いない間に飯田の話。そしてあの人の話
「あいつ、そんなことまでバラしたの? 言い逃げかよ」
約束してた通り、飯田と席を交代して四人プレイのメダルゲームを女子三人と遊びながら、直人が呆れた。
「その人ちょっとひどいねーって、言ってたの」
桜子はまだ話し足りず、交代した直後から、ずっと直人に話し続けていた。
「なんか、その飯田の話だと俺側がかなり美化されてそうだけど、実際は違うんだよね。飯田に言ってないことがあるから」
「そうなの? 私、感動したんだけど」
と、意外そうな顔をする桜子。
「えーっと、何から話そう。……奈月って、お腹痛い時の話、この二人にした?」
「あ、うん。優しくていつも助けてくれるんだよって、言ったよ。クリスマスのちょっと前。からかわれちゃった」
「じゃあ普通に全部話せば良いか。
まず俺、卒業式で、卒業アルバムにその人から寄せ書きをお願いされて、俺の卒業アルバムにも、『書いて良い?』って言われて、書かれたんだよ」
「なんで!?」
桜子は驚愕した。
「そう、俺も『なんで!?』ってなった。告白した時に嫌われたと思ってたから、まさかって感じで。その人にペンを渡されたんだけど、手が震えて上手く書けなかったよ」
直人は、字を書くジェスチャーをしながら笑った。
「ちなみになんて書いたの?」
「なんで渡されたんだろうって混乱で、もう何も思い付かなかったから、『あなたに会えて本当に良かったです』とか書いたと思うよ。しっかり覚えてないけど、本心を書くしかないかって感じで書いた」
「なんでそんなこと書けちゃうの!? ちょっと奈月、抱きしめてあげて」
奈月は、さすがに抱きしめはしなかったが、直人の手を握った。直人は微笑んだ。
「俺は結局、何もその人に聞けなかったんだけど、相手からすれば、俺に寄せ書き頼むのって、かなり勇気がいると思うんだよね。別に俺じゃなくても良いっていうか。みんなが同じ立場なら、振った相手にわざわざ頼む?」
「頼まない。というか、頼めない。振った後によっぽど話しやすくなって、普通の友達みたいになってないと無理」
桜子が言った。他の二人も、うんうんと頷いた。
直人はその反応を見て、やっぱりこの三人くらいかわいいと、告白された経験くらいあるのかなと、気になった。
余計なことを考えた直人は、一瞬、何の話をしていたか忘れてしまった。急に言葉が出なくなって、助けてほしくて奈月の顔を見た。奈月は手を握ったまま、何も言わずに直人の顔を見つめていた。直人には、その顔がクリスマスイブの夜の奈月の顔と重なって見えて、少し気が楽になった。ゆっくり話せば良いからと、見守ってくれているようで、安らいだ。
「ごめん、ちょっと待ってね」
直人は三人に言って、慌てずに落ち着こうと努力して、目を閉じた。
奈月は、何も言わなかった。亜紀と桜子も、何も言わずに待っていた。直人は言おうとしてた話を思い出して、深呼吸してから目を開き、再び語り始めた。
「俺が寄せ書きを返した時、緊張してたからもうよく覚えてないんだけど、多分、ありがとうって言われたんだよね。それで俺、言い過ぎたことを反省っていうか、後悔したのかなとか、色々考えちゃって。だって実際、振られるまではすごく優しい人だと思ってたから。
変だったのは結局、あの告白した日だけなんだよ。それまでは優しかったし、その先、班の新聞やらを作ってる時とかも、必要以上の会話はなかったけど、露骨に避けてはいなかった。卒業式の日も優しかった。
……これ、どう思う?」
「なんか、飯田くんに言われた話と全然違うっていうか、一気に分からなくなってきちゃった。森田くんの話だと、いい人になっちゃうじゃん」
「飯田は後から教室に来たから、俺が卒業アルバム書いてもらったの、多分知らないんだよね。
だから多分、飯田の中のあの人は、悪い人のままになってて、俺ばっかり美化されてる」
「その情報あると全然印象変わってくるよね。本当に告白した日だけ、何かあったのかもしれないって思っちゃう」
「俺が卒業式の日に話し掛けて理由とか聞けたら、仲直りして、その人と飯田、付き合えたかもしれないじゃん?
もっと言えば、その人が早退した翌日に俺が話し掛けられたら、体調とかも変わって、全然違う展開になってたかもしれない。俺、すげえ情けなくてさ」
「でもそれはさ、飯田くんだっていつでも聞けたよね? 森田くんが振られた翌日に、ちゃんと飯田くんがその人と冷静に話し合えば理解し合えたかもしれないし」
「けど、それは俺が振られた時に相手の言葉まで全部言っちゃって、飯田を怒らせちゃったからだからさ。やっぱり、早退した翌日に俺が体調とかを聞けていたら、振られるにしても、あんな言い方はされてなかったかなとか思っちゃって」
「だからさあ、それも、飯田くんが聞いても良いわけでしょ。早退した翌日に、飯田くんが『心配したぜ昨日』って言ってあげてれば、もうその時点で付き合うとこまでいってるかもじゃん」
「そんな考え方、一度もしたことなかった」
直人は愕然とした。
「森田くんは自分のせいにし過ぎ! 飯田くんが何もしなかった結果、勝手に失敗しただけで、それ以上でもそれ以下でもない。何回も大チャンスがあったのに行動しなかった飯田くんの、自業自得」
桜子は力強く言った。
直人は感心した。
「広瀬さんの考え方ってすごいね。俺、飯田が行動しなかったせいだとか、そんな発想は全然なかったよ。言われるとたしかにそうだよね。飯田もそういう謝り方はしなかったし、全く気付けなかった。飯田もあまり考えてないかも」
「一人だと視野が狭くなるから、自分で分からないことはもっと周りに相談しなくちゃダメだよ。奈月に。飯田くんに。私たちでも良いけど」
「じゃあ俺、二宮さんと広瀬さんに聞いてほしいこと、あるんだけど」
「奈月にじゃないの!? いや、良いけどさ」
「飯田や奈月に言った方が良いのかどうか、悩んでたことがあって」
「えー? なんか森田くんのことだから、全然大したことじゃなさそう。余裕で言えるやつきそう」
「あのさ、俺その人と卒業してから会えたことがあるんだけど、その時にまた、失敗しちゃったというか。飯田に悪いことしたなあって。あと、その関係で奈月にも後ろめたい気持ちがあって」
「わりと本気でやばそうな話じゃん」
「だから、困ってた」
「真面目な相談なら私たち、ちゃんと聞くよ」
「えーっと……出来たらウチまで来てほしいんだけど」
「えっ、奈月にヤキモチ焼かれちゃうじゃん。私たちとも付き合っちゃう?」
奈月が笑って、
「ちょっと! 直くんはあげないからね!」
と桜子に言った。
「直くんって呼ばれてるの? 私たちも呼んで良い?」
「ダメ! 直くんから離れて!」
「直くんのお部屋で、直くんって言っちゃお」
「ダメー! 誘惑しないで!」
奈月と桜子が明るくふざけてくれたので、直人は少し落ち着いた。
その時。
「なんかめっちゃ盛り上がってるじゃん。どうしたの?」
飯田が戻ってきて、桜子に聞いた。
「私と亜紀、『今から俺んち来いよ』って誘われちゃった。森田くんにお持ち帰りされちゃいそう」
桜子は、わざと飯田が驚くような言い方で説明した。
「はあ!?」
飯田は、桜子か期待した通りのリアクションをとった。
「なんかねー、森田くんの部屋でしか出来ない、秘密の話をしたいんだって」
「ウソでしょ?」
「本当」
「そ、それで、森田ん家、行くの!?」
「行くよ。森田くんにあんなに情熱的にお願いされたら、断れないもん」
「俺も行って良いんですかね?」
なぜか敬語に戻る飯田。
「飯田くんにはナイショなんだっけ?」
桜子は、直人に聞いた。
「うん」
直人は答える。
「てめえ裏切りやがったな!」
と、笑いながら怒った芝居をする飯田。
直人も、飯田との三文芝居は大好きだ。流れに乗って、
「もう飯田に遠慮するのは止めたよ。俺は今さあ、広瀬さんにすげえ良いことを教えてもらったんだよ。聞きたいか?」
と意味深に飯田に言ってやった。
「えっ、なん、なん、なんだよ良いことって!?」
なぜか飯田は動揺した。
「ようするに、女の子に素直になれないやつが悪いんだってよ。悔しかったらお前も誘えば良い。世の中、素直に言わないとダメ。ちゃんと言えるやつが勝つ。
俺は、ものすごく勇気出したら奈月と付き合えた。二宮さんと広瀬さんを部屋にも呼べた。
飯田、中学の時に何にもしてなかったじゃん。あの人との新聞作りまでサボって、露骨に逃げてただけ。俺は新聞サボらなかったから、あの人に卒業アルバムの寄せ書き交換お願いされて、ありがとうって言われたし」
「なにそれ!? なんで仲良くなってんの!?」
「寄せ書きに、かなり好意的なこと書かれたからね。今からウチで二宮さんと広瀬さんに卒業アルバム見せて、これってどういう意味なのかな、やっぱりいい人なのかなって聞くんだよ」
「なんて書かれたの!?」
「見てもどうせ何も行動しないんだから、飯田に見せても意味ないだろ。頑張ろうとしないもんお前」
「俺にも見せて下さい! これから頑張るので連れて行って下さい!」
「それさ、マジで約束出来る? マジなら連れて行っても良いけど」
「え、どういうこと?」
「例えば、俺たちが好きだった人が、本当はいい人だったら、素直に一度話してみるとか、出来る?」
「真面目な話?」
「真面目。というか、多分そうなる実際。話せる?」
「出来るって言いたいけど、正直分かんねえ」
「まあウチに着くまでに考えてみ。話せそうかどうか」
「おう」
飯田への話が終わると、直人は奈月に、
「奈月も、来てくれる?」
と聞いた。飯田に話していた時とは違う、優しい言い方だった。
「私、すごく泣いちゃうかも。それでも良い?」
「泣いても良いし、昔みたいにひっぱたいても良いよ」
「じゃあ行く。ひっぱたく」
奈月は、泣きそうなのをこらえながら、精一杯笑った。直人と繋いでいる手は、震えていた。
数秒後。
「……え? 私、昔ひっぱたいてたの?」
奈月が聞いた。
「教会の前の公園で、知らない女の子と砂場で遊んでたら、ひっぱたかれた」
「そんなことしたの!?」
「しました」
「なんで!?」
「俺が迷子になってて、親達と奈月で探しにきて、俺がのんきに遊んでるのを見た奈月がキレて、俺を見付けるなり突進してきてひっぱたいた」
「なにそれ、奈月こわっ」
話を聞いていた桜子が、思わず言ってしまった。
「でも、ひっぱたいた後に、心配したってめちゃくちゃ泣いてくれたんだよ」
と、フォローをした。
「あっ、泣いたのは覚えてる! あれ、かなり大きい公園だったよね。あの時食べたケーキ美味しかったよね、今度探してみない?」
「俺はあの時、本当はモンブランが食べたかったよ。ショートケーキのイチゴが酸っぱくて苦手なのに、俺の分のイチゴまで食べたい奈月が、無理矢理ショートケーキにしたんだよなあ。『イチゴ食べてあげるから』、じゃねーよ」
「そんなことしたっけ!?」
「した」
さすがに桜子が、
「奈月って、都合の悪いことかなり忘れてるんじゃん? 森田くん、相当いじめられてそう」
と指摘する。
「良いの! 私、昔この人に襲われる寸前までいったんだから!」
耳まで真っ赤にして、奈月が言い返した。
「ええー!?」
奈月の爆弾発言に、桜子はもちろん、亜紀も驚いた。
「だから、ひっぱたいたことくらい、許してくれるよね?」
奈月は、まだ顔を赤くしたまま、直人に問いかけた。
「うん。むしろ、また道を間違えそうになったら、奈月がひっぱたいてくれる?」
「任せて!」
奈月の手は、もう震えてはいなかった。この人とずっと歩いていきたい。そう思っていた。




