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清楚な三人?

「そういえば、俺の話は?」

 ドーナツを食べ終わり、飯田が質問する。


「あれ? 話が片付いた気になっちゃってたよ俺」

 直人が答えた。直人はあからさまにやる気をなくして、奈月の膝を枕にしていた。


「忘れんな! お前が俺を部屋に呼んだんだろ」


「なんか、(ちから)が抜けたわ。今からどうでも良い飯田のために話をするのって、テンション下がるなあ」

 と、直人はあくびをしながら言った。


「俺、今んとこ目の前でイチャイチャされただけだからな!?」


「えーっと、なんで呼んだんだっけ?」


「これだよ、卒業アルバム!」

 飯田は、テーブルに放置されていた卒業アルバムを叩いた。


「ああ、そうそう。だるいなあ、説明。眠いよ……」


「もうちょっと頑張って。ほら」

 奈月は、直人の上半身を起こして、肩を揉んで、応援した。


「そうだなあ、寝たりしたら二宮さんと広瀬さんに悪いよなあ……でも眠い」

 直人は、気持ち良さそうにしながら、そうつぶやいた。


「俺のことも少しは気にしてくれても良いんじゃね?」

 飯田が愚痴る。


「飯田、三十分くらい、女の子が大盛り上がり出来るような話をして、二宮さんと広瀬さんが退屈にならないようにしといてよ」

 と言って、直人は目を閉じて、再び奈月の膝を枕にしてしまった。


「俺に出来るわけないだろ! 寝るなこら!」


「大爆笑間違いなしのネタ連発していけ」


「そんなのねえだろ!」


「一発目は、修学旅行のバスガイドさんに呼び止められて、ドキッとしたけど、落とし物をしていただけだった、あの話で」


「そんなの五分くらいしか持たねえって! しかもオチまで言っちゃってどうするんだよ」


「奈月、おやすみ。二宮さんと広瀬さんも、おやすみなさい」


「なんで俺にはおやすみって言わねえんだよ!」


「飯田におやすみなんて言ったら、気持ち悪い夢を見そうだから……」


「んなことねえよ!」


「いやあ、今日は幸せだ……」


「マジで寝ようとしてやがる。他人呼んどいて寝るとか、自由過ぎるだろこいつ」




「本当に寝ちゃった」

 奈月が、直人の寝顔を見ながら言った。


「まあ、お好み焼き屋の時点でこいつ、『すげえ喉が乾いた』『疲れ果てた』って言ってて、それなのにそこから俺の頼み聞いて、ゲーセン付き合ってくれからな。限界だったんだよ」

 直人が寝るまでは大きな声で邪魔していた飯田が、静かな声で直人を(いたわ)った。


「森田くんが言い出したんじゃなかったんだ?」


「俺が行きたかった。森田は人見知りだから、疲れて帰りたがってた。森田に頼んで、代わりに言ってもらっただけ」


「多分、一番緊張させちゃったの私だよね?」

 桜子が心配する。


 飯田は、

「緊張はしてたかもしれないけど、森田は広瀬さんのことも二宮さんのことも、かなり信頼してると思うよ。じゃなきゃ、部屋まで呼んで相談しようとしないと思うし、寝られないと思う。俺が初めてこの部屋に入ったのは、仲良くなってかなり経ってからだった」

 と、気を使いながら、説明した。


 奈月は飯田の「この部屋」という言葉に反応して、

「あ、そうだ。

 ねえねえ! 飯田くん、この部屋のエッチな本、知らない?」

 と、聞いた。


「え?」

 飯田は、質問の意味がよく分からず、奈月に聞き返した。


「小学生の頃は、ここの裏に隠してあったんだけど。どこ探してもないんだよね」

 奈月は、学習机の一番下の引き出しを抜き取って空洞を見せた。


「あー、知らないや。そういうこと、話したことない」


「そっかー……。本、捨てちゃったのかなあ?」


「今はスマホ派が多いんじゃね?」

 飯田は、あまり考えずにそう言った。


 桜子は「スマホ派」という言葉の生々しさがなんだかおかしくて、

「飯田くんもスマホ派?」

 と、飯田をからかった。


「えっ、なんで!?」


「あ、動揺した。スマホ派だあ」


「いや、そんなこと聞かれたら動揺するって。別に何派でも恥ずかしいし」


「でも男子って、八割とか九割、()()()んでしょ?」

 と、亜紀は落ち着いた様子で言った。


「直くんなんて、しまくってるよ。片付けちゃったけど、ゴミ箱のティッシュすごくて。このゴミ箱じゃ絶対に気まずいでしょって思って、慌てて掃除して換気して。

 私が昨日ここに来たときはそうでもなかったのに、これ昨日の夜だけで何回したのよ? っていう」


「それ私たちに言って良いの?」


「えっ。ダメだったかな? でも直くん、平気でそのまま部屋に呼ぼうとしてたんだよ?」


「そんなことバレると思ってなくて、考えてなかったんじゃないの?」


「じゃあ起きたら聞いてみる。かなり怒られちゃう? 許してくれるかな?」


「やっぱり恥ずかしいのかね?」


「男の子同士だと、あまり気付かない感じ?」

 桜子は、男である飯田に聞いた。


「一度も気付いたことない。ゴミ箱とか気にしたことないし」

 と、飯田は正直に言った。


「じゃあ森田くんも気付かれると思ってないんだよ」


「というか、さっきから桜子、セクハラじゃないの?」


「えー!? 私だけじゃないじゃん!」


 亜紀は

「私たちは清楚サイドだから」

 と言って、奈月の肩を触った。


 桜子は、

「私もめっちゃ清楚だし。むしろ、奈月はもう清楚じゃなくなってるんじゃないの?」

 と、奈月をニヤニヤしながら見た。


「えっ、清楚だよ私。清楚」

 と、奈月は顔を赤くしながら答えた。


「でも森田くんに『なあ、どうしてもお前のエロい顔が見たいんだ。めちゃくちゃにして良いだろ』って押し倒されたら、エロい顔見せるでしょ?」


「そんなの見せないから」


「えーかわいそー」


「大体そんなこと言わない。体目当てじゃないって、前に言ってくれたし」


「でも実際大量のティッシュがあるわけでしょ? ムラムラしてる時に誰かに誘惑されたらヤバイんじゃない?」


「絶対に浮気しないって、ちゃんと約束してくれたもん!

 直くん、『もし浮気したらウチで飯抜きとバイト代没収になるらしいから、親に言って良いよ』って言ってたから大丈夫」


「あーそれ、奈月が浮気されても親にバラせないの分かっててそう言ってのかもよ」

 桜子は、面白そうに奈月の不安を(あお)った。


「そんなことないから!」


「桜子はやっぱり清楚じゃないよね。考え方が(よご)れてるもん」

 と、亜紀が冗談で桜子をけなした。


「亜紀ひっど!

 飯田くんは、この五人で誰が一番清楚じゃないと思う?」


「そりゃまあ、俺だと思う」


「あー、桜子また言わせてる!」


「言わせてない、聞いただけ!」


「飯田くん、桜子に清楚じゃないって言ってやった方が良いよ」


「いや、広瀬さんはすごく清楚だと思う。お好み焼き作ってくれたし」


「そうだよね!? おら聞いたか? 私は超清楚なんだよ」


「清楚な人は『おら聞いたか』とは言わないでしょ」


 飯田は、女子三人に囲まれて、恥ずかしさと嬉しさと好奇心が入り交じった時間を過ごした。




「よいしょ、と」

 奈月が、直人の頭から自分の太ももを抜いて、枕を置いた。


「頭を動かしたりしても起きないの?」


「分かんないけど、なんかあんまり起きないみたい」


「待って待って。なんで清楚なはずの奈月が、森田くんが起きにくいことを知ってるの? 知ってちゃダメじゃない?」

 と、桜子は疑問を口にした。


「その考え方がもう、清楚な人の考え方じゃないよね桜子は。隣に住んでるから、朝とか起こしたりしてるのかもしれないじゃん」

 と、亜紀が指摘する。


「あー、朝って発想はまるでなかった。もしかして私、かなり恥ずかしいこと言った?」


「さっきからガンガン言ってる。多分、飯田くんの好感度ガタ落ち」


「えー!? じゃあ、二人が好きだった人、当てようよ。当てられたら清楚ってことで」

 そう言うと、桜子は卒業アルバムをめくって、寄せ書きのページを開いた。


「あ、寄せ書きすごい」

 亜紀が、文字の量に驚いた。


「てか字、(きたな)っ。それにでかっ。書いてあることもアホっぽいし」

 まさに落書きと呼ぶに相応しい、乱雑な絵と文字に、桜子は顔をしかめた。


「あ、後ろのページには女子からの寄せ書きがある。そっちは男子なんだね」

 女子からの寄せ書きは、明るい色の小さくかわいい文字ばかりで、男子の二倍以上の名前が書いてあった。


「これ無理だわ、こんなの当てられない」

 桜子は、女子のページを見て、早くも諦めた。


「なんか、ご飯食べろってコメントが多いね」


「あと、身長や体調のコメントも多い」


「え? 森田くん今、普通くらいだよね。そんなに背が低かったの?」


「森田は給食苦手で、すぐ吐きそうになるんだよ。中学は俺よりかなり背が低かったしガリガリで、よく頭痛になったりして、寒い日の水泳の授業なんて、脂肪がないから歯がガタガタ震えてた。

 それなのに、高校になったら急に背が伸びた。体調もかなり良くなったらしくて、学食ってすげえわって言ってる」


「へー」


「けど、自分が体が弱くてきつい思いをしてきたから、今でも体調悪い人がすごく心配になるっぽい。前に、道で吐いてたお姉さんを助けてた」


「あ、じゃあ奈月、わざと体調崩したんだ!」


「わざとじゃないし! そんなの私、知らなかったもん」


「なんで知らないの?」


「だって、給食を食べる所なんて見たことないわけで。私はちゃんとパクパク食べてる直くんしか見てないから」


「奈月も知らないことがあるんだねえ」


「当たり前でしょ。食べ物の好き嫌い、まだ全然分からない」


「じゃあ、どんな人がタイプかも分からない?」


「うん」


「そうなると本当にヒントなしだね。……あ、これ怪しくない? 【いっしょに忘れ物取りに戻ってくれてありがとう】」


「好きな人の文章はどういうのなんだっけ? もしかしたら優しい人なのかもしれないって感じの文章だっけ?」


「たしか、『かなり好意的な文章』って言ってた」


「待って待って。ファンクラブがあるくらいかわいいんだから、顔写真も見ないと!」


 三人がやけに真剣に考察し始めたので、飯田はうかつな発言が出来なくなってしまった。




「かわいい人ってなると、この人たちかなあ?」

 女三人で、顔写真と寄せ書きを何度も何度も見直し、寄せ書きをわざわざ紙に書き写し、ああだこうだと三十分経過。最終候補十名。


【二年間いっしょだったね。たのしかったぜ。高校で背が伸びると良いね】

【色々ありましたなあ。大変だったね、ウフフ。お元気で】

【ちゃんと野菜も食べないとダメだよ。これからもよろしくね。お元気で】

【かわいいしねえ、あの人。高校はべつべつだけど、いろいろがんばってね】

【仲良くしてくれてありがとう。二年の遠足で二人だけで迷子になっちゃった時ちょっと楽しかったよね。よく食べて体にきをつけてね!】

【ごはんたべないと大きくなれないからたくさんたべて大きくなってね】

【結局私たち、三年間チビだったね……。高校では背を伸ばそう! 私もあきらめないから!】

【二年間クラスが一緒だったけど、君は本当に分からない奴だったよ。これからも頑張って】

【一年間お世話になりました。もっとちゃんと食べないとダメだよ!! 高校に行っても頑張って!!】

【一年と三年で同じクラスだったね。私達、風邪と乗り物酔いの常連一位二位らしいよ。高校では健康になろうねえ】


「この中にいる?」

 桜子が、飯田に聞いた。


「いる」


「やっぱりこの中の誰かなんだ」


「えー誰だろ」


「なんか、全員かわいい文字だし、全員良い人そうだし、全員関係深そうだよね」


「というか、絞って十人って、女子の寄せ書き多過ぎない? 本来の寄せ書きする場所が埋まっちゃって、男子に普通のページにまで書かれちゃってるじゃん。私が中学の時は、二人くらいしか男子に頼まれた記憶ないけど。飯田くんの卒業アルバムもこんな感じ?」


「俺、多分女子ゼロ。男子五人とか?」


「そうだよね」


「森田はさ、かわいくない女の子にも絶対に優しいから、わりと女子からの評判良かったんだよ。とにかく態度とか変えない」


「それ分かる。かわいさで露骨に態度変える人って嫌われる」


「それで、掃除や片付けが下手で背が低かったからさ。女子の日直も背が低かったりすると、他の女子に高い所の黒板消すのとか、習字の張り付けとか、手伝ってもらえてたんだよ。

 女子って、女子同士で助け合うところあるじゃん。だから女子三人と森田とか、女子四人と森田とかになりやすくて」


「あーあー、そういうことあるよね。男子は一人でプロジェクター運んで、女子だと係じゃない人も手伝って四人で運ぶとか」


「森田が振られて女子を軽く怖がるようになっても、それがかえって、元気だしてねみたいな応援する空気になって、そのまま卒業まで過ぎた感じ。卒業アルバムも、勝手に次々運ばれていって、今どこにあるか分からないってなってた。トイレに行ったり暇潰しして、やっと戻ってきた」


「ってことは、大変だったけど元気出してねって感じの人は違うかもね」


「じゃあさ、女子の三年間チビだった人って、怪しいんじゃない? 仲良くなれそうだし」


「風邪の常連の人も怪しい。保健室で話して仲良くなれそう」


「奈月は誰だと思う?」


「うーん、好きな人が具合悪くなった時、直くんと飯田くんがすごくびっくりしたわけでしょ? 普段わりと元気な人だった可能性が高いんじゃないかな」

 奈月は、自分が直人に心配してもらった経験から、どういう人がより心配されそうか考えた。


「あーそっか。それ忘れてた」


「それに、風邪の常連の人なら、具合悪くなった時に、話し掛けやすいんじゃないかな」


「よし、ならこの、風邪の常連の人は違う! 飯田くん、どう?」


「うん。違う」


「よっし、清楚ポイント一点ゲット!」

 と、ゲーム好きの桜子は勝手にポイントを取得した。


「なにそれ? 何が始まったの?」


「というか、当てたの奈月だし」

 と亜紀が突っ込む。


 桜子は、

「飯田くんに申告した人のポイントだもんねー。私が一歩リードしたよ」

 と上機嫌。


「この卑怯さで清楚ぶるってありえないでしょ」

 と、亜紀は呆れた。

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