どっちから告白したの?
「えーっ、じゃあ最近付き合い始めたんだ?」
「うん。あんまり人に言わないでね」
桜子の質問に奈月は正直に答えていった。
直人と奈月はもう、亜紀と桜子に付き合っていることを隠すことを諦めたのだ。
「マヨネーズは要らないんだよね?」
奈月は、直人のお好み焼きを仕上げながら、かけるものを確認した。
「うん、ありがとう。まあお好み焼きの場合は、かかってるやつもそんなに嫌じゃないけどね」
直人が、自分の偏食を少し恥ずかしがりながら、返事をした。
「なんか、かなり付き合い慣れてる感じするけど」
「そんなことないよ」
奈月が、直人のお好み焼を切り分けて、小皿に渡した。
「どっちから告白したの?」
桜子が二人の顔を交互に見た。
「ん……?」
直人は考えた。俺、ちゃんと告白したんだったかな?
直人が奈月を見ると、奈月も必死で記憶を辿っているような顔をしていた。
「俺ってことになるのかな?」
「私かも?」
二人とも、分からなかった。
「どっちか分からないなんてことある? どういう流れで付き合うことになったの?」
桜子は楽しそうに聞いた。
「えーっとね……」
聞かれて直人は、言葉を選ぶのに困った。なんでもすると言われたとは言いにくいし、好きならキスしてと言われたとも言いにくい。それに、飯田の前で膀胱炎の話をして良いのかも、直人には判断出来なかった。
「押田さんに呼ばれて、『私のこと好きって知ってるからね』って言われた、みたいな感じになるんですかね」
と、直人は、詳細をはぶいた説明をした。
「なにそれ、奈月知ってたの?」
桜子は身を乗り出した。
「ちょっと、『好きになっちゃったんです』みたいな話を聞いちゃって」
奈月も、直人同様に大まかに話した。
「えーっ、良いじゃん青春じゃん。それどう思った?」
桜子は目を輝かせた。
「嬉しかったよ」
奈月は、そう言ってはにかんだ。
「その時って、もう奈月も好きだったの?」
今度は亜紀が質問した。
「うん。もう大好きになってて。
その日、ちょっと前に別れたばかりなのにまた会いたくなって、連絡もしないで勝手に迎えに行って、外で待ってて。そしたら、バイト先の人と話してるのを聞いちゃったの」
「じゃあさ、もしかして同じくらいの時に、お互い好きになったんじゃない? 奈月は好きってはっきり感じたのいつ?」
桜子は嬉しそうに聞いた。
「えっと……あの、私も分からないんだけど。何しろ、ずっと隣に住んでるから」
「うん」
桜子と亜紀がうなづく。
飯田が驚き、
「いや俺、知らないんだけど」
と言った。
「私達も最近知ったんだけど、小学一年から隣に住んでるんだって」
桜子がそう説明すると、飯田は、
「あれ!? 中学の時にマンションの下で会ったことある? 俺らが下でカードゲームしてた時、たまたま歩いてて、風で飛んだカードを拾ってくれたり?」
と奈月にたずねた。
奈月は思い出して、
「あの人、飯田くんだったんだ。懐かしい、そんなことあったね」
と笑った。
「あの時に飛んだカード、昨日見たら二万? とかになってたよ」
直人が飯田に言った。
「三万円じゃなかった?」
奈月が訂正する。
「そう、三万になってた。あのまま飛んでいってたら危なかった」
直人が言い直す。
飯田は笑って、
「すげえ。お前一割払えよそれ」
と言ってから、
「話変えちゃってすみません。戻して下さい」
と謝った。
「何の話だっけ?」
桜子が言う。
「ずっと隣に住んでるから、って話してたとこで、俺が『知らないんだけど』って話を変えちゃったんす」
「ああそうそう、いつから好きだったって話だったよね。でも飯田くん、よく覚えてたね」
桜子が飯田に言った。
「そっちの話もすげえ気になってたから」
奈月は、
「なんか私、そんなすごいことを言おうとしてたわけじゃないから、もう言いにくいんだけど」
と恥ずかしそうに言った。
「良いじゃん言おうよ。森田くんも気になるでしょ?」
桜子が直人に同調を求めた。
直人は奈月を別の意味で気にして、
「俺はあの、押田さんが言いにくかったら聞かなくても」
と心配した。
しかし桜子は
「ほら、言わないと別れるってよ?」
と、直人の答えを無視して言った。ちょうど飲み物を飲んでいた奈月は、むせてしまった。
「もー……いきなり全然違うこと言うんだもん」
奈月は、やっと咳が落ち着いてきて、桜子に文句を言った。
「ごめんごめん。早く聞きたかったからつい。良いじゃん、教えてよ」
桜子が謝りながらも、催促する。
「えっとねー……私、初恋が小学生の時の森田くんだったんだけど。
他に好きな人が出来なかったから、森田くんが最近また親切にしてくれるようになった時に、すごく嬉しくて。優しいままだって思って。
だからその頃に、すぐにもう一度好きになっちゃったのかも」
「えっ、じゃあずっと好きだったの?」
「森田くんのことをたくさん考えるようになったのは、その親切にしてもらった時からだから、ずっとじゃないと思うんだけど」
「じゃあさじゃあさ、二年で同じクラスになった時ってどう思った?」
「これをきっかけに、また仲良くなれたら良いなって思った。でも、友達としてだよ?」
「そんなのさあ、友達としてとかありえないでしょ。だってその『仲良くなれたら良いな』から、半年以上経ってもほとんど何も出来てなかったんでしょ? 友達としてなら、もっと早くに奈月からガンガン話しかけていけてるって!
好きだからいけなかったんでしょ?」
桜子は決めつけた。
直人は、そんな簡単なことじゃないと心の中で思った。かつて奈月に無理矢理お医者さんごっこをした時の、奈月の恐怖は計り知れない。俺に声を掛けようとするのに、一体どれほどの勇気が必要だっただろうか。
「えー……そうなのかなあ。どう思う? そんな感じだった?」
奈月は自分の気持ちが分からず、答えに困って直人に聞いた。直人と目が合った奈月の瞳は優しく、直人は過去の自分をとても恥ずかしく感じた。
「俺は全然、感じなかったよ。嫌われてるか避けられてるのかと思ってた」
直人は答えた。
「なんでそうなるの!?」
桜子は思わず聞いた。
「だって、昔と違って、手を繋いでくれるわけでもない、抱きしめてくれるわけでもない、好きって言ってくれるわけでもない、かといって気楽にいじめてくれるわけでもない。もう、関わりたくないほど嫌われたんだなって」
「気楽にいじめてくれるってなに?」
聞き捨てならない言葉に、桜子が反応した。
「私、一時期、意地悪してたの。遊んでるの邪魔したりとか」
奈月が解説した。
「あー、だから森田くんこんな風になっちゃったんだ?」
「違うよ、最初からこんな風だったの。私のせいじゃないよ。ね、森田くん、そうだよね?」
奈月は直人に同意を求める。
「奈月が脅してるー! こうやって森田くんいつもいじめられてるんだ、かわいそー」
桜子が面白がる。
「言っとくけど、小学生高学年辺りからは、いじめてないからね私」
奈月が否定する。
「それじゃ、中学の頃は? カード拾った時とか、二人はどう思ったの?」
桜子が聞いた。
「中学生の頃は、ほとんど喋れなかったんじゃないかな。カード拾ってくれた時も『うわあ、怒ってるかなあ』って感じで」
直人が答えた。
「私は、たまに話せた時は嬉しかったけど、いつも最初の挨拶にすごく緊張した。森田くんからは絶対に挨拶してくれないから」
桜子は、その時期の二人の関係が理解出来なかった。
「なにソレー!? そんな風になるもの?」
しばらく聞き手に回っていた亜紀が、
「まず二人はさ、なんで昔からの知り合いなのを隠してたの?」
と聞いた。
「私は、聞かれなかったから」
「俺は、俺なんかが今さら友達面したら、押田さんに迷惑かかるかと思った」
「あんたらさあ、そんなんでよく付き合えたね」
桜子が呆れて言った。
「ありがとうございます」
と、なぜか直人が照れながらお礼を言ったので、他の四人は爆笑した。




