お好み焼は初めて
始業式。直人は朝から、奈月と約束していたお好み焼ランチを楽しみにしていた。しかし今、直人は困った顔をして悩んでいる。
始業式の後、奈月が、
「ごめんー。今ご飯の話になった時、考えなしに亜紀と桜子に例のランチタイムがあるお好み焼屋の話をしちゃったんだけど、今日二人とも行ってみたいって言ってる。普通に行ったら、私達と絶対に時間かぶっちゃうよね。どうしよう?」
と、廊下で直人に相談してきたのである。
「なつ……じゃなくて、押田さんは行かないって言っちゃったの?」
直人は冬休みの感覚で、つい奈月と言ってしまいそうになった。慌てて周りを見回して、聞いていた人がいなかったことに安堵した。
「どうすれば良いか分からなかったから、行けるかもって言って、待ってもらってる状態みたいな感じ。森田くんが先約だし、森田くんは二人きりで食べたいよね?」
それで、直人は悩んでいたのである。
「うーん、あの二人はいい人だから別に嫌ではないけど……四人で行くとたくさん質問されそうだよなあ」
と少し考えてから、
「飯田も誘って五人で行くっていうのは? 正月に飯田に助けてもらったのに、結局飯田に飯おごってないからさ。お好み焼おごりたい。
今日五人で食べてしまった方が、どちら側からの質問も減らせて、かえって良いかもしれない」
と提案し、スマホをいじりだした。
「飯田くんは今日、大丈夫なの?」
「大丈夫ってすぐ返事がきた。あ、『お好み焼超食いてえ。数年ぶり』ってさ」
直人は、後半の「女子三人といっしょならおごりじゃなくて良い。むしろ俺にも絶対に払わせろ。じゃなきゃ恥ずかしい」という文面は省いて、読み上げた。
奈月はそれを聞くと笑って
「じゃあ、亜紀と桜子に、なんとかこっそり聞いてみるね」
と言い、教室に入って亜紀と桜子がいる方へ向かった。
直人が自分の席に戻り、三人が話しているのを心配しながら見ていると、ちょうど直人の話になったのか、亜紀と桜子に突然手を振られた。直人は、愛想笑いを返しながら軽く頭を下げるのがやっとだった。
やっぱり二人きりで食べた方が気楽だったかな。そう直人が思っていると、飯田が教室の前まで来て、直人は話し相手が出来たことにホッとしながら廊下に出た。
「あの、端っこの人たちなんだけど」
直人が説明する。
「え、あの人たちなの? すげえかわいくない?」
飯田は、小声で驚いた。
「バカ、何言ってんだよ! 絶対に変なこと言うなよ?」
「あんな人たちじゃ、緊張するんだけど」
「俺だって緊張するよ。仕方ないだろ」
「なんであんな人たちが遊んでくれるの? 相手いくらでもいるだろ」
「いや、話の流れとかでそうなっちゃっただけで、俺たち多分、あの二人にとっては邪魔者だと思う。だから静かにしていれば良いよ」
「了解」
しかし、直人は忘れていた。飯田が、静かにしていられるわけがないということを。
高校生五人、お好み焼屋でドリンクバーのグラスをカツンと合わせた。
「んじゃカンパーイ! ってことで。誰か、一割プレゼントするんで俺のお好み焼作ってくれませんか? 俺、作るの苦手なんすよね」
飯田は明るく言った。
「あ、桜子得意だよ! ね?」
亜紀が言う。
桜子も、
「失敗しても良いならやってみる」
と、言った。
「もちろんもちろん! どんなに失敗しても絶対に食います!」
飯田は言って、
「二宮亜紀さんと、広瀬桜子さんと、押田奈月さん、でしたよね。
俺、すげえ覚えにくい名前なんでもう一回言います、飯田一保。飯田でも良いし、友達に飯田さんとかいてややこしければ、一保って呼んでくれても全然良いです」
と、自己紹介をし直した。
「一保ってちょっと珍しい感じだよね」
桜子が言った。飯田に反応してあげたという感じに、直人には見えた。
「そうなんだよね。その点、直人とかすげえずるい。大体、一保ってちょっと意味分かんないっすよね。広瀬さんは、桜みたいにきれいにってことでしょ?」
飯田は、スムーズにしゃべり続ける。直人から見ると、全然緊張していないように思えた。
直人は、飯田を連れてきて助かったと思った。もし飯田がいなかったら、ちゃんと話が続いてそうにない。あとは、こいつが変なことをしゃべらなければ大丈夫そうだな。
直人はチラリと、奈月の友人二人を見た。
二宮亜紀。直人はまだ彼女についてよく知らないが、授業中にほとんどおしゃべりをしない、わりと真面目なタイプだ。セミロングの黒髪の直線が美しく、清潔感がある。
直人は、バイトに行く途中の腹ごしらえに、よくたこ焼き屋のベンチでたこ焼きを食べる。そのときに一度、亜紀に声を掛けられたことがあった。直人は亜紀に全く気付いていなかったので、慌ててたこ焼きを落としかけ、亜紀が笑いながら謝った。
あまり話さない関係だったので、なんで話し掛けてくれたんだろうと直人は不思議に思ったが、俺と違って喋ること自体は苦手じゃないのかな、とその際は推測した。
亜紀はその時、よっぽど暇だったのか、そのまま直人の座っていたベンチの隣に座った。たこ焼きには串が二つ付いてきたが、直人は一本で食べるタイプだったので、串が一本余っていた。
直人が余っていた串を突き刺したたこ焼きを差し出すと、亜紀は一度遠慮してから食べて、お礼を言いながら串を直人に返した。
ごみ捨て場がすぐ近くに見えているのに自分の串を自分で捨てないなんて、女の子って後でこっそり間接キスされる心配とかってしないのかな、と直人は少し不用心に感じたのだった。
奈月が膀胱炎の時、直人は奈月の周囲に集まる人物をよく観察していたが、奈月と一番仲が良い女友達は実は二宮なのではないかと思った。真っ先に奈月の机に向かうわけではないが、皆の話が終わると奈月と話し始める、といった様子だった。奈月以外にも、遠慮してる女子ってわりといるのかなあ、と直人は思ったのだった。
少し飯田との相性が悪いんじゃないかと心配していたが、今のところ友好的で、直人はホッとしていた。
広瀬桜子。こちらもそれなりに真面目な女子ではあるが、髪を軽く染めてセンター分けで額を広くして、見た目も性格も明るい印象である。スカートも少し短めで、自分の容姿に自信がないタイプではないように、直人には見えた。
ゲームがかなり好きだったり、授業中の男子の世間話にも軽く付き合ったり、ある程度までは不真面目にも柔軟だ。
男友達との話を経由して、直人も一度、世界のラブを集めるという内容の、わりとマイナーなゲームソフトを桜子に貸すことになったことがあった。桜子は自力でなるべく解きたい気持ちがあるタイプのようで、直人は数度攻略を聞かれ、桜子に喜んで答えた。桜子は、「早く返さないと」と言ってかなりハイペースでゲームを進め、結局攻略サイトを見ずに全要素を解いた。
桜子はそのゲームのエンディング曲をとても気に入った様子で、直人が、「もし良かったら」とそのゲームの音楽CDを貸そうとしたら、CDの中古価格がかなり高くなっていることまで知っていて、とても喜び、慎重に扱った。直人はゲーム好きの仲間として、それから桜子に一目置いていた。
奈月と桜子の会話は、運動やファーストフードなど男子が加わりやすい話題が多い。膀胱炎が治るまでは、男子が桜子たちに声を掛ける度に、直人は奈月のお腹を心配していた。
直人は桜子の顔色を伺ったが、見たところ飯田との会話を嫌がってはいないように見えた。
――とりあえず、二人とも俺らとの食事を嫌がってはなさそうかな?
直人は無言でジュースを飲みながら、ひとまず安心した。
「ドリンクバーを取りに行く時、他の人の鉄板見たけど、かなり美味しそう。ここ、森田くんと飯田くんに教えてもらったんだよね?」
桜子が奈月に聞いた。
「というか、俺が見付けて森田に言って、森田が押田さんに、みたいな感じ?」
飯田が訂正した。
「ねえねえ、森田くんと奈月って仲が良いの? 何か聞いてない?」
桜子は興味津々だ。
「言って良いの?」
飯田が直人に聞いた。
「言って良いよ」
そう答えたのは、直人ではなく桜子だ。
「まあ、もっと仲良くなれたら良いなと、思っています」
直人は言った。
「きゃー、どうする奈月?」
桜子が奈月に聞く。
「私も、仲良くしてほしいです」
奈月は答えた。
「両想いじゃん! もう付き合ってるの?」
桜子は興奮している。
「ほら、お好み焼き運んでくる感じだよ、飯田くんの焼いてあげないと桜子。忙しくなるよ」
と、奈月は話を終わらせようとする。
「いや、俺のは後でゆっくり焼きましょう」
と飯田が言い、
「そうだよねー。飯田くん、話が分かるわ」
と桜子が上機嫌でうなづく。
店員がお好み焼のどんぶりをテーブルに乗せだした時、直人は、しまったと思った。
この状況だと、なんだか奈月にお好み焼を作ってくれと言いにくいぞ……。
直人は少し迷ったが、奈月にこっそり、自分のお好み焼のどんぶりを渡した。しかし、一人目撃者がいた。亜紀である。
「あれー?」
それまでわりと静かに話を聞いていた亜紀だったが、さすがに黙っていなかった。
「もしかして、いつもそうやってお好み焼作ってあげてるの?」
と、亜紀が奈月に聞いた。
「ううん。お好み焼は初めて」
「お好み焼は初めて?」
飯田、亜紀、桜子が見事にハモって、直人と奈月は顔を赤くした。




