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お互い様

「けどさ、思ったより元気だね」

 直人は、奈月の足を揉み続けながらつぶやいた。


「ごめん、うるさいよね私」

 奈月は慌てて謝る。


「いや、これくらい笑ってくれると緊張しないで済むよ。ホッとした」


「なんか今日の森田くん、優し過ぎ。前みたいにワガママいっぱい言っちゃいそうになる」


「俺、押田さんがワガママなんて一度も思ったことないけど」


「森田くんって昔からそんなことばかり言ってたけどさあ、今回は本当に困ってるから、すごく頼っちゃうからね? 私、今までで一番ワガママになっちゃうよ?」


「むしろ、今はワガママになった方が良いんだよ。俺だけじゃなく、押田さんのお母さんも、押田さんが何か頼んだら喜んでくれると思う。

 俺が今マッサージお願いされて嬉しいんだから、押田さんのお母さんも何かお願いされたら絶対に嬉しいよ。

 そうだ。今度からさ、トイレに行きたいのに行けない休み時間はお母さんにメールで助け求めてさ、お母さんから電話してもらったら? それなら『お母さんから電話だー』って言って自然に教室から出てトイレ行けるし、お母さんも娘の元気な声を聞けて安心するし」


「それ、私側は良いけど、お母さんが寝てたりしたらかわいそうだよね?」


「じゃあ俺の電話番号をお母さんって名前で登録しても良いし。(ウチ)の母親を使っても良いよ、昼とか絶対に起きてるし。とにかく、押田さんの味方はたくさんいるから。ワガママなんて言わないで、頼りまくろうよ」


「うん、分かった。頼りまくる。特に森田くんに」


「俺が一番役立たずな気がするけど。何か出来るかな?」


「出来るよ。マッサージもしてくれてるし」


「そのマッサージすら、腕の力がなんかもう……まだマッサージ出来てるかな?」


「あっ、疲れたら休んで良いよ! ごめんね」


「はあ、ひい……いや、押田さんのせいじゃなくて……単純に、役に立ててることが嬉しくて……欲をかきすぎた」

 直人は、肩で息をしながら照れ笑いをした。

「いやあ、体力も腕力も無さすぎるね。マッサージすらまともに続けられないって、恥ずかしいなあ」


「森田くん、頑張り過ぎだよ。普段は森田くんの方が体調を崩しやすいんだから、無理するならマッサージ続けさせてあげないよ?」

 奈月はそう言うと、足で直人の腕を軽く蹴って微笑んだ。


「ごめん。次からはちゃんと休憩するから」


「……なんかさあ、今のって逆だよね?」


「何が?」


「だから、本来は私がマッサージをお願いして、森田くんが仕方なくマッサージしてくれるわけでしょ?

 私、この部屋に来てからだんだん偉そうになってきてない?」

 奈月は、不安げな顔で直人を見た。


「……そうかなあ。

 俺は自分から押田さんのために率先して行動出来る人じゃなくて、押田さんもそれを分かってるから、押田さんがマッサージさせてくれたわけで。

 俺が自分から『今日の放課後に俺の部屋に来いよ、マッサージとかしてやるからさ』って言えるような人だったら、押田さんはこんなこと言わないもん。

 相手が俺だから、お願いしてくれてて。それって押田さんの優しさで、全然偉そうなんかじゃないと思う。何をすれば良いか分からない俺に、教えてくれてるだけじゃないかな?」

 直人は、自分の気持ちを確認するように、ゆっくりと話した。


「……そうかな?」


「そうだよ。俺だって、男友達が突然家に来て『体調悪いから肩を揉め』とか言ってきたら、なんだこいつって思う。だけど今の押田さんには全然そんなこと思わないし、頼ってもらえる嬉しさしかないもん。

 だから、昔と同じ関係だと思う。引っ張ってくれてるっていうか……」


「……森田くんの昔の私って、どんなイメージ?」


「すごく優しくて元気で、なんでもしてくれて、いつもいっしょに遊んでくれて、ダメなときは叱ってくれて、でも反省したらすぐ許してくれて。

 あと、押田さんがおしとやかになった今だから言えるけど、昔はパンツ覗いてもほとんど気付かないから覗き放題で、ドキドキしたよ」


「パンツは気付いてますから」


「そうなの?」


「あんなの、ほっとんど気付いてるからね!? 大半が覗くってレベルじゃなかったし。

 コタツの中にネジを落としたフリして懐中電灯持ちながら中に入って全然出て来ないとか、バレバレ過ぎて私めちゃくちゃ気まずかったし。大体、太ももに鼻息かかってたから! 間近まで来すぎ!」


「ええー!? 俺あれ一時間目の算数の時間に思い付いて、忘れないようにノートに書いて、放課後は押田さんが先に帰らないように走って帰って、汗だくになりながらコタツのネジを一つゆるめて準備しておいて。これならバレないぞと自信満々でやってたんだよ?

 あれだけ頑張って計画立てて覗いてたのにバレてたって、なんかショックなんだけど」


「バレてないわけないでしょ。しかもコタツからやっと出てきた森田くんの顔が、ニッコニコだからね。もう気まずくてさあ」


「だって水玉見たのはあの日が初めてだったし、すごくかわいかったんだもん」


「水玉とかいい加減忘れろ!」


「多分一生忘れられないんだけど」


「森田くん、まさか高校で覗きとかしてないよね?」


「もちろん! 当時も外ではやってないし、他の人にはやってない。押田さん専門だし、どちらかの家専門。俺は小心者だから」


「そう、それね! 小心者なクセに繰り返すんだよね。

 覗き見した罪悪感があるのか、森田くんってパンツ見るとしばらく優しくしてくれて。私がその瞬間に気付かなくても間接的にパンツ見られたことに気付いちゃうんだよね。箸をわざと落として見たんだなとか。

 ――あっ! 今もパンツ見たから優しくしてくれてるってこと!?」


「ち、違う違う! 今日は見れてない! 見ないようにしてるから、見てない」


「本当? 別に怒らないから言ってみ?」


「いや、体調が悪い押田さんの隙をついてパンツ見るとか、卑怯だから。そういうことはしたくない」


「コタツに潜ってパンツ見るのは卑怯じゃないの?」


「あの頃は、最悪バレても嫌われないだろうって思ってたから」


「まあ実際バレてたしね。

 ……今バレたらどうなると思う?」


「今バレたら、二度と口を聞いてもらえないと思う」


「そっかそっか。だから必死で見るの我慢してるんだ」


「それもあるけど、なにより、押田さんが嫌がることはもう二度としたくないから」

 直人は、奥歯を噛み締めて涙をこらえた。


「……ありがと」


「これから、少しでも(つぐな)っていけるかな?」


「今日だけでかなり償った感じじゃない?」


「……押田さんはちょっと優し過ぎるよ」


「優し過ぎるとしても、お互い様でしょ」

 奈月は、そう言って微笑んだ。

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