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直人と桜子ともう一人

 いつもの教室のいつもの休み時間。直人は奈月に見とれていて、我に返った。普段はそのままのんびり奈月を眺めているのだが、今日の直人は忙しい。


 直人は、飯田に会おうと思って立ち上がったが、その時に桜子が教室のベランダに一人でいるのを見た。桜子が一人でいるなんて珍しいことなので、予定を変えて桜子にお礼を言うことにした。


「昨日はありがとう。迷惑かけちゃったね」


「いーよいーよ。楽しかったし」


「今って、何かしてるの?」


「んーん。私の机の近くに変な虫出て、慌てて避難しただけ。もうやっつけたみたいだけど、近くにいて退治してくれた男子達が、まだ私の席の辺り占拠してるから」

 桜子は、淡々と経緯を説明した。


 直人には桜子の今の機嫌が分からなかった。桜子が虫を見て不機嫌なのか、占拠した男子達が気にくわないのか、別に機嫌が悪いわけではないのか、直人には判断が出来ない。しかし、なんとなく、それを桜子に聞くことはしにくかった。


 直人は、

「虫って嫌だよね。俺、小学生の時に蜂に刺されたことがあるからそれから蜂が怖くて。二回目以降はより危険みたいな話あるじゃん?」

 と、とりあえず会話を進めた。


「うわ! 痛かった?」


「まあすごく痛かったんだけど、それよりもなんつーか……毒があったらどうしようって、今付き合ってるあの人が青くなっちゃってさあ。

 具合が悪くなったらすぐに分かるように、いっしょに寝るって言い出して。結局、その日は二人で寝たよ」


「言いそう言いそう!」

 桜子は寄り添って寝る小さな二人を想像して、笑った。桜子が笑ったので、直人は安心した。


「翌朝、治ったお祝いってホットケーキ作ってくれて、美味しかったんだけど、素直に言えなかったよ」


「でも今はちゃんと感想言ってるんでしょ? 最近あの子、美味しいって言ってもらえるのが嬉しくて、料理の特訓してるみたいだよ」

 

「そうなんだ? ありがたいけど、あんまり無理してほしくないな。

 ……そういえば広瀬さんたちさ、普段はお昼って誰と食べてるの?」


「結構適当だよ。みんなダイエットとかもするから、メンバー固定しないで、学食着いたら勝手に友達の隣に座る」


「そんな感じなんだね」


 そう言って直人が景色を眺めると、木が強風で大きく揺れていた。ベランダにも風が吹き、至近距離でもたまに会話が聞こえにくくなるほど、風の音がうるさかった。


 小声で話していれば教室内の人には聞こえそうにないと分かり、直人は少し周囲への警戒を緩め、話の本題に入った。

「約束とかしてるわけじゃないなら、昨日の五人で食べても変に思われないかな?」


「大丈夫でしょ多分」


「今日、話し合いになるかもしれなくて、暇なら全員来てほしいんだけど。その前にお昼も相談したい」


「飯田くん、気持ち固まった?」


「え? いや、飯田の気持ちは知らない。でも、会わないと本当の気持ちは分からないでしょ。俺がそうだったもん。

 恥ずかしいからって電話とかで終わらせて、同窓会で会ってみたらやっぱり大好きでした、でも手遅れでした、ってなるのが一番最悪」

 直人は、自分の体験から、直接会って話すことは譲りたくなかった。


「初恋の人だもんね」

 桜子は、まだ燃えるような恋をしたことがなかった。しかし、前日に直人が語った、好きな人を久しぶりに見掛けたら輝いて見えたという話は、桜子の心を揺さぶった。


「初恋って言えば、俺少し気になってることがあるんだけど」


「何?」


「俺の初恋の人って、その人なのかな? それとも、今付き合ってる人なのかな?」


「今付き合ってる人じゃない? 私はそんな気がする」


「そうだとすると、俺のここ数年の行動って、わりと最低だよね」


「あの子はそんなことより、初恋が自分って言われた方が喜ぶんじゃないかなあ」

 桜子は妙な笑みを見せながらそう言った。


「よく分からないんだよね。

 俺、小学校の時に、なんでそんな話になったか忘れたけど、クラスの女子と話してて、彼氏彼女の話か何かになったのかな? 俺は、結婚の約束してる人がいるよって言って。そしたら男子がわざわざ絡んできて、バカにされたというか、からかわれたというか。それが悔しくて。

 家に帰った後に、今付き合ってるあの人に、泣きながら抱きついちゃって。絶対に結婚してくれるんだよね、本当だよねって、聞いたことがあるんだけどさ。

 そしたらその人、何日かしたらおもちゃの婚姻届を持ってきて、いっしょに書いてくれて。多分親と探して買ってきてくれたんだと思う。それはすごく嬉しかったし、今も大切に秘密の場所にしまってあるくらいで。

 だけどその時も、嬉しかったなってことしか覚えてなくて。その時の俺があの人をどんな風に思ってたか、自分の気持ちは全然覚えてないんだ。たった一人俺のワガママを聞いてくれる、都合の良い友達くらいに思ってたのか。それとも好きだったのか」


「好きだったんだよ。それで良いじゃん。――って、後ろの人の顔も言ってるよ」

 桜子は、愉快そうに直人の後方を見つめた。


「えっ!?」

 直人が振り向くと、手で顔を半分以上隠した奈月が立っていた。


 奈月は何も言わず後ろを向いて、早足で立ち去った。


「どうしよう。あの人、怒っちゃったよ」

 直人が慌てて、桜子にすがった。


「怒ってる顔じゃないでしょ」

 桜子はそう言いながら、直人とは対照的にのんびりしている。


「本当? あきれて帰っちゃったけど」


「大丈夫大丈夫。トイレの方に行ったもん。トイレで嬉し泣きじゃない?」


「分からないから、とりあえず謝っておいてよ」

 直人はイマイチ桜子の言葉が信じきれず、頼んだ。


「別に謝るようなことじゃないと思うけどなあ」


「だって、婚姻届をずっと捨てずに取ってあるとか、重いかもしれないし。『あんなお遊びの紙まだ持ってるのかよ、あいつ怖いよ』って、恐怖を感じてるかもしれないじゃん」


「えー。もう、しょうがないなあ。様子見てきてあげる」

 桜子は快諾した。元々、奈月をひやかしに行くのも面白そうだと思っていたのだ。


「ありがとう! 婚姻届のことは昔のことだって分かってるから、気楽にしてねって、伝えて。自然なペースでお付き合いしたいからって」


「はいはーい」

 桜子は、恥ずかしがらずに伝言を頼める直人を、羨ましく感じた。




 桜子は女子トイレに入ると、

「奈月ー?」

 と、個室に向かって声を掛けた。


「はい?」


 他に誰もいないことを確認してから、

「心配してるよ、旦那様が」

 と奈月を扉越しにからかった。


「旦那じゃないし」

 奈月が、目を軽く拭きながらトイレの個室から出てきた。


「婚姻届のことは気にしないで良いから、気楽に付き合って下さいねって」


「そんなの分かってるわ!」


「だよね」


「あーもう。『バーカ』って送っとこ」


「あーあ、私も幼馴染みとかいたら楽しかったかなあ?」


「幼馴染みいないの?」


「いないよ。昔は私かなりデブだったし、昔の男友達が残ってない。まともな恋愛にすらならなかった感じ。肉割れ見る? かなりグロいよ」

 と、奈月に素肌を見せた。


「これくらいなら平気じゃないの? 直くん、男はこういうのとか、あざとかほくろとか手術跡とか好きって言ってたけど」


「ええー?」


「飯田くんも大好きらしいよ」


「ほんとかー!? なんか私、こういうのじっと見てるとゾワゾワしてくるんだけど」


「前に、『そういうの気にしてる人がプールとか来てくれたら、逆にめちゃくちゃ嬉しいよな』って、漫画読んでて納得いかなくて話したことあるらしい」


「でもあれでしょ、結局かわいい子限定の話でしょ。森田くんも飯田くんも、中学で一番かわいい子に惚れてたわけで。一番かわいい子には勝てないのよ」


「けど飯田くん、桜子のお好み焼きを気に入ったみたいだったじゃん」


「お好み焼きだけでしょ。飯田くんの初恋の人、どっちかというと亜紀みたいな性格っぽいし。優しい喋り方の人が好きそう」


「あ、そうだ。直くんが今朝なんか言ってた。広瀬さんあまり男に優しくしない方が良いよって感じのこと」


「え、今わりと森田くんに優しくしちゃったけど」


「男は性欲の塊だから優しくしたり触ったりすると危ないんだって」


「触るのはともかく、優しくしちゃダメって理不尽過ぎない? そんなこと言ったら、飯田くんにお好み焼き作ってあげられないじゃん」


「まあ、お好み焼き作る時は押し倒される覚悟で」


「いや、そこまでの覚悟が必要なこと!?」


「私も直くんの変わり様を見てるから、まあなんか危険性は分かる。男は危ないと思って行動した方が、安全ではあるんだろうね」


「そっか、奈月は実際押し倒されたわけだもんね」


「そうそう。触ると危険、優しくしても危険」


「えーでも……お好み焼きもう作らないなんて言ったら、かわいそうじゃん。二人きりにならなきゃ平気でしょ」


「それがね。直くんが言うには、女の子は大抵優しいから、わりとズルズル二人きりになるんだって」


「いやあ、ないでしょ! 二人きりになるようなことは、さすがに断れるでしょ。私、多分男と密室で二人っきりになったことなんかないよ?」


「中学の運動会の準備の時に、飯田くんの親は忙しくていつも来れないって話になって、『誕生日に誰かに家で味噌汁作ってもらって、二人っきりでゆっくりご飯食べるのが飯田の夢』って森田くんがバラしたら、女子の二割くらいは行っても良いって言ったんだってよ。二人で慌てて、彼氏でもない男の家には絶対行ったらダメって、強く止めたらしい」


「あー、そういう、夢とか言われるのはズルいよなあ……」


「けど、男から言わせると考え方がチョロ過ぎるって」


「でも、誕生日に味噌汁飲みたいって、そんなこと言われたら行ってあげたくならない?」


「それが優しすぎるんだってさ。『俺はそれ聞いても、別に味噌汁作ってあげたくならなかったもん』って、言ってた」


「それちょっと違くない? 森田くんと飯田くんは同性じゃん」


「私もそう言ったんだけど、『奈月が広瀬さんや二宮さんに土下座で誕生日に味噌汁頼まれたら、絶対作りに行くでしょ』って」


「あーそっか。そんなの私も作るわ。私も優し過ぎるってこと?」


「直くんの理屈ではそう。男に気を付けてって」


「えーでも、飯田くんは森田くんの友達だよ? 友達関係とか全部ぶっ壊れるのを覚悟してまで、女を押し倒すもん?」


「ウチなんて家族ぐるみの付き合いだったけど、押し倒されたし」


「うわ、そうだった」


「男が別人みたいになる心配はしておいても良いかも」


「飯田くんが別人みたいに? 相当怖そう。

 ……でもあれかー、誕生日に味噌汁が夢ってことは、あのお好み焼きも本当に喜んでたのかな?」


「そうだと思うよ」


「お好み焼きくらいなら、また作ってあげたいけどなあ……」

 桜子はつぶやくと、大きくため息を吐いた。

「はー……考えると疲れるわ。やっぱり、飯田くんと中学の人が両想いになってくれるのが、一番気楽か。よし、今日はたくさん飯田くんの応援してあげよっと」

 そう話す桜子の瞳は、潤んでいるようにも見えて、奈月は言葉に詰まった。


 桜子は奈月が戸惑っているのを感じ取って、 

「――けどさあ、婚姻届を大切に取っておく気持ちがあるのに、それでも押し倒そうとするって、当時の森田くんって理性ないの!?」

 と、何かを誤魔化すように、桜子は明るく言った。


「この前、相性テストやったら理性がゼロ点だったからねえ。『待て』から覚えさせないとダメだってさ」


「森田くんって犬か何か?」

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