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いない間に直人の話

 普段の集団行動では後ろを歩く直人も、今は飯田と並んで先頭を歩いていた。

 最も慣れているメダルゲームのフロアーでは、方向音痴の直人でもさすがに迷わない。


「飯田ってメダル、まだかなり預けてある?」

 直人は隣の飯田に聞いた。


「あるよ。多分もうお前より多い」

 飯田は自信ありげに答えた。 


 直人は、一人で席取りをしてた方が気楽そうだと思い、

「じゃあ俺、とりあえず四人で遊べるやつ吟味しとくわ」

 と飯田に言って別れた。


「オッケー」

 飯田は、メダルを引き出しに行った。飯田に声を掛けられて、桜子と亜紀も、飯田に着いていった。


「私、どうしようか」

 奈月が直人に聞いた。


「期限あるから一度メダル出しておいた方が良いよ。それに、奈月のメダルも引き出して二人でメダル入れた方が、二宮さんと広瀬さんにメダルが巡回されるの早いでしょ」

 直人は言った。


「じゃあ行ってくるね」


「うん」


 直人は、奈月を見送って、四人で遊べるゲームマシンを眺めた。明確に良さそうな席はなかったが、中では一番状態がましに思えた空き台の椅子に座った。

 直人がわりと長々と迷っていたので、直人か座ってすぐに、メダルを持った飯田が一人だけで戻ってきて、座った。桜子と亜紀は、奈月がメダルを引き出すのに付き合って、まだ向こうに残っていた。


「じゃあ、俺もメダル出してくるわ」

 そう直人が言うと、飯田は

「なんかこの、『俺もメダル出してくるわ』のやりとり、数ヵ月ぶりなんじゃねえ?」

 と笑った。




「森田くん、遅いね」

 メダルゲームをやりながら、亜紀が言った。


「機械が詰まったか故障したくさいな。なぜか、あいつの前で故障することが多いんだわ」

 飯田は、様子を見ながら言った。


 直人は、戻ってくると、

「機械が故障したみたいで、結構かかるかもって話だから、俺は無料ゲームとかやってくるわ」

 と飯田に言った。


 飯田は、

「おう。戻ってきたら俺と席変わろうぜ」

 と返事をした。


 直人は、そのまますぐに階段をスタスタと降りていった。

 奈月は、直人に付いていこうかどうしようか迷い、半分立ち上がっていたが、桜子が、

「ねえねえ。さっき、クリスマスやお正月もいっしょにご飯食べてたことあるって、森田くん言ってたよね。森田くんとどうしてそんなに仲良くなったの?」

 と飯田に聞きだしたので、座り直した。桜子の疑問は、奈月もすごく気になっていたことだった。


「俺、説明すげえ下手だけど良い?」

 飯田がそう言うと、女子三人がうなづいた。


「じゃあ、えーっと、どこから話すかね。

 まずさ、最初は全然仲良くなかったんだよ。あいつ、絶対に休み時間に校庭に行かないやつで。中学の途中までは女子とばかり仲良くしててさ、別に無害だから好きでも嫌いでもないけど、俺とは無関係過ぎたっていうの?

 そんで俺、中学の時、好きな人がクラスにいたんだけどさ。顔がすげえかわいくて、学年に一人だけファンクラブがあるレベルなのね。修学旅行の夜の好きな人言い合いで、俺みたいに言うの不参加だったやつ抜いても、クラスで六人好きって言ってたレベル。あー、森田みたいに上手く説明出来ねえ。とにかく人気がある人だったわけ」

 飯田は、ゆっくり思い出話を始めた。


「ある日その、俺の好きな人が、授業中に突然立ち上がって、よろよろと先生の方に歩きだしたと思ったら、教壇って言うの? あの机の近く辺りでしゃがみこんで、教室がざわっとなったのよ。俺、すげえ眠くてまぶたくっつきそうだったのに、もう飛び起きたわ。あんなに驚いたことそれまでの人生でなかったよ、ほんと」


 奈月は、直人のバイト先の、しゃがみこんだお姉さんのエピソードを連想した。


「そのまま教室出てって、保健室に行ったのか、トイレに行ったのか、結局分からなかったんだけど、まあ友達が荷物を保健室かどこかに持っていって、早退したのかな?

 そんでその、好きな人がしゃがみこんだ時に俺、代われるものなら代わりたい、なんで具合が悪くなるのが俺じゃないんだよって思ってたのに、なんか他の男子は結構どうでも良さそうにしてて。お前らあいつのこと好きじゃなかったのかよってムカつきだして。

 そんで、なんなんだよこいつら本当に好きなのかよって思って、後ろまでクラス見回したら、一番後ろに一人、顔が真っ青なやつがいて、もう手をこう握りしめて軽く震えてるっぽくて、涙溢れてるわけ」


「それが森田くん?」

 亜紀が聞いた。


 飯田は驚いて、

「すげえ、なんで分かった!?」

 と答えた。


「だって、森田くんと仲良くなる話だし、森田くんいかにも泣いてそうだし」

 と、亜紀は笑った。


 奈月にも、直人のその時の顔が目に浮かぶようだった。


 飯田も笑い、

「まあそうなんだよ。ああ、森田はガチであの人のことが好きなんだなってその時に思って。

 そんで話は戻るんだけど、俺がひそかに気になってたのが、すげえ情けない話なんだけど、好きな人のその早退した日のペットボトル。ウチの中学、ペットボトル持ち込みオーケーだったんだけどさ、友達が保健室に持って行ったのは机の荷物だけで。窓際の席だったから、飲みかけのペットボトルが窓際にそのままで。

 それを誰かが盗んだりしないか見張ってたんだよね。ヘラヘラしてたやつらには絶対に渡らねえようにしてやるって思って。気持ち悪い話だけど」

 と話を続けた。


「ううん、分かる分かる。私も、聞いてるだけでちょっと腹が立ったもん」

 桜子は言った。桜子はもう、過去の飯田の応援をしたいくらいの気持ちになっていた。


「そのまま放課後になったんだけど、なんか森田も帰らないんだよね。そんで俺、『もしかしてこいつもペットボトル気にしてるんじゃないかな』って思って、最後の二人になるまで待ってから聞いてみたんだよ。そしたら、そうだって言って。じゃあ二人で捨てようぜってなって、二人で、ペットボトルの中身捨てて、中も飲み口もしっかり洗って、潰して捨ててさ。

 多分、その時に初めて森田と長い会話したんじゃねえかな。『今日、すげえびっくりしたよな』って言ったら、『俺は死んでも良いからあの人を生かして返して下さいって、本当に思った』って森田が言って、『それマジ分かるわ、他の奴ら変だよな』って感じで」


「なんか二人とも格好良い!」

 桜子はもう、完全に過去の二人の味方だ。


「そこまでは格好良いんだけど、その後が変態なんだよ。

 帰り道に森田が急に『今日、飯田くんがいてくれて良かった』って言うから、『はあ? なんでだよ』って聞いたんだよ。それまで俺たち、あんまり仲良くなかったわけだからさ。

 そしたら、『飯田くんがいなくて一人だったら、ちゃんと捨てられたか分からないから。誘惑に負けて飲んじゃってたかもしれない』とか真面目な顔して言って。だから、『そんなん俺も一人なら飲みまくってるわ』って言ったら、あいつツボってめっちゃ笑って。そっから俺が勝手に変態仲間ってことにして、仲良くなったんだよ」


「そのくらいならかわいい変態じゃん」

 桜子は、よく分からない肯定をした。


「そうすかね?」

 かわいいと言われ、飯田は照れた。


「その好きな人とはどうなったの?」

 亜紀が聞く。


「いや、それがさあ、俺の他にも森田の泣いてる様子を見てたやつがいたみたいで、森田がそいつのこと好きなことがクラスにバレたんだよ。あと、その噂で混乱が起きたせいか、俺も十分パニクってたせいか、好きな人の好きなやつが俺かもしれないらしいって噂も流れてきて」


「うわー……」

 桜子は、聞いてるだけで心苦しくなった。


「俺はもちろん告白したくなったんだけど、森田のあの日の感じ見てたら、俺と同じかそれ以上にあいつのことが好きなの分かってるし、森田にはどうしても先に告白してみてほしかったんだよ。だから、『森田が告白するまで俺も告白しない』って言って、かなり無理矢理、告白させたんだ。

 そんで、告白させて戻ってくるの待ってたら、『私、飯田くんのことが好きなんだけど』って言われたらしくて、森田が『知ってるけど、好きだったからどうしても言いたくて』って伝えたら、『答え分かってるのにバカじゃないの!? 飯田くんが友達の森田くんに遠慮して付き合ってくれにくくなるかもしれないじゃん!』って言われたって。

 マジか!? って俺思って」


「ひどい! なにそれ!」

 桜子は自分のことのように怒った。


「もう今からその女んとこ行って、『ふざけてんじゃねえカス!』って怒鳴ってやるって森田に言って、俺キレたんだけど、『俺たちがあの人を好きなのと同じくらい、あの人も飯田くんを好きなのかもしれない。もしかしたらまだ体調が悪いのかもしれないし、精神的にも弱ってるのかもしれない。あの人が早退した時に心配した気持ちを思い出しながら、家で一日だけ逆の立場になって考えてみて』って森田に止められたんだよ。

 俺なりに一応考えてみたけど、今後何があっても絶対に理解出来ねえ女って思ったし、どうしても許せなくて。自分にすげえ好きなやつがいるなら、なおさら誰かに告白された時にバカとか言えないし、言っちゃいけなくねえ?

 そりゃ、もしかしたら美人過ぎて告白されまくってるのかもしれないし、体調が悪かったら告白されるのを迷惑に感じちゃうこともあるかもしれないけど、それを露骨に態度に出すのは絶対におかしいって思って」


「そうだよね。私もそう思う。森田くん優しすぎるよ」

 桜子がそう言ってくれたのが、奈月は嬉しかった。


 飯田はそれを聞いて、

「だよな? だから、『やっぱり許せねえ。どうしても無理だわ』って次の日に言った。そしたら森田、すげえ謝ってくるんだぜ?」

 と言った。


「なんで!?」

 桜子がまた驚いた。


「なんかよくわかんねえけど、『俺が動揺して余計なことまで説明してなかったら、多分付き合っていた。付き合っていたら幸せになれていたかもしれない』とか。だから俺、『あんな見た目だけのゴミ女と付き合って、幸せになれるわけないから』って言いきってやってさ。

 そんで、『謝るのは無理矢理告白させた俺の方だろ』って、こっちからも謝ったんだけど、あいつ、『俺が自分の意思で告白したんだからそれは関係ない。それにちゃんと告白出来て良かったよ』とか言って、全然文句言わねえんだよ。謝らせてくれないし、じゃあ一発だけ殴れって言っても殴らないし」


「もー、森田くんなんでなんで?」


「そんで、じゃあせめて放課後に飯でもおごるわって言って、牛丼屋の前で待ち合わせたんだけど、俺が家帰ってチャリ乗ってくるのに遅刻したら、あいつ警察二人に囲まれてなんか聞かれてんの。牛丼屋の前の花壇みたいなとこを椅子にして泣いてたらしくて、具合が悪そうな人がいるって、交番に言いに行った人がいてさ。

 警察っていうか、知らない人と話すのって、森田が一番嫌そうなことの一つじゃん? 俺の遅刻のせいで悪いなって、また俺が謝って。そうやって謝ってるうちに、じゃあゲーセン行くかとか、さらに遊ぶようになって、そのまま付き合い続いて今になった感じ。これで説明終わりかな」


「すごく仲良いと思ったら、そんなことあったんだね。それで同じ高校にしたの?」


「そう。俺、本当は親に男子校に行かされる所だったんだけど、森田がすげえ否定すんだよ。

 なんか、『俺は絶対に男子校は嫌だわ。男子しかいないんだぞ? ウチのクラスの男子で考えてみ。好きだと平気で言えるくせに、好きな人が早退しても平気な顔して遊んでるやつばっかりで、それが二倍の人数になって女子ゼロとか、そんなクラス嫌だろ。女子の方がいい人が多いし、尊敬出来る人も多い。俺なら勉強してでも共学に行く』

 って、すげえ自信満々な言い方で言うから、なんか男子校にすげえ行きたくなくなって。俺も、実際クラスの男子にかなり腹立ってたし、男子だけってたしかに性格偏るかもなあって。

 真面目な友達と行くから、真面目にやるからって親に言って、この学校に変えたんだよ。……まあ、入る時にそう思ってただけで、あんまり真面目にやってないんだけどさ」

 飯田が笑いながら恥ずかしがると、聞いていた三人もつられて笑った。


「よく顔を覚えてなかったんだけど、最初の頃、たまに二人で学校行ってた?」

 奈月が飯田に聞いた。


「そうそう。森田が高校への道を覚えられないって言うから、最初いっしょに登校・下校してた。クラスに女子がいるのはありがたい、男子校にしなくて良かった、みたいなこと話しながら。かわいい人が多いけど、次は女の見た目に騙されないようにしないと、って。

 そしたら森田が、『俺も今度はしっかりと内面を見るようにするけど、自分が代わりになっても良いからこの人に元気でいてほしいって思えるくらいの人を、次もまた好きになりたい。あの日の夜、俺が絶対に今世界で一番あの人を心配してるって誇らしく思えて、親がいなかったから風呂で〈俺が守る!〉って一回叫んだ。頭がおかしくなるかと思った』とか言いやがったから、『じゃあ次に惚れられる人やべえな、守られちゃうじゃん』って笑って、次の日以降も、『誰を守るか決めたか?』とかしばらくネタにしてた」


「――あ、森田くん帰ってきちゃったよ」

 と、亜紀が直人を見付けて言った。


「くそっ、あいつタイミング悪いな。なんか今、すげえ楽しかったのに」

 飯田は、なんだか自分がほめられたことより、直人がほめられたことの方が嬉しくて、もう少し思い出話を聞いてもらいたかった。


 今まで自分の話をされていたと知らない直人は、

「とりあえず無料ゲー終わらせてきた」

 と、のんきに言った。


 桜子は、

「森田くん、自分のお腹が痛いのと奈月のお腹が痛いの、どっちの方がいや?」

 と試しに聞いてみた。


「そりゃ奈月、じゃなくて奈月さん、じゃなくて押田さん。うわー、ごめん押田さん」

 直人が慌てて呼び方を訂正する。


 奈月は顔を赤くしながら、

「もー! じゃあもう、この人たちの前では奈月って呼んで良いよ」

 と笑った。

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