隣で笑っていてほしい
「そういえば、明日からどうしようか?」
寝っ転がったまま、直人は聞いた。部屋もカードで散らかしっぱなしだ。
「どうしようかって、学校?」
女の子座りで百円ショップで買ったものを開封しながら、奈月は聞き返した。
「仲が悪いフリをした方が良いかな?」
「普通にしてれば良いんじゃない?」
「普段通りにしたらすぐバレるし、難しいなあ。付き合う前の感じってこと?」
「あれよりは仲良くても平気だと思うけど」
「学校に行く時は?」
「いっしょに行くんじゃないの?」
「登下校いっしょだと、結局すぐにバレそうだね」
「私はバレても良いけど。そこまで絶対に隠したいわけじゃないし」
「俺も、むしろ自慢の彼女だけどさ。奈月がからかわれたり、セクハラされたら嫌じゃん。
バレたら正直に言うって感じにする?」
「それで良いと思う。バレてて嘘をつくのも変だし」
と言ってから、奈月はヘアゴムを付けて、
「これ、学校でしてても変じゃないと思う?」
と直人に感想を求めた。
「かわいいね」
「大丈夫?」
「写真撮って良い?」
「え!?」
「いや、飯田に撮ってもらった写真さ、俺が入っててなんか邪魔なんだよ。奈月だけの写真がほしくて」
「えー……まあ良いけど。気に入ったの? これかわいい?」
「もちろんかわいいけど、あの、良かったらそのヘアゴムを口に咥えて、手で髪を束ねてみたいなポーズをしてほしいんだけど」
「え、何?」
「こう、手を後ろにやって……」
「こう?」
奈月は、ヘアゴムを外して、髪を手で束ねてみせた。
「それで、口にそのゴムを……」
「なんで?」
「なんとなく」
「なんかエロいこと考えてそうだからやだ」
「えー!?」
「なんでそんなのが見たいの?」
「男が出来ないことだから、理想なんだよ。その女の子座りとかと同じで」
「じゃあ、女の子座りも撮りたいの?」
「女の子座りで、スカート少したくしあげたりしてほしい」
「やっぱりエロ目線じゃん!」
「エロじゃないって」
「なんかもっと普通のポーズとかで、ないの?」
「手で目隠しして、もう片方の手に五万円持っていてほしい」
「もっとエロじゃん!」
「ならベッドで、ニーソックスを片方だけ脱いだ場面みたいなのほしい」
「同じ路線じゃん」
「あ、真面目に首にリボンとかチョーカーしてほしいんだけど」
「それもどうせエロ目線でしょ」
「小指に赤い糸を付けて俺の方を向いて照れてる写真とか」
「急にエロい要求じゃなくなると、逆に恥ずかしくて反応に困るんですけど」
「左手の薬指に髪ゴムをぐるぐる巻きにして指輪みたいに付けて、嬉しそうに見せてほしい」
「照れるってば。なんで路線が真逆になったの?」
「俺の隣で笑っていてほしい」
「だから照れるし、それに隣で笑ってる写真は飯田くんが撮ってくれたでしょ」
「あれは、俺が入ってるから。側で笑ってるけど、写真には俺の顔が入ってないっていう、そういうパターンがたくさんほしい」
「え? どんなの?」
「寝てる奈月を後ろから俺が抱いてて、俺はあごまでしか見えないとか」
「またエロくした! なんでエロくすんの!?」
「奈月が安心して寝てるんだから健全でしょ」
「どうせ直くんの抱き締めかたがエロいからダメ」
「エロい抱き締めかたってなんだよ」
「私が寝てると直くんがいつもしてくるやつ」
「寝てる時はしたことないよ」
「じゃあ起きてる時はしてるんじゃん!」
「起きてる時はしたって良いだろ!」
「なんでよ!」
「え、奈月もしかして、俺に抱き締められるのいやだった?」
「いやじゃないけど」
「あー良かった」
「けど、お尻の方とかに手がきますよね」
「そんなの奈月にバレなきゃ良いし」
「バレてるに決まってるでしょ!」
「え!? バレないようにゆっくり手を移動してたのに」
「どこがゆっくりなの!? 五秒もしたら腰からお尻まできてるじゃん!」
「ええー、バレてたんならめっちゃ恥ずかしいじゃん俺」
「私の方が恥ずかしいって!」
「あーごめんね」
「全くもう」
直人と奈月は、お互いに恥ずかしがりながら、しばらく笑いあった。
「それで、結局どの写真がほしいの?」
奈月が話を戻した。
「全部ほしいけど、普通の写真でもなんでも良いから、とにかく一枚下さい」
「それじゃあ、私も撮って良い?」
「良いよ」
「あのねあのね、直くんがブレザーのネクタイ緩めてる写真がほしいの」
「あんだけ俺に文句を言っておいて、自分もエロじゃねえか!」
「エロじゃないよ!」
「じゃあ、なんで脱いでる写真なんだよ」
「脱いでないじゃん」
「これから脱ぐって写真じゃん」
「ネクタイ緩めただけだから、まだ脱ぐか分からないじゃん!」
「その理屈だと、女が手で目隠しして大金もらう写真も、脱ぐか分からないじゃんか!」
「それはほぼ間違いなく脱ぐでしょ!」
「父親に多めにおこづかいもらっただけのお嬢様かもしれないだろ!」
「なんでそれで目隠しするのよ!」
「お嬢様の誘拐対策だよ!」
「誘拐対策ならまず大金持ってる写真撮っちゃダメでしょ!」
「なるほどたしかに……」
「いや、なんでよ。急に納得しないでよ。こっちがびっくりするわ」
「よし、分かった。良いよ。ネクタイの写真、撮ろうか」
直人は服を脱ぎだした。
「着替えるなら先に言ってよ!」
といい、奈月は部屋の外に出ていった。
「……なんか、いかがわしいね」
撮った写真を見ながら奈月が言った。直人が薄目で横を向きネクタイを緩め、奈月が笑顔で直人の肩に頭を置いている写真だ。
「俺がブレザーで奈月だけ私服だからか、やけにエロい」
「すみません、エロかったです」
「ほらね。だから逆にさあ、撮ったらあんまりエロくないってこともあるわけでしょ?
俺にも一枚撮らせてよ」
「どんな写真撮るの?」
「俺のネクタイで奈月の手を縛った写真」
「それはエロでしょ!」
「撮ってみないと分からないだろ!」
「分かるから!」
「分からないって! 意外と清楚な感じかもしれないし」
「じゃあ、うちのお父さんにその写真見せられる?」
「見せられるわけないだろ!」
「やっぱりエロじゃん!」
「じゃあ写真撮らなくて良いから、縛るだけ縛らせてよ」
「完全にエロじゃん! 言っとくけど、まだダメだからね!
明日か明後日にならないと」
「え? 明日か明後日になったら良いの?」
直人は思わず聞き返した。
「ちっ、違う! そういう意味じゃなくて……。
あーもう変態! 私、帰る!」
奈月は恥ずかしくなって、慌てて百円ショップで買ったものをしまいだした。
「ま、待ってよ」
直人が慌てた。
「いっしょに来ないでね!
直くんがブレザーで部屋から出てきたら、直くんのお母さんに変に思われるから」
と、奈月は釘を刺した。
直人は、
「いや、あの……帰るならキスしてほしい。今日はそれで我慢するから」
とお願いした。
奈月は直人のネクタイを引っ張ってくちづけすると、
「直くんのえっち」
とからかって、部屋を出ていった。
その時の奈月の顔と声に、直人の頭の中は丸々一晩、乗っ取られてしまった。




