表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/128

好きのその先

「おはよう!」

 直人は、マンションの非常階段の前で待っていた奈月に、明るく挨拶をした。


「おはよ! 元気じゃん、なんかびっくり。どうしたの?」

 奈月が聞くが、直人はそれに答える前に、周囲を見渡してから奈月を抱き締めた。

 奈月は、キスでこたえた。


「――俺も、もう少し挨拶とか、頑張っていかないとダメかなと思って。挨拶の練習をしてみた」


 一月十日。お好み焼きを食べに行って、それからたくさんのことがあった、その翌日の朝だ。


「私は、眠そうな直くんも好きだよ。

 急にだと、疲れちゃうんじゃない?」


「一気にやるつもりは俺もないけど、二宮さんや広瀬さんへの昨日のお礼くらいは、ちゃんと言いたいからさ」


「そうだね。私もお礼言わなくちゃ」


「ありがたかったなあ。なんとなくで飯田もお好み焼き屋に連れて行っただけなのに、あんなことになるとは」


「本当にね。中学の話がたくさん聞けちゃった」


 直人は少し迷ってから、

「森さんに会いに言った方が良いって言ってくれて、ありがとう」

 と、笑った。


「その人のこと、森さんて呼んでたんだ?」


「んーまあ。飯田を飯田くんって呼んでたくらいだからさ」

 言いながら直人は、優しく奈月の手を握った。


 マンションから出ると、奈月は、

「今日だけはこのまま、手を繋ぎながら学校の近くまで行っても良い?」

 と、聞いた。


「俺も、それ頼もうか迷ってた」


「やった」

 奈月は、握った手を嬉しそうに振った。


「……今も、森さんに会いに行った方が良いって思ってる?」


「うん。やっぱり会いに行った方が良いよ。直くんはともかく、飯田くんは会うべき。もしまだ両想いのままだったら、早く会えた方が良いと思う」


「奈月は、優しいね」


「というより、私が悩んでたみたいに、森さんも悩んでるかもしれないと思うとさあ」


「仲直りしようかとか?」


「それもそうだけど、私の膀胱炎みたいに、何かの病気とかも。誰にも相談出来ずに、体調悪かったりしたのかなって」


「ああ、そうだね。よっぽどじゃないと、『バカじゃないの!?』なんて、言いそうな人じゃないからね」


 奈月は、直人の横顔を見た。直人は遠い目をしていて、何を考えているのか、奈月には分からなかった。


「森さんのこと、すごく好きだったんだよね?」

 奈月は、分かっていることをつい聞いてしまった。


「うん」


「今は?」


「分からない」


「私より好きかもしれない?」


「俺は、奈月の方が好きだって思ってる。けどなにしろ、見掛けただけで感動しちゃった相手だからね。会った時にどう思うかは、会ってみないと分からない」


「輝いて見えるかも?」


「それが怖い」


「会った時、私より好きになっちゃっても良いから、本当のことを言ってほしい」


「分かった」


「約束ね」

 奈月は笑って見せた。


「でも、今こうして奈月を想ってる気持ちより大きな気持ちなんて、あるのかな」


「ないでしょ、ありえない。大丈夫」

 不安でいっぱいなのに、奈月はわざとそう言い、気丈に振る舞った。


「ないと良いなあ。――お、メールきたかな?」

 直人は、手を握っていない方の手で、取りにくそうに遠くのポケットからスマホを取り出して、操作を始めた。

「朝、森さんの友達にメールしたんだけど、今日の放課後に会って話をしたいって。やっぱり森さん、何かありそうだね」


「会うって、森さんも?」


「いや、とりあえずはその友達と話をすることが決まっただけ」


「一人で会いに行ける?」


「奈月も来てくれるの?

 隣のあの高校だから、道的には大丈夫なんだけど」


「あそこなの!? 森さんも?」


「いや、森さんは女子高。だから、こっそりクラスで聞き耳立ててた時、残念に思った」


「あはは、かわいい。ねえねえ、私と高校同じって分かった時、嬉しかった?」


「ウチの親、勝手に奈月に朝の道案内を頼もうとしてたから、飯田に先に頼んであるからって言って、無理矢理飯田にしたわ。飯田文句言ってた」


「なんでそんなに私との登校避けたのよ」

 奈月は、歩きながらわざと直人に軽く寄りかかった。


「だって、奈月が俺の部屋に来てくれなかったから。『いっしょに学校行こう』って言ってくれたら良かったのに」


「部屋はハードル高いよー。直くん野獣なんだもん、行けないよ」


「まあそっか。わりと本気で、もし来てくれたら謝ろうって思ってたんだけど」


「えー嘘くさい。だって、まだ森さんのことが大好きだったんでしょ」


「奈月のことも気にしてはいたんだよ?」


「けど、謝りには来なかったと」


「いや、二人きりじゃないと()()()()()謝れないし」


「エレベーターの中とか、たくさん二人きりになれた場面ありましたけど?」


「そうだね、ごめん」


「許してほしければ、このまま教室まで手を繋げ!

 今日はもう、放課後まで私、好き勝手にする」


「分かった」


「……私、ワガママかな?」


「すごく、かわいいよ。愛してる」


「それ、森さんと会った後でまた言えたら、デートしてあげる」


「楽しみだなあ」


「言えなかったら、お詫びにデートして」


「いっしょじゃん」


「私のワガママ度が変わるかな」


「どっちもかわいいから、両方とデートしたいな」


「じゃあ、二回デートしよ」


「二回かあ。どこに行こう?」


「どこ行きたい?」


「うーん、頭の中まとまらないなあ」


「私も。色々考えちゃって」


「とりあえず、奈月の部屋で寝たいかも。あー疲れたって」


「私も、直くんの部屋で寝たい」


「じゃあ、ティッシュ片付けないといけないのか」

 前日に奈月が掃除してくれたことを思いだしながら、直人は面倒くさそうに言った。


「あら? 森さんでティッシュをそんなに?」


「奈月だよ」


「本当は? 怒らないよ別に」


「奈月と二宮さんだよ」


「なんで亜紀?」


「昨日、泣いてる時に背中をさすってくれたのが嬉しかった」


「バレたら亜紀に嫌われるよ」


「えっ、そういうもん?」


「分からないけどさ。背中さすってもらえたら、そんな風に思うの?」


「うん。だから基本的に、男には触らない方が良い。性欲の(かたまり)。二宮さんと広瀬さんに言っておいてよ、今日からは俺に優しくしない方が良いって」


「えー言いたくない」


「なんで?」


「なんか私、直くんの友達が増えると嬉しくって」


「女友達でも?」


「うん。半分半分くらいだけど」


「奈月って変だよね」


「公園で一人で遊んでた直くん考えると、直くんが自分から友達に話そうとするの、すごく成長したなあって」


「目線おかしくない!? 幼馴染み目線じゃん」


「幼馴染みだし」


「付き合う前ならその目線もわりと分かるけど、付き合っても女友達増やして良いよって、理解力ありすぎて。珍しいんじゃないのそんな人」


「仲の良い女友達増えるのが嫌だったら、森さんに会いに行けって言ってないよ。亜紀と桜子のおかげで直くんの気持ち知れたし、ああいう関係なら良いかなって」


「もし嫌な時があったらすぐに言ってね」


「うん。多分、尊敬出来ない女の人とかだと、嫌に感じると思う」


「なるほど。……最近、奈月の新しいことが毎日分かる感じで嬉しいな」


「ちょっとダメ。そんなこと言われたら泣いちゃいそうだから」


「泣いても良いじゃん」


「やだ。今日は笑顔で放課後まで過ごすって決めたの。だから泣かせないで」


「そっか、分かった。……今日で多分、森さんのこと、片付けるからね」


「急がないでも良いよ」


「いや、昨日あの後、頭が痛くなってさ。早く解決しないと俺が体調を崩しかねない。

 奈月の膀胱炎にはあんなに神経質になって、俺がこれじゃダメだよな」


「あ、私もちょっと頭痛くなって、風邪かと思ったんだけど他に症状がなくて」


「それ脱水症状かもよ。眠れなくて調べてたら、泣き過ぎると脱水症状になって、体力の消耗もあって頭痛になるって書いてあった。奈月にも送ろうか迷ったんだけど、もう五時半だったから、もし前みたいにスマホの音オフにし忘れてたりしたらと思って、送らなかった」


「めったにそんなことないから、送って良いのに」


「奈月も俺みたいに、基本的に完全無音でメール交換してる時だけバイブにしておけば良いのに」


「だって急用の電話とかチャットとかあるかもだし」


「奈月はそれがあるのかあ。俺と飯田はメールだからなあ」


「二人、メール好きだよね」


「というか、ネットって何年も前まで調べられるし、消しても残るじゃん。普通のメールじゃないと、将来危なくない?」


「あー、怖いよね」


「俺なんて、小学生の時に自由にチャットとかやれてたら、何書いてるか分からない。奈月に変な写真とか要求してそう」


「そしたら私、送ってそう。直接押し倒されるより怖くないだろうし、ネットの危険性ってよく分からなかったし」


「たしか、ゲーム機に付いてる簡易チャット使ってたよね。ショボいショボい言いながらチャットや交換日記してたけど、あの頃の俺たちには、あれくらいが一番ちょうど良かったかもな」


「うわ、懐かしい。また交換日記しない?」


「しようか。奈月がキスねだりまくってたはずだから、履歴見るの楽しみだな」


「えっ!? その頃だっけ?」


「『かぜが治ったらたくさんちゅうしようね』とか、ロックした記憶がある」


「うわ、書いた覚えあるわ……イラスト付きだよねそれ」


「あと、なんか音声を録音するやつみたいなのがあって、『おっきくなったら直くんと結婚します』って言わせた」


「あ! 直くんにものすごくたくさん録音させられたよね」


「なんで忘れてたんだろ。たまに思い出してたんだけど、付き合ってからは今まで忘れてたな」


「忘れてて良いよそんなの、恥ずかしい」


「今日からまた録音しないと。録音して良い?」


「やだ。直くん、私にばっかり恥ずかしいこと言わせて、自分は絶対に声を録音させてくれないんだもん」


「あ、俺の声も録音して良いよ」


「昔は嫌がってたのに、なんで?」


「当時は録音した自分の声が嫌いだったけど、今は奈月を抱きしめながら話すと、奈月が喜んでるのがすごく分かるからね。

 俺が奈月の声を大好きなように、奈月も俺の声が大好きなんだなって自信が持てるようになった」


「くう、変な自信持ちやがって」


「俺の声、嫌い?」


「大好きに決まってるでしょ」


「良かった。たくさん言ってあげるからね」


「なんて言ってくれるの?」


「そうだなあ。今日なら『もう離さないよ』とかが良い?」


「なんで分かるんですか?」


「手を繋いだまま教室まで行きたがったから、そういうのかなと思って。……後でベッドで言ってあげるからね」


「ちょっ、変なこと言うなぁっ!」

 耳元で囁かれた奈月は思わず離れようとしたが、直人に手をしっかり握られていて、離れることが出来なかった。


「誰もいなかったから言っても良いかと思って」


「まだどうなるか分からないのに、調子良いことばかり言ってさー……」


「いや俺、なんか話してて安心してきちゃった。奈月が好きだよ俺。間違いない」


「えー?」


「今話してて、声の話とか出て唐突に気付いたんだよね。

 考えてみたら、付き合ってから、奈月の好きなところがもっと好きになってる。奈月の性格も好きだし、奈月の声も好きだし、目も好きだし、顔も好きだし。体つきはもちろん大好きだし。心も大好き。

 こんなに人を好きになったことないよ。それがはっきり分かった。だから、これからも、ずっとずっとよろしくお願いします。奈月さんを、世界で一番愛してます」


「泣かさないでって……言ったのに……」


「ごめん」


「直くんのバカ……許すけど」


「ありがとう」




 教室に入った時、奈月はもう笑顔だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ