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去年の秋に

「飯田くんはさ、その人のこと今どう思ってるの?」

 清楚対決に飽きた桜子が、唐突に聞いた。


「今? 今は分からない」


「森田くんが言う通り、優しい人だったらどうする? 話し合うつもりあるの?」


「そもそも、告白された時に『バカじゃないの!?』っていう人が実は優しいって、どういうことかよく分からないんだけど。そんなことある?」


「その時に何か誤解とかあって、たまたまきつく言っちゃっただけとか。森田くんが会った時に、しっかり謝ってもらったんじゃない?」


「それ、まだ秘密なんじゃないの?」

 亜紀が慌てて口を挟んだ。


 桜子は、何の話か分からずに、

「何が?」

 とのんびり聞き返した。


「だから、森田くんがその人に会ったこと」

 亜紀は、飯田に聞こえないように小声で桜子に話した。


「え? 飯田くん、知ってるよね?」


「何が?」

 今度「何が?」と言ったのは、飯田である。


「だってさ。そもそも、ゲームセンターで、卒業式の後に森田くんがその人と会ったって言って、なにそれ詳しく聞かせてみたいな感じで、みんなで森田くん()に行くことになったわけじゃん」


「いや、飯田くんに言えてないことが森田くんにあって、それを相談したいから部屋に来てほしいって言われて、そのすぐ後に飯田くんがメダルコーナーに戻ってきたわけだから――」

 と、亜紀が時系列を整理した。


「あ! そっか、やばいかも!」


「なになに?」

 飯田は、桜子の発言が気になって、聞いた。


「ごめん、なんでもなかった。私の勘違い」


「なんか変なこと言ってなかった?」


「やばいバレてる。うーどうしよ。私、森田くんに怒られちゃうかも」


 飯田は、桜子が慌てているのを見て、

「よく分からないけど、わざとじゃないんなら大丈夫でしょ。なんかマズイなら、俺何も聞かなかったことにするけど?」

 と提案した。


「うわ、ありがとう。けど、どうするか考えておいた方が良いかも。飯田くんが好きになった人、多分いい人みたい」


「どうするかって?」


「会いに行くかどうか」


「行かないでしょ」


「行かないで良いの?」


「だってもう、二年近く経ってるのに。会いに行っても気まずいし」


「もう全然好きじゃないの?」


「分からない」


「好きかどうか分からないなら、会ってみても良いと思うけど」


「いやー……嫌われちゃうでしょ」


「嫌われたくないってことは、好きなのかもよ」


「えー……?」


「まあ、森田くんの話を聞いてからじゃないと分からないけど。他に好きな人とかいるの?」


「いや。いないけど」


「じゃあ試しに会いに行って、自分の気持ち確かめてみても良いじゃん」


 会うことを強く(すす)められて、飯田は、なぜか少し残念に感じて、動揺した。

「じゃあさ、あのさ、それで振られたりしたら、またお好み焼き作ってくれない? 俺おごるからさ」


「振られた人がおごるっておかしいでしょ。そうなったら私がおごってあげるよ」


「マジ!?」


「マジマジ。だから考えてみなよ」


「なんか、すげえ嬉しい」


「そんなにお好み焼きが好きなの?」


「いや、広瀬さんの気持ちがさ。広瀬さんだけじゃなくて、四人ともすごい優しいし。なんか変な話、今日すごく勉強になったわ俺」


「私は森田くんにびっくりした。ほら、飯田くんはクラス違うから普段どんなかよく知らないじゃん。けど森田くんはクラスで見てるから。奈月といっしょだと感じ違う。なんていうか、奈月のことになると結構男っぽい」


「押し倒そうとした時の話とか正直に言うからビビった。普通、女子の前であそこまで言えねえよ」


「すごいよねあれ。なんかズシンときた」


「なにそれ?」

 奈月は、直人が何を言ったのか気になって、聞いた。


「なんか、その日ずっと奈月に抱き締めてもらうことを楽しみにしてて、それなのに奈月が帰って来るの遅いから、待ち遠しくてイライラしちゃってたんだって。それでやっと奈月が帰ってきたから、変なことをしそうになっちゃったんだって。どう謝れば良いのかって、すごく反省してたよ」


「そうだったの!? それならさあ、『ずっと待ってた』とか『早く会いたかった』とか言ってくれたら良いじゃん! そしたら私だって謝ったのに、何も言わないで怒ってベッドに突き飛ばすんだもん。怖すぎるでしょ。こんなのやだよってなるじゃん!」


「いや、私に言われても。たしかに怖そうだけどさ」


「なんか言った?」

 奈月の大声で起きた直人が、聞いた。


「直くんが怖いからみんな嫌いって話」

 奈月は、わざと冷たく言った。


「俺怖い? ごめんなさい、怖くないようにするから……」

 と、目を擦りながら半分ねぼけて謝る直人。その姿が恐怖感とはあまりにかけはなれていたので、桜子と亜紀は笑ってしまった。




「俺どれくらい寝てた?」


「一時間くらいかな?」

 奈月がそう答えると、直人は少し安心して、

「まだみんな、時間大丈夫?」

 と聞いた。


「大丈夫だよ」

「大丈夫」

 と、桜子と亜紀。


「じゃあ、えーっと、この寄せ書きの言葉なんだけどさ」

 と、直人が指をさした。


【ちゃんと野菜も食べないとダメだよ。これからもよろしくね。お元気で】


「あー、この人かー!」

 予想が外れた桜子が、残念がった。


 直人は桜子が残念そうにしていることなど気付かずに、

「これさ。この【これからもよろしくね】って、変な感じがして。普通は中学卒業したら、もう会わないよね」

 と、話を進めた。


「たしかに変だね」

 桜子は納得した。


 亜紀は、

「同窓会とか成人式とか、それくらい?」

 と、考えながら例を挙げる。


「何を思ってこれを書いたか分からないけど、『バカじゃないの!?』って思ったままだったら、なかなかこんなこと書けない気がするんだよね。本当にそう思って書いたっていうか、会っても良さそうな感じで。

 もし何か社交辞令的なことを書くにしたって、同窓会に来ないでほしいって思ってたら、こう書く必要はないし。

 だから、嫌ってないか、もしくは文章を適当に考えるくらいどうでもいいと思ってるか、どっちかじゃないかって気がするんだよね」


「うんうん。なんか、そうじゃないと説明がつかないよね」

 桜子は、直人の言い分に同意した。


 亜紀は文章内のハートマークに気付き、

「でも、どうでも良いにしてはハートマークが二つも付いてるしね」

 と指摘した。


「あ、それも聞きたかったんだ。女子って、大嫌いな人にもハートマーク付けるの?」


「私は、勘違いされたら嫌だって思う人には付けない。ちょっと好き以上の人にだけ、付けるようにしてる。特に手書きなら、私の場合はかなり考えながら書いてるから、嫌いな人にハートは絶対に付けないと思う」

 亜紀ははっきり言いきった。


「あんまり考えたことないけど、私も多分付けないかな。ちょっと待って、スマホ見てみる」

 と言って桜子は、自分のスマホをいじりながら、

「あー、私も結構、露骨に違うかも。好きじゃない人ならこんな感じ」

 と、文面を直人に見せた。


 直人が桜子のスマホを覗いてる間に、奈月は卒業アルバムの寄せ書きを改めて見直して、ハートマークを数えた。三十一のハートマークと、優しい文章の数々。失恋を(なぐさ)めていると思われる書き込みもたくさんある。それはつまり、それだけ当時の直人がみんなに心配されたということでもある。

 奈月は、直人が悩んでいる時期に何も出来なかったことを悔やみながら、複雑な気持ちで寄せ書きを眺めた。


 亜紀と桜子にスマホの文面を見せてもらった直人は、

「うん、ありがとう。やっぱり、ハートマークとか細かいことも含めて、嫌ってるにしてはなんか変だと思うんだよね」

 と言った。


「だね。おかしい。別に、最後の日になってから、わざわざ卒業アルバムの交換なんてお願いする必要ないし、納得いかない」

 と、桜子も結論付けた。


「だから、飯田はこの人に一度、確認というか話をするべきだと思った。この人は良い人なのかもしれない。飯田への話はそれだけ」

 直人は飯田に言った。 


「それだけなの?」

 飯田は思わず聞いた。


「そう」


「そんなの一分あれば言えたじゃねーか」


「ごめん、これから飯田の話かよって思ったら急にすげえ眠くなったんだよ」


「なんとか眠る前に説明しといてくれたら、寝てる間にみんなに相談出来たのに」

 飯田は思わずぼやいた。


「というか、寄せ書き読めば俺の言いたいこと分かると思ったし。俺が寝てる間に相談とかしとけよ」


「なんか、どの人が好きな人かを当てるクイズが始まっちゃったんだよ」


「え? 飯田の爆笑トークは?」


「やってねーよ!」


「あー、飯田には難しかったかあ。チャンス生かせないかあ」


「なんか今日お前、辛辣(しんらつ)じゃねえ?」


 直人と飯田が話している内に、亜紀と桜子は、顔写真を確認して大興奮していた。


「あ、部活の写真の方がかわいい」


「こっちだと、すごくかわいいね」


「こんなのもう、絶対に性格良いでしょ」


「あ、髪こうしてるってことは、これもそうじゃない?」


「ひい、かわいい!」


「今変な声出てたよ桜子」


「バレてないバレてない」


「バレてないわけあるか」


「じゃあ話変えるべ。森田くんはさ、奈月とこの人どっちがかわいいと思う?」

 桜子は奈月をからかうつもりで、直人に聞いた。


「どっちがかわいいかは知らないけど、俺は奈月の方が圧倒的に好み」


「うわ、圧倒的なんだあ」


「俺は元々、その人を顔で好きになったわけじゃないから。好きだからかわいいって感じで。最初は別に、かわいいと思ってなかった。優しいとは思ってたけど。

 高校からの奈月は、なんかもうめちゃくちゃかわいく感じた。顔目当てで近付いてると思われたらどうしようって考えちゃって、全然話し掛けられなかった。そんな風に考えてしまう人、俺には奈月しか今までいない。

 他の人に話し掛けられないのとは根本的に別物で、二宮さんや広瀬さんに緊張するのとは違ってた。あれが、顔だけで惚れてるってやつだったのかもしれない。もしそうだとしたら、顔だけで好きになってごめんなさい。これも言っておきたかった」

 そう言って、直人は奈月に謝った。


「それ、顔だけで好きになったんじゃないと思うよ。奈月自身を好きじゃないとそこまでならないと思う」

 亜紀が、優しく言った。


「そうかな? そうだと良いんだけど」

 直人は、恥ずかしがりながら、嬉しそうにした。


「やっぱり、結構前から奈月のことが好きだったんじゃない?」

 桜子は、なんとなくそう思った。


「実は俺も、奈月のことを人として好きなのかなって、少し思ったりしたんだよね。けど、去年の秋に、中学の時に好きだった人を見た瞬間、やっぱりその人がすごく好きって、はっきり分かっちゃって」


「去年の秋ってかなり最近だな」

 飯田が思わず言った。


 直人が、気まずそうにそっと奈月を見た。奈月は、まるで胸がぎゅっと締め付けられたように感じたが、精一杯笑ってみせた。


 直人は意を決して話し始めた。

「俺、その日、――」

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