してたけど、森田くんはすごく優しいみたいだから、多分大丈夫だと思う」
「なんかよく分からないんだけど」
「まあそれは後で良いから、先に森田くんの悩みを終わらせちゃってよ」
「それじゃあ聞くんだけどさ、今日のお昼休みと放課後って、誰とも約束とかしてない?」
「うん」
「どうなるか分からないんだけど、もしスケジュール空けられたら、空けておいてほしい」
「分かった」
「俺の方ばっかり頼んで、ごめんね」
「良いよ。私、もっと力になりたいくらいなんだから」
「え、なんで?」
「私、森田くんにたこ焼きもらったりしてるし」
「なんか微妙に古いこと覚えてるね」
「あれは森田くんも当然覚えてると思って」
「当然って、なんで?」
「んー。ここで言ったら、森田くん的にまずいんじゃないかなあ?」
亜紀は、意味ありげに微笑した。
直人はそのまなざしの色気にドキリとしながら、
「なにそれ?」
と聞いた。直人の頭の中で、あの日たこ焼きを食べた亜紀の口元が、よみがえった。
そういえばあの日、俺に声を掛けてくれたことはともかく、なんで俺の隣に座って、いっしょにたこ焼きを食べてくれて、しばらくお喋りをしてくれたのだろう。二宮さんがたこ焼き目当てにそんなことをするとは、思えないけど……。
「その辺は森田くんの悩みが全部片付いてから話そうよ。ただ、私は森田くんの味方だから、安心してね。まあ、もう知ってるみたいだけど」
「いや、なんか変なことばかり言うのやめてよさ」
「やめてよさ?」
「最後の『さ』は、ちょっと慌てて付いちゃっただけだよ」
「ふふっ、ごめん。少し意地悪だったね。気にしないで良いから」
「気にしないでって言われてもなあ」
「ダメだわ私、今朝から浮かれちゃってて。顔洗ってくるからまたね、森田くん」
亜紀は、顔を赤くして教室を出て行った。
直人は、亜紀の様子が気になった。
もちろん初美も、亜紀のことが気になって仕方なかった。
「ねえ、森田くんと昨日遊んだの?」
初美は、亜紀をトイレまで追いかけて、聞いた。
「えっ!? えーっとね……」
亜紀は考えた。奈月と森田くんが付き合ってることは言っちゃダメだろうから、どうやって説明しようか。初美は飯田くん知らないだろうし、すぐには上手い言い方を思い付きそうにないな。返事が遅いと変に思われそうだし、とりあえず質問にだけ答えておこうかな。
「うん、まあ、遊んだ」
「えーっ、なんか意外な組み合わせ。楽しかったみたいじゃん?」
「すごく楽しかったよ」
「もしかして、そのせいで機嫌良い感じなの?」
「それもあるけど、今朝ね、すごく嬉しいことがあったから」
「何?」
「まだ言えないんだけど、後で言ったらびっくりするよ絶対」
「えー? 恋愛系?」
「あーダメ、質問禁止。聞かないで」
「私の知ってる人関係?」
「初美も大好きな人かもね。もう本当に質問禁止ね」
「え、私好きな人いないんだけど!? 誰のこと?」
「質問禁止だってば。もし言っちゃいけないことだったら、相手に失礼だもん。今日、聞けたら聞いてみるね」
「なんかそういうの、亜紀っぽくないね。言って良いって分かるまで、何も言わなそうなのに」
「そうなんだよね。みんなに知ってほしいみたいな、そんな気持ちになっちゃって。私、相当舞い上がってるのかな?」
「やっぱり恋愛関係でしょ」
「違う。違うんだけど……あーもう。冷静にならなきゃ」
「大丈夫? 悪い男に騙されてるんじゃないの?」
「いや、騙されてないと思う、多分」
「ねえ本当に大丈夫? 今日聞けたら聞くって、今日会うの? 亜紀が悪いやつに変なことされたら嫌だよ」
初美は、亜紀があまりに普段と違うので、なんだか心配になってきたのだった。
「それは大丈夫。彼女がちゃんといるから」
「なんかそれ、二股されてるんじゃないの?」
「そうじゃないよ。優しくしてもらってるだけ」
「彼女いるのに他の女に優しくする男って、危ないんじゃないの?」
「危なくないよ。大切に思ってくれてるみたい」
「やっぱり騙されてるでしょ」
「あー! そんなこと言うと紹介してあげないよ?」
「紹介されたくないし。そんなやつ嫌いだし」
「ほんとー?」
「なんなのよその感じ。私、亜紀がこんなにニヤついてるの初めて見たんだけど」
「うん。生きてて今日が初めて。気持ち悪いでしょ?」
「亜紀みたいのが男に騙されると、一気にこんな風になるんだなあ」
「だから騙されてないって! 聞いたら初美も納得するから!」
「なんか絶対怪しいよ。森田くんとも変な話してたし」
「変な話なんかしてないよ」
「じゃあ何の話?」
「何の話かと言われると、言える部分が少ないんだけど」
「部屋には行ったんだよね」
「行きました」
「森田くんが寝て起きるまで、ずっと部屋にいた」
「いました」
「朝帰りじゃん!」
「違う! 少し寝ただけだし、誰かは言えないけど、他の人もいたの」
「複数で!?」
「もっと違う!」
「亜紀が完全に男にハマってしまったあ。きっともう男の言いなりなんだわ」
初美が笑っておちゃらけた。
「違うってば! いつか説明するから!」
二人は、授業開始のチャイムが鳴るまで、仲良くふざけあった。




