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二番目に好きだった日

 直人と奈月が、直人の部屋に友達を呼ぶ話を親に説明している間、他の三人はマンションの玄関前で待つことになった。


「ねえねえ。飯田くん、さっき奈月が言ってた、森田くんに襲われる寸前だった話って、知ってた?」

 亜紀が、飯田に聞いた。桜子は、男にストレートに聞く亜紀に少し驚いたが、変に口を挟むと余計恥ずかしいので、黙って聞いていた。


「俺も全然聞いてない。初耳」


「……いつ頃の話なんだろ?」

 亜紀は、難しそうな顔をした。


「中学とかじゃ、もうシャレにならねえっつーか、善悪の区別あるだろうし、小学生の時かな? いや、小学生なら良いってわけじゃないけど、判断力的に」


「小学生の時って、男子はもう女子を押し倒したくなったりしてるの?」

 亜紀の飯田への質問に、桜子はまたドキリとして、思わずスマホをいじるフリを始めた。変に意識をし始めてしまうと桜子はダメで、顔が真っ赤になってなかなか戻らないことが、過去に何度かあった。


「え!? いや、多分、そんなこと考えたことも……あー、でもどうだったろ……全然覚えてないから分かんねえ。俺周りに比べてもガキだったろうし、女子と仲良くなかったし」


「飯田くん、中学の人が初恋?」


「そう」


「その人にはどんな風に思ってた?」


「まあ、その頃はもう、そういう気持ちはすごくあったから、付き合えたらそういうことしたいとは思ってたけど」


「中学だともうかなり()()んだ?」


「中二くらいの時にはもう既に相当エロガキだったと思う。それより前はよく覚えてない」


「じゃあ、奈月の話も中学頃の話なのかな?」


「どうなんだろ。俺、思春期遅かったというか。本当に忘れてるから」


「どっちにしろ、奈月と森田くん、問題を乗り越えられて良かったよね」

 亜紀は、そう言った。


 亜紀の考え方を、桜子は素敵だなと思った。

 もしかして、亜紀は奈月のことを心配していたから、恥ずかしがらずに話が出来たのだろうか。だとすると、私って子供だな。


「それは本当にそう思う。押田さんよく許せたなって」

 と、飯田は心底同意した。


「あんまり深刻な話じゃないのかもね、奈月が自分から私たちに言えるくらいだから」


「あり得る。森田だし、キスねだっただけとか」


「あー、そうかも。変なことがあったにしては、仲が良すぎるよね。気楽な感じのやつなんだよ」


 桜子も、それを願った。

 あの森田くんが、奈月を襲っただなんて、過去の話だろうと、あってほしくない。そう思った。




「あと七分くらいしたらウチの親が奈月の家に消えるから、そしたら入って大丈夫らしい」

 戻ってきた直人のひどい説明に、亜紀と桜子が思わず笑って、飯田は、安心した反面、少し悔しくなった。


「奈月は?」

 と、桜子が聞く。


「奈月は、俺の部屋の掃除と換気して、ジュースとか座布団とかお菓子とか用意するってさ」


 それを聞いて桜子は、

「もう嫁じゃん」

 と笑ってしまった。


「そんなのしなくて良いって、言ったんだけどね。なんであんなに優しくしてくれるんだろ」


「それ話してたんだけど、奈月ベタ()れだよね。森田くんが奈月を襲いそうになったのって、ちょっとふざけただけとかそういうやつ?」

 桜子は、きっとそうだと思いながら、直人に聞いた。


「いや、完全に言葉通りで。ごめんなさい。許せないとか、気持ち悪いとか、怖いとか思ったら、帰ってくれても大丈夫です」

 深刻そうな顔をした直人にそう答えられて、桜子は返事が出来なかった。


 亜紀が、

「いつの話なの?」

 と聞いた。


「小学五年か六年の時」


「小学生でそんな、襲いたいとか、なったの?」

 亜紀の声は、少し震えていた。


「その頃、ずっと襲いたかった。狂いそうだった。俺は奈月にキスしながら抱きしめてもらえるのが大好きで、それが気持ち良くて。されるのが一番の楽しみになって、居間でテレビを観てても、早く親に隠れて抱きしめてほしいって思うようになって。

 ずっとされるだけだったんだけど、一度じらされ過ぎて、二人きりになったらすぐ、俺の方から奈月をボヨンとベッドに押し倒して馬乗りになったら、『どうしたの?』みたいな感じで、ちょっと怖がったというか、戸惑ったというか。俺が奈月を怖がらせたり嫌がらせたことって、多分ほとんどなかったから、その反応にものすごく興奮して。だんだん俺が、スカートめくろうとしたり、胸を触ろうとしたり、するようになって。嫌がってたのは分かってたのに、エスカレートして。

 最後の日は、俺が帰宅する時間にどちらの親もいないって、あらかじめ分かってたから、学校にいる間も奈月のカラダのことをずっと考えてて、イライラしながら奈月が帰ってくるのを待ってた。

 奈月が俺の部屋に来るなり、今までで一番ひどいことをしようとして、ついに本気で拒否されて、ギリギリで我にかえれて、謝った」


 直人が喋り終わると、辺りが静まり返った。


「……ギリギリのギリギリじゃねえか」

 飯田が、沈黙に耐えられなくなって、言った。


「いやもう、本当にそう。奈月は、その日のことを親にもずっと相談出来ずにいたらしくて。すごく傷付いたと思う」


 桜子は、直人を叱れなかった。直人が反省しているのは、桜子にも痛いほど分かっていた。かといって、直人を励ます気にもならず、何も言えなかった。


「……奈月は、なんで最終的に許してくれたのかな?」

 直人は、自分に問いかけるようにつぶやいた。


「分からないね。森田くんのことが好きだったから、なのかな?」

 亜紀は言った。


「俺、どうやって(つぐな)ったら良いんだろ」


「これから優しく愛してあげることじゃないの?」

 亜紀は、奈月はそうしてほしいのだろうと思って、そう言った。


「うん……。でも、俺に抱きしめられてる時、奈月は、未だにちょっと怖かったりするのかなって、思ったりして……さ。

 本当に、取り返しがつかないことをしちゃったよね」

 直人はそう言うとスマホを見て、

「あ、もう準備出来たって。行こうか? ――というか、良かったら来て下さい、だね」

 と力なく笑った。




 直人の部屋は、いつもと違い、ゲームや漫画が片付けられ、家具がしっかり整頓されていた。テーブルにはお菓子とドリンク、卒業アルバムが既に置いてある。


「ウチにドーナツなんてあったっけ?」


「私ん()から持ってきた」


「わざわざそんなことしたの? めんどくさっ!」


「良いじゃん別に。こういうのあった方が楽しいでしょ」


 直人と奈月が仲良く話しているのを見ていると、桜子はなんだか色んな感情が混ざって、涙が出そうになった。

「奈月って、森田くんに襲われたこと、いつ許す気になれたの?」

 桜子は聞いた。どうしても聞いておきたかった。


「え? 私、その日に許して、仲直りしたよね?」

 と、奈月が気楽に直人に聞いた。


「俺、その辺よく覚えてない」

 直人は、正直に言った。拒絶される瞬間までは鮮明に覚えているのに、それからのことは曖昧だったからだ。


「直くん、昔はなかなか謝れない人だったんだけど、その時、初めてはっきり、何度も何度も謝ってくれたの」


「あー、小学生とかって、謝れない子まだ結構いるよね」

 桜子は、小学校にいた、意固地なクラスメイトを思い出した。


「そう、そういう人で。だから、謝ってくれたって思ったら私、嬉しくて泣いちゃって。ごめんって気持ちが初めて伝わってきた感じで、私のこと大切にしてくれてるって思ったら、すごく感動して。逆になんか、謝らせてごめんなさいって、大好きになっちゃった。私ちょっと変?」


「変じゃないと思うよ。そんなの、同じ立場で同じくらい好きなら私も許しちゃう」

 亜紀が同意した。


「そうだよね! 良かった、分かってくれて。

 それに直くん、お母さんに言わないでとか、そういうことは一度も言わなかったんだよ。自分が怒られたら嫌だから謝ってるんじゃなくて、私の心配だけをしてくれたの。『もう嫌がることはしないから』って、何度も言ってくれて。ねっ?」


 奈月に話を振られた直人は、

「謝り方なんて全然覚えてないけど、気が動転して、自分のことなんて考えもしなかったってのだけは覚えてる」

 と、答えた。 


「本当に嬉しかったなー。今が直くんのこと一番好きだけど、その日が二番目に好きだった日なんだ」

 奈月は、幸せそうに話した。

「それで私、覚悟して。実は、次に会うときに直くんが優しかったら、何をされても良いくらいに思ってた。

 けど、生理が始まっちゃって、それで何日か、触られないように離れて遊んでたら、今度は直くんが距離を作り出して」


「そうだったの!? 俺、嫌われたと思ってたよ」


「お互いに積極的にいけなくなっちゃっただけな感じ?」


「俺が思ってた感じと全然違うじゃん。この前に聞いた時、怖かったって言ってたのに」


「その時に、当時謝ってくれたから良いって、ちゃんと言ったじゃん! 怖かったのは本当だけど、ずっと怖がってたら同じ高校にならないようにするに決まってるでしょ」


「そんなの分かんねえよ、もっと仕方なく許してる感じだと思ってたよ俺。なんだよもー……」

 と言いながら、直人はドーナツを手に取り寝転がり、

「でも、みんなに相談出来て良かった。ありがとう」

 と、天井を見ながらドーナツをかじった。


 他のみんなも、笑顔でドーナツを食べ始めた。

 なんとなく、しばらく休憩する感じの空気になって、緊張が解けた。


 しかし突如、

「うあー、ドーナツのカケラが目に入った!」

 と、直人が上半身を起こして訴え、のんびりしたムードを台無しにした。


「もうバカ! 寝転がって食べるからでしょ!」


「痛いよー」


「こすらないの! ほら、じっとして。どっちの目?」

 奈月は、素早くティッシュを取りながら、直人に聞いた。


「こっち」


「下向いてパチパチして」


 奈月は、直人の目元にそっとティッシュを当てた。


「ん……」

 直人の体がビクッと動いた。


「あ、ごめんね。ティッシュが目に入った? 痛かった?」


「大丈夫……」


「奈月って、愛情すごいよね」

 桜子が、こっそり亜紀に耳打ちした。


「愛情数年分が爆発してるんだから、仕方ないでしょ」

 亜紀はクスッと笑った。

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